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294:父としての

「……やれやれ、やっぱりうちの娘は頭がいい。――俺に似ず、この辺りは母親に似たのか……。こんな状況でなけりゃ、そう言うところは心置きなく喜べたんだが」


 敵として現れ対峙しながら、しかしそれでも城司は以前と変わらぬ父としての態度で、目の前の娘に対してどこか諦めたようにため息を吐く。


 その様子に、しかし娘である華夜は何も言わない。

 もとより感情を表に出さない少女ではあったが、今もまた敵として現れた父を前に平静を保ち、自分の意思で敵対することを受け入れたかのようにその父に対して杖を向けている。


 そしてそんな親子の様子だからこそ、唯一の部外者であるカゲツはそんな二人の態度に戸惑いを覚える。


「――本当に、精神干渉を受けていないのか……? 本人が自覚できていないだけで、実際には何らかの影響を受けているという可能性は――」


「――さぁな。少なくとも俺自身は、自分の意思でここに戦いに来たつもりだが……。

 なんだったら確認するか? 俺たちが暮らしていたあの世界は偽物で、本来の世界に戻さないと二百年弱で滅んじまうって話で……。

 それを聞いて俺は二つの世界を天秤にかけて、悩んだ末に虫の好かねぇ連中の手を取って、お前らに味方している自分の娘をかっさらいに来てるんだが……。

――はッ、改めて振り返ってみるとそれこそ騙されてんじゃねぇかって筋書きだな……。

 お前らの目から見てどうだよ? こんな与太話を始める俺は、連中の精神干渉を受けていいように操られているように見えてるか?」


 それは確かに、カゲツたちの知る現状とも合致する、少なくとも話す範囲では嘘のない話の内容であるようには思えた。

 無論細部まで突き詰めていけばわからないが、少なくとも語られた内容、前提となる条件の説明に嘘はない。


 もしもあるとすれば、それは前提条件を聞いたうえで彼がこの決断に至った、その動機面くらいだろうか。


「あなたの娘御は、なにも我々に無理やりに従わされているわけではありません。

 別れた状況を想えば信じられぬかもしれませんが――」


「別に俺だって、華夜がお前らに嫌々従ってるとは思ってねぇよ。周りからはおとなしそうに見られがちだが、その実そんなおとなしいタマじゃないのは長くそばでその子を見てた俺がよく知ってる。

 そして子供ってやつが、必ずしも親の思い通りに生きちゃくれないんだってこともな」


「――つまり父さんは、世界を元に戻すことに反対、なの……?」


「――ああ、そうだ。いくらそれがお前が自分の意思で選んだ選択だったとしても、俺もここだけは譲れない」


 そしてここまで知ってしまえば、華夜が当初から父親が己の意思で襲ってきている可能性を考えて腹をくくっていた理由もおのずとわかる。


 なにしろこの二人はカゲツと違い同じ世界で暮らしていたのだ。

 自身が切り捨てようとしているモノの重みを知り、同じ葛藤を抱いたもの同士。相手が自分の選ばなかった道を選んでいる可能性に思い至るのは、むしろ道理であるとさえ言える。


 それは最初から【真世界】しか知らなかったカゲツ達に走りうるはずのない、【新世界】を経験し、『ぷれいやー』として二つの世界を比較する立場になった者にしか知りえない葛藤と対立。


「――なあ、わかるか華夜……!!

 俺はお前の父親として、娘をあんな世界に行かせたくねぇんだよ……!!」


「――!!」


――と、その瞬間。

カゲツ達の背後から、まるで獣の唸り声のような音があたりに響いて、路地へと踏み入るための角を曲がる形で何か巨大なものが姿を現す。


「な――」


「トラック……!?」


 それはカゲツにはわからずとも【新世界】を知る華夜たちにはわかる、馬車に似た車輪を持ちながら、馬に頼らず自力で走る巨大な鉄の塊。


 あまりにも大きく、道の横幅のほとんどをふさぐほどの巨体を誇るその物体が、まるで路地のにいる者を誰かれ構わずひき殺そうとするかのように一直線にこちらへと迫ってきている。


(父君の策か……!? だがだとしてもこれでは――。否、今まずすべきは――!!)


「【烈風斬】――!!」


 今このタイミングでこの『とらっく』が現れた意味、このままでは城司や華夜諸共全員がひき殺されてしまう可能性、それらが頭をよぎり、どこまで城司の意図によるものなのかと一瞬迷いを覚えながら、けれど即座にカゲツはその思考を振り払って、ひとまず今自身がすべき行動へと動き出す。


 撃ち放つのは刀にまとわせた法力を空気の斬撃として放つ単純な一撃。

 すでに時間経過で消えた風車に代わる一手そのシンプルな攻撃が、ひとまず迫る『とらっく』の、その二つの前輪を破壊することで、迫る巨大な鉄の塊の動きを足後と止めようとして――。


「なんだと――!?」


 次の瞬間。

 唸り声をあげて迫る『とらっく』、その巨大な鉄の塊が空中の一点に吸い込まれるように消えて、代わりに限りなく人間に近い別の何かがカゲツの斬撃の上を飛び越えるような形で地面に着地し、そのままこちらへと迫ってくる。


 否、別の何か、ではない。

 両足の先端に先ほどの『とらっく』と同じ車輪を現し、それを回転させて猛烈な勢いで迫るそれは、命を得た物品、先ほどの『とらっく』の擬人そのものだ。


 さらに――。


(無数の武具、『とらっく』の積み荷――、まさかこれ全て擬人の――)


 一歩先に着地した『とらっく』の擬人のその背後、先ほどまで荷台に乗せられていたのだろう武具の数々が一斉に黒い煙を吹き出して人の形をとり、一瞬のうちに軍勢と化したその相手が一斉にカゲツのもとへと襲い掛かってくる。


 そしてこんな軍勢の接近を許してしまった以上、今のカゲツにその迎撃以外に割けるだけの余力はない。


「――ッ、【水泡炸弾(バブルキャノン)】」


 カゲツが多数の擬人に囲まれ、それに応戦するために足止めを受ける中、華夜の方もまた自身に向けて襲い来る父へとむけて容赦なく水球の一撃を叩き込む。


 だがもとより、入淵華夜の戦闘能力は単独では決して高くない。

 本人もそれを自覚してか、単純に相手にぶつけて炸裂させる水球の他に、粘着液や潤滑油など、行動を阻害する界法も織り交ぜているが、もとより相手はそんな華夜の手の内を知り尽くした城司だ。


「確保ォッ――!!」


 何発目かの水球を拳で四散させ、粘着液を盾で受け止めたその直後、城司のそんな命令に従い、彼が纏っていた鎧が一斉に飛び散り、華夜のもとへと襲いかかる。


「――ッ、ぃ――!!」


 さしもの華夜も、至近距離まで近づかれたうえ、多方向から攻められたのではさすがに対応などできようはずもなかった。


「――こ、の――、父、さ――」


 細い少女の手足に、大柄な城司が身に着けていた鎧のパーツが次々とまとわりついてその動きを封じ、手足を折りたたむように抑え込まれたその直後に、胴体を守っていた金属プレートを中心にした残りのパーツが一斉に結集して、金属の塊の中に小柄な少女の体を閉じ込める。


「――ッ、華夜君――!!」


「悪いが娘は返してもらう」


 自身のそば、カゲツに一撃を加えた後その両足のタイヤでその場を走り抜けてはせ参じた擬人がトラックの姿に戻るのを横目で見ながら、城司はカゲツに対し、あまり興味のない様子でそう告げる。


 自身の周囲、駆けつけた擬人の一体と共に一つの檻と化した鎧の体を持ち上げ、トラックの荷台へと積み込んで、そのうえで城司は複数の擬人たちと共に同じく荷台に乗り込み、そのままカゲツにはほとんど興味も示さず、車を発車させてこの場を去っていく。


 【新世界】に存在する道の文明と【擬人】の特性、カゲツたちが把握していなかった性質まで含めたいくつもの要素を用いた策で二人を圧倒しながら、それを誇るでもなく、ただ抱える鉄塊の中身を気遣うように。


「待て、行かせないぞ――」


 残された擬人、その一部隊に行く手を阻まれながら、とっさにカゲツはその手を、去り行く『とらっく』それに乗る城司の背ではなく、自身の腰の後ろ、三本の鞘とは別に差していたもう一本の刀へと伸ばして、掴む。


(行かせられない――)


 もはやこれまで、と、そう腹をくくって。

 使わぬつもりだった、自分のものでない切り札に、手をかける。


「行かせて、なるものか――!!」






 ガタガタと微弱な振動をもたらすトラックの中で、鎧に閉じ込められた華夜が必死にもがく。

 体にまとわりつく金属パーツにその身を抑え込まれる中で、現状の自分が唯一使える唯一の手札を行使して。


(――ッ、【跡に残る思い出(リバイバルメモリア)】――!!)


 自身の体と鎧、もしくは鎧と鎧の間に記憶を封入したガラス片を生成し、身じろぎ一つでそれを押し割り、自身と鎧のパーツの擬人たちに封入した記憶を流し込む。


 直後に、華夜自身も接触している鎧の擬人から記憶を抽出、身の内に取り込むことで擬人たちの精神状態を読み取って、今しがた華夜が行った記憶による攻撃(・・)の、その効果を確かめる。



 そして――。



 青い空が――、焼ける臭いが――。


誰もいないアパートの一室で、それでも浮かべた笑みが――。

 いくつかの断片的な記憶(ビジョン)が、ほんの一瞬の時間の中で、それでもはっきりと華夜の脳裏で再生されて――。




(――っ、――記憶流入が、効かない……。この【擬人】達をこっちの味方にするのは、無理……)


 何体かの記憶を読み取り、そうして見えた記憶にいくつものことを想いながら、その感情を抑えつつ華夜は自身の試みについてそう結論付ける。


 今華夜の身を抑え込んでいるこの擬人たちは、華夜の記憶を流し込まれるそれ以前に、恐らくは城司のものなのだろう、彼の行動を決める動機となった強烈な記憶と感情を同じ【跡に残る思い出(リバイバルメモリア)】によってインストールされている。


 無論それだけでこの擬人たちのすべてが城司の分身のような存在になっているわけではないが、もとより自我の希薄な擬人たちは与えられた記憶によって微弱ながらも記憶の主に共感するような心理状態となっており、新たに記憶をインストールしてもその行動原理を大きくは変えられない状態だ。


 恐らく、今の【擬人】たちの行動原理なら、彼らは父である城司に、その目的のために平然とその身を、もっと言えば命を使い、差し出すだろう。


 元が道具であるためなのか、人間の華夜から見ればその献身は少々行き過ぎたものを感じるが、それでもその献身自体は間違いなく父である城司へと向けられていて、揺るがない。


「悪いが華夜……。お前の継承したっていう【跡に残る思い出】に関しては対策済みだ。

 何しろこっちには、その【神造界法】のお前以上の使い手がいたわけだからな」


 乗り込んだトラックの荷台で鎧の塊の中に閉じ込められた華夜の、そのすぐ近くに膝立ちで腰を落としながら、どこか皮肉気な笑みを浮かべた城司が娘に対してそう語りかける。


 実際、城司にしてみればこれほど皮肉な話もなかっただろう。


 なにしろ精神干渉への耐性を持たない城司にとって、【跡に残る思い出】への対策は二人の使い手(・・・・・・)を相手取る上で必須のものだったはずなのだから。


 そう、【跡に残る思い出】の使い手として、城司の敵は何も華夜一人に限った話ではない。

 むしろ警戒すべき相手、実質的な敵という意味では、娘である華夜よりもよっぽどいま彼が味方している、【神造人】の一人であるルーシェウスの方が厄介な相手であるはずだ。


「連中には、事前にあの世界に帰るための、俺達の世界へ続く道を用意させてある。

 今から俺達が行くのはそのための出口だ。これからこの車で、その出口がある場所まで向かう手はずになってる」


「――そ、れ、信じられる? 邪魔ならもとの世界に帰すより、殺した方が早いのに……」


 鎧の中から言外に罠ではないのかと問いかける娘に対して、しかし父が返したのは『――ああ、そうだな』という、どこかその質問を予想していたような、そんな反応。


「――俺もそこは懸念していた。連中との取引、お前をこの戦場から排除できればいいっていうなら確かに俺とあいつらの利害は一致するが、殺さずに生かしておく時点で、そんなのはあいつらにとっちゃ一種の妥協だからな」


 こと戦力の確保という面で見た場合、【神造人】達にとってわざわざ城司を味方に引き入れるメリットはあまりない。

 なにしろ、物品の擬人化と記憶の物質化、そして知識・技術のインストールで相手は無尽蔵に戦闘員を用意できるのだ。


 無論、親子という関係から華夜に対して有用な手札になるという見方もできるが、それでもわざわざ妥協してまで味方に引き入れるメリットがどれだけあるか問い考えると疑問の余地があり、むしろ華夜を殺めるために城司を利用しようとしているのだと考えた方がしっくりくる部分すらある。


 けれど、その一方で。

 仮に城司が【神造人】達に逆らい、取引を拒絶したところで、その先にあるのは娘である華夜が戦いに身を投じる形で命を危険にさらし、勝ったとしても今あるあの世界を滅ぼすことになる、そんな未来なのだ。


 ゆえに――。


「だから確認は厳重にやった。

 あの世界に戻る道も、こいつらにインストールする記憶の内容も、俺自身の記憶に齟齬がないかも、それこそどこかに罠があるんじゃないかと疑い続けて、少しでも矛盾があれば気づけるように」


 もとより城司にしても、自分たちを【神杖塔】という死地に追いやり、使い捨てようとした過去のある【神問官】達のことは私怨込みであまり信用していない。


 ゆえに、元の世界に戻る道は自分の目で確認してきたし、配下の【擬人】達に読み込ませる記憶についても、読み込ませる前の記憶の栞の束からランダムに何枚かを己の中に取り込んで、その内容を確認したりもした。


 なにより、自身の記憶や認識を常に疑い、己に問いかけるためのメモやメッセージをそこら中に残して、少しでも記憶と記録に矛盾する点がないか、その確認を今日に至るまで念入りに重ね続けてきた。


 そのうえで、少なくともここまで嘘偽り、罠・裏切りの兆候が見えなかったがゆえに、今城司はこうしてここにいる。


 無論、相手が記憶や認識を改ざん可能な存在で、城司自身がそれに対する耐性を持たない以上絶対はないのだろうが、それでも迂闊に手出しできないよう、完全に騙しおおせることが困難になるように。


 そのうえで、さらに。


「ちょうどいい、読んでみるか?」


 鎧の中に閉じ込められ、身動きの取れない華夜に対して、城司はその鎧の隙間から手を差し入れながら己が娘にそう投げかける。


「読んでみてくれよ、俺の記憶を……。

 お前の目から見て、俺が今騙されたり操られたりしていないかどうか」


 もとよりどれだけ用心したところで、自身の注意力だけでは限界があることも城司自身自覚している。

 けれどその一方で、今や【神造人】の一角足るルーシェウスと同系統の能力を持つに至った華夜であれば、城司の記憶を読むことでそこに何らかの偽りの痕跡がないかを探ることもできるはずなのだ。


 そしてこの方法であるならば、少なくとも元の世界に続く道へとたどり着く前に、その道が本当に安全なものかどうかを、ルーシェウスの記憶越しに華夜に確認させることもできる。


「一つ、教えて」


 いつでも触れて記憶を抽出できるよう手を差し出す父を前に、華夜は意を決しながらも、同時にもう一つ、どうしても知らなければならないことを父に問いかけることにする。


 それは【神造人】に味方している理由も、華夜をどうしたいのかという目的もわかった今、唯一不明なままとなっている最後の一点。

 城司の話の中で、唯一欠落していたその動機。


「どうして、父さんは【新世界】を選んだの? 元の世界じゃなくて、未来がないのがわかってる、あの世界を……?」


「――ああ、いいぜ。その部分についても想起してやるから存分にこの記憶を読んでくれ。

少々ショッキングで、本当なら年齢制限をつけなくちゃいけないような記憶だが――。まあ、今のお前にこれを見せないのはフェアじゃないだろう」


 そう言って城司は鎧の隙間から差し入れた手で華夜の頭をなでて、それを合図にその手のひらから光が散って華夜の中へと流れ始める。


 そんな父娘が幾度となく行った行為で記憶を開示して、流れ込む情報に意識を奪われる娘の様子を見ながら、城司が鎧の隙間から手を引き抜いた、次の瞬間。


「――!?」


 後方のビル群、その間にある通路から派手な爆音があたりへ響いて、その建物の隙間から空中へとむけてなにかが勢いよく飛び出してくる。


「――来るか。ああ、そうだよな。そう簡単にあきらめるなんて、この状況で考えるにはさすがに甘すぎる」


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