274:価値あるモノを
ステッキによる打撃により【神造物】を破壊する。
より正確には、条件を満たすモノであればたとえ【神造物】であろうとも陶器のように砕いて破壊できる。
それこそが、竜昇に贈られた【神造物】のステッキに設定された主軸とも言うべき権能だった。
そしてこの権能についてサリアンが口にした『人間に与えてはいけない権能』と言う評価は極めて正しい。
なにしろ、ここでいうところの【神造物】には他でもない、今二人がいる【神杖塔】はもちろん、この世界そのものまでもがその範疇に含まれてしまうのだ。
一応サリアンが把握していない情報として、このステッキにも破壊できる対象の『条件』と言うモノも設定されているが、条件そのものが多分に心理的な側面が大きく、持ち主の価値観や精神性でいくらでもクリアできてしまうため、できることの上限と言う意味での【権能】の制限としては事実上機能していない。
そんな危険な代物を、よりにもよって人間、しかも竜昇一人に留まらない、世代交代が激しく、継承によってどんな人間が手にするかもわからない人間社会そのものに放ってしまったというのだから、その判断を危険視するサリアンの感覚は至極真っ当であるともいえる。
とは言え、だ。
「正気を疑う蛮行だ……。流石に、これは……。
さしもの神も僕らへの怒りで判断を誤ったということか……?」
自分達が神様からいい感情を向けられていないだろう自覚はあったのか、多少の落ち着きをとりもどしながらもサリアンがそんな呟きを漏らす。
まあ、普通に考えて、自身の作品である世界を別の作者に贋作で上書きされていい気分になる存在などそうそういるまい。
とは言え、この状況で冷静さを取り戻されてしまうというのは竜昇にとってあまり都合のいい事態とは言い難い。
「――なんにせよ、厄介なことになったのは間違いありません。
しかも考えてみれば、モノが【神贈物】と言うことは、あなたを殺してもそのステッキは誰か別の人間に継承されてしまうということ……。
だとしたら、今僕がするべきことなんなのでしょう……。この局面で、僕がするべきことがあるとすれば――、それは……!!」
「――!!」
次の瞬間、空中で対峙していたサリアンが突如として明後日の方向へ飛び発って、直後にその意図を察した竜昇が即座にそれを追って飛翔する。
(――野郎……!! この状況でこっちのやられたくないことに気付きやがった……!!)
【神造物】の破壊が可能になったことでかろうじて勝ち筋を得た竜昇だったが、その一方で『これをやられたら負け』と言える敗北条件もまた変わらず存在したままだ。
ここまでは、サリアンの側が圧倒的有利であったが故にその選択肢に思い至ることもなかったのだろうが、そもそもここでサリアンを取り逃がしてしまえば、逃れたサリアンが階層を隔ててこちらを一方的に攻撃できるが故に、その時点で竜昇の側の敗北が確定してしまう。
そして厄介なことに、サリアンにはそれを可能とする最適な手札が、最初からその手の内に存在している。
「――ッ、転移……!!」
案の定、視界の先で距離をとったサリアンが空中で停止して自身の足元に魔法陣を展開する。
塔の中にいるあらゆる存在を空間を飛び越えて移動させる、それは竜昇にとって致命的ともいえる転移の機能。
ただし――。
「させるかッ――!!」
当初からその機能を警戒していたが故に、竜昇自身この転移についてはその性質を詳細に分析済みだ。
幸いにして、あの転移は魔法陣を展開してから実際に対象が移動するまで数秒程度の時間がかかる。
魔法陣自体マーカーのごとく動かすこともできるが、そこまで速く動かせないため転移を試みている間は実質的に動きを止めざるを得ないし、そうして数秒動きを止るとなればその間に追いつくことも、今の竜昇であればそれほど難しい話ではない。
そして追い付けさえすれば、今の竜昇には【神問官】であるサリアンをも殺傷できる手段がある。
(むしろ逃げようとするその瞬間がチャンスに――、いや――、ぅぉッ!?)
接近し、ステッキをハンマーのごとく叩き込もうとしていたその寸前、展開された魔法陣から竜昇の頭ほどある岩石が飛び出して、とっさに身を捻った竜昇のすぐそばを通り抜けて落ちていく。
一瞬早く違和感に気付いていなければ、顔面に岩をくらって頭をカチ割られていた。
(自分が他に転移すると見せかけて、あの魔法陣は攻撃の出口か……!!)
自身が相手のブラフに引っかかりかけていたことを自覚して、同時に竜昇はこの相手の応用発展の速さに舌を巻く。
危機に際して自身の逃走と言う選択肢を自覚して、即座にそれをブラフとして組み込んできたというのは、実際驚嘆に値するやり口だ。
考えてみれば、塔の階層を隔てて攻撃ができるなら、ここで竜昇を殺害したとしても結果は同じなのだ。
仮にこのステッキが誰かに継承されたとしても、サリアンは階層を隔ててその継承者を攻撃することができるし、ともすれば転移能力を駆使して継承者からその杖を取り上げることさえできる。
それらすべてを自覚したうえで戦術に組み入れてきたあたり、薄々感じていたがこの少年、経験不足ではあっても馬鹿ではない。
「まだまだこの程度ではありません……!!」
そう言って、サリアンは再び自身の周囲一帯に大量の魔法陣を発生させて、それらの一つ一つから瓦礫に折れた樹木、ブロック塀の一画や傷だらけのスクーター、各種道路標識などが次々と召喚されて、同時にそれを成したサリアンが猛烈な速度で竜昇から離れ、天へと向かって上昇する形で逃げていく。
撃ち込まれる攻撃は一つ一つが致命的。
かと言って防御に回っていてはサリアンを追う速度が落ちて、その隙に今度こそあの少年のこの場からの離脱を許すことになる。
となれば、今竜昇がとるべき手段はただ一つ。
「【増幅思考】――!!」
ポケットに入れた手帳大の教典の力で思考能力と判断能力を底上げし、竜昇は自身の飛行に全てを託してぶつけられる攻撃、そのギリギリの隙間へと自身の体を滑り込ませる。
自身の飛行の軌道を最低限の態勢の変化で調整し、攻撃をかわした上でサリアンに迫れる最短ルートを選んでその道筋を飛び抜ける。
幸いにして、飛行速度についてはどうやら竜昇の方が若干上だ。
相手の方が空気抵抗が無い分早く飛べるかとも思ったが、どうやらサリアンの移動能力は飛行と言うよりも浮遊と言った方が近いモノらしく、互いに全力を出した場合、その速度は【神造物】のステッキを持つ竜昇に多少の分があるようだった。
とは言え、やはりサリアンも馬鹿ではない以上そうとわかっていて何もしてこないはずがない。
(やはり……!!)
追いすがる竜昇に応じてか、前を飛ぶサリアンが周囲に浮かぶ瓦礫の塊を操って、竜昇の進路をふさぐように、いくつもあるそれらを二人の間に割り込ませて来る。
明らかに、こちらを迎撃しようというよりわずかでも時間を稼げればそれでいいと、そう理解しているのがわかる、そんな行動。
(なんの――!!)
迫る瓦礫の群れに、竜昇は即座に飛行するその進路を修正すると、瓦礫と瓦礫の隙間を縫うように飛行して、同時に自身の周囲に無数の雷球を展開する。
巨大な岩石に紛れて素早く迫る小ぶりな瓦礫を雷球からの射撃で撃ち落とし、時には迫るそれらを撃ち抜き、砕き、押し返して、そうしてできた隙間にその身を滑り込ませて通過する。
攻撃の手法がどんどん巧妙になる、そんな相手の成長を肌で感じながら。
それでも一定以上距離を離されて、サリアンにこの場を脱する決定的な隙を与えないように。
(やっぱりこいつは、何としてでもここで――、ッ――!!)
「これなら、どうですか……!!」
上昇を続けるサリアンのさらに頭上、一際巨大な魔法陣が現れて、その数秒後に魔法陣から巨大な岩石が姿を現す。
あらゆる物体を透過するサリアンの体を落下する巨岩が飲み込んで、そのまま落下してくるソレに対して、竜昇がとるのは回避するでも防ぐでもない、再び十二の雷球を自身の周囲に配置しての迎撃の一手。
「【六芒迅雷砲】――!!」
まずは上空、サリアンの姿が消えたあたりに狙いをつけて、落下してくる巨岩を柱の如き極太の光条が正面から貫き、打ち砕く。
元より今の竜昇に巨岩を迂回して飛ぶという選択肢はありえない。
ほんの数秒の猶予を与えただけでも今のサリアンはその時間で転移の準備を整えて、そのままこの場から姿を消してしまう危険が大きいのだ。
となれば、当然今竜昇がとるべき選択肢は速度を緩めることすら極力避けて、
障害物を粉砕しての直進の一択。
加えてサリアンの出方次第では、もう一手別にうたなければならない手が生じてくる。
(――ッ、やっぱり、あいつの姿が――!!)
巨岩を打ち砕いたことでその向こうに見えた夕闇の空に、しかしサリアンの姿がないことをすぐさま確認して、竜昇は自身の周囲で落ちていく、先ほど砕いた巨岩の破片の数々へと次なる矛先を向ける。
あらゆる物体をすり抜けるサリアンの体は物体の中に隠れ潜み、姿をくらますには最適な体質だ。
仮に巨岩が砕かれて竜昇の飛行を阻めなかったとしても、落下していく岩石の数々の、その破片の中にでも身を潜めてしまえば、それによって竜昇がサリアンの姿を見失っている隙に今度こそあの少年はこの場を離脱する猶予ができる。
ただしそれは、このまま竜昇がサリアンの姿を見失い続けていれば、の話だ。
「【充填法力】解放――、【六芒迅雷撃】――!!」
【魔本】に溜め込んでいた法力を残しておいた六つの雷球に叩き込み、即座に六方向へと分割した雷撃で周囲を落ちる岩石を次々と打ち砕く。
(どこだ――!? あいつが隠れた破片は――!? 見つけるまでに時間をかけすぎればどのみち終わりだ……!!)
雷の放出と同時に飛行能力の応用で体ごと回って周囲を見渡しながら、竜昇は砕け散った岩石の破片、その内部にいるはずのサリアンの姿を片っ端から確認していく。
否、確認するべきはサリアンの姿だけではない。
サリアンがこの潜伏の隙にこの場からの離脱を図るというのなら、当人の姿意外に見えるはずのものがもう一つ。
(――見つけたッ!!)
視界の端に移ったそれの存在に即座に電撃の放出を中断し、竜昇は落下していく岩石、その下部からわずかにはみ出した転移の魔法陣の元へと一直線に飛行する。
全方位雷撃の放出制御に使っていた杖を再びハンマーのように振りかぶり、同時に新たに生成した雷球に電撃を追加して岩石目がけて発射して、接近しての一撃を見舞うその寸前に邪魔な岩石を木っ端みじんに破壊する。
「――!!」
現れたサリアンの、岩石の中に隠れたまま転移しようとしていたその表情が驚愕に染まる。
そしてその直後、その表情と視線を染めるのは、恐らくは竜昇が胸に抱いたのとほとんど同じ見立てから来る葛藤。
すなわち――。
(――ッ、間に合うか……!?)
サリアンの元へ急ぎ到達し致命の一撃を叩き込もうとする竜昇と、そんな竜昇の到達前にこの場からの転移を完遂しようとするサリアン。
そんな二人のどちらが早いか、間に合うかは、しかしそれを成そうとする当の二人にとっても判断がつかない、非常にシビアなタイミングだ。
そしてどちらが早いかわからないとなった時、サリアンは一つの選択を迫られることとなる。
すなわち、転移を諦め竜昇の攻撃を回避するか、それともステッキによる打撃を受ける覚悟で転移の完了をその場で待つか。
そんな選択肢が、思考が、ほんの一瞬サリアンと、そして竜昇の脳裏をよぎって――。
「ぅぅぅぅぅううぉおおおおおぁァァァアアアアアアアッッッッ――!!」
「――ッ!!」
次の瞬間、声の限りに雄叫びを上げて突撃した竜昇のステッキが空を切り、その寸前に魔法陣が起動してその場所にあったものを別の空間へと向けて送りとばしていた。
竜昇によって砕かれた、子供一人が隠れられる大きさの岩石、その破片だけがどこかへ消えて、直前にその場から身をかわしたサリアンと、ステッキを振り抜いてその場所を通り過ぎた竜昇だけが背中合わせにその場所に残される。
「――ッ、ハァ……!! ハァ……!! ハァ……!! ハァ……!!」
「――ッ、ぅ……!!」
避けられた、と、瞬時にそう判断した竜昇がその身を回して背後を振り返り、自身と同じく口惜し気な表情を浮かべてこちらを振り向いたサリアンと再び空中でにらみ合う。
間に合ってはいなかった、サリアンがその場に止まる選択をしていたらその段階で勝負がついていた。
そう考えて背筋に冷や汗を流す竜昇だったが、同時にそれはサリアンにとっては、本来ならば転移が間に合っていたところを、竜昇の気迫に圧されて回避を選ばされてしまったということだ。
それがわかってしまうが故に、互いに浮かべる表情は一言で言うなら『痛恨』の二文字。
それでも、続いてしまっている戦いを今度こそ勝利で完結させるべく心中を立て直し、加えて竜昇の側は今度こそ相手を討ち取ろうといつしか乱れていた息を整えるべく呼吸を繰り返して――。
「――ハァ、――ッ、なん、だ……? 息が、いっこうに――?」
いつまでたっても整わない呼吸に、どれだけ息を吸い込んでも消えない息苦しさに、竜昇はこの時になってようやく違和感を覚えることとなった。
「――ぅ、ぐ……、こ、れは……、息が、整わないだけじゃ……!!」
「ようやく効果が出てきましたか……。とは言え、息苦しさを感じる程度の上に、効果が表れるまでここまで時間がかかるとなると、あまり正面戦闘を行う上では有力な手札にならないようですね……」
そうして、いつしか襲いだした息苦しさに頭痛、めまいと言った症状を自覚した竜昇に対して、上空に浮かぶサリアンが望んだ効果に及ばないことを惜しむようにそう呟きを漏らす。
その反応だけで、しかし竜昇には自身の症状の正体がかろうじてではあるが理解できた。
「――お、前……、これ、は――、酸素を……!!」
「ええ、そうです。【神杖塔】の環境設定機能で酸素濃度を減らしました。
もっとも、階層そのものが広すぎることもあって高度を上げてようやくその程度の症状のようですが……」
口調からして恐らくだいぶ前から仕掛けていた手ではあったのだろう。
環境設定機能で酸素を減らす、もっと言うなら人間の生存できない環境を作り出すというその手法に、必死で呼吸しながら竜昇は心中で思わず戦慄する。
幸いにして現状竜昇に現れた症状は高山病程度のもので済んでいるが、むしろ問題なのはサリアンが手法にたどり着いてしまったという点だ。
(――やっぱりこいつは、こいつだけは野放しにするわけにはいかない……!!)
ここまで【神杖塔】の備える圧倒的な権能によって竜昇を攻撃していたサリアンだったが、そんな攻撃にさらされてなお、足を負傷した身である竜昇が生き残っていられた最大の理由は、サリアンがその圧倒的な権能をまったく使いこなせていなかったからだ。
恐らくこの少年型の【神造人】は人と戦ったことはおろか、人間と接触することすらこれが初めてだったのだろう。
当然そんなサリアンに戦闘経験などあろうはずもなく、竜昇はこれまで圧倒的な力を持った存在が手探りで振り回す力の隙を掻い潜ることで、どうにか敗北することなくその命脈を保つことができていた。
だが現在、たった一度とは言え竜昇との戦闘を経験したことで、この少年は己の持つ力で敵対者を屠り去る、その手法を己の中で確立するまでに成長してしまった。
環境設定の権能を用いて、敵対者に気付かれぬまま周囲の環境を生存不可能な状態に変えるという、そんな最悪の発想を、この【神造人】は戦いの最中に己で培う形で手に入れた。
もしここでサリアンを取り逃がしてしまえば、もはや人間の戦士では姿を見ることすら敵わず一方的に殺される。
そんな無敵の存在がこの広大な塔の中で野放しになることとなる。
「【電導師――送電宣】……!!」
もはや時間はかけられないと覚悟を決めて、同時に身に纏う【電導師】の力場を起点に周囲一帯に法力の波動を投射したことで、その波動を受けた周囲から大量の電力が竜昇の元へと押し寄せてくる。
戦いのさなかに隙を見て仕込んでいた【静雷撃】が、街中と言う環境故に送電線などが寸断されても各所に残存していた電力が、そしてサリアンの操る暴風に吹き散らされながらも各所に残留していた黒雲、その中で自動生成されていた雷までもがそれに加わって、竜昇の全身を包み込み、あふれた分がその背から巨大な翼かマントのように伸びて、巨大な雷の衣を形作っていく。
さらに自身の周囲に公転する惑星のように十二の雷球を生成し、竜昇が見据えるのは上空に浮かぶサリアンと、そしてそんな【神造人】との正真正銘、最後の一戦。
「――貴方とは、同じ世界を生きたかったですよ」
仮想の空でついに夕日が沈み、周囲が夜闇に満たされ始める世界の中で、サリアンは眼下で輝く黄金の輝きを見つめながら呟きを漏らす。
同時に天井に映る星空を覆い隠すように数え切れないほどの魔法陣が展開されて、直後にその場所にサリアンがこの階層中からかき集めた、砲弾としての用をなす瓦礫や浮島が次々と現れ掃射の態勢を整える。
互いに全力と全力、けれど攻撃の物量ではサリアンが勝り、その有利は絶対に覆ることがない、そんな状況。
故に――。
「あなたを殺して、今度こそ僕はあの世界を楽園に変える――!!」
「電力供給――!!」
竜昇が電力を十二発の雷球に注ぎ込むのとほぼ同時、天を埋め尽くす魔法陣の数々から、数え切れないほどの瓦礫の砲弾が次々と撃ち出されて殺到する。
その攻撃の量と威力は、到底竜昇がかき集めた電力でも迎撃しきれるものではない。
下手にそれらを電撃で相殺しようとすれば、撃ち漏らした故郷の残骸によって今度こそ竜昇はその命を砕かれ、落とすことになる。
故に竜昇は、かき集めた電力の使い道として故郷を迎撃する道を選ばない。
「【万雷――天支回廊】――!!」
「――なに!?」
その瞬間、十二の雷柱が一直線に天へと向けてそびえたち、その直線状にあったものを、横から押し寄せる瓦礫だけを、次々と焼き、砕いて、その奔流によって押しのけ、逸らしていく。
ただ一点、竜昇とサリアン、そしてその間にある一直線だけを残して。
十二の雷柱でその直線の周囲を取り囲むことによって。
(――雷の柱で、周囲からの攻撃を遮る壁を――、こちらにまで到達するための道を作って……!?)
それはたった数秒、電力が尽きるまでのわずかな間だけ存在を許される、相手と自身を結ぶ直通回廊。
自身の背後、配置した雷球に全ての電力を明け渡して、竜昇は閃光に囲まれたその直線上をステッキの力を用いて一直線に飛翔する。
道の先にいるのは、こちらを見て愕然とする【神造人】の少年ただ一人。
(――いや、しかし……!!)
予想外の攻撃の中、それでもサリアンは迫る竜昇の姿に即座に意識を持ち直し、自身を取り囲む雷の柱へと向けて躊躇なくその身を躍らせる。
通常であれば攻撃に囲まれたその時点で身動きなど取れなくなるのだろうが、生憎とサリアンは幽体のごとき不壊性能を持つ【神問官】だ。
たとえ周囲を攻撃に囲まれていたとしても、そもそもその攻撃自体をすり抜けられるのだから、サリアンだけはこの局面でも閉じ込められることなく逃れ出ることができる。
そして回廊の中から脱出してしまえば、その時点でサリアンの勝利はもう揺るがない。
いかに竜昇と言えどもこれだけの界法を二度も三度も使えるはずがなく、雷の回廊が消失した時点で今度こそサリアンの集中砲火によってその身を砕かれるのみ。
ただし――。
(――ああ、やっぱり。お前ならそういう対応をすると思ったぜ)
攻撃を受けても傷つかないというだけでなく、そもそもあらゆるモノを透過できるが故に不死不壊の性質を持つ【神問官】。
なるほど、確かにその性質はほとんど無敵と言ってもいい代物で、竜昇自身【神造物】のステッキと言うイレギュラーが無ければ手も足も出なかったことだろう。
だが一方で、そんな不壊性能を持っているが故に、サリアンは自身を攻撃に巻き込むことも、相手の攻撃に身を晒すことも基本的にほとんど恐れていない。
その精神性は、彼のように絶対防御と不死性を併せ持ったような存在には当然の帰結なのかもしれないが、しかし竜昇に言わせればその考え方は戦闘経験の少なさから来るただの油断だ。
少なくとも竜昇ならば、軽々しく雷の中に身を投じるような真似は絶対にしなかった。
雷光の輝きで視界を閉ざして、相手の出方がわからなくなるような環境に身を置くような真似は、絶対に。
(回廊――接続……!!)
手の中のステッキをサリアンが飛び込んだのと同じ雷柱へと突き入れて、天へと向かって登るその奔流を、杖先まで広げた【電導師】の力場で受け止める。
手にしていたのが不壊性能を持つ【神造物】で無ければまず砕けていたような、そんな勢いの後押しを杖先に受けて、竜昇は半ば手にしたステッキに引っ張られる形で爆発的に身をゆだねてその飛行速度を加速させる。
それは一直線にしか走れないもう一本の回廊。
内部に潜んだ敵へと打撃を届ける、一撃瞬殺の直通回路。
【電導師】でも受け止めきれない電力に痺れるのを感じながら、それでも口を突いて出るのは、竜昇自身つい先ほど知ったばかりの一連の聖句。
「――其は、決断せし者に贈る槌杖――」
それはステッキを手にしたその瞬間、【神造物】にまつわる情報と共に脳裏に流れ込んで来た特別な文言。
「――価値あるモノを打ち砕く、敬意と懊悩の――、果ての終焉――!!」
聞く者にそれが【神造物】なのだと理解させる力を持つという、まるで作品を誇り解説するかのような聖句詠唱。
本来ならば権威を示すときにしか役に立たないような、そんな一連の言葉を、しかし今竜昇は、ある意味で全く逆の目的のために口にする。
『価値あるモノを打ち砕く』、そんな聖句を設定された【神造物】を用い、破壊することで、逆説的にその価値の証明とするために。
未練の残るその世界に別れを告げて、そのうえで振り抜くのは価値を認めたモノを破壊する神贈の杖。
「――【終焉の決壊杖】」
「――、――!!」
その瞬間、ステッキの先端から陶器を砕いたような確かな感触が伝わって、同時になにかが終わる確かな音が驚いたような息遣いと共に耳へと届く。
どうしようもない、後戻りのできない破砕の音が。
閃光が晴れて、滅びて崩れゆく再現の世界に、それでもはっきり、高らかに。




