314:最優の擬人
そもそもの根本的な話として、【神造人】アーシアは戦闘音痴である。
それもただの戦闘音痴ではない。
古今東西、あらゆる戦闘技術を知識や情報として獲得し、それを他人に植え付ける【神造界法】の持ち主である【神造人】たるルーシェウスが、彼女に戦闘能力を持たせようと画策してそのことごとくが失敗したという、超ド級、空前絶後のレベルのとんでもない戦闘音痴なのである。
武器を持たせても、本人の気質が戦闘向きでないため腰が引けてしまうそもそも小柄な少女型の【神造人】であるため大人の達人から抽出した技術に適応できない。
危機的状況などの精神に負荷のかかる状況で冷静に思考し続けることができず、界法の使用にすら支障をきたすこともザラで、術師に求められる冷静に界法を発動させる安定した思考を維持できない。
素人に達人一歩手前レベルの戦闘能力を与えられる、【跡に残る思い出】を有するルーシェウスが匙を投げるほどの極度の戦闘音痴。
性格的なものだけでなく、能力的にも有する権能的にも、守られるお姫様でいることが最適解と言い切られてしまった非戦闘員、それが【神造人】アーシアだった。
そしてそんなアーシアだからこそ、それを守る擬人たちには彼女が戦場に立つことについて多かれ少なかれ抵抗があった。
それはそうだろう。何しろ彼女の存在は、戦場においてはほとんど足手まといにしかならない。
元が道具である関係上忠誠心が強く、自己保存の意識が薄いため使い捨てられることにも抵抗がない【擬人】達ではあるが、それでも主を危険にさらすとなればさすがにその主人に従ってばかりもいられない。
本当のことを言えば、自我を確立した【擬人】達の誰もが、内心ではアーシアにはこの階層にすら降りてこず、扉で閉ざされた一つ上の階層で勝負の決着を待っていてほしかったくらいだ。
だが、それでも。
そんな【擬人】達の思いを知ってなお、彼らの主人たるアーシアは己の望んだ戦いを生み出した配下達に任せきりにすることを良しとしなかった。
自己満足であることも、愚かな選択であることも理解したうえで、それでもわが身を危険にさらし、自らが戦いに参加することを選択した。
そして自分たちの意向を踏まえてなお、主がそう決断したのであれば、もはや配下の【擬人】達にも否やはない。
主が危険も愚かしさも承知の上で、なお戦いの場に臨む覚悟でいるというのであれば、【擬人】達はその主がどんな醜態をさらそうともその目的のために動くだけだ。
加えて言うなら。
確かに戦闘音痴なアーシアではあるが、そんな彼女自身は、足手まといの己を無策で前線に置くほど無能という訳でも、ない。
高速道路の上を戦場に二つの勢力が激突する。
交戦するのは無数の【擬人】からなる集団と、たった三人の武人集団。
人数的には三人の側、サタヒコたちの方が圧倒的に不利な状況、通常ならば撤退を考えるそんな局面で、けれど三人の武者たちはいずれも怯まず、止まらない。
「【散斬発破】――!!」
迫りくる擬人の先頭集団をめがけ、臆することなく突っ込んだサタヒコがその手に持った金棒と大鉈を合わせたような【鬼鉈】と呼ばれる武器を全力で叩きつける。
対して、向かって来る擬人たちの側もやはり無策という訳ではなかったらしい。
すでに手の内を見せていたが故か、あるいは事前に情報を収集して準備していたのかはわからないが、鬼鉈を振るうサタヒコに対して盾を構えた執事が前へと飛び出し、界法による巨大な盾を展開しながら暴風と斬撃をバラまく一撃を受け止める。
「――ふん……!!」
叩き込んだ一撃によって盾を粉砕し、どうにか盾の擬人を跳ね飛ばすことに成功したサタヒコだったが、先の遮音板の擬人たちがそうなったのと違って、擬人たちは受け止めた個体もその後続もさしてダメージを受けぬままだ。
唯一、攻撃を受け止めた擬人だけは全身から煙を上げて吹き飛ぶ羽目になっているが、それとて相手が擬人であることを考えれば致命傷とは言い難く、恐らくは復活して参戦してくるのも時間の問題だろう。
【擬人】という存在の持つ特性、それを最大限に生かして被害を実質ゼロにする、これまで戦ってきた【擬人】たちとは一線を画した高いレベルの技量と立ち回り。
そして――。
「――守りを固めろ、馬鹿ども――!!」
直後、何かに気づいたらしいケンサの叫び声によって、サタヒコはそうした疑問の答えに至れぬまま、それでもかろうじて防御を間に合わせることとなった。
直後、サタヒコたち三人が同時に護法結界を展開して、その結界めがけて四方八方から無数の弾丸が降り注ぐ。
(――なんだと……?)
半透明の結界に叩きつけられる銃弾、この塔の攻略の途上にも幾度となく見たそれが、いったいどこから放たれているのかと視線を走らせて、直後にサタヒコはそのカラクリに気づいて目を見張ることとなった。
「――この、弾丸……、これもすべて【擬人】なのか……!!」
敵の中に銃器を携えた個体がいるのかとも思ったが現実はそれ以前の話だった。
先ほどアーシアが装甲車の上で発砲し、けれどまともに狙いをつけることもできずに虚空へと飛び去ったはずの多数の弾丸。
だが実際には事前に魂を込められていた弾丸が、その弾速を保ったまま軌道を変えて四方八方からサタヒコたちのもとへと襲い掛かってきていたのだ。
まともに狙いがつけられなくとも、反動に振り回されようとも関係ない。
ただ引き金を引き続け、弾丸を無作為にまき散らすというその行為こそが、あの主たる【神造人】が背負った辛うじてこなせる役割だった。
「--ぐッ、ぅ――!!」
「トバリ――!!」
さしもの三人と言えど、どうやら不意討ちで襲い来る弾道の予想できない弾丸すべてを防ぐことは不可能だったらしい。
寸前で気づいたケンサの呼びかけでとっさに大半の弾丸は防御したものの、数発の弾丸が護法結界の展開前にサタヒコやケンサの手足をかすめ、そして一発がトバリの左腕へと命中し、そのまま貫通せずに腕の肉へと潜り込む。
そしてほかでもない、そうして撃ち込まれているのは、各々が魂を得て独自の判断能力と特殊な活動能力を得てしまっている【擬人】の弾丸だ。
「--っ、ぐぅぅっ、ぉお、ぁああっ――!!」
傷口から黒煙と血液が吹き上がり、その煙に振り回されるような形でトバリの右腕が強引な力で引っ張られる。
さしもの【神造人】達も使い捨ての擬人に界法まで習得させることはできなかったようだが、たとえ体内からの攻撃がなくとも単純に動きを封じられるだけでこの状況では致命的だ。
敵が迫る中で倒れ伏し、なす術もなく致命の一撃を叩き込まれる、その寸前――。
「――ケンサァッ!!」
「--オオゥッ!!」
サタヒコの胴間声にケンサが応じ、背後に投げ放たれた一刀のもとへと直後にトバリが転移する。
【参誓の助太刀】。三者で共有され、持ち主と刀がそれぞれの間で瞬間的に転移することができるその権能を用いて、窮地にあったトバリが投げ放たれた刀のもとへと一瞬のうちに離脱する。
「――悪い、助かった」
「いいから血を止めなよ。こっちだってこの人数、何よりこの攻撃を相手に足手まといなんていつまでも抱えてられないんだから――」
転移の際に腕に食い込む弾丸だけをその場に置き去りにし、拘束からも脱したトバリがすぐそばに現れたケンサと言葉を交わす。
トバリの脱出を察知して擬人たちが放つ攻撃をケンサがその手の蛇腹剣で叩き落とし、最低限の手当をトバリが終えるそんな時間を確かに稼いで、けれどいつまでもそんな対応を許すほど今目の前にいる敵は甘くない。
「次、々、行くわよぉぉおおおおッ――!!
装甲車の影から、その背後に転げ落ちたはずの少女が侍女の一人に抱えられる形で姿を現して、走る侍女の腕の中から銃を構えて再びの闇雲な発砲を開始する。
同時に、少女の瞳が鏡のように瞬いて、直後にケンサが振るっていた龍骨刀の、その刀身の動きが乱れて各所から黒い煙が噴出する。
「――チィッ、もうか……!!」
完璧に制御していたはずの龍骨刀が自身を襲ってくるその事態に、とっさにケンサは自身の操っていた武器を手放すと、背後にいたトバリもろとも直線に【参誓の助太刀】を呼び寄せていたサタヒコの背後へと転移する。
もとより負傷したトバリをかばいながら戦っていた時点で二人まとめて狙われることも、自身が操る【龍骨刀】がアーシアの【模造心魂】と相性が悪いことも覚悟はできていたことだ。
特に【龍骨刀】の構造は多数の部品に分割された武器を分解した状態でも操れるという性質ゆえに、その部品の一つ一つに魂を込められた場合危険な事態になることは容易に想定できていた。
だからこそ、ケンサはトバリをかばう態勢になった時点でサタヒコのもとへと【参誓の助太刀】を明け渡し、サタヒコの方も二人が窮地にあるとみるや刀を比較的敵の少ない背後へと投じて、三人が危険地帯に集合してしまう事態を避けていた。
とはいえ、どれだけ状況を先読みし、卓越した技量と連携で敵の猛攻をしのいでいたとしても、この場における状況の悪さを完全に覆すには至らない。
「――あぁ、畜生、ダメそうだ……。お前の武器、カヤ嬢に作ってもらった【思い出の品】をいくつか破壊したけど完全には洗脳できてない……」
転移する瞬間、ケンサの【龍骨刀】に【思い出の品】のガラスの弾を投げつけて、いくつかの部品の魂にこちらの味方になるような記憶を流入させることに成功していたトバリだったが、いくつもの部品の集合体という性質上、どうやら【龍骨刀】全体を味方に引き戻すことはかなわなかったらしい。
部品の一部が寝返ったことで、【龍骨刀】全体が襲ってくる事態はかろうじて避けられたようだが、部品同士が複雑に絡み合いながら争っており、迂闊に手を出せば敵味方共に攻撃されかねないという事実上の使用不能の状態へと陥ってしまっている。
「逆に言えば、【龍骨刀】のように一発で寝返らせることのできない武装だったからこそ狙われたと見るべきだろうねぇ……。
最初から僕らの全装備を【擬人】化してこなかったところを見ると、擬人と化した装備を僕ら側に寝返らせる用意があることはすでに彼女にはバレているというわけだ」
視認するだけで無生物に魂を込めるという破格の力を有し、装備や衣服を配下としてしまえるがゆえに事実上人間では勝てない可能性すら示唆されていたアーシアだったが、それでも【決戦二十七士】の戦士達はそんな無敵に思える力にも対策を用意してきた。
かつてハンナが行っていた【思い出の品】による【擬人】の洗脳戦術。
記憶流入によって【擬人】に自分達よりの価値観を与えて寝返らせるというその手法を参考に、【決戦二十七士】の面々は【跡に残る思い出】を引きついだ華夜に【思い出の品】を大量に用意させて、自身の装備の各所に仕込む形でこの戦いの場に持ち込んでいた。
単純に擬人化を防ぐのではなく、擬人化した物品を自分たちの味方につけることで動きの阻害を防ぐという逆転の発想。
訓練の時間などなかったために、敵がやっているように装備自体に戦闘の補助をさせることはさすがにできないと割り切っていたが、それでもあのアーシアという【神造人】に権能の使用を躊躇させる牽制にはなってくれたらしい。
(最初からこちらの装備を手当たり次第に【擬人】化させなかったあたり、すでにこちらが対策を用意していることは知っていたってことかな……。ブライグ殿が一度攻め入ったという話だったし、その時に牽制のために見せ札としたのか……)
分析しながらケンサが失った主武装の代わりに【参誓の助太刀】をその手に構え、同時に負傷していたトバリがこの場でできる最低限の手当てを終える。
とはいえ、多数の敵に囲まれ、その数を減らすことにすら難儀しているこの現状、如何に三人がそろったとしても正面からの激突でこの敵を打倒することは難しい。
となれば、この場において三人がとるべき戦術はただ一つ。
「――トバリ」
「四秒稼げ」
一声かけた次の瞬間、ケンサの手から【参誓の助太刀】が姿を消して、背後に控えるトバリの手の中で出現と同時にもう一つの刀との合体を遂げる。
二振りの刀を互い違いに合体させて、巨大な手裏剣、あるいは風車のような形で組み合わせた【双羽刃】。
危険を察知し擬人たちの攻撃が殺到する中、サタヒコとケンサが鬼鉈と界法できっちりと背後のトバリを守り切り、そうして予告した四秒後には跳躍したトバリが負傷していない左手一本で投擲武器となった刀を投げ放つ。
「【伐回転】」
擬人たちの軍団の向こう、少数の侍女たちに守られて彼方に控える、敵の首魁たるアーシアのそのもとへと。
「--っ、落としなさい……!!」
アーシアの指示を聞くのとどちらが早いか、周囲にいた執事やメイドが即座に反応してその何体かが遠距離攻撃を放つが、達人が込めた法力を帯びて高速回転しながら突き進む【双羽刃】は止まらない。
高速で回転し、法力の刃を展開した【双羽刃】が押し寄せる攻撃を命中する側から両断し、回転によって逸らし、受け流しながら軌道を曲げることなく突き進み狙いすました通りに上空からアーシアのもとへとその身を両断するべく襲い掛かる。
「お嬢様――!!」
アーシアを抱えたメイドが飛び退いて【双羽刃】を回避した次の瞬間、狙いすましたタイミングで鬼鉈を振り上げたサタヒコがその刃の真下へと姿を現し、続けてトバリがそれに続いて飛来した双羽刃を受け止める。
さらに、トバリの手元に彼の刀を残して【参誓の助太刀】が一人残ったケンサのもとへと移動。主のもとへと二人が移動したことに気を取られた【擬人】たちのスキを突くように襲撃を仕掛け、擬人たちに主への救援ではなく自分という敵への対処を迫る。
「どう、やら――、数はともかく、連携の練度はこちらの方が上のようであるな、【擬人】の姫よ――!!」
「――ッ、そんなこと――」
「――そうでもありません」
アーシアが反論しかけたその瞬間、その言葉を奪うように彼女を抱えたメイドがそう告げて、同時に迫るサタヒコとトバリとの間に多数の【擬人】が割り込んでくる。
アーシアたちがこの場に乗り込んでくる際搭乗していた装甲車、その表面に張り付けられていた多数の鏡が、黒い煙を吹きながらサタヒコたちとアーシアとの間に割り込んで、同時にサタヒコたちの周囲にも展開し、一斉に二人を取り囲んで。
(来るか――!!)
鏡の目による装備の擬人化。
最も恐れていたそれに備え、即座に二人が自身の装備の各所に仕込んだ思い出の品へと意識を向けて、いつ装備を擬人化されてもそれを洗脳できるようにと対応の準備を整えて――。
「――ぐ、ぶォ――!!」
次の瞬間、サタヒコたちを取り囲む鏡、そのうちの一つが背後から叩き割られて、その向こうから現れた鉄の塊のような拳に巨漢の武者が正面から殴り飛ばされていた。
恐らくは装甲車から変じた擬人だったのだろう、巨大な車体を強引に拳の形に落とし込んだ大柄な侍女が、まるで大型車両の激突の湯な衝撃でもってサタヒコの身を跳ね飛ばしていた。
そして不意を討たれて攻撃を受けたのは、なにもこの場においてサタヒコ一人ではない。
「――か、ふ……?」
殴り飛ばされて吹っ飛ぶサタヒコの視界の端で、同じようにアーシアを背後から襲う形で追い詰めていたはずのトバリが、舞い散る血しぶきと共に地面へと向け倒れこむ。
鏡から侍女に変わった、その【擬人】の体を目隠しに。
煙のような体を貫通してきた銃弾の雨に射抜かれて、その全身からおびただしい量の血を吹き出しながら。
「――サタッ、トバ――、ぐッ……!!」
そうして、離れた位置で二人が倒れる事態に気を取られたその隙に、相対する擬人たちの武装が鏡となってアーシアの姿を映し出し、次の瞬間にはトバリの装備が【擬人】と化してその身を黒い煙の噴出と共に力任せに抑え込む。
そうしてたった一瞬、ほんの数手で手練れといっていい三人の武者を無力化したのは、銃を構えた状態で鏡に映るアーシア、ではない。
その彼女の眼前、大型の姿見鏡へと姿を変えながら、その側面から黒い煙でできた女の腕を伸ばし、自身である【会わせ鏡】にアーシアを映しながらその手を取って発砲まで行わせた最側近の擬人だ。
「――え、あれ、ちょ――、こっちの二人を狙うんじゃないの……?」
「生憎ですがお嬢様、その方法では高確率で防がれていたかと」
そうして、思っていたのとは違う作戦、違う結果に目を白黒させるアーシアに対して、侍女の姿に戻った擬人、ミラーナが、守られる姫の立場が最適な自身の主をそうたしなめる。
(――謀られた……。【神造人】アーシア……、この集団の頭目はあの【神問官】じゃない……!! そばにいる侍女、あのミラーナという鏡の擬人が本当の指揮官か……!!)
己が装備に組み伏せられて押し寄せる擬人の集団を前にしながら、トバリはこの敵集団の本当の組織形態を理解する。
意思決定や方針決定を担いながら、肝心の戦闘では能力の低さを露呈する主と、その主人の醜態を徹底的に油断を誘うために利用し、しかし主人の定めた目的に到達できるよう陰に隠れて策を練る指揮官の関係性。
「さて、お嬢様……。この者たちはどのように殺せばいいのでしょうか?」
それこそが、主であるアーシアとその側近、最古参にして最優の【擬人】たるミラーナを中核とした、この擬人舞台の本当の組織形態だった。




