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96:開かれる動乱

 一体の(エネミー)が、牢の外の通路を徘徊していた。


 こそこそと、しかし隠れることに終始するわけでもなく、足早に通路を急ぐその一体。

 これがもしも看守型だったならば、この敵は通常の徘徊敵(エネミー)であり、良くも悪くもこの階層では当たり前の(エネミー)だったことだろう。

 だが問題だったのは、その(エネミー)が看守ではなく、本来は牢獄の中に囚われていなくてはならない囚人型の(エネミー)だったということだ。


『ヨロロォ……』


 やがてその一体は、自身から見て一番近くにある扉へとたどり着くと、その扉に背中を付けるようにしながら格子窓から中の様子をうかがう。

 中にいるのは、その囚人とは全く別の囚人服を纏った囚人。

 牢の外の囚人は、その囚人の存在を外から確認すると、すぐさま扉に向かってその牢の扉の、そのカギ穴へと手を伸ばした。


 そして――。


『ヨロリロォ……』


 手にしていた鍵束、その中から一本を選んで扉の鍵穴へと差し込む。

 ガチャガチャと鍵を動かして、なんとか開錠を試みる。

 だがやがて、鍵が合わないのか手の中の鍵では開けることが不可能だと判断すると、今度は手にしていた鍵束の中から別の一本を選んで再び扉の鍵穴へと差し込んだ。


 否、よく見ればそれはひとつの鍵束ではない。

 金属の輪で繋がれて、確かに鍵束になっているものもあるが、しかしその囚人が持っている鍵はそれだけではなく、明らかに様式の違う鍵や、文明レベルからして違うカードキーの様な別の鍵も複数種類を持ち歩いていた。


 一本、二本、三本……。


 手に持っている鍵の中から、合いそうな鍵を一つずつ選んで試していくが錠は開かない。


 四本、五本、六本……。


 それでもその囚人は諦めることなく、しかし執念深く鍵開けに対して感情を見せるわけでもなく、まるで機械のように、定められた作業のように牢の錠に鍵を試す作業を続けていく。


 七本、八本、そして――。


 カチリ。

 やがてそんな音がして、鍵の一本が一つの手ごたえと共に牢の扉を開錠する。


 すると扉の鍵が開いたと、そう見るや否や扉の前の囚人はすぐさま鍵を引き抜き、身を翻すようにして扉の脇へと飛び退いた。


 次の瞬間、今まで牢の中でおとなしく囚われの身となっていた囚人が勢い良く扉を破って飛び出してくる。

 まるで扉の外にいる、錠を開けた愚か者に襲い掛からんとするかのような猛烈な勢い。

 だがその勢いは、扉の外に出てそこにいた相手が自分と同じ囚人とわかった瞬間あっさりと消失した。


 しばし、二体の囚人が無言のまま向かい合う。


 否、その場にいる囚人は、すでにただの二体ではなかった。


 牢から出たばかりの囚人の背後、先ほど鍵を持った囚人が歩いてきた方角から、すでにさらに二体の囚人が鍵の囚人に追いつく形で到着している。


 一体はぼろをまとい、なぜか巨大な十字架を肩に担いだ囚人。

 もう一体は同じくぼろをまとった、首と両手を木製の巨大な首枷によって拘束された囚人。


 現代風のオレンジの囚人服を纏い、今牢から出たばかりの囚人は、新たに現れた他の二体と視線を合わせると、何かを理解したかのようにその二体へと向き直る。


 そうして合流した三体の囚人に背を向けて、鍵の囚人は再び次の扉へと向って行く。


 そうして、再び先ほどのように中の様子を覗い、囚人がいれば鍵を試して開放を試みようと扉へと近づいて――。


「――だァッ!!」


 ――その寸前、力強い男の声と共に勢い良く扉が開き、扉の前に立っていた囚人に容赦なく激突した。

 同時に、扉と接触したことで囚人の体に電流が走る。


 扉に触れたものを感電させるべく、あらかじめ仕込まれていた【静雷撃(サイレントボルト)】。そんな魔法の存在を知る由もないその囚人は、激突の衝撃にあっけなく背後へと跳ね飛ばされて、感電した体で満足に動くこともできずに監獄の床へと転がった。


 そしてその隙を、扉の中から続けざまに飛び出してきた者達は一切見逃さない。


「まずは一体です――!!」


 声が聞こえたその瞬間、男に続いて飛び出してきた少女がその手の小太刀で囚人の顔面を貫いて、他の囚人たちを開放していた”和装の“囚人はあっけなくその場から消滅した。






 外で何が行われているかを、竜昇たちは詩織の【音響探査】によってかなりの精度で感知していた。


 一体の敵が鍵を使って、牢の中の囚人を開放している。

 先ほどの処刑場のような場所に連行しているのではなく開放していると聞かされたその時点で、この敵が通常の看守型でないのはすぐに察せられた。

 そして予想もできた。牢に片っ端から鍵を試していると聞いた時点で、この扉に対してもそれが行われるだろうことも、そしてそうなった場合、この敵と竜昇たちとの遭遇が避けられなくなることも。


 ならば竜昇たちがとるべき選択はただ一つ。近づいてくる囚人を撃破して、それに気づいてこちらに来るだろう、解放された囚人たちをその場で撃滅するという選択のみだ。


「まずは一体です――!!」


 城司が【静雷撃】を仕込んだ扉を相手にぶつけるようにして敵を昏倒させ、身動きが取れなくなった敵に静がとどめを刺すのを見届けて、竜昇が二人に続いて扉の外へと走り出す。

 すでに牢の中で、【領域スキル】で隠蔽しながら【光芒雷撃】は展開済み。

 魔本の力を借りて制御した雷球を扉から放出して上へと配置し、竜昇自身も外へと飛び出し、魔法による攻撃を開始しようとして。


「あぶねぇッ!!」


 飛び出した竜昇、その前に危険を察知した城司が強引に割り込んで、その手に展開された盾で飛んできたものを受け止めた。

 城司が今回展開していたのは【円盾(バックラー)】より大きく、凧のような形をした【決闘防盾(カイトシールド)】。

 うまく構えれば城司の体の大半を覆うことのできるそんな盾でもってして、城司は竜昇目がけて飛来した物体を受け止め、叩き落としていた。


 ガラスの割れるような音がして、床に案の定ガラスの破片と何かの液体が二組分散らばり落ちる。


「注射器ですか。なにをやらかして収監されたのかが予想できる武器ですね」


 同じように投擲による攻撃を受けて、しかしそれを十手で叩きとした静が、己のたたきとした物品の残骸を見てそう判断する。

 見れば、先ほどの和装の囚人に解放されたと思しき三体の囚人の内、オレンジ色の囚人服を着た囚人が両手の指に細い注射器を挟む形で構えをとっていた。

 どうやら今の注射器も、あの囚人が器用に投擲して来たらしい。中に収められていたのがなんの薬物だったのかは知る由もないが、しかしなんであったにしろ攻撃を受けてまともに薬液を注射されていたらろくなことにならなかったのは間違いあるまい。


 否、仮にその薬液を注入されるのが、味方だったならば有効な効果を発揮するのか。


 身構える竜昇の見る先で、注射器の囚人が自身の前に立つ、木製の首枷で両腕と首を拘束された囚人へと注射器を投げつける。

 背中に注射器が突き刺さり、しかし当の首枷囚人はそれに対して何ら痛痒を感じた様子もなく、代わりに身を震わせてその様子を一変させる。


『ドルル……、ドル、ドルドルドォォォオッ!!』


 唸り声をあげ、首枷の囚人が勢いよく地を蹴りこちらへ目がけて飛び掛かる。

 同時に、その首枷を中心にするように魔力のシールドが先端が尖った六角錐の形で展開されて、さらに囚人の体そのものが高速回転して、まるで体全体をドリルにでも変えたようにこちらに向かって飛んでくる。


「――っ」


 それに対して、城司が素早く前へと飛び出し盾を構える。正面から突っ込んでくる敵を前にして、城司はその敵を正面からではなく、下からの一撃で迎え撃つ。


「【昇盾(シールドアッパー)】――!!」


 繰り出すのは【盾スキル】の技の一つである【昇盾(シールドアッパー)】。ドリルのように突っ込んでくる敵を下から持ち上げるような動きで殴りつけ、その軌道を強引に変えて真上目がけて突っ込ませる。


「――ォオッ!!」


 ガリガリと盾の表面を削る音がして、上へと弾きあげられた囚人の頭部が天井を砕いて突き刺さる。

 まるで漫画の様な、人間の頭が天井に突き刺さって体がつり下がっているような間抜けな光景。だがそんな状況も、天井の高さが通常の人間のジャンプでは届かない高さであり、突っ込んだ天井が明らかにコンクリートの塊であったというなら笑えない。


「チィッ――!! あの頭のシールド、ぶつかったものを削るために表面にドリルの刃がくっついてやがる――!!」


 ただの一撃で盾が甚大なダメージを受けたのか、城司の腕の【決闘防盾(カイトシールド)】が砕けるように消えていく。

 新たな盾を展開しなくてはならない無防備な状態。

 そしてそんな状態を見逃してくれるほど、今相対している敵は甘くはない。


『ギルティ――!!』


 城司の盾が消えた一瞬の隙をついて、肉薄した最後の囚人が己の担いでいた十字架を振りかぶる。

 人を磔刑に処するための刑具としての使用目的ともまた違う、もっと原始的な鈍器として振るわれた十字架が、しかし振りかぶられたその瞬間に飛び込んだ人影によってあっさりと阻まれた。


「させません――!!」


 振り上げられた十字架、そのクロスした部分に真横から引っ掛けるような形で、一手早く振り下ろされた長剣の切っ先が僅かながらも接触する。

 咄嗟に突き出されたそれは、静が先ほど手に入れてすぐ、石刃で触れてコピーしておいた【応法の断罪剣】。横合いから飛び込んだ静による、石刃の変身によるリーチの伸長よってどうにかぎりぎり届いただけの一撃。

 だがそんな接触程度の一撃は、直後に切っ先に込められた暴風の魔力が炸裂したことで、振るわれる重い十字架に強い抵抗になって動きを阻む。


「【突風斬】――!!」


 弾ける暴風が十字架を直撃し、風圧を受け止めたことで振りぬかれようとしていた十字架に圧がかかってその動きを阻害する。

 ピンチから一転して生まれた絶好の隙。その隙を見逃すことなく、今度は城司がその隙をつくべく突撃を敢行した。


「――だらァッ――!!」


 とっさの対応だったためできたのは【決闘防盾(カイトシールド)】の展開だけにとどまったが、それでも体格のいい城司の体重が十分に乗った体当たり。

 それによって十字架を振りかぶった体勢で崩れかけていた態勢を完全に崩されて、そのままふっ飛ばされて背後へと転倒した。


『ラリァッ――!!』


 だが転倒したその首筋に、再び注射器が突き立ってその薬液を体内へと注入する。

 再び起きるだろう囚人の肉体強化。

 あの黒い魔力の塊のような肉体に、ドーピング染みた薬液による強化が効くというのも驚きだが、生憎とその結果を悠長に見届け、敵の本領に付き合ってやるつもりは竜昇には毛頭は無かった。


「集中――!!」


 右手を真上に掲げて、竜昇は生成しておいた【光芒雷撃】の雷球を自身の真上に展開する。

 同時に、自分がそれまでいた独房の室内、そこに展開したままにしておいた魔力の領域を丸ごと回収し、自分の中から新たに魔力を追加して別の魔法へと変換する。


「【迅雷撃(フィアボルト)】――!!」


 真上の雷球目がけて電撃を撃ち込み、拡大した六つの雷球で同時に三方へと照準を向ける。

 狙うは眼前の二体と真上の一体。十字架を手に置きあがった囚人とその後ろの注射器の囚人、そして首枷で拘束された頭部を再びシールドの展開でドリルに変えて、そのままこちらに突っ込んで来ようとしている者も含めた三体の囚人全員だ。


「【六亡迅雷撃(ヘクサ・ファボルト)】――!!」


 術名を唱えたその瞬間、三方へとはなたれた六発の雷撃が敵を余さず飲み込んで、防御を許すことなく、そのまま三体の囚人を跡形もなく消し飛ばした。






「それにしてもどうなってるんだ……。なんだって囚人が外をうろついてやがる……」


 竜昇が倒した三体、そして静が倒した囚人のドロップアイテムを手早く確認しながら、竜昇は先ほど倒した囚人たち、その脱走を手引きしていた和装の囚人がここをうろついていた理由を憂慮する。

 いやな予感が先ほどからあった。

 否、それは予感というよりも、一つの可能性の予想だ。


 あくまでもその可能性があるというだけだが、そうなっていたら厄介だと、そんなことを考えながら、竜昇はドロップアイテムの確認もそこそこに、先ほどの戦いの中でも唯一部屋の中に待機させていた詩織に質問を投げかける。


「どうだ詩織さん。なにか気になる音は聞こえるか?」


「ちょっと待って」


 地面に横になり、耳を床へと押し当てながら、詩織が返事と共に目を閉じる。

 その全身から微弱な魔力を感じるところを見ると、どうやら耳だけでなく、全身の感覚を強化しているらしい。

 あるいは【音響探査】というのは、耳だけではなく、体に感じる振動からも周辺状況を解析する技能なのか。

 そんなことを竜昇が頭の片隅で考えていると、当の詩織は自身が聞いた音を解析して竜昇たちの方へと伝えて来た。


「ここからそう遠くない所から影人の集団が来てる。数は五体。音が規則正しいから多分看守型。まだ時間はあるけど、たぶんこっちに向かってるんだと思う。それと、反対方向に三体……、――え? だけじゃない。その向こう側にも四体、これは戦ってる? 他にもあっちこっち、そこらじゅうで誰かが戦ってるような音がしてる……!!」


「チィッ、やっぱりかッ!!」


 詩織の証言に、そう声を漏らしたのは竜昇ではなく、同じように詩織の分析を聞いていた城司の方だった。

 どうやら彼の方も、竜昇と同じ可能性を頭に浮かべていたらしい。


「えっと、どういうこと?」


「つまり、逃げ出してた囚人はさっきの四体だけじゃなかったってことだよ」


 困惑する詩織に、竜昇は厄介なことになったという、そんな思いと共にそう答えを口にする。


「それどころか、あいつらはまだ氷山の一角だったんだ。今この監獄の中では、囚人が看守を襲って、手に入れた鍵で他の囚人を開放して、そうしてさらにほかの看守たちと衝突する、そんな風に拡大した囚人暴動が起きてるんだよ――!!」


 言ったその瞬間、はるか下の階から爆発のような音が監獄の中を反響しながら聞こえてくる。

 まるで戦場の様な鳴動が監獄全体に響き渡るのが、【音響探査】の技能を持たない竜昇にもはっきりと感じられた。

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