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92:聞いていた少女

 渡瀬詩織。私立綱川高校に通う二年生。クラスメイト四人と共に不問ビルに侵入するも、そのうちの一人である男子一名が戦死。それと前後関係までは定かではないが、その代わりにもう一人、このビル内で出会った別の女性が加わった、計五人でパーティを組んで脱出を目指していた少女。


 それがここに来るまでの間に、竜昇たちが見つけた手紙に記されていた彼女のプロフィールと状況である。


「お、驚いたよ。まさかあの手紙を読んだ人に会うことになるなんて……」


 彼女にしても、まさかあの手紙を実際に読んだ人間とこうして対面することになるとは思っていなかったらしく、若干赤くなった顔で、気まずそうな様子でそんな感想を述べる。


 まあ実際、あの手紙は自分たちの状況を伝えるものであると同時に、彼女自身の内心での悲鳴のようなものが書かれていた代物だ。彼女にしてみても、実際にそれが誰かに読まれる可能性というのはあまり考えず、とにかく胸にわだかまる思いをぶつけるようなつもりであの手紙を書いていたのだろう。それが実際に読まれて、しかもそれを読んだ人間と実際に対面することになったのだから、確かに気まずいような、照れくさいような気分にもなろうというものだ。


 もっともその顔色が赤いのは、先ほど竜昇が彼女の着替え(?)中に不用意に振り向いてしまったことが原因かもしれないが。


(実際はほとんど見えてないんだけど、って言っても言い訳だよなぁ……)


 一応状況としては、悪気が無かったことを説明し、謝り倒して一応場を宥めた後なのだが、やはりと言うべきか竜昇と詩織の間に漂う空気は気まずいものだ。良好な関係を気付かなければと思っていた矢先にこの空気というのだから、なかなかに現状は幸先が悪い。


(それにしても、高二ってことは年上だったんだな……)


 発見した当初の弱った様子故にそんな印象は抱けなかったが、実際には高校二年生ということは彼女は竜昇たちより一つ年上である。纏う雰囲気や態度などからどうしても静の方が年上に見えてしまうところがあるが、まあ静の落ち着きや貫禄染みたものについては年齢を超越しているようなところがあるし、詩織は詩織で陥っていた状況故に随分と弱った雰囲気だったから仕方がないと言えば仕方がない。


「しかし、貴方があの手紙の主だとすると、貴方はいったいなぜ一人でこんなところで捕まっていたのですか? あの手紙によると、貴方のパーティはあと四人、他にも人がいたはずですが」


 そんなどちらが年上かわからない落ち着きを醸し出しながら、静が詩織に改めて食事と水の入ったペットボトルを差し出しつつ、本来なら聞きにくいだろうことを平然と問い掛ける。

 この状況から考えるに、どう考えてもろくな答えが返ってこないだろうことが予想される無遠慮な質問とも言えるが、しかし是非とも聞いておかなければいけない事実だった故に竜昇にとっては静のこの無遠慮さはありがたかった。


 案の定、詩織はわずかに顔を曇らせた後、困ったような顔で無理に笑みを作ってその答えを返してきた。


「う、うん……。みんなとは、ちょっと、はぐれちゃってね……」


「はぐれた?」


「うん。その後、なんとかみんなと合流しようとこの階層でさ迷ってたんだけど、看守の影人(シャドー)たちに見つかっちゃって、それでボコボコにされて気付いたらあの状態で……」


 ボコボコにされた、気付いたらあの状態、と、なんとなく軽く、そしてぼかしたように言う詩織だったが、しかしその発言を軽く考えられるほど竜昇たちも馬鹿ではなかった。

 恐らくその時に付いたのだろう顔の痣。あるいは彼女の服を剥ぎ取って、その体を目の当たりにした静ならば、それ以外の箇所がどうなっていたかもわかったかもしれない。

 時間が経ったが故なのかすでに直りかけているようだったが、それは間違いなく、この階層の看守たちによって彼女が袋叩きにあった証だった。


「とりあえず怪我に関しては、食事がすんでから治療してしまいましょう。私達も医療品を確保してありますし、竜昇さんなら治癒系の技能を習得していますから」


「あ、うん。できるなら、お願い……。一応私も傷の治りを速める効果もある技を使ってたんだけど、それが本分の技じゃないから効果がいまいちで……」


 苦笑しながら、そう言って詩織は少しだけ食事の速度を速めて食べ始める。

 あるいはそれは、数日にわたって飲まず食わずで拘束されていたが故の空腹によるものだったのかもしれない。

 同じことに思い至ったのか、静があまり急いで食べないようにと彼女を嗜めていたが、それでもやはり詩織が食事をとり終えるまでにはそれほど時間はかからなかった。


 とりあえず食事が終わり、彼女が落ち着くのを待ってからさっそく竜昇は詩織と手をつなぎ、【治癒練功】で彼女の体内の魔力に働きかけて治療を開始する。

 同時に問い掛けるのは、先ほどまで聞いていた彼女の話の続きだ。


「それで、さっきの話だけど、それじゃあ君の仲間は今もこの階層で君を探してるのか? それともまさか他の四人も捕まってどこかに閉じ込められてるとか……?」


「あ、ううん。その心配はないよ。……みんなは私を置いて、先の階層に進んじゃったみたいだから」


「貴方を置いて、ですか?」


「……うん。たぶん、もう、死んだと思われてるんじゃないかな……」


 悲し気に目を細めて、それでも詩織は無理やり苦笑してそう告げる。

 恐らく詩織自身は最大限に彼らの行為を飲み込めるものとして解釈しようとしているのだろうが、結局のところ彼女が置かれた状況、仲間たちの決断というのは、つまり行方不明になった詩織の捜索を断念し、彼女を見捨てる決断をしたということだ。

 実際、見失った仲間を死んだものと判断するだけの要素はあったのかもしれない。その仲間だった者達にとっても、その決断は苦渋に満ちたものなのかもしれないが、しかし実際に生きていて、こうして救出された詩織にとってしてみれば、それでも見捨てられたのだという事実は揺るがしようのない事実だ。


 そんな風に、竜昇が彼女の話を受け止めてその心情を慮っていたその時、しかしそれに異論を唱えるように扉のそばで周囲を警戒しながら話を聞いていた城司が口を挟んだ。


「――ちょっと待てよ。今おまえ、まるで見ていたように仲間が先に進んだっつってたけど、その根拠はいったい何なんだ? まさか本当に見ていた訳じゃないだろうし、そもそもお嬢ちゃんはあのマスクで視界を塞がれてたはずだろ?」


「え? ああ――」


 確かに、言われてみれば彼の抱く疑問はもっともだ。

 あまりに確信に満ちた言葉に思わず納得してしまったが、現実問題捕まっていた詩織は身動きも取れない状態で、さらに視界を塞ぐマスクまでかぶせられていたのである。

 周囲の様子を探るどころか、自分がいる独房の内装すら見ることも叶わない。

 そんな状況に置かれていた彼女が、残る仲間の動向など思えばわかっているはずがなかったのだ。そう言う意味では、そもそも竜昇が彼女に彼女の仲間の動向を訪ねた時点で、問いかける相手を根本から間違えていたことになる。


 本来ならば、そうだっただろう。

 ただし、この場は本来の常識が意味をなさない不問ビルの中であり、そして渡瀬詩織はやはり牢獄に囚われてはいても、常識には囚われていないプレイヤーだった。


「……あ、えっと、それが、わかるんです。私が習得したスキルの【技能(アビリティ)】に【音響探査(エコーロケーション)】っていう、聞こえる音やその反射を聞いたり感じたりして、周囲の様子を探るものが有ったので」


「【音響探査(エコーロケーション)】……?」


 その言葉に、静はふとさきほど、マスクで視界を塞がれた詩織が静より早く魔女の奇襲の兆候を読み取っていたというその事実を思い出す。

 静としてもあの時の詩織の察知の速さには疑問を覚えていたのだが、どうやら彼女にはそうした、視覚に頼らない探知方法があったらしい。


「ちょっと待て、お嬢ちゃんその【音響探査(エコーロケーション)】ってのはいったいどれくらいの範囲を察知できる技能なんだ? お嬢ちゃんの話が確かなら、はぐれたお仲間の動向を、それこそ次の階層に移動しちまうところまで把握できてたってことだろ?」


「え、あ、はい。えっと……、あの時は縛られててそれ以外にできることが無かったから、その分感覚の強化に集中できたし、この階層は構造が単純な上に音が響くから、たぶんこの階層全体は把握できてたはず……」


「この階層全体――!?」


 思わぬ索敵範囲の広さに、聞いていた竜昇は思わず驚きの声をあげる。

 実際には彼女の言う通り、縛られて身動きが取れず、視界も塞がれて音に集中するしかない状態だったが故の、いわば【音響探査(エコーロケーション)】に全力を傾けていたが故のその探査範囲なのだろうが、しかしそれでもこの広大な階層の全域をカバーしてたというならそれはやはり驚くべき技能だ。

 否、それだけではない。もしも彼女が拘束されている間そんな技能を使い続けていたのだとしたら、彼女の存在はもう一つ重要な意味を持ってくる。


「ちょっと待て、じゃあお嬢ちゃんは、俺達がこの階層に踏み込んで来たのも察知してたのか? その後俺達がどこをどう移動してたとかは――!?」


「え、あ、はい。えっと、三人がこの階層に来てくれたことは、到着したときにすぐにわかりました。影人(シャドー)……、えっと、ここでいうところの看守や囚人たちは戦い始めない限りは音がワンパターンだし、特にあの、入淵さんの場合はここに来てすぐ大声で叫んでたから……」


「それではその後の移動も察知していたのですか? 私たちがどこをどう移動しているとかもわかっていましたか」


「うん。三人とも足音を隠すようなことはしてなかったし、何より派手に魔法を使ったりして大きな音を立ててたから」


 城司と静の質問に、詩織はたじろぎながらも自身の判断材料と共に竜昇たち一行の行動を把握していた事実を明らかにしていく。

 聞けば聞くほど、彼女の【音響探査(エコーロケーション)】がこの階層全体をカバーしていたという事実は証明されていくばかりだ。

 それはある種、竜昇たちがこの階層に来たときから見はられていたという事実とも取れる訳だが、ここで重要なのはそんな些末なことではない。


「俺達の前に来た奴は――!? 俺達が入るちょっと前、それこそ五分も経ってないそれくらいの間に、もう二人この階層に来ただろう!?」


「え、もう、二人――?」


「一人は気絶させられてたから音は感じなかったかも知れないが、もう一組だ。鎖の魔法を使う男と中学生の女の子。女の子の方は俺の娘なんだ。そいつらがどこに行ったかもわからないか――!?」


 そう。彼女が音によってこの階層全体を監視できていたというのなら、重要になって来るのはその部分だ。

 なにしろ行方が分からないハイツと、それに連れ去られた入淵華夜の行方を彼女は聞いて知っているかもしれないのである。

否、彼女が竜昇たちの立てる音を聞き取っていたというのなら、むしろ聞いていない方がおかしいくらいだ。

 だが――。


「ちょ、ちょっとまって。もう、一人……? え、でも、みんなが……、私のパーティがこの階層を出てから、ここに来たのはここにいる三人だけの筈だけど……」


「――え?」


 思わぬ詩織の発言に、詰め寄っていた城司だけではなく、竜昇と静も驚き、聞き返すように声を漏らす。

 その様子に、かえって詩織の方が困惑したようだったが、しかしそれでも彼女は自分のその証言を撤回する気はないようだった。


「ホ、ホント、ですよ。あたし、捕まってからずっと【音響探査】使ってて、みんなが次の階層に進むのも、あなた達がこの階層に来る音も全部察知してたけど、その間にこの階層に踏み込んできた人は他には誰もいなかったから」


「それは、確かなんですか?」


「う、うん。だって、人がいれば間違いなくそれとわかるから……。なにしろ人の足音はここの影人たちとは明らかに違うし、戦闘になれば派手な音が聞こえる……。なにより、階層を移動するなら間違いなくそのための扉が開閉する音が聞こえるから……、あ」


 と、言いかけたその時、詩織が何かを思い出したかのようなリアクションを唐突に見せる。


「……そう言えば、みんなが来るよりももっとずっと前の話だけど、一度だけ扉が開いたような音がしてたかも……」


「なッ!? 本当か? ならそいつはどこに行った? そいつが多分俺の娘を攫った――」


「――で、でも、たぶんそれ入淵さんが探してる人たちじゃ絶対にないですよ。扉の音がしたと思うのは五分どころじゃない、もっと前の話だし……。それに――」


「それに?」


「開いたのは三人が入ってきた上の扉じゃなくて、下の階層につながってる下の扉。それも、今考えると本当にそんな音がしてたのかもわかんない……。だって、扉が開いたような音が聞こえたけど、人がたてる、足音とかの音は一切聞こえてこなかったから」

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