■二■
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ゲートをくぐった先は、ビルの工事現場のような壁に取り囲まれていた。壁の奥に仄かな灯りが揺らめいているが、吊り下げられた帆布のようなシートには細い足場のような影が虚ろに映るばかり。見上げる天井は深く暗く、先は見通せない。
「ちょっと待ってくださいね。今灯りを付けますから」
五十鈴は暗闇の中、向かいの壁に吊り下げられているシートをかき分けて、会員証のような割り符を差し込んだ。すると頭上に小さく淡い光が灯り、飛び回り、部屋から暗闇を払い始める。天井に吊り下げられた車輪のような燭台に蛍の火が群がり、それは次々と増え続け、奥へ奥へと進んでゆく。
その、青白い蛍火を鈍く照り返したのは、規則正しく組まれた赤茶色の鉄骨の群れだった。さび止めに武骨なナットで接合されたそれらは、所々にシートが掛けられている。だがそれは作りかけの工事現場などではなく、頑丈そうでいて歪みなど全く見受けられない、丁寧に仕上げられた、スチールラックたちだった。
入り口を囲んでいた3台も幅は2メートル、高さに至っては3メートルを優に超えていたが、その奥、地下アリーナといっていいほど広い室内にも、全く同じ規格に違いないラックが、少なくとも縦に10台並べた列が5棟も立ち並んでいる。棟の間はトラックが通れそうなほど開いているが、ラック以外にも至る所に青いビニールシートが敷かれ、掛けられ、吊り下げられていて、そして様々な物品が綺麗に陳列され、あるいは散乱するがままになっているように見える。
シートを潜ったアカツキは何度か目を瞬かせ、ゆっくり左の壁までラックの群れを流し見て、今度は指を折りながら逆方向に視線を動かした。少しのぞき込むように奥行きを数え、天井に視線を逸らし、そして深々と息をついた。
「本当にこれだけの品物が、管理されているのか? 管理されていないから持ち出し自由、といわれても誰も反論できないのではないだろうか」
手近なラックは三段。どの段も、ベッドどころかくつろいで過ごせそうなほどゆたっりとした広さがあり、このラックは三段とも、足の踏み場が無いほどに武器の類が敷き詰めるように並べられていた。辛うじて、番号札のようなシールが貼られてはいるが、和弓に沿うように湾曲したショーテルが並べられ、その更に内側には短刀や手裏剣がまるでパズルのように詰め込まれていたりする。
その隣のラックは大幅に増やされた棚に書物の類がみっしりと詰められており、更に奥のラックには椅子や机といった大物の家具が優雅に配されている。その通りだけでも食器、家具、雑貨はいうに及ばず、看板や舞台に使う書き割りの背景や、はては5メートルを軽く超える、ベヒモスの張りぼてがのしかかり、こちらを見下ろしているラックすらあった。
「それがですね、ここにあるものは一つ残らずしっかりきっちり、この目録カードで一元管理されてるんです。ひらがな五十音順に並んでいるから簡単に検索できて、保管されている場所もすぐ分かるようになっているんです」
アカツキが振り向くと、五十鈴は潜った壁の右脇に据えられたワゴンを押してきた。ごついステンレスのワゴンには浅い本棚を倒したような木枠が載っていて、葉書ほどの紙片がびっしりと、10列に渡って詰められている。ところどころ飛び出た紙片には、ひらがな一文字のインデックスが付けられていた。
「ひらがなってところが、ポイントであってネックでもあるんですけど。例えば楽器を探すとするじゃないですか」
かつとかくと、あとはらくと。歌うようにつぶやきながら、五十鈴は紙片の左上をパラパラめくる。何も書かれていない紙片を差し込みながら、適当とも思える気楽さで10枚ほどのカードを引き抜いている。
「例えばこれ、名称はパイプオルガンってありますけど」
「ぱいぷおるがん?」
疑問符を飛ばしまくるアカツキに、目録カードを裏返して指さす。
「〈がっき〉の他のキーワードは、〈おおどうぐ〉、〈かきわり〉ってあるから、まあ、舞台の大道具の類ですよね。それにアドレスがRってなってるから…… 陰になって見えないですけど、たぶん右の奥の方の、壁際のあの辺になるはずです」
「キーワードで検索もできるということか。……ますます、どうやって管理しているのか謎だな」
実際に目録を手繰ってみたアカツキは、つかみ出した一束にもなるカードをぱらぱらとめくりながら呟いた。
「目録カードの作成と更新作業は、〈円卓〉が斡旋しているバイトで賄っているそうです。筆写師にスキルで大量模写してもらったり、カードは生産職の人に専用のフォーマットでお願いしているとかで、経験値稼ぎにも美味しいとかって。うん、参加したことあるミノリも、大変だけど達成感がすごいっていってたなぁ。……あ、何をやっているか良く分からない、とも言ってましたけど」
「それだけやっていて、月々定額でレンタル自由なのか」
「はい。会費も物品の保管料という名目ですし、実費を引いて余剰が出れば、レンタルされたアイテムの所有者にも利益が分配されるって話です。ほんと、頭の出来が違う人って、いるもんですよね」
私なんか使い方を覚えるだけで一苦労だったのに、と五十鈴はため息交じりに笑みをこぼす。
「……まあ、便利なのはいいことだ、ということにしておこう。他にやることは、いくらでもある訳だしな」
さて、何が出てくるやら。口の中で小さく呟いたアカツキは、両手をぐっと握って気合を込めると、目録カードの束に立ち向かっていった。




