390:標的は彼方に
こと【新世界】における武器や武術の世界において、【弓術】と言うモノは大別して二つの系統の技術に分類される。
一つは、【新世界】においても通じる一般的な弓術。
弓に矢を番えて離れた位置に飛ばす遠隔攻撃手段。狩りから戦争に至るまで、古来より様々な局面で人間たちに使われてきた武術の一系統だ。
そしてもう一つ、近代になって主流となってきたのが、法力と術式の運搬手段、界法の遠隔発動のための発動媒体と言う、弓と言うよりも界法術流派の一系統として発展した【弓術】である。
無論同じ弓と言う武器を使う以上、後者と言えども前者の技術と無縁でいられるわけがなく、むしろ【界法】の術師流派が【弓術】を取り入れて発展したものが多いため、そう言う意味では後者が両方の技術を持った上位互換とでもいうべき関係になる訳だが、上位と言えてしまうだけあってその性能、破壊規模ははっきり言って別物だ。
もとより【真世界】における弓術は硬い岩でも平然と撃ち抜ける威力が出せる術者が多くいるが、界法が組み合わさるとなれば引き出せる攻撃の規模と威力はその比ではない。
唯一欠点があるとすれば、界法の媒体として使用する関係上使い捨てる矢の一本一本に高度な術式を刻む必要があり、矢を一発撃つだけで下手な法剣一本使い捨てるような莫大な出費を強いられる点があるくらいか。
それすらも【神杖塔】の機能によって矢を生産できる【神造人】側にとってはほとんどないに等しいような欠点であるし――。
――なによりも、【神造人】達がこの【弓術】に組み合わせられるモノはそれだけでは、ない。
「無事ですか、サタヒコさん」
「ええ、助かり申した。正直某が習得している防御手段では最初の攻撃から身を守り切れなかったでしょう」
「それはお互い様ですね。こちらとてあなたがいなければ同じ矢の二度目の攻撃には対応できなかった」
展開したドーム状の多重障壁を眺めながら、カインスはその障壁に唯一開けられた正面の風穴とその前に立つサタヒコ、そして彼の鬼鉈によってかろうじて叩き潰された矢の残骸を見ながらそう返答する。
実際今の攻撃を相手に二人のどちらかが対応できていなければ今頃二人は生きていない。
なにしろ飛来した矢は空中で多数の分体とでもいうべき矢を生成してカインスたちのいる周囲に生半可な防御では防ぎきれない絨毯爆撃を敢行。
さらに本体ともいえる矢はそうした攻撃から一瞬遅れて舞い上がる粉塵の中を飛び回り、爆発的な貫通能力を発揮してカインスが展開した三重障壁を貫通してきたのである。
あと一歩で攻撃に気付くのが遅れたカインスを射抜こうというそのタイミングで、かろうじて割って入ったサタヒコの一撃を受けてその身を粉々に砕かれていたのだから。
「それにしても今の矢は――」
「ええ、どう考えても一人の界法で起こせる現象ではない。恐らく矢そのものが【擬人】の一種で、自前で絨毯爆撃の【界法】を一つ発動、射手が矢に込めた貫通系の界法を身に纏いつつ、【擬人】としての能力で軌道を変えてこちらを死角から襲う形で二つ目の攻撃としてきたのでしょう」
一応同僚で同じく弓を扱うヘンドルの例を鑑みて矢を媒体に義体生成を行っている可能性も考えたが、触媒を核に疑似生物の肉体を形成し操る技術である義体系の界法を使っていたとしても今の現象は明らかに多機能すぎるし、そもそも矢の外見自体がそれほど変わっていないというのも不自然だ。
相手のここまでのやり口を考えても、偽りとはいえ命を持つ【擬人】を使い捨てることも厭わないようだし、最低限の自己判断が可能な【擬人】の矢を用いることで、術者が込めた界法とは別に矢そのものが界法を発動させる、そんな攻撃戦術なのだろう。
そしてそんな分析を行う間にも、破壊されて粉塵の舞う周囲から迫る脅威は変わらない。
先ほどカインスが探知した、周囲から二人を包囲しつつあった足音たちがいよいよ至近距離まで近づいて、それぞれの手に武器を構えて一斉に二人へと襲い掛かって来る。
「気を付けてくださいサタヒコさん。先ほどお伝えしたときといくつかのグループの人数が変動しています。恐らくは――」
「――装備の【擬人】化、もしくは【擬人】の装備化……。どちらにせよ武器や防具の一つ一つまで油断ならぬということであるな……!!」
カインスの言葉の先を高い理解力に裏打ちされた言葉でそう応じて、サタヒコは迫る擬人たちに自身の鬼鉈を振るって危なげない動きで応戦する。
盾で攻撃を受け止めようとした擬人を金棒部分の殴打によって背後の別の擬人に叩きつけるようにして粉砕し、その擬人が吹っ飛ぶ際に零れ落ちて、そのまま飛来してきたナイフを籠手を着けた拳で殴打し、粉砕する。
さらに――。
「【磁戒招来】――!!」
掲げられた鬼鉈が磁力を帯びたことで周囲の金属装備が次々と引き寄せられて、続く鬼鉈の一撃によって砕かれ、飛び散った破片が次々と鬼鉈の表面に付着していく。
こまめに磁力の強弱を調節し、時に磁力によって周囲の鉄骨などに引き寄せられる勢いすらも利用して鬼鉈を振るって、最後にはそうして砕きばらまいた金属の破片を一気に吸い寄せ、暴風の法力と共に生き残っていた擬人たちへとたたきつける。
「鉄片混入ぅッ――、【突風斬】――!!」
暴風と共に飛び散った金属片が【擬人】の集団へと正面から浴びせかけられ、ほとんどの擬人がその肉体を貫かれ、その中の何体かが運悪く核を射抜かれて絶命する。
装備としての形態と人間形態を使い分けられる点から見て先ほどから闇雲に襲い掛かってきていた【擬人】達より知能の高い集団だったようだが、このサタヒコという男は生半可な戦力では太刀打ちできない域にいる。
とはいえ――。
「――グ」
「がッ……!?」
絨毯爆撃とその後の戦闘によって粉塵が立ち込め、聞かなくなった視界を聴覚による索敵によって補っていたカインスの耳に、突如として突き刺すような痛みが不快な音と共に飛び込んできて二人がそろって耳をふさぐ。
恐らく敵の中にカインスの索敵能力への対抗策を持った個体がいるのだろう。
無論カインスにとって聴覚はあくまでも周辺索敵と地形把握の一手段でしかないが、それでも視覚に加えて聴覚にまで干渉してくるとなるとその影響は到底無視できるものではない。
「学士殿……!!」
「大丈夫です。周辺の地形情報は既に把握済み……。法力違和は感じとれますし、記憶と照らし合わせればある程度は行けます……。ですが長くはもたないのでまず十時の方向にいる音波系統の術者の撃破を――、……!!」
よろめいたカインスの隙をついて襲い掛かってきた【擬人】の一体をサタヒコに処理してもらいながら、それでもカインスが体勢を立て直してそう言いかけた次の瞬間、再びビルの向こうから矢が放たれて、遠くからでも感覚でわかる、かなりの量の法力をみなぎらせながら降ってくる。
やはりというべきなのか、周囲にいる味方、【擬人】たちの存在などお構いなしで。
どこまでも容赦なく、偽りの命を使い捨てるかのような勢いで。
「学士殿――!!」
「有する法力は爆炎系、先ほどのように武器で受ければ確実にこちらが負傷します……!!」
言いながら、カインスは周囲からの攻撃への対応をサタヒコに任せてタクトを空へと差し向ける。
直後、その先端から極小炎弾を五発まで連続発射。
迫る矢へとぶつけて相殺するべく放たれたそれらを、しかし落下してくる矢はジグザグに軌道を変えて次々とそれらの炎弾を回避する。
(やはり矢自体が意志を持って攻撃を避けてくるか……。自らの意志で軌道を変えるその性質はすこぶる厄介……。だが逆に言えば、矢が有する判断力を騙せれば敵も対応しきれないということ……!!)
次の瞬間、放った炎弾の五発目、最後の一発が矢に命中する前に空中で花開くようにはじけて、直後に弾けた欠片の一発が矢にぶつかって空中で強烈な爆発を起こす。
先に撃った四発と同じ炎弾と見せかけて、その実着弾寸前に弾けて確実に矢とぶつかる単純なフェイント。
加えて先に撃った四発にしても、単純に相手に攻撃の性質を誤認させるための捨て駒、と言う訳でもない。
「お見事」
直後、遠方で立て続けに四発の炎弾が炸裂し、その音を耳にしたサタヒコが賞賛の声をかけてくる。
矢の発射地点から相手の位置を割り出して、そこに先に撃った炎弾を落とす遠距離投射狙撃。
相手が攻撃を外して炎弾は消滅したのだと認識するように時間差で発動する隠蔽術式を組み込んだその炎弾が、狙いすましたその場所を爆撃し、その全てが着弾してその威力を発揮したのだ。
とは言え、その全てがカインスの計算通りに行ったかと言えば実のところそう言う訳でもない。
「どうやら仕損じたようですね……。地中の神経網が消えていない。着弾も炸裂も計算より一・二秒早かったことを考えると事前に察知されて撃ち落されたのかもしれません」
「ヌゥ……。敵方もそのレベルの手練れとなるといよいよもって厄介ですな。いえ、それとも指揮を執っているこの敵も周囲に護衛がいるのでしょうか……?」
「なんとも言えない所が忌々しいですね。この擬人たちは物品に身をやつしていると存在を感じ取れませんし、そもそも音を封じられている今、法力違和だけでは感知できる距離に制限があります」
敵がこちらを取り囲む【擬人】戦力の部隊と、遠距離からこちらの様子を監視し、状況によって介入して交戦する部隊を掩護する体化・弓使いの二組であることはすでに分かってきたが、それを踏まえても正直カインスたちの置かれている状況はうまくない。
そもそもの話、カインスの索敵能力はこの擬人と言う相手とは絶妙に相性が悪いのだ。
人間をはじめとする生物の存在を察知して遠距離から攻撃できてしまうカインスにとって、完全に武器や道具そのものとして生命活動そのものをやめてしまえる【擬人】達は位置や数を把握するうえで決して相性のいい相手とは言えない。
(これは--、一度撤退して立て直しを図った方がいいかもしれませんね……)
そう結論付けて、さっそくとばかりに用意していた札の一つを起動させる。
それは装備する【教典】の一つを使用して導き出した解析データと、用意していた術式を組み合わせて発動する、カインスの戦闘スタイルを考えれば当然の備え。
「【消音波】」
先ほどからカインスの【音響探査】を封じるべく響いている耳に刺さるような雑音。
それに対し、カインスは教典を軸に逆位相の音の波をぶつけて相殺し、取り戻した耳で周囲の状況、音の反射による近隣の地形と、そして音を立てて移動する者達の位置関係を瞬く間に把握し直す。
把握し直して、そして--。
「--迂闊……!!」
聞こえてきた音、その中でも一方向から聞こえたそれに着目し、思わずカインスはそんな言葉と共に舌打ちしていた。
「学士殿?」
「サタヒコさん、周囲の粉塵の中に迂闊に飛び込まないでください。【体化】の技法の一端なのか、他の物質干渉術法と組み合わせたのか、いつの間にか周囲の地形が変化してそこら中棘だらけになっています」
恐らく視界を封鎖した後張り巡らせた神経網を通じて周囲の地面に干渉、なんらかの技法で地形を操作し、アスファルトの地面から大量の棘を生やしたのだろう。
もしも迂闊にカインスたちが粉塵の中に飛び込んでいたら、生えていた棘が刺さって、あるいはその身を切り裂かれていたことだろう。
無論条件は周囲にいる敵とて同じだが、今相手にしているのはその性質上核の破壊以外では大したダメージとならない【擬人】の集団だ。
身を裂かれれば容易には治らない人間と違い、この敵は黒い煙を収束させれば手足が千切れようとも短時間のうちに再生できてしまう。
そしてもう一つ、ここまで露骨な策を仕組まれていれば、カインスたちにもおのずと分かって来ることがある。
「この敵の狙いはこちらの足止めです……。無論、仕留められればそれが一番くらいには考えているのでしょうが、敵方の本命、こちらが合流する前に仕留めたいと考えている相手は他にいる……!!」
直前の【音響探査】で敵の陣営の薄い部分、そこを攻めた場合の狙撃手の出方を計算しながら、カインスは苦虫を噛み潰したような表情でそう語る。
サタヒコやカインスを含め、【決戦二十七士】は強力な戦士の集団だ。
無論今は二十七人いたメンバーは半数以下の住人にまで減ってしまっているし、残された顔ぶれの中にはカインスのような本来戦士ではない人間なども混じってはいるが、それでも戦闘に際して優秀な立ち回りが可能であるからカインス達はここにいるし、対する【神造人】側もそんな戦士たちを万全の罠を這って迎え討ちに来ていた。
だがその一方で、【決戦二十七士】の残る十人、その全員が【神造人】達にとって等しく脅威になるかといえば、実のところそうとばかりも言い切れないのだ。
なにしろ相手は単純に攻撃しただけでは殺傷することのできない、【不壊性能】という理に根差した不死性を与えられた【神問官】である。
無論殺傷可能な擬人戦力を削ぎ、【神造人】を捕縛するなどカインス達にできることもあるため全く脅威になれないわけではないものの、単純に強いだけの戦士たちがこの不死身の存在にとって直接的な脅威とならないこともまた事実なのだ。
けれど、今の二十七士にはただ一人、直接的に【神問官】を殺せるかもしれない、少なくとも傍から見ればそれができそうにも思える人物が一人だけいるのだ。
アマンダ・リドという、精神に干渉することで【神問官】の試練を強行突破した魔女がいない今。
それと似通った方法が唯一使える、記憶を操る小さな魔女が、ただ一人。
「敵の狙いはカヤ・イリブチです。彼女だけは、我々の中で唯一継承した【跡に残る思い出】によって【神造人】を直接消滅に追い込める可能性がある……。
それでなくても、記憶を読み取ることで消滅条件を暴ける、そういう存在だと敵も見込んだから、我々を足止めして彼女の方にも襲撃の戦力を送り込んだんだ……!!」
そうしてカインスたちが足止めを受けていたそんなころ、当の華夜とカゲツの前にも一人の敵が現れる。
「これは……、なかなか、手練れが出てきたようだね」
腰の刀に手をかけるカゲツの目の前で、全身を西洋鎧で固め、両手に手斧を携えたその相手が構えを見せる。
兜の向こうに見える視線で、背後に控えるカヤの姿をじっと見据えて。
まるで見つけたその相手を決して逃がさぬとでも言うように。




