320:再始の石刃
光と熱と衝撃波が閉鎖空間の中で荒れ狂う。
本来ならば密室と呼ぶには広すぎる、そんなスペースコロニーを再現した階層内部の、その全土で。
一つの世界の終末兵器、理論の上でだけでも、数をそろえれば人類を滅ぼせるレベルの爆弾が階層内の壁中で、それも数か所同時に作動して、逃げ場などあろうはずもない円柱状の巨大空間内部をその破壊力によって埋め尽くす。
当然そんな爆熱の中で、もともとあった都市など原形をとどめられるわけもない。
人間や植物、擬人といった生物はもちろん、車や、果ては建物に至るまであらゆるものがすべて吹き飛び、あるいはその莫大な熱量によって溶け落ちて、階層内部にあったものすべてがチリすら残さず消えていく。
――そうなるはずだった。
「ヌォオォオオオオオオッッ――!!」
押し寄せる破壊になすすべもないままサタヒコが叫ぶ。
複数個所で起こる爆発、逃れる暇もなく押し寄せる破壊の嵐にとっさに球体防御障壁だけは発動させて、しかしそれすら一瞬と持たずに砕け散ってサタヒコの体が光の嵐の中へと飲み込まれる。
もはや万事休す。
ここまでの奮闘もむなしく、この階層に集いし猛者たちはなすすべもないまま隅に知らなれずに蒸発する、そう覚悟した。
「オオオオオオォォォォォ……、おお?」
なにごともなく生きている。
光に飲まれ、見れば周囲でさえ光に塗りつぶされた荒野となっているはずなのに、サタヒコ当人だけは何ら影響を受けることもなく、時折周囲を何かが吹っ飛んでいくのをしり目に間抜けに口を半開きにして立っている。
「ヌァアアアああッ――!! 我が龍骨刀がァッ――!!」
聞こえた声に振り返り、見ればケンサの得物である龍骨刀が握った柄の部分だけを残してどこか彼方へと吹っ飛んでしまっていた。
だがそれ以外、今この場に共にいた、ケンサ自身やカゲツ、華夜と城司ら入淵親子も無事にその場に残っているし、同じ武器でもサタヒコの鬼鉈はなにごともなくサタヒコの手に握られている。
唯一、すでに死して骸となっていたトバリだけが、その遺体が熱によって灰と化したのか、いつの間にかその場から消え去っていたが。
周囲の光景、建物や地面などそのほとんどが破壊の嵐に見舞われていながら、サタヒコたち人間は驚くほどにその影響を受けていない。
「――生物」
「なに?」
と、理解の追いつかぬ光景に呆然とするそのさなか、同じように困惑していた華夜が何かに気づいたようにそう声を漏らす。
「人間も、擬人も、あと向こうの植物も、被害を免れてるのは――」
「ああ、そうか。私たちの装備の大半は先の戦いの中で【擬人】化していたから……」
言葉足らずの華夜の指摘に、遅れてその意図するところに気づいたカゲツがそう告げて補足する。
よくよく考えてみれば、これだけの破壊の中で爆音などは全く聞こえないのに会話が可能というのもおかしな話だが、あるいはそうした音もまた熱や爆風諸共無効化されているのかもしれない。
「命ある物だけが被害を免れている……? いや、【擬人】化されていない装備も、身に着けているモノは被害を免れているか……?」
「逆に言えば、【擬人】化されていない武装は身に着けてでもいない限り攻撃の影響を受けるのだろうね。ケンサの龍骨刀は回収する際【擬人】の核を破壊して普通の武器に戻していたし……。かく言う私も、鞘やそこに収めていたあの刀も見事に吹き飛ばされてしまったよ」
言われてみれば、ケンサほど騒いではいなかったがカゲツが腰につるしていた三連鞘や、その二番目の鞘に納めていた三者共有の刀の方は龍骨刀と同じくどこかに飛ばされてしまっていた。
最もこちらは不壊性能を有する【神造物】であるし、刀の性質もあるから回収そのものは難しくはないだろうが。
と、そこまでは理解できたものの、それでも根本的な疑問は結局残る。
すなわち、これだけの破壊の中にあって、サタヒコたち生物だけが無事でいられる、その理由は何なのか、と。
そう思い、改めてサタヒコは、本来ならば目もくらむような光の中で己の手へと視線を移して――。
「これは……、黒い、粒子……?」
光の中ではわからなかった、黒い粒子がその全身にまとわりつき、体を包んでいる事実に、目を凝らしてようやく気が付いた。
(――これって)
自分たちのいたビルが消し飛んだことにより光に包まれた中で地上へとなすすべもなく転落しながら、しかし詩織たち三人は地表に叩きつけられてもなお痛みすら感じることなく無事に存在し続けていた。
理香と二人、武器を抱えたまま意識のない愛菜にしがみつくように固まっていたことが功を奏したのか武器を失うこともなく。
唯一愛菜だけは【白虎の無垢衣】の増設した布地を吹き飛ばされていたようだったが、それ以外には特に被害を感じられぬままで。
(この状況、それにこの効果……、ううん、この権能って、やっぱり、静さんの――)
そうして脳裏をよぎるのは、まだ最上階を目指して移動していた時、交わされた情報交換の中で知らされた静の手の内。
不壊性能を持つ【神造物】の権能でありながら、有する代償ゆえに二度目以降の使用が不可能という、まさに静にとっての――。
――否。人類にとっての最後の切り札の存在だった。
『--其は、全ての武具の最果て』
わずかに時間をさかのぼり、塔の機能によってこの階層へと移動を果たしたその直後。
竜昇から受けた指示の元、静は即座に周囲の状況を把握すると、一番近くにあった十字塔の側面へと着地してただ一度の切り札を切るべくその聖句を口にしていた。
『至りし終焉、始祖から始める、再起の刃影』
通常の【神造物】であるならば、実のところその一つ一つに設定されている聖句を唱えることに意味はない。
【神造物】それぞれに設定され、所有者が【神造物】に意思を向けた際、無意識に口にしてしまう性質のあるこの聖句は、実のところ【神造物】という作品に付随する作品解説のようなものでしかないのだ。
無論人間社会においては神の助力を得ているという権威の証明にこそ使えるものの、聖句を唱えたからと言って何らかの効果があるという訳ではなく、逆に言えば聖句を口にしなかったところで何らデメリットもないというのが従来の【神造物】と【聖句】の関係だった。
けれど今、ここで静が口にしているこの聖句だけは、そうした通常のものとは事情が異なる。
単なる作品解説というだけではない、明確にして厳格なる使用条件。
使用の局面を限定すると同時に、重い代償を伴う権能を意図せぬ形で使ってしまう事態を防ぐための、意志と状況が許さなければ使えないようにするための安全装置。
そんな聖句をためらうことなく唱えて、最後に手の中の石刃を足元の影へと投げ込んで、そして静はその【神造物】を解き放つための最後の言葉を口にする。
「――【再始の石刃】」
直後、階層各所から放たれた光と熱と破壊の嵐が視界のすべてを包み込み、けれどその寸前に石刃の影がその面積を一気に広げて、影の中から石刃によってコピーされた武装の数々が現れる。
武装一つ一つへの敬意や特別感などかけらも見られない、まるでうずたかく乱雑に積み上げられたごみ山のようなそれが、しかし出現したその直後に粒子へと変わって、周囲に飛び散り消えていく。
結果としてその後にその場で繰り広げられるのは、理論上人類を滅ぼせるとされた武器・兵器の極限、終末兵器とまで呼ばれる爆弾が、けれど生き物にだけは傷一つつけられないというそんな光景だ。
【神造武装・始祖の石刃】の影、【神造刃影・再始の石刃】。
それが有する権能、あるいはその作品コンセプトとでもいうべきものは、いわば終末兵器という存在に対するカウンターだ。
【始祖の石刃】でコピーした数多の武器と、それぞれの武器をコピーしてから経過した、あるいは積み重ねた時間からなる『武器の歴史』。
その『歴史』を代償に、蓄積された『歴史』の総量に応じた広範囲に展開される対終末兵器防御結界、それが今この階層で命あるものをあらゆる攻撃、破壊から守っているものの正体だった。
とはいえこの【神造物】、手に入れたはいいものの、当初静はこの最終決戦の場において、この権能を使うことはまずないだろうと考えていた。
というのもこの権能、発動に際しての代償がとにかく重い。
武器の中に蓄積された『歴史』を代償とするというのは伊達ではなく、言葉の通り一度でも【再始の石刃】を使用してしまうと【始祖の石刃】に記録されていた武器のレパートリーは丸ごと消失し、以降それまでコピーしていた武器は一切使えず、再び|石刃(一)から、武器と呼べるものを一つ一つコピーするところからやり直さねばならなくなってしまう。
無論それでも防御性能は折り紙付きではあるのだが、効果対象には敵味方を問わず、その範囲は蓄積した『歴史』の量で決まり一切加減などできないため、ため込んだ『歴史』を小分けにして使うような融通の利いた運用もまずできない。
さらに言えば、使用に際して聖句の詠唱を必要とするため即応性に欠け、発動に必要な『歴史』の総量にも最低ラインが設定されているため、一度発動してしまうとどうかすると数百年や千年を超える蓄積のインターバルが必要になってしまう。
早い話、どう考えてもこの【神造物】は終末兵器に対抗する以外の使い方をしても割に合わないようにできているのだ。
用途外の使い方も絶対にできないわけではないが、通常戦闘などで使おうとしても間に合わなかったり、あるいは使用にこぎつけても逆転の一手にはならず、かえって不利になりかねない性質すら孕んでいる。
それゆえに、当初は静もこんな【神造物】をこの戦いで使うことはなく、使われるとしたら静よりも後、石刃を継承した先の世代の誰かになるのだろうと、漠然とそう考えていた。
だが――。
『――終末兵器……。終末兵器か……』
最上階を目指す道すがら、静からこの権能の存在を聞いた竜昇のその反応が、静のそんな考えを根本から覆すこととなった。
なにか気になることでもあるのかと、そう問いかける静に竜昇は自身の考えをまとめながら答えを返す。
『今回、俺たちが戦うことになるのは不壊性能を持つ【神問官】、つまりは不死身の存在だ。そしてこういう不死身の性質は、防御面だけでなく攻撃面でも有用に使う方法がある』
それは同じ【神問官】であっても、用が済んだら損傷が修復されるという、殺せば死ぬ存在だったセリザでは用いなかった手法。
『自爆攻撃だよ。正確には自分を巻き込むことを厭わない攻撃全般。なにせどんな攻撃でもダメージを受けないんだ。自分もろとも相手を攻撃に巻き込んでも倒れるのが相手だけなら、不意討ちから我が身を使った足止めまで、使える手口はいくらでもある』
聞けば、先に戦った【神造人】であるサリアンが実際にそう言った自身を巻き込むような攻撃を用いていたらしい。
一応そのサリアンと違い、ルーシェウスの場合攻撃自体は当たるため何の影響も受けないという訳ではないのだろうが、それでも相手を確実に殺せるというのなら、相打ち覚悟ですらない不壊性能を前提とした自爆攻撃は十分に警戒すべきやり口である。
そして――。
『加えて、今回相手にするのは各階層の環境や設備を自在に作り上げられる連中だ。
戦いの場に自爆装置の一つや二つ、それも一つの世界の文明体系を丸ごとコピーできるなら、最悪その世界で最大の威力を誇る、それこそ終末兵器みたいな自爆装置を仕込むくらい普通にありうる』
それは実際にサリアンという【神造人】と対決し、今また静を通じて【終末兵器】という着想を与えられたからこそ至れた発想。
『――けど、そんな【神造刃影】が手の内にあるなら、仮に自爆装置が存在したとしても、むしろその使用はこちらの勝ち筋になりうる。
もしもこの先戦う中で、ルーシェウスが自爆装置や、それに近い自分を巻き込む大規模攻撃に打って出る時があったらその時は――」
そうして、自爆装置に対応する形で発動した【神造刃影】の持続時間が終わり、周囲一帯へと広がっていた影の粒子がその内の攻撃効果を巻き込む形で収束する。
吹き荒れる爆風の嵐も、生物を蒸発させる熱も。
光や、あるいは残留するはずの有害物質すらも影の中へと封じ込められ、所有者である静の手の中に石刃一つを残して、一点へと集った影が次の瞬間には世界へとむけてはじけて消えて――。
「――終末は、越えたぞ……!!」
かくして、一面の荒野へと変わった円筒状の世界の中心で、神に作られた人間と凡庸なはずの少年が相対する。
「互情、竜昇……!!」
まるで世界の中心のような天地の狭間で、望む未来をかけて、最後の勝負を決めるために。




