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55:屍電体

 保健室に立てこもるにあたって竜昇は、なにも無防備に扉になんの仕掛けも施していなかったわけではない。

 まず鍵は真っ先にかけていたし、扉自体に【静雷撃】の電撃も仕込んでおいた。加えて、周囲の机や棚などを移動させてバリケードの様なものも作成し、おかげで外を覗く際、扉の窓から覗く形でしか外が見られなかったくらいである。

 もちろん、それだけで安心していたわけではないが、しかしそれでもただで扉を破り、部屋の中へ踏み込まれる事態が無いようにと、竜昇は自分の中で考えうるだけの手をすべて打っていたのである。


 だがそれらの打っていた手は全て虚しく、竜昇が静を抱えて扉の前から退避したその直後、扉とその前に置いたバリケードを丸ごと吹き飛ばして輝く雄牛が保健室の中へと暴れこんでくる。


 その全身にみなぎる雷の輝きで薄暗い室内を照らし出し、竜昇の築いた防壁をあっさり突破した雄牛が、その角先を向ける相手を探して体の向きをこちらに向ける。


「――【雷撃】」


 対して、竜昇の方の判断も迅速だった。

 魔本と意識を接続し、ほとんどノータイムで撃てるまでになった【雷撃】を、まだこちらに横っ腹を見せる雄牛目がけて叩きこむ。

 必殺を狙っていたとは言えないまでも、それでもこれまでの敵であれば行動不能にできたような、そんな電撃が雄牛目がけて襲い掛かり――。


 ――対して雄牛の方は、当り前のように電撃を自分の体、それを構成する電気の中へと取り込んで、あっさりとその一撃を無力化して見せた。

 否、これは無力化などより、あるいはさらにたちが悪い。


(――電撃吸収、マジか……!!)


 撃ち込んだ自分の魔法、それが全く効果を表さないどころか、相手の体の一部と化したのを感じ取り、竜昇は明らかになったその相性の悪さに絶句する。思えば扉に仕込んでいた【静雷撃】の電撃も、この敵には全くと言っていいほど効果を表していなかった。

 同時に、雄牛がこちらへと体を向けなおしたことで、ようやく竜昇はその雄牛の体の全貌を目で捉えて把握した。


 部屋へと踏み込んできた雄牛の体は、遠目に見た通りまさに電撃の塊とでもいうべきものだった。

 頭から尻尾まで、その全身全てが紫色の電撃で構成されていて、しかしどうやら物体としての側面も持っているのか、その四肢は保健室の床をきっちりと踏みしめ、足音すら響かせている。

 電気が実体を持っているなど、科学的に見たら一体どう解釈するべきなのかよくわからないが、それよりも重要だったのは全身電気のその体に一か所だけ、電気以外のものが混入している箇所があったということだ。


(あれは……、牛の頭、だよな?)


 見れば、電撃の雄牛の頭部、電撃でできた頭のその中に、そこだけは本物と思しき牛の頭蓋骨が収まっている。

 体が電気で、中の骨が見えているというと、昔の漫画のチープな感電シーンを思い出すが、しかし見えている骨は頭蓋骨それのみで、他の体の部位にはどこにもそれらしい骨が見受けられない。

 そしてもう一つ、こちらへ向いたことで見えた牛の骨、頭蓋骨のちょうど額にあたる位置に、何やら勾玉のような、緑色の石がはめ込まれているのが見て取れた。

 見るからにあからさまで、いっそ罠ではないかと疑いたくなるような構造の体だったが、しかし竜昇にはこの手の敵になんとなくではあるが覚えがあった。


(こいつ、あの陰陽師が使っていたのと同じ召喚生物の類か――!?)


 夕べ上の博物館の中で出会った一体の敵。陰陽師のものと思しき衣装をまとった敵が使っていた魔法を思い出して、竜昇はこの相手の正体と攻略法にあたりを付ける。


 昨日の陰陽師は思念符、今回の雄牛は頭蓋骨に勾玉という違いはあるものの、核となるなんらかのマジックアイテムを魔力で包み込んで肉体を作るというその体構造にはどこか通じるものがある。

 ならばその弱点も、あの時の召喚生物と同じように、中に埋め込まれた核となるアイテムそれ自体であるはずだ。


(つまり狙うべきは、あの勾玉と頭蓋骨――!!)


 痺れて動けない静を抱えなおし、握ったままだった手帳型の魔本に魔力を込める。

 魔本のバックアップを受けて素早く脳裏に術式を展開し、体内の魔力に形を与えて自身の周囲へと実体化させる。


「起動――【光芒雷撃(レイボルト)】」


 現れるのは、火花を散らす六発の雷球。自身の背後に現れたそれらをすぐさま左右に広げるように展開し、竜昇は目の前の雄牛を正面から迎え撃つだけの準備を整える。


 もとより決して広いとは言えない保健室の中に逃げ場などない。部屋の面積的にはそれなりの広さはあるのだろうが、ベッドを初めとする備品が活動範囲を明らかに狭めていて、この室内は逃げ回るには圧倒的に向いていないのだ。加えて行動不能の静を腕に抱えている現状、この敵から逃げ回るのは現実的でもなければ得策でもない。

 つまり竜昇が取れる手段はただ一つ。電撃が効かない、触れば感電するようなそんな敵を、真っ向勝負で迎え撃つそれのみだ。


「互情さん」


 と、雄牛と相対する竜昇のその胸に、腕の中の静がそっとその手で触れてくる。

 同時に竜昇の全身を包み込む赤いオーラ。自身と抱えた静の体が急激に軽くなり、全身が熱を纏ったかのようなそんな感覚が襲ってくる。


(【剛纏】……、これ他人にも使えたのか……)


 思いながら、自身の戦力を計算し直しつつ、竜昇は一瞬逸れかけた意識を目の前の雄牛へと向ける。


 すでに雷の雄牛はいつでもこちらへと飛び込んでこられる臨戦態勢。全身から電気を迸らせ、まるで勢いをつけるように右前脚で何度も地面を蹴っている。


 臨海寸前の状況下、動き出したのは双方ほぼ同時のことだった。


(起動――【増幅思考(シンキングブースト)】――!!)


 雄牛と竜昇、双方が互いに前へと走り出したその瞬間、掴んだままの手帳大の魔本に魔力が流されて、その中にある機能の一つが竜昇の意思によって呼び出される。

 使用するのは竜昇自身の思考速度を爆発的に増大させる【増幅思考(シンキングブースト)】。スローモーションのようにゆっくりと周囲の光景を認識しながら、竜昇は周囲に展開した自身の雷球、それらの照準を増幅された思考で制御して、眼前の敵を打ち砕くべく狙いをつける。


(――発射(ファイア)


 意思に従い、六発の雷球の内の四発が光条へと変化する。

 まるで突き出される槍のように、鋭く放たれたビーム状の電撃は、足元の低い位置をそれぞれ一直線に突っ走って迫りくる雄牛のその両足へと見事に着弾しふっ飛ばした。


『――、――』


 雄牛の悲鳴は聞こえない。音が認識できないというわけではないが、そもそもこの雄牛に動揺する精神やそれを発する発声器官など備わっていないのだろう。それでも、少なくとも竜昇には、自身の攻撃に敵が無防備に向ってきたというその一事で、竜昇の電撃が相手に有効打を与えるというその事態が、相手にとって予想外の事態であることを察していた。


 【雷撃】と同じ電撃である【光芒雷撃(レイボルト)】ではあるが、しかしこの魔法が単純な電撃だけの魔法かと言われればそれは否だ。

 【光芒雷撃(レイボルト)】の持つ特性は電撃と貫通。すなわち、ビーム状に走る電撃は電撃であると同時に、物体を貫通する弾丸のような性質も兼ね備えているのである。

 それはある意味目の前の実体を持つ電撃である雄牛と同様、科学的に考えてみれば不自然極まりない攻撃ではあるのだが、しかし単純な電撃が効かないこの敵に対しては今はひたすら好都合な話だった。


 走る途中でいきなり前足を失うというその事態に、こちらへと突撃していた雄牛の体がなす術もなく前へと倒れ込む。

 勢いのついた体が胸から床へと突っ込んで、しかしそれでも勢いは殺しきれずに床を滑るようにしてこちらへと迫って来る。


 多少勢いは衰えているものの、その雄牛の突撃は決して看過できるものではない。

 勢いと体重はいまだ致死レベル。それ以前に、電撃でできたこの敵に触れようものなら、それだけでも感電死もありうるのが現状だ。シールドで受け止めようにも相手の体重とこの勢いだ。正直言って竜昇の張るシールド程度では耐えられるかどうかも相当に怪しい。

 だから竜昇は、静からもらった身体能力の増強に自分たちの命をゆだねる。


「ォォォオオオオ、ラァあああああッ!!」


 脚力に任せて飛びあがり、竜昇は自身の斜め前にあったベッドの上へと着地する。同時にベッドのスプリングと自身の脚力でもう一度力を溜め、次の瞬間には再びの跳躍によって一気に迫る雄牛の真上へと飛び出した。

 強化された身体能力、それによって生み出された跳躍高度で、どうにか竜昇は静を抱えたまま雄牛の突撃の、その真上を飛び越える。


「もう一丁、【増幅思考(シンキングブースト)】――!!」


 前足を失い、上を通る竜昇に対応できない雄牛に対して、竜昇はそれを真下に見送りながらもう一度【増幅思考(シンキングブースト)】を発動させる。

 狙いは敵の頭部、そこに内包された勾玉と頭蓋骨。自身が左右に引き連れた雷球で狙いを付けて、敵の弱点と思しきその部位を真上からの十字砲火で狙い撃つ。


「――発射(ファイア)


 放たれた電撃の光条が発動時に雄牛の頭部を貫いて、核となっていた部位を砕かれた雄牛の体が保健室の備品へと突っ込みながら崩れていく。

 けたたましい破壊音を室内に響かせながら、その破壊の主が跡形もなく消滅する。


「――よし!!」


「よし――、はいいのですが互情さん。頭の上のこと、ちゃんと考えていますか?」


「へ? ――あガッ!!」


 敵の最後を見届けた次の瞬間、いぶかしむような静の問いかけもむなしく、空中へと飛び上がっていた竜昇は、勢い余って天井に頭からぶつかり、直後にそのまま真下へと墜落した。






「とりあえず、また助けていただいてありがとうございます。互情さん」


「ああいや、元はと言えばこっちが助けてもらったのが発端だしいいよ。それに最後は二人まとめて墜落する羽目になったし」


 雷撃の雄牛を撃破した直後、二人して倒れた状態から立ち上がりながら、竜昇たち二人は身を起こしながらそんな会話を交わしていた。


 天井に激突し、そのまま墜落するという最高に間抜けな結末に終わった竜昇の奮闘だったが、しかし幸いというべきか、落ちた高さがたいしたことなかったこともあって大きな怪我もなくどうにか難を逃れていた。

落ちた竜昇がそれでも何とか着地しようと悪あがきを行ったことも、恐らくはその一因ではあったのだろう。流石に着地の衝撃を殺しきれず、二人そろって床に転がる羽目になってしまったが。


「小原さん、動けそうか?」


「ええ。まだ少ししびれはありますが、なんとか普通に動くことはできそうです」


 言いながら、静は立ち上がって雄牛が消滅したその後と、先ほどの扉の前へと順番に足を運ぶ。

 対する竜昇も、自身の体を覆っていた赤いオーラが消滅するのを見届けると、すぐさま扉の脇に放置され、どうにか難を逃れていた荷物を拾って中身を確認した。

 すでに医薬品や包帯など、手当に使えそうな、必要なものはありったけ鞄に詰めて、今後の出発の準備は整えてある。

 装備品の類も先ほど話し合ってできうる限りの準備ができているから、今すぐ出発することになってもそれほど支障はない。

 というよりも、あの敵の出現を考えれば今すぐにでもこの場を離れるべきだろう。あの敵の特性を一〇〇パーセント理解できているとまでは言えない竜昇だが、しかしこうして連携して襲ってきたことから考えても、既にあの雄牛とネズミを差し向けて来た敵がこちらの位置を掴んでいるのは想像に難くない。籠城の態勢もすでに破壊されてしまった今、一刻も早く竜昇たちはこの場を離れるべきなのだ。


「小原さん、動けるならすぐにでもここを出よう。急がないと、いつ次の敵が来るかもわからない」


「少しだけ待ってください。確認だけ済ませます。……はい、では行きましょう」


 なにやら破壊された保健室の備品の中を確認し、静は急ぎ足で竜昇の元までやってきて、そのまま先行するように保健室の扉をくぐる。


 すでに先ほどの話し合いで、これからどこを目指すかは大体の話し合いが済んでいる。

 竜昇が続いて部屋を出ると、静は先行して敵の有無を確認しながら、保健室のすぐ前にあった階段を上ってまずは二階へと上がっていった。

 二階の廊下に何もいないのを確認しつつ、すぐさま竜昇たちは隣の校舎、一番大きい恐らくは初等部のものと思しき建物の、そこへの通路に向かって歩きだす。


「いったい何を確認してたんだ? もしかしてさっきのネズミと牛の頭蓋骨か?」


「ええ。牛の方を見てもわかると思いますが、恐らくネズミの方も私が感電したことから考えて同じ理屈の敵だったのでしょう。牛の頭蓋骨の額に勾玉のようなものがありましたけど、今確認したらネズミもお腹に勾玉が張り付いていました」


「となると、あの勾玉が電気の肉体を生み出すためのマジックアイテムなのか……? それにしても死体を元に肉体を作るとか、今度の相手は死霊術師(ネクロマンサー)かなんかなのかね」


 動く骨のスケルトンや、動く死体のゾンビなど、そうした不死者、アンデッド系のモンスターを操る魔法使いとして、何となく竜昇は死霊術師(ネクロマンサー)という存在を思い出す。まあもっとも、あの雄牛の場合骨は頭蓋骨のみだったし、それ以前に帯電し、電気の体で動いているという時点で純粋なアンデッドのイメージからはだいぶ外れる形になる訳だが、それでも死体を媒介にして使い魔を生み出しているのだと考えれば死霊術師(ネクロマンサー)のイメージからそこまでかけ離れているというわけではない。


「けど、なんだって学校に死霊術師(ネクロマンサー)が出てくるんだ? 学校の怪談に死霊術師(ネクロマンサー)ってあんまり関係ないように思うんだけど……」


「いえ、あながち関係ないとも言い切れません。先ほどのネズミですが、確認したら強い刺激臭がしました。恐らくはあのネズミ、ホルマリン漬けの標本だったのではないかと」


「ホルマリン漬け……? って言うことは、生物室か?」


「ええそうです。確か学校の怪談には、夜中になると生物室のホルマリン漬けの死体が動き出すとか、そんな感じの話があったように思います」


 言われてみれば、竜昇も小学校のころに、その手の怪談を聞いたような覚えがあった。しかも竜昇の知るものだと、動くのはホルマリン漬けのものだけではなく骨格標本等の標本全般であったため、ネズミだけではなく牛の頭蓋骨が使われていたのにも納得がいく。


「となると、生物室にどれだけの標本があるかが問題だな」


「そうですね。あまり増やしても人気が出るものではないですし、願わくば少ないことを祈りたいところですが……、いえ」


 と、校舎を繋ぐ渡り廊下を渡り、大校舎の中を覗き込んだ静が、その言葉を途中できって沈黙する。

 その理由はいまさら問うまでもない。大校舎の二階、その廊下を一度覗いてしまえば、それだけで理由は明らかだ。


 これまでの中等部校舎とは違う、見るからに格差を感じる広い廊下。片側ではなく、左右に教室が配置されたそんな校舎の廊下の中に、今は紫電の輝きを放つ犬が七匹、猿が五匹と、さらに蝶と思しき生き物が少なくとも三十匹以上、ひらひらと飛んで大量に廊下を徘徊している。

 そして――


「あ、ヤバ」


 いったい何がきっかけだったのか。顔を認識できない蝶以外の、廊下を徘徊していた犬七匹と猿五匹が、まるでスイッチでも入れたかのように一斉に首を動かして、竜昇たちの方へとその顔を向けた。

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