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67:光って踊れるデッサン人形

 さて、食事をとり、話し合いを終え、スキルを習得し、さらには一晩その場で休息まで取った竜昇たちだったが、竜昇たちのこの食堂内での滞在はそれだけでは終わらなかった。


 もとより、毎回準備不足のままその場をうごかざるを得なくなっている竜昇たちである。今度こそはできうる限りの準備をしてから進みたいという思いがあったし、それをするために長く滞在するだけの環境が、具体的にはそれ相応の量の食糧がこの食堂内には確保されていた。


 だから、もうこれ以上準備を整える機会は逃せない。

 もちろん、いつまた敵が襲ってくるかもわからない現状油断はできないし、迎撃の備えは間違っても怠れないが、それでも迎撃のための準備ができて、水と食料に余裕があり、一定の広さを持つこの食堂という環境は、これまでになく竜昇達が拠点とできるだけの要素が整っていたのだ。


 打ち合わせだけで、ほとんどぶっつけ本番で行わなければいけなかったフォーメーションを実際に動いて試してみたり、習得した技を実際に使って見たりして今後の連携を確認する。


 これまでは一応スキルによって習得した術技ならば使って見なくともそのスキルの知識によってある程度効果がわかったが、今後連携を取って行動するとなればそうはいかない。たとえ自分で効果がわかっていても、相手はスキルを習得していないためそうではないのだ。それらの情報を話し合い、特に他人にも行使できることが発覚した【纏力スキル】などは実際に効果を検証したりして、二人の間で互いの手の内に関する情報共有を進めて、思いつく限りの戦術を練っておく。


 そうして、不問ビル二日目後半から三日目にかけてをまるまる食堂に滞在し、戦術の準備を整えた竜昇たちは、続けてこの先の持ち物の準備を整える。

 とは言え、竜昇たちがこの場で調達したのは結局食料だけだった。

 一応、武器についても持って行くことを相当に検証したのだが、静の投擲用にと考えられた包丁やナイフは、鞘が無いためむき出しでもっていかなくてはならず、また、重量もあるためこれ以上持って行くのはかえって危険と判断された。

 ならば竜昇が近接戦用に包丁の一本でも持って行くのはどうかとも考えたのだが、竜昇の場合、すでに魔法の発動速度を考えれば包丁で敵に襲い掛かるよりも【雷撃】あたりの魔法を使った方が攻撃手段としては確実である。

 一応、石刃をそうしていたように、残っていた箒の柄の先に包丁をテープで固定して、槍のように使うという手段も考えられたのだが、生憎と作ってみたそれは固定したのがテープであったせいか強度が弱く、静の【鋼纏】との組み合わせが無ければとても実戦には耐えられない代物だった。

 結局、竜昇は武器に関しては今回は装備を見送ることとなった。


 結果、最終的に竜昇たちがこの場から持ち出したのは炊いたご飯に適当に探し出した具をくわえておにぎりにしたものだけで、とりあえずそれを竜昇の持つ鞄に詰められるだけ詰めてこの場を出発することにする。


 欲を言うならばそろそろシャワーの一つも浴びたかったし、それ以上にどこかで静の着替えを用意したかったのだが、こればかりはどうにもならずこの先の施設にその希望を託すことになった。

 一応水道はあったため、そこで顔を洗うくらいのことはできたので、今日のところはそれで良しとしておくしかない。


 二人で自分たちの装備を確認し、いよいよ竜昇たちはその場からの出発を決める。

 肩に担いだ静のカバン、その中身の重さを意識して、さっそく竜昇は昨晩検証して決めた、行軍の際の一つの作戦を実行に移すことにした。


「じゃあ小原さん、頼む」


「はい、それでは」


 求め、差し出した竜昇の手に対して、静も袖が無い代わりに籠手を装着した左手でその手に触れてくる。

 一瞬の集中で魔力を練り上げ、直後に静は昨晩決めておいた三つの技を、組み合わせるようにして瞬時に発動させた。


「――【剛纏】、――【甲纏】、――【隠纏】」


 魔力の気配と共に体が軽くなったような感覚が全身に満ちて、直後に自分の身を覆っていた魔力の感覚が【隠纏】によって完全に隠ぺいされる。

 身体能力を上げる【剛纏】と、防御力、正確には破壊耐性を上げる【甲纏】、そしてそうした効果を持つ魔法的な力を、魔力の気配を周囲に伝えずに使うための技【隠纏】を立て続けに使用した合わせ技。

 戦闘になった際、ことを優位に運ぶための身体能力と防御力を獲得したうえで、隠密行動に支障が出ないようにそれらの魔力の気配を【隠纏】で隠蔽する。

 昨晩の検証によって、これらの技がどれくらいの距離で魔力の観測が可能なのかはおおよそ把握できている。

 逆に言えば、その距離の範囲に敵がいなければ、竜昇たちはこれらの技を使用した状態でも隠密行動は可能になる訳で、そうと判明した昨日の段階で、この先は二人ともできうる限りこうした支援技(パフ)をかけた状態で行動しようと決めていた。

 同じように静自身も自分に三種の魔力を纏わせて、その効果を確認するようにわずかに体を動かし、直後に竜昇に対して頷いて見せる。


「それじゃあ、とにかく先に進もうか。まずは一階を進んで、どこかで二階に上がって隣の高等部校舎に移動しよう。高等部校舎も一応一階を確認するけど、怪談の舞台になりやすい特殊教室は極力避けて、とりあえず着替えや物資が手に入りそうな購買を探す」


 竜昇が打ち出した方針に静も頷いて、静が先行する形で二人が同時に歩き出す。

実に三日目となる不問ビル攻略が、夜のままの学校の中で静かに幕を開けた。






 と、そうして開始した三日目の探索は、わずか十分で最初の敵に遭遇することとなった。

 場所としては大校舎の二階に上がり、そこから渡り廊下を伝って、踏み込んだ、高等部校舎の、その二階の廊下でのことである。

 見逃せるはずもない。警戒しながら覗き込んだその廊下では、まるで竜昇たちのその警戒をあざ笑うかのように、二つの人影が一組になって踊り狂っていたのだ。


(いや、なんだあれ……)


 まるで舞踏会の中にでもいるように、決して広いとは言えない廊下で踊りまわる人影を隠れて観察し、竜昇は思わず心中でそう独り言ちる。

 一瞬、あれは陽動で別の敵が他にいるのではと疑ったが、しかし周囲の気配に感覚を研ぎ澄ましてもそれらしい気配はまるで感じなかった。もっとも、これは竜昇が特殊なスキルを得ただけの一般人だからわからない、というだけの話かもしれないが。


 一応、周囲にも少し気を張りながら、もう一度竜昇は廊下で踊る二つの影を観察する。

 どうやら踊る二人は結構豪奢な衣装を身にまとっているらしい。二体いるうちの一体、若干背が高い方は服の上からマントを羽織っているようで、翻るマントの影からは腰に剣の様なものを差しているのが見て取れる。

 対するもう一体、若干背の低い方はドレスのようなものを着こなしており、どうやらこの二体は舞踏会の王子様とお姫様のような、そんなコンセプトの衣装をまとった敵のようだった。

 それだけに、この舞踏会の登場人物と学校という環境が致命的に似合わなかったが。


「なんだアレ。舞踏会ならよそでやって欲しいんだが……」


「いえ、互情さん。あれは多分学校の怪談の『踊るデッサン人形』ではないかと思います」


「え? デッサン人形?」


「はい。遠くて暗い上に、例の黒い霧を纏っているので見難いですが、見える手の形とか、顔の凹凸の無さなどで恐らくそうなのではないかと」


 言われてみれば、確かに踊っている人影は霧と衣装で分かりにくかったもののどこか人形染みていて、踊る中で広げられた手先などにも指のようなものが見受けられない。


「確かに人形っぽいな。けど、等身大のデッサン人形って何なんだよ。もしかしてアレ、デッサン人形とマネキンを一緒くたにしてないか?」


「ああ、ありそうですね。着ている衣装も、もしかしたら演劇部や文化祭の出し物の衣装なのかもしれません」


「……武器は、王子様型の方は腰の剣かな。お姫様の方は特に何かを持っている様子が無いからわからないけど……」


「でしたら、あちらはもしかすると魔法使いタイプかも知れませんね。王子様が前衛で、それをお姫様が背後から補助、という可能性が高そうです」


 二人で相手を観察し、見て取れる情報から相手の戦術をおおよそではあるが分析しておく。

 これまで、特にこの階層に入ってからは何かと敵の方から襲撃を受けることが多かった竜昇たちだが、今回は相手に対して主導権を握れる絶好の機会だ。

 相手にこちらの存在がばれないように細心の注意を払いながら、二人は小声で会話を交わして相手に対する戦術を組み立てる。


「相手の核の位置は……、今回はオーソドックスに顔の位置でよさそうですね」


「フォーメーションは今回もスタンダードで行くか? それとも奇襲するならアサルト?」


「アサルトでしょう。せっかく先手を取れるのです。その利を最大限生かすべきかと」


「オーケー。優先目標は……、とりあえず手の内が見えないお姫様の方を狙うか」


 短く打ち合わせを終えて、竜昇達は武器を手に、もう一度踊るデッサン人形たちの様子を観察する。

 相手がこちらに気付いていない、その事実をしっかりと確認したのち、竜昇は適当に打ち合わせておいたハンドシグナルでカウントを行い、スリーカウントの後に一気に曲がり角の影から渡り廊下目がけて飛び出した。

 同時に、右手を突き出して放つのは、奇襲のために魔本の力も借りて最速で展開した電撃の魔法。


「――【雷撃】」


 竜昇が飛び出す気配によって、ようやく二人の存在に気付いたデッサン人形たちが踊りをやめて動きを止める。

 走りながら撃ったこともあって、人形たちは余裕で竜昇の電撃の射程圏内だ。閃光と共に廊下を迸る電撃が動きの止まった人形たちへ牙をむく。


『レラララァァァアア!!』


 と、電撃が炸裂するその瞬間、二体の人形の内の一体、お姫様の衣装をまとった方が前へと飛び出して、同時に王子様の方もお姫様を投げ出すようにしながら後ろへと飛び退いた。

 当然、前へと投げ出されたお姫様が電撃から身を守れるはずもなく、竜昇の魔法をもろに喰らってノイズがかかった悲鳴をあげ、動きを止めてその場に倒れ伏す。


「あいつ、相方を盾にしやがった――!!」


 防御手段とはお世辞にも言えない、二体のうちの一体を示し合わせたかのように盾にするそんな挙動。

 そんな相手の対処に反射的に嫌悪を覚えながら、しかし竜昇は次の行動を止めるような真似はしなかった。

 手にした魔導書の効果で【分割思考】を発動、身の内で二つの魔力操作を同時に行いながら、竜昇は敵との距離はこの場が最善と判断しその場所で足を止める。

 直後、足を止めた竜昇の代わりとでもいうように、すぐ脇を武器を携えた静が駆け抜ける。右手に十手を、左手に【始祖の石刃】から変化した【加重の小太刀】を携えて、敵と直接切り結ぶべく、足を止めた竜昇を追い越して前に出る。


 フォーメーション【アサルト】は、その名のとおり敵を強襲、特に奇襲をかける際のために考案されたフォーメーションだ。

 流れとしては、まず遠距離攻撃を持つ竜昇が先行し、瞬間的に発動できる【雷撃】によって相手に一撃を加えて、その後静が突撃してそのままフォーメーション【スタンダード】へと移行する形となる。


「――【光芒雷撃(レイボルト)】」


 竜昇を追い越し、先行する静に対して、すぐさま竜昇は自分の周囲に六発の雷球を生成、うち四発を静に追従させて敵の出方を覗う。

 対して、お姫様を盾にしておきながら、あるいは盾にするだけの冷徹さを持っていたが故なのか、デッサン人形の王子様の動機は迅速だった。

 相方が倒れるその隣で、指の無い手に黒い煙を纏わせて指の代わりとし、腰の剣をすぐさま抜き放って迫る静を迎え撃つように自身も前へと向けて走り出す。

 事前に竜昇たちが予想していた通りの、シンプル、あるいは正統派とも言える剣術の構え。

 ただしそれはあくまでも王子の方に限った話であり、その背後で身を痙攣させながら身を起こしたお姫様の方は、こちらも予想通りというべきなのかすでに魔法的な力を発動させていた。

 お姫様の手、デッサン人形故に指の無い、そんな掌のその上に、激しく明滅を繰り返す、野球ボール大の小さな光球が現れる。


(さあ、なにをしてくる――!?)


 【雷の魔導書】による思考の補助を受け、相手の次の手に対して身構える竜昇の目の前で、警戒していたお姫様の魔法が瞬時に発動する。

 お姫様の手元を離れ、天井付近にまで光球が撃ちだされたその瞬間、竜昇が見る学校の廊下の中で、こちらに駆け寄る王子の体が一度に三人にまで分裂した。


(分身――!? いや、これは……)


 目の前で起きた王子の分裂、その光景に一瞬だけ驚きを覚えて、しかし魔本によって補助された竜昇の思考はすぐさまそのからくりにあたりを付ける。

 同時に発動させるのは、奇襲などを警戒して攻撃の魔法と共に身のうちに準備していた、魔力を用いたもう一つの技だ。


(【探査波動】、発動――!!)


 敵の分身からほとんど間をおかず、直後に放った魔力の波動が、この場にいる竜昇以外の、静と王子、そしてお姫様の気配を瞬時に洗い出す。

 静とお姫様の気配が眼で見たその位置にあり、しかし王子の気配が見える三人の位置の少し向こう、なにも無いはずのその空間に感じとれていた。

その事実をもって、瞬時に竜昇はお姫様の使った、その魔法の持つ効力を推察して見せる。


「見える三人の敵は幻だ。本物は幻たちの三歩分後ろにいるぞ!!」


「助かります――!!」


 言い放ち、静は大胆にも迫る三体の幻をまったく頓着せずに素通りする。

 同時に、敵も陽動の分身が静たちに意味がないということを悟ったらしい。先行していた三体の分身が消失し、替わりに竜昇が看破したその位置に、姿を消していた王子のデッサン人形が剣を突き出す直前の態勢で現れる。

 ただしその姿はまたもや多重。分裂しているのではなく、同じ位置に出現した幻によって文字通り敵の姿がぶれているという、そんな状態だ。

 当然、突き出される剣の攻撃も多重にぶれる。

 自身への攻撃を逸らすのではなく、自身の攻撃を読ませないための幻を纏って、静目がけて突き出されたその一撃は――。


「磁引――!!」


 静が構えた十手の、その強烈な磁力によって突き出した剣そのものが無理やり引き寄せられて十手に接触、静の超人的な反応によってその軌道を逸らされて、同時に十手と敵の剣が接触したことで、十手に仕込まれていた竜昇の【静雷撃】が相手の体へと炸裂する。


『――リ、ジュォ……!!』


 感電し、敵が膝から崩れるというその隙を至近距離にいる静は見逃さない。

 静が左手の小太刀を振り上げるのとほぼ同時に、竜昇の方も静に付けていた雷球四発を飛ばして王子の背後で倒れる姫の周囲を取り囲む。

 対するデッサン人形のカップルたちに、その攻撃から身を守る手段などありはしない。


発射(ファイア)――!!」


 竜昇が口にし、四つの雷球が光条と化したその瞬間、静の方も小太刀を敵の脳天目がけて振り下ろして共に相手の核を完膚なきまでに破壊する。

 ドロップアイテムとなる二つのアイテムをその場に残して、二体の敵が夜の学校の闇へと消えていった。

互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:38

  雷撃(ショックボルト)

  静雷撃(サイレントボルト)

  迅雷撃(フィアボルト)

  光芒雷撃(レイボルト)

 護法スキル:22

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功

魔本スキル:100

  意識接続(アクセス)

 軽業スキル:12

  バランス感覚

  逆立ちの心得

装備

  雷の魔導書

  雷撃の呪符×5

  静雷の呪符×5




小原静

スキル

 投擲スキル:25

  投擲の心得

  螺穿(スパイラル)

  回円(サイクル)

 纏力スキル:31

  一の型・隠纏  二の型・剛纏

  三の型・鋼纏

  四の型・甲纏


嵐剣スキル:12

 風車

 突風斬


 歩法スキル:13

  壁走り

  爆道(はぜみち)


装備

 始祖の石刃(ルーツブレイド)

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 雷撃の呪符×5

 静雷の呪符×5


保有アイテム

 集水の竹水筒

 思念符×76

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