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最終話:番狂わせ共の再始動

 眼下に広がる光景に目を凝らす。


 かろうじて残っていた街道をたどるように、緩い登りの斜面を文字通りの意味で飛び越えて、そうして坂を上り切ったところで法力切れの気配を感じて、竜昇はそのまま地上へと降り、地に降りる。


「――ふぅ」


 呼吸を整えるようにその身に法力を取り込みながら、手の中にある杖を突いて歩きだす。


 二つに分かたれていた世界が一つに統合されて、この世に暮らす人類が新たな世界で生きていくことを余儀なくされて、およそ半年の月日がたった。


その半年の期間で、人々は大きな災害にあった後のような悲壮感を帯びながらも、ひとまず各地に配置していた物資やそのまま【新世界】から移設した建物などを活用して徐々に生活の再建へと動き出していた。


 竜昇自身、ここ半年、正確にはここ最近までの数か月は、両親が配置された村に向かってそこで家族と合流し、そのまま村人に混じって生活基盤の再建に尽力していた。


 どうやら竜昇の両親はともに小さな村に住む農夫だったらしく、ほとんど更地になっていた村の跡を再度開墾して畑とし、狩猟などと合わせて他の村人たちともどもひとまず飢えずに済むよう、物資が底をつく前に食料の生産体制を整えることとなっていた。


 とはいえ、やることが農業となってくると、実のところ竜昇にできることはあまりない。

 ある程度までは手伝っていた竜昇だったが、足を負傷していたため働き手として有用であるとは言いにくく、習得した界法や手にした神造の杖なども、農作業や狩りに転用するには少々使いにくいところが多かったのだ。


 なお、竜昇は自身の状況について、両親などには一介のプレイヤーとして塔での戦いに参加させられていた立場と説明している。


 というよりも、【決戦二十七士】との契約によって竜昇たち自身がこの世界を作り替えたとは説明できなかったため、【常識スキル】の配布によってほとんどの人類が知るところとなった、あの塔におけるプレイヤーの一人だったとしか説明のしようがなかったのだ。

 結果として足に後遺症を抱えた事情についても知られることとなり、やはりというべきか両親を盛大に悲しませることとなってしまったが、これについては抑々打ち明けずに済ませることは不可能だったため、話せる理由があったことはまだしもよかったというべきなのだろう。


 そしてそうした事情も相まってか、春の訪れとともに同じ戦いに参戦していた者たちと会うべく旅に出たいと願い出ても、竜昇のその願いは両親に大きな抵抗を受けることもなく容認された。


 一応足に後遺症を抱えた身で旅などできるのかとは心配されたが、飛行による移動ができるとわかってからはそれ以上強く反対することもなく。


 あるいは両親にしてみても、二つの世界での全く違う生き方、人生観や死生観などを知り、統合された世界がどうなっていくかその先行きが見えなかったがために、竜昇を強く引き留めることもできず、希望する生き方があるなら容認した方がいいと考えたのかもしれない。


 なんにせよ、秋の訪れと共に竜昇はかつて決めていた通りに旅に出て、時に飛行し、時に不自由な足を引きずりながら杖を頼りに己が足で大地を踏んで、本来の植物が植えなおされた合間に近代的な住居が点在する、二つの世界がまじりあったような奇妙な世界の旅路を一人で歩み続けここまで来ていた。

そして――。


「――おや、これはうれしい偶然ですね」


 そんな永くも短い旅の途中で、思いのほか早く目標としていた彼女との再会を果たすこととなった。


 雨に降られ、雨宿りのためにと立ち寄った人のいないマンションのそのエントランスで。


「――久しぶりだな、静」


「ええ、お久しぶりです、竜昇さん」


 特に驚くような様子もなく、けれど口元にわずかに喜びをたたえて、先にその建物で雨宿りをしていた静が変わらぬ様子で竜昇を迎え入れるという、そんな形で。






 期間にしておよそ六か月ぶりに、竜昇と静香は言葉を交わす。

 奇しくも彼女と初めて会った、その当初と同じように、誰もいないマンションの中で雨を見ながら。


「――ああ、よかった。行き違わずに合流できました……。正直、連絡手段もないまま互いの場所を目指して、行き違いになるのではないかと危惧していたところです」


「全面的に同意だ……。正直現代人の感覚で舐めてたよ……。地図で見ると街道が通ってるっていうから一本道みたいに錯覚してたけど、実際は分かれ道も多いし、道だった場所が土砂や植物で埋もれてたり、思ってたほど一本道じゃなかったりで、正直どっかで行き違いになるんじゃないかと思った……」


 【新世界】生まれの現代人の感覚での失敗談を語り合い、そうして竜昇と静かはかつて【不問ビル】の中でそうしていたように、誰もいない建物の中で互いの情報を語り合う。


 とはいえ、小さな農村で畑の再建などに従事していた竜昇の側に提供できる情報はあまり多くなく、語られたのは主に静がオハラの血族として得た情報が主だった。


「とりあえず、そうですね……、詩織さんから連絡がありましたよ」


「ずいぶん早いな……。いや、距離的にはそんなに遠くなかったか……?」


「それもあるのですが……。どうも詩織さんの家系がこの世界における騎士だったか何かの家系だったようで……。家業の関係もあってうっすらとですが元からつながりがあったようなんですね」


「あ、そうなんだ」


 ビルの中で行動を共にし、一定のつながりがあった関係で詩織を含めた三人の動向を気がかりに思っていた竜昇だったが、そんな三人が思いのほか早く、しかも向こうから連絡を取ってきたという事態に驚かされて、そして伝えられたその連絡の内容にさらなる驚きを覚えることとなった。


「それで連絡の内容なのですが、どうも愛菜さんが無事に出産(・・)されたようで――」


「…………は?」


「お相手は――、まあ言うまでもないでしょう」


「ええ……、いや、ちょっと待って――。それって……」


 語られる最小限の言葉と、それだけでも見えてくる事情に、竜昇もどう反応していいかわからず困惑する。

 一人の人間の誕生と考えれば祝福すべきことであるのは間違いないはずだが、そこに至るまでの道筋を考えるとあまりにも後から肝を冷やす局面が過ぎる。


 なにせ、もしも生まれたという子供の父親があの中崎誠司であるとするならば、あの戦いのさなかにはすでに及川愛菜はその子供を身ごもっていたことになるのだ。


 たまたま愛菜が自覚できるまで生き残り、タイミングよく戦闘が集結したからよかったものの、もしそうなっていなければどうなっていたのかと考えると、今のこの結末はあまりにも結果オーライが過ぎる。


 ただでさえ竜昇自身、まだ同年代のそういった話にはなれも免疫もないというのに、そんな『責任』とか『計画性』とか言った言葉が脳裏をよぎる話をすべてが終わっての結果だけ聞かされたのでは、いくらなんでも祝福よりも困惑の感情の方が先に来るというものだ。


「感情の整理をしているところ申し訳ないのですが、実は話はそれだけでは終わらないのですよ……。

 という訳で、驚きのニュースその二です。例の【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】が発見されたそうです。それもその生まれてきたお子さんの手の中から」


「――は? ェ――、【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】って、それって確か――」


 知らされた情報、告げられた【神造物】の名前については竜昇も覚えがあった。

 件の決戦の際、【神造人】側の戦力たる【神造物の擬人】としてあの戦いに参加しながら、恐らくは持ち主だったのだろうアーシアが消滅した際、どこかに消えてそのまま行方不明になっていたという【神造物】。


 条件が整った状態での脅威度は高いものの、戦闘力が周囲に存在する水分量に依存するためか、ルーシェウスが【模造心魂】を継承した際にも彼がこちらを使う様子はなく、結局彼が継承していたのかすらわからぬまま、その後の継承者不明で行方が分からなくなっていたという【神造水滴】。


(――それが、見つかった? それも生まれてきた子供の手の中から?)


「聞くところによると、濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】は【擬人】としての状況を保ったままで、産湯に付けたとたんにお湯と同化して自分でお子さんを洗い始めたそうです。一応詩織さんたちその場に居合わせた人たちも、【神造水滴】の擬人の存在は知っていたため事なきを得ましたが、周囲は危うくパニックになりかけたとか」


「そりゃ……、まあ、そうだろうな」


 一歩間違えれば、どころか、その正体を知る者がいたとしても大騒ぎになりそうなその光景が脳裏によぎって、その予想もつかない発見のされ方に竜昇もいい加減言葉を失う。

 とはいえ、ここで驚くべきは見つかった状況ではなく、そんな形で発見されたその理由の方だ。


「生まれてきた赤ん坊が握ってたってことは――、まさかその子が【神造水滴】の新しい所有者ってことなのか? けど、だとしたらその継承が行われたのって――」


 時系列で考えて、問題の【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】が継承されたのは、少なくともあの戦いのさなかにアーシアが打倒された、それ以降のことだったはずだ。


 そしてその時期、その段階では本人さえ気づいていなかったものの、及川愛菜はすでに中崎誠司との子供を身ごもっていたことになる。


 けれどだとしたら、【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】はいったいいつ、だれの手からそのおなかの中の子供に継承されたのだろうか。


 もしもアーシアから継承されたのだとすれば、少なくとも彼女は愛菜の中にもう一つ別の命が宿っていることをあの段階で知っていたことになる。


「【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】がいつどの段階でその子に継承されたのかははっきりしません。

可能性を論じるなら、アーシアさんから、それこそ配下の擬人のどなたかに継承されて、その擬人が死亡した際に継承された可能性だって十分にあるでしょう」


 あの戦いが終わった後、ビルの中に生き残っていた擬人というものは一定数存在していた。

 一部主を失ったことで降伏し、世界の移行に際して人間と同じ扱いでこの世界の各所に配置された個体もいたものの、中には主への忠誠から敵討ちをもくろみ、【決戦二十七士】の戦闘部隊に討伐されていた個体も一定数いたという。


 それを考えれば、そうして戦い死んだ【擬人】の中に愛菜の懐妊を知る者がいて、自身の消滅に際して何かを想い、その子供に継承させた個体が混じっていた可能性というのも無視できない程度にはある。


「けれど、アーシアさんはそもそも長い時を生きていた【神造人】です。

 一応、あの方の正体は【擬人】化した【神造物】だったという話ですが、外見にそぐわない長い時間を生きていたことには変わりない……。

 そんな方ですから、あるいはあの決戦のさなかに、愛菜さん本人ですら気づいていない、何らかの兆候に気づいていた可能性もあったのかもしれません」


 無論それは、確信といえるほどはっきりとしたものではなかったのかもしれない。

 アーシアが抱いていたのは、わずかな兆候からくる『もしや』という疑念程度のもので、実際の真偽についてはそもそも確認していなかった可能性は十分にある。


 けれど一方で、その『もしや』という気がかりが、アーシアの中で自覚するよりも重いものであったとしたら。

 その気がかりが、彼女の中で「もしいるならば」という前提の元、【神造物】の継承に際して、意識的にしろ無意識にしろ影響を及ぼすほどのものだったとしたら。


 【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】という【神造物】が、その時点では存在さえあやふやだった胎児に継承される可能性とて、無いとは言いきれない。


「――まあ、ともあれ、現在生まれたお子さんは愛菜さんと彼女に付き添っている理香さん、それに加えて【神造物】の【擬人】たるそのティアさんという方の三人体制で育てられているそうです。

 ちなみに詩織さん曰く、ティアさんは女性人格で生まれてきたのは男の子とのことで、なかなかに将来が不安(たのしみ)なのだとか」


「まあ、あの人の子供っていうならもっともだよなぁ……」


 なにせいくつかの思惑が絡み合っての結果とはいえ、リアルにハーレムパーティを築いていた人間の子供である。

加えてその境遇とくれば、確かに詩織がその未来図を懸念するのも頷ける。


(けど――)


 それでも、ある種の希望は残ったのだと、そんな感慨も確かに覚える。


 かつて誠司が竜昇に対して見出したの同じ、意味合いも何もかも違うはずなのに同じ言葉で言い表される、そんな何かが。


「なんとも……、とりあえずお祝いの言葉を考えておくか……」


 そんなことを口走りながら、同時に竜昇はその話を静に伝えただろう詩織の存在にも思いをはせる。


 世界以降後も理香や愛菜のすぐ近くに付き添いながら、しかしその二人や、育児に携わるそのティアという【擬人】を加えた三人とも明確に一線を引いているかのような印象を受ける詩織の存在。


 一方で、彼女の立ち位置は中崎誠司を中心とした輪の中に参加せず、今またその代わりとして息子に当たる子供が現れてもその輪の中に加わっていないからこその、ある意味で適当な距離感を保ったものとも言えるところがある。


(――いや)


 そこまで考えて、しかし直後に竜昇はこれについては自分がとやかく言うことではないだろうと思い直す。


 なによりも、今の詩織は他者との間に引いていた一線、その原因たる自らの異質さの正体を理解して、それを主張できるようになったのだ。


 そしてそうであるならば、これから詩織は彼女自身のペースで、自らの望む関係や距離感を築いていくこともできるだろう。


 あるいはその果てに、彼女は彼女で他の人々とは違う距離感で付き合う相手ができるのかもしれないが、それは今の竜昇にはすでに関与すべきでない、渡瀬詩織自身の人生の話だ。


 少なくとも、詩織の望む関係を受け入れなかった竜昇はそう信じるべきだと思うし、彼女のこの先の人生に口出ししていい道理があるとも思わない。


「――はぁ……。まったく、次に会うことがあったらどんな顔して会えばいいんだか」


「まあ、そのあたりはおいおいといったところでしょう。今は忙しく育児に奔走しているということですし……。正直私としては、あの方たちは死別の悲しみをいつまでも引きずって暮らすのかと思っていたので悪くない事態なのではと思ってしまいますね」


「――言い方はあれだけど、まあ、そうだな」


 なんにせよ、続きがあるのはいいことだ、と。

 肩をすくめ笑って、竜昇はひとまず、この衝撃的なニュースをそう結論付けておくことにする。


 そもそもの話、静からもたらされる衝撃のニュースはこれだけでは終わりという訳ではない。


「続けて、教会関係でもニュースが一つ。どうもあのカインスさんという方が教会に離反したようです」


「――は? え、ちょ、離反……!?」


 カインスという名前については竜昇もよく覚えている。

 【神造人】を敵とした塔の攻略、その過程ではほとんどといっていいほど接点のなかった相手だが、彼の学者という立場も相まって、世界再編の際にはブライグと並んでよく議論を交わすことの多かった相手だ。


 竜昇の印象では、教会という組織のもとで活動するには奇抜な性格の常識人で、非道外道といった道を外れた行いに非常に強い抵抗感を露わにする人物だった。


 そんな彼が、道を踏み外すどころか教会に離反したというのは少々、というかかなり衝撃的なニュースだったわけだが、どうやらこれについても冗談の類というわけではないらしい。


「これについては少々事情が入り組んでいるのですが……、そうですね、まず竜昇さんは【神問学】と言うモノをご存知でしょうか?」


「【神問学】……? いや……、知らない。知らないが、どっかで……。

――ああ、そういえばあの魔女のアマンダって人が、確か自分のことを【神問学者】だとかって名乗ってたんじゃなかったか……?」


「――ええ、そうです、その【神問学】です。

【神問学】と言うのは一部の界法学者などから派生して生まれた学問なのですが、あのアマンダさんがそうだったように、教会からははっきり言って異端視されているような方々でして……。

 そしてどうも、カインスさんはそんな【神問学者】の方々と接触して教会を離脱したようなのです」


「それは……。その【神問学者】ってのは、なにか危険な組織なのか?」


「――いえ、危険というのとは少し違うようですね。教会から異端視されているというのも、どちらかといえば教会の教えに反するという、いわゆる宗教対立の側面が強いようですし」


「宗教対立……?」


 神様が実在する世界にもそんなものがあるのかと考える竜昇だったが、どうやらこれについては単純に竜昇自身の知識不足からくる感覚のようだった。


「この世界において、創造主である神様は私たち人間を正しい道筋に導くために【神造物】をはじめとしたさまざまな干渉を行っているとされています。神様にはこの世界が目指すべき最良といえる形があって、【神造物】は人間をその到達点に導くための最良の一手なのだ、と……。

 ただこの考え方と言うのが、詳しく聞いてみるとどうにも根拠が薄いと言いますか……。【神造物】の選定という神の行いを、人間たちが都合のいいように受け止めているという側面が大きいようでして――」


「――まて、それじゃまさか、今まで語られてきた神様の行動原理っていうのは確定情報(・・・・)じゃないのか?」


 あの【不問ビル】での戦いの中で、竜昇はルーシェウスを始めとする何人もの人々が語る人物像ならぬ神物像をある種の前提のように考えてきた。


 だからこそ、自身に【終焉の決壊杖】がもたらされたことを皮切りに、その後起こった一連の流れを仕組まれたようだと感じてきたし、その流れに乗るようにルーシェウスを打倒したことについても、大きなモノの力を借りたずるい勝ち方のような気がして、どこか後ろめたさのような感覚を覚えていた。


 けれど今、そもそものそうした感慨の原点、大前提と考えられていた神物像に、予想外の部分から根本的な疑念が穿たれる。


 ルーシェウスたち、この世界の人々が語る神物像は、そもそも本当に正しいのだろうか、と。


「【神問学者】という方々は、人間でいうところのプロファイリングに近い手法で神の心理に迫ろうとする学者たちなのだそうです。

 【神造物】という神の芸術作品、そこに込められたメッセージや選定までの試練の流れ、そういった神様の行動の一つ一つからその意図や性格、人間性のようなものを推測して、そういった神の行動原理について教会とは全く別の意見を唱え、危険思想の持ち主として排斥の対象となってしまった方たちなのだとか」


 それはルーシェウスたちの行っていた、自分たちの行動に対する神の反応を見てその意図を探ろうとするやり方ともまた違う、そもそも幾度となく投げかけられている【神造物】という神の作品からそのメッセージを読み解こうとするかのようなアプローチ。


 文章(さくひん)を読んで作者(かみさま)の意図を応えなさいと言うかのような、竜昇たち自身つい最近まで日常的に触れていた、国語の問題のような推測の手法。


 神の作品から込められた意図や作り手の主義信条、性格を分析し、その心理を読み解こうとする、そんな学問。


「……そういえば、あのカインスって人、俺が【神贈物】を送られた時の状況を移行作業の合間にしきりに聞いてきてたな……」


 あるいは竜昇から聞き出した情報、【神贈物】にまつわる逸話の中のどれかが、あのカインスという学者をそれまでとは違う道へといざなうきっかけとなったのかもしれない。


 同じ学者である魔女アマンダのことを道を踏み外した人間とみなし、自らが道を踏み外すことを拒絶している印象があったあの男は、果たしてどんな意識のもとでそれまで所属していた教会を離れる道を選んだのか。


「――実は今、都市の方ではそうした【神問学者】の方々が唱えたと思われる学説があの世界を知る方々の間で徐々に脚光を浴びつつあるのです。

まあ、あの世界の名称も昨今巷では【新世界】ではなく【幻日世界】などと呼ばれているのですが……」


「学説?」


 竜昇としては【幻日世界】というその名称も気にはなったが、今の本題はそちらではないと思い直してより重要そうな部分について問いかける。

 そんな竜昇の態度に満足したのか、いつもの薄い笑みのままどこか楽しそうな様子の静が語るのは、語られているという学説のその内容。


「最新の神問学者の見解によれば、この世界の神様は全能に近い力を持つが全知の存在ではなく、芸術家気質で職人気質。

 己が創作意欲(インスピレーション)に従って【神造物】を生み出し、手にしたものがそれを用いてなにを成すのか、その行く末を鑑賞することを好む傾向があり、そして何より、後先を考えない(・・・・・・・)


「後先を、って……」


 告げられたその言葉に、竜昇はふと自身の手の中にある一振りのステッキへと視線を向ける。


 通常破壊できないはずの【神造物】を破壊するという、サリアンの言葉を借りるなら『人間に与えてはいけない』権能を宿した、【終焉の決壊杖(イコノクラスト・ジ・エンド)】の名を関する一振りの杖。


 渡された時、こんな破格の性能を持つ【神造物】を野に放って、神様とやらはいったいどう収集をつけるつもりなのかと、他ならぬ竜昇自身がそう思ったような代物だったわけだが、しかしそもそも当の神様に収集などつけるつもりが微塵もなかったとするならこの杖の存在はむしろ納得だ。


 どんな影響を及ぼすか、後々起きるだろう危険な展開をどう防ぐかといった後先を全く考えず、ただ作りたいと思ったものを作り、持たせたいと思った相手に一方的に送り付けただけなのだとしたら。


「――勘違いしているのではないか、という話なのですよ。

 この世界の人たちは神様の存在を、この世界を作った唯一神というイメージからシステマティックな秩序神としてイメージしていたようですが、実際は多神教における人格神のように自分勝手で気まぐれ、よく言えば自由な人間臭い神様なのではないか、というのが昨今唱えられている新たな説なのです」


「勘違い、って……」


 反射的に神様が実在する世界でそんなことがありうるのかと考えてしまう竜昇だったが、しかしよくよく考えてみればそもそも宗教というのはある意味でそういうもの(・・・・・・)だ。

 神様の側がどんな意図で動いていたとしても、それを観測する側の人間たちがその意図を正しく理解できるとは限らず、時にそれを観測する人間たちにとって都合のいい物語が本来の意図を無視する形で独り歩きすることもある。


「――そしてそうなってくると、この世界の在り方や、それに対する神様のスタンスのようなものも根本から変わってきます。

 【神造人】の方々は、神様がこの世界の運命のようなものを決めていて、【神造物】を使ってその流れの微調整や軌道修正を行って、もっと言えばあらゆる者たちの運命を操っていると考えていたようですが……。

そもそもそうした意図の干渉など行っておらず、むしろ自分の作ったものがどんな影響を及ぼすのか、その様子の観察に徹しているのだとしたら――」


「もしそうだとしたら、そんなの――。

 あの塔での戦いの意味が、根本から変わってくる……!!」


 自身の尊厳を証明するため、あるいは残酷な運命を設定した神に復讐するため。

 それぞれがそれぞれの理由で戦っていたという【神造人】の存在を思い出し、竜昇は内心ひどく残酷なすれ違いを見たような気分に襲われる。


 同時に、どこまで知っていたのだろうか、とも思う。


 普通に考えれば何も知らずに見当違いの理由で神への反抗に打って出たとも見える【神造人】達だが、一方で彼らは世界を一度再編し、その際に集めた人々から多くの知識を吸い上げていた【神造人】たちだ。


 【新世界】に取り込まれた人々の中には、当然その【神問学者】と呼ばれる者たちも含まれていたはずで、だとしたらそうして獲得した知識によって、【神造人】達も神の神物像に異論を唱える者たちの存在くらいは知っていたはずなのだ。

 なにしろその【神問学者】の中には、【神造人】達が最も警戒していた、あのアマンダが含まれているのだ。


 アマンダの存在がある以上、【神造人】たちが【神問学者】やその思想の存在すら知らないという話は到底ありえない。

となれば、彼らも自分たちが敵視する神が自分たちの思うような存在ではない可能性について当然に知っていたはずで、だとしたら彼らはその可能性についてどんなスタンスでいたのだろうか。


 知っていて、取るに足らない話として信じていなかったのか。あるいはどちらであっても関係ないと反逆に及んでいたのか。

もしくはそこまで含めて確かめるために、自分たちの行いが空回りだったと、そんな結論すらも覚悟のうえで、あの戦いを挑んでいたのだろうか?


「――なにやら戦っていた相手のことばかり考えているようですが、もしこの学説が事実だった場合、むしろ最も意味合いが変わってくるのは竜昇さんについてなのですよ?」


「――俺について?」


 そうして、【神造人】を名乗っていた彼らの戦いの意味を考える竜昇に、ふと隣で静がクスリと笑う。

 ポカンとする竜昇に対して、静は竜昇の握るステッキを指し示しつつ、どこか楽し気に語りだす。


「敵も味方も、基本的にどこかの段階で神様の介入があると考え動いていたようですが、もしもこの神様の神物像が従来考えられていたような秩序神ではなく、創作意欲(インスピレーション)に従い、気に入った人間にだけ加担する人格神であった場合……。

 そもそもあの段階まで介入がなかった時点で、神様には介入の意志などなかった可能性があります。

 単にそそられる相手がいなかったのか、自身の助力を期待されていると察してむしろやる気をなくしてしまったのかは推測するしかありませんが……。

 もしそうだった場合、神の助力を受けられないまま進むあの戦いの結末は果たしてどのようなものになっていたでしょうか?」


 これまで、竜昇は自身が【神造人】たちを討伐しうるちょうどいい位置にいたために、目的を達する上での最適解とみなされたことで【神贈物】の選定を受けたのだと、そう考えていた。


 自身が選ばれたのはたまたまで、より相応しい候補は他にもいた中で、単に状況と運だけで選ばれてしまったのだろうとそう考えて、その後相次いだ都合のいい展開も誰かに仕組まれたようだと考え、どこか後ろめたささえ覚えていた。


 だがもしも、そもそもほかの候補など最初から存在していなかったのだとしたら。


 【終焉の決壊杖】の贈呈から始まる一連の流れ、【神杖塔】の継承や【始祖の石刃/再始の石刃】の選定といった、あの最終決戦での勝因につながる一連の流れが、その実仕組まれたものでも計算されたものでもなく、危うい綱渡りを重ねた果てにかろうじてつながったものだったとしたら――。


「竜昇さんの存在は、あのビルでの戦いにおける最大の番狂わせ(・・・・・・・)だったのではないかと思うのですよ。

 神様が勝利の筋書きを描いていたわけではない。

そのまま突き進めば敗北と滅亡が確定していた、そんな運命の中で、神様の創作意欲(インスピレーション)を掻き立てて助力を引き出せた竜昇さんの存在こそが――」


「――よく言うよ。そういう静だって……。前人未到の試練を突破して、終末兵器への対抗手段をもぎ取る、結末を左右する特大の番狂わせを起こしてるくせに」


「――ふふ、ええ、そうかもしれません」


 頬が熱くなるのを感じてとっさに返した反論ともいえないそんな言葉に、なぜか静は含みのある、けれどやけにうれしそうな様子でそれを肯定する言葉を返してくる。


そのことに首をひねりながら、ふと竜昇は自身の握るステッキを見つめて考える。

 【終焉の決壊杖(イコノクラストジエンド)】。恐らくは偶像破壊者(iconoclast)の名を含んだこの【神造物】の製作者は、果たして自身の神物像が独り歩きしている現状をどう思っていたのだろうかと。


 あるいはこの槌杖で破壊したかった偶像とは、神様の作品足る【神造物】ではなく、独り歩きした自身の偶像だったのではないだろうか、と。


 とはいえ、これについてはやはり考えても仕方ないと、すぐさまそう考え、思考自体を打ち切った。


 そもそも【神問学者】達の唱える説がどこまで正しいのかもわからないし、ここで何を思ったところでそれが当たっているのか、それを確かめるすべもない。


 そして何より――。


「――は、だとしたら、その神様には後悔してもらうことになるかもしれないな」


 ――神様が一体どういうスタンスで、なにを望んで干渉して来ていたとしても、少なくとも竜昇にはそんな神の意志を行動の基準にするつもりは毛頭無い。

 そもそも竜昇自身、神様に直接何かを頼まれたわけでも命じられたわけでもないのだ。

 あるいはこれが、何かの依頼を受けたというのであればそれを受けるかどうか一考の余地もあったのかもしれないが、そもそも意図すら判然としない相手とあっては、竜昇には神様のために動くつもりもなければその義理もない。


「結局のところ、俺たちは自分で下した決断に従って生きるしかないんだ。

 その決断の結果、神様の望みがかなうというなら別にそれでもかまわないし、逆に神様にとって不本意なものになったとしても、その時はせいぜい神様に己の軽はずみを存分に後悔してもらおう」


 竜昇自身、自覚している。

 条件さえ満たせば【神造物】さえ破壊できる【終焉の決壊杖(イコノクラストジエンド)】。その権能のこの世界における有用性と、そしてそれと比例するあまりにも大きすぎる危険性を。


 そしてそれゆえに、竜昇自身はこのステッキを使って人間社会におくには危険すぎる、ほとんど厄ネタのような【神造物】を片っ端から破壊していくのもありだと思っているし、それと同じくらいに危険なこのステッキ自体も、何らかの方法で破壊してしまうのも選択肢の一つだと考えている。


 たとえ神様が、自らの作品である【神造物】をむやみに破壊されることを望んでいなかったとしても。


 ステッキを持つ竜昇の方は、生憎とそんな神様の芸術家的判断に従うつもりは微塵もない。


「――ええ、それでいいと思います。

 竜昇さんに会いに来たというサリアンさん……。あの幻日の世界を作ったという【神造人】は、その模倣元の世界のことを天国や理想郷のように考えていたようですが、あの世界だってそもそも最初から、そんな上等な世界だったわけではなかったはずです。

 多くの失敗を繰り返して、罪と犠牲を重ねに重ねて、それでも凝りもせず今より少しでも良くしようとあがいた人たちがいて、その果てにあの世界は他の世界から見れば理想的ともいえる環境を手に入れた」


 たとえすでに解体されて失われたとしても、竜昇たちあの場所で生きていた者たちは自分たちの暮らした世界がどんなものだったかを覚えている。


 たとえすべてが理想的とは言えなくても、自分たちが目指すべき指針、手本、あるいは反面教師として、この世界のすべての人々が、すでに一つの世界の情報(ありよう)を知っているのだ。


 で、あるならば。

できるはずなのだ。この世界をあの世界と同じ、あるいはそれに近い、もしくはそれ以上の世界へと近づけることが。


「――せっかく一つの答えをカンニングさせてもらったんです。オマージュも盗作も気にせずに、せいぜいこの世界がもう地獄と呼べない場所になるように、私たちが生きるこの世界を素敵に作り変えていくと致しましょう」


「――ああ。まずはこの二人から」


 静から聞いて分かったことだが、案の定今のこの世界は混沌に向かっているらしい。


 当初こそ唐突な世界の変化に混乱し、用意された生存のための備えを用いて生活基盤を整えることに忙殺されていた人類だったが、それらが軌道に乗るにつれて様々な争いの火種が息を吹き返し始めたらしいのだ。


 それは何も竜昇たちから手柄と共に世界再編の責任を奪っていった教会勢力への怒りや不満というだけではない。

 【新世界】に渡らずこちらに残っていたがゆえに、世界が元に戻った今、元のように民草を支配できると考えその状況を取り戻そうとする旧時代の支配階級に、かつてその支配下にありながらも【新世界】に渡り、あの世界の知識を得てしまったことで自分たちが受けていた支配を非道なものと考えるようになった民衆たち。


 逆に【新世界】での暮らしぶりが明らかになったことで、【真世界】に残された者たちの中には自分たちを犠牲にして楽園のような世界で暮らしていたと考える者たちも出てきているようだし、シンプルにこの世界での生活になじめなかったり、あるいは物資の確保や運用に失敗した者たちが犯罪や闘争に流れる事例が少数ながらも発生しているとのことだった。


 今竜昇たちがいるこのマンションのような建物とて、本来ならば無人になることなく、生活の拠点として活用されることを想定して配置していたはずのものである。


 【再始の石刃】の影響による、無効化した終末兵器に近い性質の攻撃の確立キャンセルはいまだ機能しているし、全人類に防御界法(シールド)の知識を配布したため人殺しや紛争の難易度そのものが上がっているが、それとていつまでも有効に機能するわけではないだろう。


 一方で、別の世界の存在を知ったことで、あの世界にあった文明や社会システムを取り入れ、二つの世界の良いとこ取りを狙おうという人々も各所で生まれているらしい。


 加えて静の話では、どうも城司と華夜と思しき親子の二人組が、二つの【神造物】を使ってすでに活動を始めている気配があるのだという。


 世界はいまだ、理想郷になるとも地獄に堕ちるとも知れぬ混沌の中で、その未来を決めるのは神ならぬ竜昇たちの意思次第だ。


「さて、出発するか」


「――ええ。ここから二人、まずはこの新時代に世直しの旅と洒落込みましょう」


 雨上がりの地面に杖を突き、竜昇は静と二人、並んでともに歩き出す。


「そういえば最初の階層の時から気になってたんだけど、ひょっとして時代劇とか、結構好きだったりする?」


「――ええ、実は……。無くして枕を濡らしたくらいには、かなり」


 他愛のない会話を交わしながら、望む未来へとむけて、一歩づつ。


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― 新着の感想 ―
一気に読んでしまいました 大変面白かったです!
[一言] 作者自身が登場してくる諧謔が面白く意外でした。 今回完結したとのことで再読しましたが、以前はただのダンジョン攻略モノかと思いきや、どんでん返しや伏線が次々と回収される流れは秀逸で圧巻でした…
[良い点] 完結おめでとうございます。 主人公がかっこよかったです。
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