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288:濁りなく染める一雫

 【神造水滴・濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】。

 歴史上かつて一度だけ観測されたことのあるその【神造物】は、当時の教会が何としてでも確保しようとして失敗し、そして今も行方を捜し続けている【封印対象神造物】の一種だ。


 かつて一人の女にもたらされ、多くの救いをもたらした果てに大事件を引き起こしてしまった【神造物】


 非常に有用ながら使い方を誤れば世に破滅的な被害をも与えかねない、そんな【神造物】を持ってしまったその女が口にした言葉を、『(ティア)』と呼ばれた【擬人】は、意思を得たことにより己の記憶としてはっきりと思い出せるようになっている。


『どうして――、神様はこんなものを作ったの……?』


 それは己の愚かさを呪いながらも、同時にまるでそんな自分を誘導するかのようにこんな【神造物】を作ったその存在への恨みと呪詛の籠った涙の混じる言葉。


『こんなのまるで――、罠みたいじゃない……!!』






(【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】……!! そうかこやつ、あの厄災の元凶となった【神造物】か……!!)


 水中に響く敵の声を耳にして、ブライグは自身が知る【神造物】の性質と照らし合わせて今自身に起きている現象の正体を理解する。


 自身の全身、正確には身に纏うその装備から大量の気泡が噴出し、布地部分などが徐々に焼けただれるように溶けているその状況の正体を。


 【神造水滴・濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】。

 本体は実に少量の、それこそ小瓶に入るほど少量の液体でありながら、かつて一つの海洋国家を滅亡寸前にまで追い込んだこの【神造物】は、設定された聖句の通り大量の水に影響を与える権能を持った【神造水滴】だ。


 水滴の中に少量の液体を垂らすことで水滴全体をその液体の性質に変化させることができ、さらにそうして性質を変化させた【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】を池や沼などの水源に垂らすことにより、水源全体の水質を最初に写し取った液体のそれへと変化させることができるという、そんな【神造物】。


 使い方によっては飲み水を毒池に変えることも、逆に汚水を飲み水に変えることさえ可能なこの【神造物】は、かつて飲み水の不足に悩む地域で多くの人々の命を救い、そして後年、当時の所有者の無知がたたって、海を丸ごと全て真水に変えるという前代未聞の大事件を起こしかけた曰く付きの物品でもある。


 幸いにして、いかに【神造物】と言えども大容量の水を染め上げるにはそれなりに時間を要したこと、当時の所有者が異変を感じて途中で水滴の使用を取りやめたことなどから広大な海の全てが真水にかわる事態は避けられ、一時的に真水へと変わった問題の海域もすぐにその成分を海水へと戻された。


 だがその一方で、一時的にでも特定の海域の海水がまとめて真水になってしまった影響は甚大で、付近一帯に海洋生物の大量死を中心とした被害が出たことで当時の所有者は追われる身となり、【神造物】についても封印対象として教会が回収の命令を出す事態となったのである。


 そして今、かつて教会が確保しようと試みて、けれど結局確保できずにその行方を追っていた、そんな【神造水滴】の権能がブライグに対して牙をむく。


 クラゲの令嬢がかけていた首飾り、その瓶の一つに収められてた強酸の性質が鯨の形で宙を泳ぐ水怪全体に反映されて、鯨の体内全体がそれこそ胃袋の中のような酸の海と化して、内部に取り込んだもの全てを溶かしつくす死の領域へと変化する。


 もしもその領域内で、溶けずに存在できるものがあるとすればただ一つ。


『どうして、とけない……?』


 あらゆるモノを溶かす酸の海の中で、しかし変わらず自身を追って来るブライグの姿に、(ティア)と呼ばれる擬人は心底不思議そうにそんな問いを投げかける。


 見れば、こちらを追うブライグは服や防具こそ酸の効果によってみるみる溶かされているものの、その肉体には火傷一つ負っておらず、これだけの酸に晒されてなお苦痛の一つも感じた様子は無い。


 これが手にした剣が溶けていない理由ならまだわかる。


 ブライグが持つ剣、【応法の断裁剣】は不壊性能を持つ【神造物】だ。

 同様の理由で、【神造物】であることが判明しているブライグの両目や、その疑いが濃厚な両手両足についても、それが不壊性能による影響であるというなら溶かすことができないのもある意味では道理といえる。


『こわれないからだ? みえないよろい? それとも――』


 けれどもし、ブライグの全身が溶かせないというのであれば、あと考えられるのは――。


『――ひふ……?』


 そうして、ここへきてようやく(ティア)はこの敵の奇妙な耐久力の秘密を理解する。


 今行っている酸による攻撃だけではない。先ほどの氷の刃を用いても、この相手に傷一つ付けることができなかった、ブライグの体が傷つかなかったその理屈が。


 そして相手がその秘密を理解した、そのことを。

 ブライグ自身もまたその様子を観察することで理解する。


(気付かれたか)


 ブライグの体はすでにまっとうな人間のそれではない。

 ブライグ・オーウェンスと言う戦士は、その肉体の全身各所を【神造物】に置き換えた【神造サイボーグ】だ。


 そしてその置換箇所は、両の手足や目、心肺だけではなく一部骨格や皮膚にも及んでいる。


 正確には、皮膚と骨格については置換と言うよりもそれぞれの権能を用いた融合なのだが、なんにせよブライグの体は皮膚と骨格もまた【神造物】の一部となったことで不壊性能を獲得し、酸や炎では火傷一つ負わせることができず、刃物で切り付けても不壊性能を持つ皮膚に弾かれ傷一つ付けることができない、ある意味では限りなく【神問官】に近い不壊の体を持つに至っていた。


 無論すべての攻撃が効かないというわけではないものの、そもそも心臓や肺が不壊性能を持っている時点で守る必要がない、人体の弱点と言うモノが一か所以上消失しているようなものなのだ。


 単に強力な【権能】を備えた武器と言うだけではない、人体そのものになり替わり、肉体そのものとなって守る必要すらなくなる究極の防具。

 それこそが、ブライグが求めた人体置換型の【神造物】と言う、この塔を攻略するための最大戦力としての回答だった。


『いき、しなくてもしなない。サンでもとけない。キズつかない――。ドクもきかない……。なら、あとは……?』


(――む!?)


 否、実際にうごいたのはクラゲと言うよりもそれが泳ぐ水塊、空中を泳ぎ、ブライグ達をその体内に収めた巨大な鯨の方だった。


 ビルの間を泳いでいた水の鯨がその身をくねらせて宙を泳ぎ、その先にあった一際大きなビルへと躊躇なくその身を叩きつける。


(グ、おぉ――!?)


 コンクリートの壁とガラスの窓を叩き割り、直前まで鯨の形をしていた水を破片と共に周囲にまき散らしながら、鯨の体が側面を砕かれたビルの中へと流れ込む。


 飛び散った瓦礫を水を操ることで回収し、内部にあるあらゆる物品をその流れの中へと巻き込みながら、ビル内部へと侵入した大量の水がまるで洗濯機かミキサーの中のように、その水流で内部にあるあらゆるモノを掻きまわす。


 当然、そんな中に人間が閉じ込められているとなれば、いかに生身の肉体で無かったとしてもただでは済まない。


 ビル内部にある柱や壁の全てが水流によって叩き付けらえる凶器として機能して、なすすべもなく流されるしかないブライグを、その生身の部分を破壊するべく力の限りに猛威を振るう。


(――やはり、知能は低くないな……。この体が相手でも打撃や衝撃が有効であることに気付きよった……!!)


 迫る柱、そこに叩きつけられる衝撃を盾で受け止め、流れに逆らうことなく壁に着地し、時に体術で衝撃を最小限に止める形で何とか攻撃をしのぎながら、ブライグは内心でこの敵の判断に関心すら覚える。


 神造の皮膚ゆえに刃が通らず、薬液や炎もさして効かないブライグではあるが、しかしこと打撃に関して言えばそんな神造の皮膚があっても有効だ。


 そもそも、【神造表皮】が有しているのは【不壊性能】であって皮の下の肉体を守る防御性能と言うわけではないのだ。


 確かに刃物による斬撃は無効化できるが、それでも刃物を叩きつけられた衝撃は肉体に届くし、体内に衝撃が及べば当然そこにある生身の肉体は破壊され、ダメージを受ける。


 そして加えて言うなら、あくまでも防具ではなく皮膚である以上皮膚の機能として通常通るものまでこの【神造物】は阻めるわけではない。


 体内に入っても神造の機能ですぐに浄化されるとはいえ、皮膚を通して薬液はある程度体内に浸透するし、そしてそうである以上皮膚の性質としてどうしても通してしまうものがある。


(ぎ、ごぉ――!!)


 室内の電気設備が破壊されたのか、水で満たされたビル内部で、その水を伝って強烈な電撃が駆け巡る。


(ご丁寧に水質を食塩水に変えての電撃か……。この体に電気が通るのを見破っていることと言い、つくづく知恵の回る【擬人】と言うのは始末が悪い……)


 電力が他にも流れる余地があり、ブライグ自身もまとった加護(オーラ)でかろうじて身を守っていたが故に多少痺れる程度の被害ですんでいたが、そうでもなければさしものブライグも感電死していたところだった。


(プレイヤーたちが出会ったという、アパゴが打倒した前の個体より明らかに知能をはじめとした能力が高い……。

 あるいは、前の個体の方が高度な知能を持った個体を生み出す前の、試験的に作った実験個体だったということなのか……)


 もしも今この敵と相対していたのがブライグ以外の誰かだったら、それこそ複数のメンバーがそろっていたとしても全滅すらあり得たかもしれない。


 そう思えてしまうくらいには、【神造物】を擬人化したらしいこの相手は脅威であり、同時に単純な方法では打倒しえない難敵と言える存在だった。


 【神造人】達はどういう訳か【神造物】を擬人化することや、生み出す【擬人】に最初から高い知能を与えることを避けているようだったが、あるいは前回の個体はそうした制限やデメリットを回避できるかどうか、それを試すための個体だったのかもしれない。


 なんにせよ、恐らくは相手が抱えているだろう何らかの制限やデメリットは今【神造人】達の手によって突破され、それによって通常の人類では打倒しえないような凶悪な【擬人】が生産されて、今人類の最高峰と言ってもいいブライグですら窮地に陥っている。


(--!! また水質が変わった――、いやと言うよりもこれは――)


 自身を取り囲む大容量の水が多数の泡を吹き出すなにかになったことでその変化を察知したブライグだったが、直後に彼はその全身の感覚で変化の内容に嫌でも気づく。


(これは――、変わったのは水質ではなく水温か――!!

 奴め、温度変化もこちらに通じると見て水そのものを熱湯に変えてきたか……!!)


 皮膚そのものが【神造物】であるため火傷こそ負うことのないブライグだったが、それでも外部の温度変化が体内に伝わらないというわけではない。


 当然、外気温の上昇による熱中症などまで防げるわけではないし、釜茹でのような攻撃でゆで上げられれば、さしものブライグも火傷一つ負わぬまま調整しきれぬまでに上昇した体温によって死に至ることとなる。


(変化させた液体が油の類であれば、神造の火が瞬く間に回って焼き殺してやれたものを……)


 破格の力を計算高く使ってくる敵の有能さに、つくづく自分がこの場に出張ってきてよかったとそう考えながら、ブライグ自身が握る、先ほどからずっと攻撃をしのぐのに使っていた盾を剣へと変える。


(だが迂闊だったな――。

一度こちらの『応法』を無効化したくらいで、その後躊躇なくこの盾を攻撃に巻き込み続けたのは迂闊だった……!!)


 名前と【権能】の概要自体は有名になっている【応法の断裁剣】だが、実のところこの剣の持つ権能の詳細について正確に把握しているものは意外に少ない。


 それでも、実際にこうして相対して、あるいは味方のブライグとの交戦を何らかの形で目の当たりにできていたならば、【応法の断裁剣】の持つ力、受けた攻撃を返すというその権能の、その受け止め方と返し方が一定していないことには気づけたはずだ。


 なにを受け止め、なにを返すか。

 その吸収と反撃の対象設定が、実のところ所有者の意思にゆだねられた、非常に曖昧で選択の余地があるモノであることなど。


「--其は仇なすものを裁く防盾――」


 そして今この時まで、盾で受け止め、あるいは盾自体が巻き込まれていた攻撃の数と種類は決して少ないものではない。


「因果をたどる――、応法の(つるぎ)


 盾で受け止めた瓦礫、あるいはずっと受け止めている水流をいざ返すとなったその時に、そこに込められる追加の余罪、その裁きもまた――。


「【応法の断裁剣(ジャスト・ィス・ペナルティ)】--!!」


 その瞬間、渦巻く水中で一度は盾に受け止められた瓦礫の数々が、周囲の水流の後押しまで受けながら、振るわれた剣の動きに合わせて渦の中心を泳ぐクラゲの令嬢の元へと飛んでいく。


 当然のように、先ほど同様流水をぶつけ、さらにはその流水に同じような瓦礫を乗せて防壁として割り込ませた(ティア)だったが、今度の攻撃はその程度の防御で相殺できるほど弱くは、あるいは軽くはない。


 防御と攻撃(ガレキ)が激突したその瞬間、先ほどまで盾に吸収され続けていた衝撃が、電気が、熱量が、あるいは酸の腐食力が、その他先ほどまで盾に吸収されていた攻撃の全てが。


 防御のために割り込んだ流水や瓦礫を接触と同時に衝撃や熱量を炸裂させることによって吹き飛ばし、攻撃そのものである流水を纏った瓦礫の弾丸は勢いを落とさぬまま、その先にいる罪人(ティア)へと裁きを下すべく複数の軌道を描いて突き進む。


『--!! トまらない? トまらない……!! どうして? なんで? さっきはかんたんにとまったのに……!!』


 ブライグが、あるいは教会が永らく保有して、その権威の象徴となっていた【応法の断裁剣】は厳格に見えて意外に融通が効く【神造物】だ。


 盾の形態で相手から受ける攻撃を吸収し、剣の形態に変えてそれを振るうことで吸収した攻撃をそのまま相手に返すことができるこの【神造物】は、その実どういった攻撃のどういった性質を吸収することで無力化し、それをどのような形で相手に返すかと言う部分をある程度所有者の意志や判断で決定することができる。


 極端な話、吸収した攻撃(エネルギー)、その全てをひとつの攻撃に集約し、権能の性質によって付与される相手の元へと向かう性質や、相手やその相手が繰り出す防御のみに作用する性質さえも組み合わせることで、あらゆる防御を突破し、相手を滅殺する防御不能攻撃を合成(・・)することさえできるのだ。


 すでにブライグが放った攻撃に、流水や瓦礫の盾と言った防御手段はもはやほとんど通じない。


 ぶつけられる流水は攻撃に込められた熱や衝撃によって蒸発するか吹き飛ばされ、割って入った瓦礫もまた衝撃に吹き飛ばされるか、あるいは酸に由来する腐食によってボロボロに崩れて消えていく。


 そして相手に向かって突き進む【権能】由来の性質上、防御によって攻撃のエネルギーを相殺しきれなければその後に待っているのは撃ち返された攻撃による破滅でしかない。


「貴様が重ねた罪のもと、剣持つ()が裁きを下す。残念ながらそれこそがこの身の継承する【応法の断裁剣】の権能だ。

 裁定者が神でも理でもないのは申し訳ない限りだが、せめてその身を己が罪だけ(・・)に砕かれ、逝くがいい」


 周囲の水がはけ、ブライグがそう呟いたその瞬間。

 瓦礫と流水の直撃を受けたクラゲの令嬢に追加で電撃すらも炸裂し、過剰なまでの裁きを受けた神造物の擬人が、その核たる魂が粉々に砕けて消滅した。





「--ふぅ、やれやれ……。思わぬ強敵に随分と敵から引き離されてしまった」


 半壊し、水浸しになったビルの破損個所から外に広がる光景へと目を向けて、ブライグは今後の方針についていくつもの縁の糸を見ながら吟味する。


(すでに縁の糸は結んだ。逃げ隠れされたとしても追おうと思えば追えるが――)


 そう思いながら、ブライグは自身とつながる縁の糸を確認して【決戦二十七士】のメンバーの安否を確認する。


 現状確認できる限りでは、最後に見た時から伸びる糸の数は変わっていない。

 とは言え、いかに精強な戦士達と言えどもこの状況ではどれだけ無事でいられるかは不明で、そしてブライグがアーシアを追ったとしても、彼では【神問官】を捉えることはできても殺しきることは不可能だ。


 だとすれば、やはりここは一度戻って部隊の立て直しを図るのが正解か。


(--!?)


 そんな風にブライグが考えた次の瞬間、自身の体から、背後へ向けて伸びる糸が突如として神造の視界に発生し、即座に振り返ったブライグの剣が背後から襲い来る水でできた巨大な腕を切り飛ばす。


 とっさに対応できていなければ突如として生まれたその腕にわしづかみにされていた。

 そのことを認識しながら、同時にブライグが眉をひそめたのはその攻撃の主があまりにもよく知った、先ほど屠り去ったはずの相手だったからだ。


 あたり一面に飛び散ったはずの水をかき集め、既にブライグの倍近い背丈の巨人が如き体を形成しているその相手は、しかし中央に赤い核と、それを中心にクラゲか令嬢のような本体を形成する【神造物】の【擬人】だ


(討ち漏らした……!? いや、確かに止めは刺していたはずだ)


 眉をひそめながら周囲に素早く視線を巡らせて、そうしてブライグは目の前の事態の元凶に目を止める。

 クラゲを核とした水の巨人、その足元にあるいくつかの水たまりの、その一つに写り込んでいるアーシアの姿に


「貴様、まさか――」


「その様子だと気づいたみたいね。ええ、そうよ。確かにあなたはあの子を、さっきまで戦っていた娘の(ティア)をその手で確かに殺したわ。

 けど残念なことに、【擬人】と言うのは魂を砕いて殺しても、その素体なった物品が残るのよ。

 ついさっき死んだ(ティア)の元にして、あの子とまったく同じ経験、記憶を持った素体が――」


再生産した(・・・・・)というのか……!? 命を失い、ただの物品に戻った素体に、また新たに魂を込め直して……!?」


 水鏡の向こうからの種明かしに、さしものブライグも危機感を覚えて思わず否定を望むようにそんな問いを投げかける。

 だがブライグが何を望もうとも、敵である彼女が口にするのは常にブライグにとって最悪と言っていい解答だ。


「今のその子は、さっきまでの(ティア)とは同じ記憶を持つだけの別個体。準備段階の、さまざまな階層での経験を素体に蓄積し続けて生まれた三十八番目の(ティア)

 けれど同じ【大海染める一滴】を素体にした【擬人】である以上、有する能力は同一か、あるいはそれに近しいものになっている」


 それが意味するものはつまり、ブライグは再び、先ほど倒した強敵と同じ力を持った相手と、もう一度一から戦わなければいけないというそう言うこと。


 そしてもう一度あの水怪を倒せたとしても、アーシアが魂を込めてしまえば再び同じ強敵が、彼女の言う同じ記憶を持つだけの別個体として再生産されてしまうということだ。


(再生産を防ぐには素体となった物品を破壊するしかないが、【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】はそもそも破壊不能の【神造物】……。不壊性能がある上にあれ自体が水だから水鏡の発生までは防げない……)


 仮にブライグが核となっている【神造物】をどこかに隠してしまったとしても、【神造物】が水である以上水鏡の発生までは防げず、隠した容器や周辺の物品が【擬人】化されて、いずれは【濁りなく染める一雫(アイデアリストティア)】の【擬人】が復活してしまうことになるだろう。

 そしてそうとわかっている以上、もはやブライグはこの相手の前から離れるわけにはいかない。


 この敵が本気で力を振るえばどうなるか、味方にどれだけの被害が出るかは、既にブライグ自身が嫌と言うほど体験させられているのだから。


「さて、お互い最大戦力が釘付けにされるのは不本意でしょうけど、せいぜいその感情を押し殺して千日手みたいな戦いを始めましょう。

 もっとも、先に限界を迎えるのは生身の部分が残るあなたの方かもしれないけどね……」


 そんな言葉を最後に、水鏡を形成していた水分が擬人の作る体に吸収されて、再び巨大な水怪と化した【神造物】の【擬人】がブライグに対して襲い掛かる。


 終わりの見えない、けれど退くこともできないそんな戦いに囚われて。

 二つの最大戦力が、コロニーの片隅で死力を尽くして潰し合う。

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