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63:志気の根源

 防戦一方と、そう呼んでもはや差し支えないほどの、それは劣勢だった。

 鉈を振り下ろし、蛇の尾で薙ぎ払い、時に骨の腕で殴りつける闇雲な攻撃を、対する静が石槍と十手を用いてどうにかいなし、躱していく。


「――ふ……、ぅ……」


 距離を取り、呼気を漏らす。

 竜昇が倒れ、決め手に欠ける静だけが残されてしまったことで、一度は優位に立ちかけていた状況は完全に骸骨の方へと傾いてしまった。

 すでに今の静は、一撃でこちらを行動不能に追い込める鉈や尾の攻撃から身を守り、逃げ回ることしかできていない。

 否、厳密にいうならば攻撃自体は既に何度も仕掛けているのだが、しかし無機物でできた敵はいくら攻撃を加えても痛手とはならず、先ほどから静は決め手に欠ける状況から相手の猛攻にじりじりと押し返されるがままとなってしまっているのだ。


 加えて、静自身の体力もここにきて戦局に大きく影響を与え始めている。


「……ふぅ、……ふ、ぅ……」


 呼吸が乱れる。全身が熱を持ちはじめ、額に汗がにじんでいる。

 いかに超人的な戦闘センスを持つ静であっても、肉体な性能は普通の、平均より少し上くらいの十代の少女のものだ。一応、テニスで鍛えてはいたものの、流石に底なしの体力を持っているわけではないし、加えて今は先の人体模型との戦いの際に負った怪我のせいで、その体力も消耗してしまっている。

 先ほどまではどうにか騙し騙しこれまで通りの立ち回りをしていた静だったが、ここにきて竜昇からの援護が受けられなくなったことで、いよいよ体力の面でも限界が近づいてきてしまったのだ。


(うまく相手の攻撃を受け流せなくなってきましたね……。さっきの一撃、まともに受け止めることになったせいでまだ腕が痺れています)


 すでに静の肉体的疲労は、その超人的な立ち回りにも影響を与え始めている。

 速い話が、疲労によって動きから精細さが失われて、相手の攻撃をうまく受け流せなくなってきてしまったのだ。

 そうなると相手の力任せの一撃をまともに受け止めざるを得なくなり、ただでさえ疲労した体にさらなる疲労が積み重なるという、悪循環にも似た現象が起き始めている。

 対して、無機物の体に使い魔の下肢を持つこの敵は体力に関しても底なしだ。


「――フッ」


 接近し振り下ろされる鉈を回避し、振るわれる蛇の尾を槍の柄部分でどうにか受け止める。

 尾を構成する電撃が静の全身を覆うオーラの守りをじわじわと削り取る。本来ならこんな攻撃、受け止めずに回避したいところだったが、全身に残る疲労故か対処が遅れた。重い尾の攻撃、その勢いをどうにか使って背後へ飛び退く静だったが、そこで距離を取ることをあっさり許すほど、敵であるこの骸骨も甘くはない。

 飛び退く静に対して追撃をかけるべく、骸骨もまた大地を蹴り、身軽さを生かした空中回し蹴りを静の腹目がけて繰り出してくる。


「シールド……!!」


 とっさに左手の籠手を使って障壁を展開。骸骨の蹴りを押し戻し、相手が着地する瞬間を狙って一気に距離を詰める。

 懐に潜り込み、左手の石槍を突き出す。

 狙うのは敵の頭部、頭蓋骨の隙間から見えるその向こうの赤い核だ。切れ味も鈍く、決して武器として優秀ではない石槍で眼窩を狙うようにしてどうにか敵の命を討ち取ろうとして、しかし静の刺突は猿の下半身を持つ骸骨が背後に飛び退き、軽業のように左手一本で逆立ちしてそこからさらに跳躍、一気に距離を取ることで回避されてしまった。


(まったく、ずいぶんとしっくりくる下半身を手に入れたものですね)


 武器を構え直し、相手の隙を伺いながら、静は心中で通じるはずの無いそんな嫌味をよぎらせる。

 高さと重量、足の速さと、そして強靭な脚力を誇った馬の脚。這いずることによる低い位置での移動と、変幻自在の動きを可能としていた蛇の体。これまで敵が自分の足として使ってきたものはどちらも厄介なものばかりだったが、しかし一番人に近い猿の足を、蛇の尾と同時に発現させた今の体は、むしろ敵の軽業のような能力と相まってより狙いにくい、厄介な機動をこの骸骨に可能としていた。


(さっきの隙だらけの蹴りを見る限り、体術の心得があるようには思えませんが……、やはり何か、動きをアシストするスキルでも習得しているのでしょうか……?)


 思うが、すぐにその思考を無駄だと切り捨てる。この動きがスキルによるものなのかどうかなどどうでもいい。大事なのは、敵はそう言う動きができるのだというその一点だ。


「……ふぅ、……ふぅ、【甲、纏】……」


 自身を覆う黄色い魔力が減衰しているのを確認し、静は身のうちに戻ってきた魔力をすぐさま注ぎ込んで、自身を守るオーラをどうにか復活させる。

 攻防の中で魔力を常に放出しているような状態であるため、すでに静は魔力切れ寸前だ。

 一応、魔力自体は呼吸を整えるように間を置けば即座に回復するのだろうが、その隙も敵は与えてくれないため、今の静は浅い呼吸を繰り返してどうにか酸欠になるのを防いでいるような状態にある。

 回復した魔力を即座に使わざるを得ない自転車操業状態。当然、【剛纏】などの強化技を使用する余裕もない。


(まずいですね……。どこかで仕切り直さないと、このままでは押し切られてしまう)


 思った瞬間、床を蹴りつけ、再び猿の下半身を持つ骸骨が鉈を振り上げて静へと襲い掛かる。


(そんな間をくれる気はないということですか――!!)


 ただ駆け寄り、鉈を振り下ろすだけの単調な動き。

 それでも、十手で受け止めるには重すぎる攻撃を紙一重で回避して、静は自分の体のすぐ真横の床を砕いた大鉈に意識を向ける。


 床に食い込んだ鉈が地面を離れる。

 再び振り上げるべく骸骨が骨の腕に力を籠め、手にした鉈を持ち上げようとしたその瞬間に狙いを定め――。


「――フッ」


 持ち上がる鉈に力と勢いがのるその前に、十手を逆手に持った静がその十手のカギの部分を鉈の刀身に引っ掛けて、上から押さえつけるようにしてその動きを阻害した。


「ア、シィッ――」


「残念、どちらも腕です。捕らえているのも、討ち取るのも――!!」


 右手の十手に己が武器を持ち上げようとする骸骨の力を感じながら、すぐさま静は己の左手、そこに握る石槍に己が魔力を振り絞る。

 狙いは敵の土手っ腹。繰り出すのは敵の五体をバラバラにする暴風の一撃。


「【突風斬】」


 【嵐剣スキル】という名前に反して、槍でも行使可能なその技、その魔力を槍の穂先に宿して、静はひとまず眼の前、敵のあばら骨と腰骨の間にある、猿の骨と蛇の死骸の収納スペースへと槍による刺突を繰り出した。

 もはや腹の中の死骸を破壊できなくとも構わない。槍を突き込んで内側からの暴風でふっとばし、下半身の使い魔の核となっている死骸を無理やり敵の体から排出してしまおうと考え、突き込まれたその一撃は、しかし敵の腹へと届く寸前、猿の足の股下をくぐるようにして現れた蛇の尾によって下から叩かれ、それによって途中で阻まれた。


 石槍の穂先が跳ね上がり、そこに込められた暴風の魔力が見当違いの方向へと炸裂する。


「――ッ」


 予想外の攻撃に、しかし静はすぐさま思考を切り替え、身を翻していったん骸骨から距離を取る。

 だがそれを易々と許すほど敵も甘くない。静の態勢が変わったことで自由を取り戻した鉈をそのまま振り上げて、その峰の部分で静のあばら骨を砕くように静の胴体を右下から打ち上げる。


「――っ、ぅ――!!」


 とっさに十手を盾にして、振り上げられる鉈をどうにか受け止める。


 静の細腕に、痛みにも似た痺れが走る。

 重量のある武器を、重力に逆らって持ち上げる形でそのまま殴りつけてきていたため腕が痺れる程度で済んだが、もしもこれが振り下ろしの一撃だったならばこうはいかなかった。どうかすると十手を叩き折られていたかもしれないと、そんな考えを頭の中によぎらせながら、静は受け止めきれないその勢いに押される形で崩れた態勢を必死に整えた。

 だが骸骨にとって、静のその動きは間違いなく絶好の隙だ。

 ほんの一瞬、静が自身の態勢を立て直すのに時間を使ったその隙に、骸骨の方は今度こそ静の脳天を叩き割るべくその手の大鉈を上段に振り上げている。


(――ああ、これは不味いですね)


 上段から襲い来る鉈の一撃から身を逸らしながら、静は内心で冷徹にそう判断を下す。

 この一撃を回避するだけなら何とかなる。静の今の状態は万全とは程遠いものだが、それでも目前の一撃を回避するのは恐らくそう難しくないだろう。

 だが、そんな攻撃を連続で叩き込まれたらもうわからない。

 自身が押し切られる未来を予感する。なにより、このままいくとまず【甲纏】の魔力が持たない。すでに幾度かの接触で、すでに静を守っていた黄色いオーラは既にギリギリの、消滅寸前のところにまで減衰してしまっているのだ。


 危機感が熱のように静の内心を炙る。だがそんな静の内心に体の方がついて来ない。

 手足が重い。体が熱い。呼吸が苦しく、体内に感じていた魔力がすでに限界にまで減少している。

 精神がしぶとく生き残る道を模索しているというのに、肉体が付いてきていないというそんな感覚。


 それでも容赦なく振るわれる敵の攻撃に、静の精神がいいかげん観念しかけた、その瞬間。


「【光芒雷撃(レイボルト)】――発射(ファイア)――!!」


 声に反応して骸骨が飛び退き、それとほぼ同時に、直前まで猿の足が踏みしめていたその場所に、電撃の向上が突き刺さった。


「小原さん、射線を――!!」


 言われて、静が真横へ飛び退いたその直後、背後から竜昇が放った【光芒雷撃】の光条が空を貫き、四本のレーザー状の電撃が逃げる骸骨へと殺到する。

 見れば、先ほど電撃を帯びた尾の一撃を受けて倒れていた竜昇が、それでもどうにか這いずるようにして近くの柱に向かい、その柱に寄り掛かって立ちながら魔法を発動させていた。


 そんな竜昇の攻撃に、骸骨が猿の下半身を使用し、身軽なステップで続けざまに打ち込まれる光条を次々に回避する。


 バック転のような動きまで混ぜた曲芸染みた動きで、知らず知らずのうちに静のそばから引きはがされながら。


充填魔力(マナプール)解放――!!」


 直後、柱に寄り掛かる竜昇の、その手の本が突如巨大な魔力の気配を発現させる。

 自身の魔力を本の中に溜めておく【魔力充填(マナチャージ)】。敵の攻撃に倒れ、身動き取れずにいる間、それでもなんとか状況を打開するべく流し込み続けられていた巨大な魔力が、今術式によって形を与えられ、竜昇の最大火力となってこの世界に現出する。


「――【迅雷撃】――!!」


 放たれる閃光。空気を焦がし、眼の前にいるものをまとめて飲み込む巨大な雷。

 電撃を吸収する下半身諸共、敵の全身を飲み込んで焼き尽くしてしまおうという、そんな一撃が相手を飲み込んで――。


「――ッ、これでもまだ、倒せないのか……」


 そんな大火力魔法が視界を蹂躙し、まばゆい輝きに満たされた視界が元に戻る中、とっさに目を覆って気配だけで周囲の様子を探っていた静は、荒らされ果てた食堂の、焼け焦げた絨毯の上に、それでもその姿をとどめ、未だ立ち続けている骸骨の存在を感じ取った。


「蛇の尾で、全身を包み込んでいたのですか……」


 視界の先に、鉈を抱え込むようにした骸骨が、その上半身を蛇の下半身でくるんでどうにか身を守っていたのが見えてくる。

 どうやら猿の足を一度消して体を小さくしたうえで、そちらに回していた魔力を全て尾に注ぎ込んで尾を巨大化し、全身に巻きつけていたらしい。


「ハァ……、ハァ……、光芒(レイ)雷撃(ボルト)――!!」


 柱に寄り掛かって息を荒くしながら、それでも竜昇は魔本を持つ腕を一振りしてすぐさま【光芒雷撃】を出現させる。

 その視線の中に潜む闘志は、自身が持つ最大の攻撃を防がれたというのに、まったく揺らいでいない。先ほどの感電のせいなのか手足はいまだ痙攣していて、柱で体重を支えなければ立っていることも難しい状況にもかかわらず、その表情からは戦う意思がまるで消えていなかった。


「……フ、フフ」


 そんな様子を見て、気付けば静は自身の口元をわずかながらも綻ばせていた。

 なんとなく、昨日のことを思い出す。

 上の階で陰陽師と相対したとき、同じように竜昇は敵の攻撃にさらされて、そしてあの時はこうして立ち上がり、戦意を見せることができなかった。


 けれど今、竜昇は感電して、あの時よりもさらに行動もままならない、そんな状態でも立ち上がって、柱に寄り掛かりながらもその視線に自分も戦うのだというそんな意思を漲らせている。


 隣を歩くと誓って、本当に隣にまで追いついて来てくれた、そんな姿がそこにある。


(まったく、せっかく隣にまで追いついて来てくれたというのに、これでは、今度は私の方が追い越されて、置いて行かれてしまうではありませんか……)


 疲労した体に、わずかながらも力が戻る。

 魔力の方も、竜昇が僅かながらでも時間を稼ぎ、仕切り直してくれたおかげで、万全とはいえないまでも回復してきた。


 それはきっと、わずかな時間だけ作用する、気休めのような回復だったことだろう。

 現実にはすでに静の体力は限界を迎えていて、今のこの状態は決して長続きするものではないはずだ。

 けれど、それでも。今この瞬間だけは、静の体には先ほどまではなかった力が満ちている。


 追いついて来てくれたその相手に、これ以上格好悪いところは見せられないと、そんな思いが胸にある。

 これ以上無様は晒せない。なぜなら、彼が隣を歩くと、そう誓いを立てたのは、不利な条件の中で押され続ける自分ではなく、不利な状況を、ちゃんと打ち破っていた自分なのだから。


「――互情さん、援護をお願いします」


「……ああ」


 一言、竜昇へと告げて前に出る。

 体から余計な力を抜く。鈍くなっていた集中力が戻って来る。視線の先に、蛇の尾と猿の足を持つ骸骨が鉈を振り上げているのが見える。随分と雑で隙の多い動きだ。先ほどからずっとそう思い続けていた静だったが、しかし今こうして相手を眺めて改めてそう思った。


 ああ、これならば、簡単に懐に潜り込めそうだ、と。


『ア――』


 次の瞬間、床上で何かがはじけるような音がして、気付けば骸骨の正面、振り上げた鉈のその内側の位置に、一瞬のうちに静の姿が入り込んでいた。


『――シィッ!!』


 突如自身の目の前に現れた静に対し、骸骨が明らかに動揺した、驚いたような声をあげる。

 そんな相手に一切の容赦を見せることなく、静の槍が容赦なく突き出され、暗い食堂に破壊の音をばらまいた。







 自身の前に立った静の姿がいきなり掻き消えて、骸骨の目の前まで移動したときには、傍から見ていた竜昇もさすがに瞠目した。


 骸骨がそうと気づき、その場を飛び退くのとほぼ同時に、静が左手の槍を突き出して両者の影が暗い食堂の中で一瞬交錯する。


 わずかな、いっそあっさりとした激突の音が僅かに響く。

 後に残されるのは、突き穿たれ、ばらばらと散らばった骸骨の肋骨の欠片。


『ア、シィ……!!』


「おや、少し狙いとはずれましたか。相手が動いたこともそうですけど、元々“投擲スキルの技”であるものを無理やり突き技に使ったのが原因でしょうか?」


 突然の高速移動と、ただの石槍が叩き出した予想外の威力に驚く骸骨をよそに、当の静は自身の石槍がぶち抜いた骸骨の右胸、そこに並ぶ肋骨の下の方に開いた穴の部分を眺めて、即興で使った技の使い心地を確かめる。


(おいおい、マジかよ……)


 静が何を行ったのかは、客観的に見ていた分竜昇の方が良く理解できた。実のところ今回静が行ったのは、“どちらも”静がこれまでに習得していたスキルの、その中に含まれていた技の応用であったからだ。


 武器に風の魔力を宿したうえで、相手に武器を叩きつけることで炸裂させる【突風斬】。それとまったく同じ魔力操作を武器ではなく足裏に施して、それで地面を蹴りつけることで炸裂する暴風の魔力に乗って加速する。

 石槍の先に投擲スキルの技である【螺旋(スパイラル)】と同じ魔力を発現させて、それをそのまま相手の体に突き込んで、槍の貫通力を底上げして静にこれまで足りなかった突破力を得る。

 どちらも理屈としては簡単だ。竜昇も理屈としてだけなら理解もできる。

だが、実際にそれを、しかも即興でやるとなると、話は言うほど簡単ではない。


 静自身が言っているように、投擲に使う技を無理やり手元で使ったせいで狙いが狂ったというのもあるが、より影響が大きいのは【突風斬】の走行への転用だ。

 なにしろ自発的に行うとは言え、自分の足元でいきなり爆発が起きるのである。これまで見ていた様子だと【突風斬】の暴風自体には指向性の様なものがあるようだし、だからこそ今回静もこんな無茶な使い方をしたのだろうが、それでも足裏で爆発を起こすというのは、言ってしまえば地雷を踏みつけるのと大差のない行為だ。技の性質上足へダメージが来ることはなかったにせよ、普通なら相手との距離を詰める以前にまずバランスを崩してしまうような離れ業である。


 とは言え、竜昇は何も静の行ったそんな離れ業自体に驚いていたというわけではない。確かに常人ならば無茶な技なのだろうが、今回そんな技を使ったのは常人ではなく、メンタルとセンスに置いて他者のそれを圧倒的に凌駕する静である。

 竜昇自身、すでに静がこうした離れ業を行うところなど幾度となく見ている。

 言ってしまえば、今回のような無茶など小原静という人間を知っていればいつものことなのだ。竜昇が驚いたのには、もっと別に理由がある。


「小原さん、それは――!!」


 視線の先、敵を見据える静の姿に、身を守るオーラの影がまるでない。

 否、正確にはただ一点、竜昇からだと見えにくい位置にほんのわずかに存在している。

 たった一か所、石槍を握る左手の、その手首から先にほんのわずかに。それこそ一度の接触で消滅してしまいそうなわずかな量の【甲纏】のオーラが。


「――それは、いくらなんでも……、綱渡りすぎるだろう……!!」


 静の狙いは非常にわかりやすい。全身をオーラで包むのは魔力の消費が大きいと判断して、敵と接触する石槍の、それを握る左手一か所だけを【甲纏】で防御しているのだ。

 それもつぎ込む魔力の総量を、敵を貫いた一瞬だけ、己を守れるギリギリの量にまで削りに削って。

 今静の手にオーラが残っているのとて、恐らくは狙いが狂ったことで、電気を纏っていないあばら付近に攻撃が当たったが故に過ぎないのだろう。これが当初の計算通り、静の突きが敵の腹部、そこに収まる猿の骨と蛇の死骸に命中していれば、静の手には一欠けらのオーラも残っていなかったはずだ。


 少しでも目論見がくるって、敵に捕まるどころか、一秒余計に接触しただけで感電してしまう、そんな量にまで防御に使う魔力を減らす綱渡り。


「無駄は省きましょう。私もいい加減疲れているのです。全身の防御に魔力を割くような、無駄な真似はもうしません」


 己を守るオーラの守りを脱ぎ捨てて、それでも静は不安など一切表情に出さず、それどころかその顔には不敵な笑みすら浮かべてその余裕を敵と味方に見せつける。


「いい加減お腹もすきました。せっかく食堂に出たのですから、私も早く食事にしたいのです。

 ――だから、ここから先はもう余計な時間もかけません。短期決戦で片を付けます――!!」


 言い放ち、再び静が一歩を踏み出し、暴風の魔力を宿した靴で床を蹴る。

 状況に片を付けるべく、超人的な少女が人外の敵との、最後の攻防を開始する。

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