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33:とどめの一撃

 その瞬間、博物館の最奥、吹き抜け構造のその一室に雷が落ちた。


 目も眩まんばかりの強烈な閃光。そして視界全体を埋め尽くすほどの、これまでの比ではない破壊規模。

 もちろん、雷が落ちるというのはさすがに比喩であり、その威力にしたところで数億ボルトに至る本物の雷の威力には流石に及ばなかったであろうけれど。

 それでも、竜昇の手の先から放たれた雷の規模は、これまで竜昇が放ってきた【雷撃】の魔法などとは、比べ物にならない威力を持っていた。


(――うっ、く……!!)


 思わず覆った視界の先で、放たれた雷が半骨のマンモスへと牙をむく。

 骨と皮、そして黒い煙でできたその巨体をあっさりと飲み込んで、その莫大な電気エネルギーでもってして、この不可解な敵の全身を、一切の容赦なく焼き尽くす。


 マンモスのあげるノイズがかった悲鳴も、今回ばかりはさすがに聞こえなかった。

 悲鳴に耳を澄ますようなそんな余裕が、竜昇自身にもありはしなかった。


 全身の魔力が一気に体から抜けていく。


 意識すら失いかねない、強烈なまでの虚脱感。それにどうにか気力を振り絞って抗いながら、竜昇は朦朧とする意識で、どうにか閃光が収まったその後の周囲の状況を確認する。


(……どう、なった……?)


 果たして、半骨のマンモスは、未だフロアの中央に陣取っていた。

 流石に倒せたのではないかと、そう期待していた竜昇だったが、しかし襲い来る雷から核だけはどうにか守り切ったのか、マンモスのその巨体は確かにそこに存在し続けていた。

 ただし、その姿はお世辞にも、無事であったとは言い難い。


 ばらばらと、地面にいくつもの骨が落ちる音がする。

 見れば、マンモスがいまだその姿を維持できているのは頭部と胸部、そしてそこから生える前足二本がせいぜいで、その後ろにある腹から後ろ足にかけては、今まさに骨だけの姿となって、崩れて地面へと散らばり落ちていく最中だった。


「ボ、ジュル、ォゴ、ゴォォォォオ……!!」


 崩壊が止まらない。毛皮が霧散し、足が崩れ、落ちた背骨が折れて、あばら骨が次々と落ちていく。

 当然、真上に浮かべていた二本の石槍など、とっくに地面に転がって沈黙していた。もはや動くことすらままならない、崩壊を待つだけのそんな状況で、かろうじてマンモスの巨体はその命を繋いでいたのである。


 そして命を繋いでいた以上、まだ竜昇たちとこのマンモスの戦いは終結へは至らない。


「ゴ、ジュ、ルルルオ、ボ――!!」


 胸から後ろが崩れたむごたらしい状態で、それでもマンモスは念力染みた己の力で体を持ち上げ、残る二本の足で這いずるようにしてこちらへ向かって動き出す。

 あんな状態になっても、まだ敵はこちらを殺す気でいるらしい。その姿に執念染みたものを感じて戦慄しながら、しかし竜昇もまた己の右手をマンモスの方へと差し向けていた。


「とど、めを……」


 あと一撃。そう思い魔法を放とうとする竜昇だったが、しかし発動した魔法は手の先でわずかに火花が散る程度で、まともな電撃にはまるで届かなかった。

 それどころか全身にまるで力が入らず、今の竜昇では立ち上がることすらままならない。


(……魔力、切れ……!?)


 己の陥る状況がそう言うものだと理解して、竜昇はその事実に思わず歯を食いしばる。

 あと一発、それだけ浴びせることができれば倒せると、そんな確信があるというのに、すべてを使い切った竜昇の体にはそれだけの力が残っていない。


「――ッぅ、後、一撃――!!」


 相手のマンモスももはや死に体だ。今なら竜昇のような素人が武器を片手に挑んでも、容易にその核へと手が届くことだろう。


 そうとわかっているのに、しかし竜昇の体は満足に動かない。

 立ち上がろうと力を込めた手足は、しかし満足にその体を持ち上げることができず、立ち上がるどころか起き上がることですら、力尽きた体は竜昇に許してくれない。


 あと少し。あと少しで、この敵に勝利し、その脅威を退けることができるということが、わかっているのに。



「クソ……、なんでッ!! あと、少しなんだ……!! あと少し。あと少しだって、言うのに――!! なんで俺は、こんなにも、不甲斐ない――!!」


「――いいえ。素敵でしたよ。互情さん」


 その瞬間、動けないままもがく竜昇の耳へと、聞き知った少女の声が確かに届く。

 視線を上げて、探してみればそこにいた。

 いったいいつの間に意識を取り戻していたのか、竜昇が放り出した竹槍を杖の代わりに、ふらつく体を支えるようにしながら、小原静がそれでも一人で、立っていた。

 全身に赤いオーラをみなぎらせ、このギリギリの状況で、最後の一撃を瀕死の敵へと見舞うために。






「……フゥ、……フゥ、……フゥッ!!」


 手足に力を籠め、気力を振り絞って、静はどうにか自身の体を上へと持ち上げる。

 魔力によって筋力が強化されたことで、体感的には自身の体も随分と軽くなっていたはずだが、しかし今の静の状態ではそれでも立ち上がるのは一苦労だった。

 足元はいまだふらついていて、気を抜くとそのまま倒れてしまいかねない。

 実際“加工”したばかりの竹槍を杖の代わりに使用していなければ、本当にそのまま倒れてしまっていただろう。


 それでも最後の力を振り絞るようにして立ち上がる。

 両足を広げ、杖の代わりにしていた竹槍を手の中で回して、そのまま槍を担ぐように構えてマンモスを狙う構えをとる。


 投擲スキルがもたらす【投擲の心得】、その知識がもたらす投槍の構え。

 たった一度投げるだけで、それでもう力尽きてしまうことが眼に見えていたが、しかしそれゆえに、静はこの投擲に持てる力の全てをかける。


 爆竹槍という武器がある。

 いや、果たしてあると言っていいのかもわからない。静自身この武器の存在を知ったのはこの博物館の序盤に説明書きを見たのが最初で、その説明書きの中でも実際に運用されたのかどうかについてはあいまいな部分が多かった。


 爆竹槍というのは、簡単に言えば竹槍の先に爆薬と信管を詰めたもので、対象に突き刺して爆破するという非常に乱暴な自活兵器である。

 どう考えても自爆覚悟の武器であるため、実際に使われたことが無かったのならばそれはきっと幸運なことだったのだろうが、しかし集まるドロップアイテムや魔法のラインナップを見ていて、静はいつの間にか、その説明書きの原理がこの不問ビル内で実現可能であることに気付いてしまっていた。


 竹槍の先端、その側面に初期武装のナイフで穴をあけ、そこから足軽のドロップアイテムである黒色火薬を注ぎ込む。

 後は竹槍に水と魔力を与えて、竹槍が持つ再生育の特殊効果を用いて穴を塞ぎ、念のため手持ちの呪符で【静雷撃】をかけなおしてやればそれだけでこの武器は完成だ。

 後は消滅寸前のマンモスめがけ、手にした槍を投げつけるだけでいい。


「助かりましたよ。互情さん」


 槍を構えて狙いを定めながら、静は力尽きて倒れた、しかしこれまでで誰よりも頼りになると感じた同世代の少年へとそう呼びかける。

 別段静の中で、互情竜昇が凡庸であるという感想が、その実力に対する評価自体が覆ったというわけではない。


 垣間見ることができた竜昇の素養はやはり凡庸そのもので、静の異常性には遠く及ばない。

 二人の間にまたがる実力の差は、未だ歴然としてそこに存在し続けている。


 けれどそれでも、竜昇は自分と共に歩くために戦ってくれたのだ。

 こんな異常で、危険で、人間らしくない自分を相手に、それでも竜昇は、共に歩くことを願って、そのために命までかけてくれた。


 そんな竜昇の意思が、今の静にはとても心地いい。

 ずっと自分を悩ましてきた自身の異常が、今この時だけは、どうでもよいと、そう思ってしまえるほどに。


「――素敵でした、互情さん――!!」


 もう一度その言葉を繰り返し、静は自身の全身、そして竹槍を構える腕を投擲のために引き絞る。

 全身を覆う赤いオーラを強く輝かせ、スキルによってもたらされた、最適の投槍フォームでもってして、手にした竹槍をマンモスの眼窩へと投げ放つ。


 竹槍が一直線に空中を走って、マンモスの眼窩へと突き刺さるまでものの数瞬。

 角度的に、頭蓋骨の中にある核を直接狙うのは不可能だったが、この武器に関してならばそれだけでも十分だった。


 静の体が力尽き、投げたその勢いのまま地面へと倒れた、その瞬間。

 マンモスの頭蓋骨の中で竹槍に込めた電撃が炸裂し、同時にその電撃が竹槍の中に仕込んだ黒色火薬を引火する。


 直後に起きる火薬の爆発。


 ありったけの火薬が頭蓋骨の中という密閉空間の中で炸裂し、その威力に耐えきれなかった頭蓋骨が、内側から木っ端みじんにはじけ飛ぶ。


 当然、そんな中にあった敵の核が無事に原形をとどめていられたはずもない。


 砕けた骨が降り注ぐその場所で、驚異的な耐久力を誇った最初のボスは、派手な爆発と共にようやくその命を討ち取られた。


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