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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
241/327

240:怒れる狂信者

 隠れ潜む敵を探して周囲一帯に火を放つ。


 不意の一撃に対応できるよう余力を残して、怪しい場所や火の手の薄いところを狙って嵐球に乗せて炎を飛ばし、黒雲が薄れて晴れてきた視界を油断なくオルドは睥睨する。


「どこだァッ、小僧――!! おのれ隠れてこそこそと卑劣な真似をォッ――」


 苛立ったように声をあげながら、しかしオルドは実のところ身を隠されたことそのものはあまり脅威とは思っていなかった。


 なにしろどんな場所に隠れられたとしてもいずれはその場所にも火の手は回るのだ。

 唯一、まだ火がほとんど回っていない、客席から続く裏の通路にでも逃げられたら多少面倒だとは思っていたが、しかしそれについては思っていたが故に事前に通路を塞ぐ形で火を放ち、オルド自身がその場所に近づく者がいないか、常に注意を払っている。


 はっきり言ってしまえば、あの少年に関して言えば追いつめるまではもはや時間の問題なのだ。

 唯一、注意を払っていない方向からの不意討ちには警戒する必要があるが、セインズの【聖属性】法力の投射によって取りうる手段が制限されている関係上、制限のある中での攻撃であればオルドには対処できるだけの自信があった。


 だからこの時、オルドが憂慮していたのは自身が今焼こうとしている少年以外のこと。


(アマンダ・リド……。あの魔女には今のところ不審な動きは見られない……。だが何かおかしな真似をするなら、もはや考慮の余地なく火刑に処してしまった方がいいだろう)


 それは天井付近、その場所にある通路に腰かけるアマンダのこと。


(敵方は四人連れと聞いていたが、この場にいるのは既知の二人のみ……。残る二人にも警戒せねばならんな……。裏で何やら動いているのやもしれん)


 あるいは、この場にいない、セインズとアマンダの証言にのみ登場した残り二人のこと。

 ――そして。


(それにしても、向こうであの娘が使っている、あの武装は――)


 そしてもう一人、現在セインズと戦っているらしき少女が使っていた、覚えのある特徴的な武装の数々について。


そうした戦闘の外のもろもろについて、オルドが炎をばら撒きながら真剣に憂慮していた、まさにその時――。


「――!?」


 突如、『ザザ……』と言う奇妙な音の後に何かを叩くような音があたりに響き渡り、さらにその直後にこちらの不快感を煽るような『キーン』と言う音が立て続けに放たれる。


 すわなにか敵の攻撃かと身構えるオルドだったが、しかし直後に響いてきたのはやけに音量の大きい聞き覚えのある声。


『あー、テステス。マイクテストマイクテスト。聞こえてるかよ、オルド・ボールギスさん?』


 耳慣れない言葉を交えて、どこか発音が不安定な(なまりのある)、先ほどの少年の特徴的な声があたりに響く。


 大音量で響き渡るその声に、即座にオルドは身を翻し――。


「そこカァッ――!!」


 即座に用意していた嵐球に炎を交え、やけに高い位置にあるその声の発生源へとそれを叩き込んだ。


 直後、音の発生源だった柱の上部にある奇妙な物体が炸裂する空気圧と炎の熱量によって粉々に砕け散り、火のついた多数の部品がバラバラと床へと落ちてくる。


(――声だけの身代わり、ではないな……。これもこの階層の仕掛けの一つか……?)






 砕け散るスピーカー、そしてそれを成したオルドの様子を物陰から観察しながら、竜昇はできるだけ平静に聞こえる声で音量を絞って次の言葉をマイクに向かって口にしていた。


「無駄ですよ。この声の発生源に、残念ながら俺はいません」


 ドーム球場のはずれにたまたま見つけた放送席、その中に隠れ潜みながら、竜昇はマイクを握り、球場全体へと己の声を放送していた。


 案の定、マイクに向かってしゃべった声が別のスピーカーからも周囲に向けて放送されて、それによって観察する先のオルドが大まかなからくりを理解する。


『貴様ぁ……。貴様のような不信神者が、神のつくりし偉大なる物品を好き自由に使うなど……!!』


「生憎と、なにぶん機械に囲まれた世界で育ったものですから。初めて見る機械でも、ある程度使い方の見当くらいはつくんですよ」


 あくまでもこのビルの中の文明を神が作った奇跡の産物であると言い張るつもりらしいオルドに対して、竜昇も竜昇でそんな噛み合わない軽口をたたく。


 とは言え、実際竜昇が碌に触れたこともない放送機材など扱えたのはまさしくそれが理由だった。


 直接の経験でもスキルによるインチキでもない、ただ純粋な機械への慣れ。

 なにしろ生まれてこの方、竜昇は常に機械に囲まれた状態で生活してきているのだ。


 たとえ見たことがなかった機械であったとしても、電源のスイッチ程度ならば刻まれているマークと勘で分かるし、他の操作に関しても記号や文字が書かれてあればより容易に推測もできる。


 最悪もっと手こずる事態も想定していたが、結果はほとんど手間取ることもなく、ただただセットされている機械のスイッチを勘でいじって、マイクを掴んで無事に放送を成功させた。


 とは言え、カラクリが露呈した以上、今度はオルドが竜昇の居所を探し始めるのは時間の問題だ。

 その前に、竜昇の方も竜昇の方で、わざわざ放送など行った、その目的を果たさねばならない。


「そんなことより本題に入りましょう。

 あなたももう気付いているんじゃないですか? 静が使っている武器の性質、そして変化するその武器のレパートリーについて」





(あの娘の、武器だと……?)


 投げかけられた問いかけに、オルドは驚き、続けてスピーカーを破壊しようと動かしていた手を止める。


 直前まで憂慮していた件について、まさに図星を突かれたという状況だが、しかしオルドが気にするべきはそこではない。


 気付いているかと問われたが、そもそもの話、オルドはあの少女が使う武器の正体をここに来る前から知っていた。


 それこそタイミングとしては、一つ前の階層で少女と戦ったセインズから、その手の内について報告を受けたその段階で。


 とは言え、これは何もオルドがかの【神造物】について特別知識を持っていたからという訳ではない。


 それ以前にそもそも有名なのだ。

 その【神造物】の名と特性は。それこそ戦を生業とするものでそれを知らぬものなどいないと、そう断言できてしまうほどに。


 ものが【神造物】であるため『悪名高い』などと言う表現をオルドの立場では使うわけにはいかないが、それでも世間一般で【英傑殺し】などと呼ばれているその武器について知らないようでは、そもそも【決戦二十七士】になど選ばれてはいなかっただろう。


 そう言う意味では、『知っているか』ではなく『気付いているか』を問うてきたこの神敵の問い方は少々不可解ではあったが、それよりも問題なのはこの相手の言う通り、この【英傑殺し】が変ずるその形態の中に、同じように有名な【神造物】が一つ混じっているということだ。


「――あなたも気づいているはずだ。静が使う武装の中に、貴方のお仲間の一人が使っていた弓が混じっていることには」





 隠れて相手の様子をうかがいながら、竜昇は自身の発言に対して相手が見せた、その些細な変化に確かな手ごたえを感じ取っていた。


 元々、静の武器のレパートリーについては竜昇自身、【決戦二十七士】と交渉を行う上でどう影響するかと危惧していた問題ではあった。


 なにしろ、石刃にコピーされた神造武装の存在は、竜昇達がフジンやヘンドルと言った【決戦二十七士】のメンバーに遭遇したことを示す確かな証拠だ。


 そして竜昇達が他の二十七士に遭遇していたというのなら、当然一つの問題が仲間である彼らの頭をもたげることになる。

 すなわち――。


「――どうなったと思います? 確かヘンドルさんとかいう、その弓の本来の持ち主である、あなた達のお仲間の、その一人は……?」


「――ッ、貴様……!!」


 あえて濁した、意図的に結末を本人に推測させるその問いかけに、竜昇を探すオルドが苛立ったように自身の周囲を見回し始める。


 そんなオルドの視線に捉えられぬよう身を隠しながら、竜昇が告げるのはさらに相手を挑発する、そんな言葉。


「ヘンドルさんだけではありませんよ。俺達は既にここに来るまでに、六人もの【決戦二十七士】と遭遇し、これを倒してきています。例えば、静が写し取っている分裂する苦無、あれはフジンさんと言う暗殺者の方を殺害した際写し取ったものなのですが、そちらには気づいていましたか……?」


「――フジン、あの暗殺組織の長か……!!」


 追加の情報を投げ込んでのその言葉に、オルドが先ほどよりも荒い声で自身の動揺を露わにする。


 オルドのこれまでの反応などから考えて、彼がヘンドルの【天を狙う地弓】については認知していても、フジンの【苦も無き繁栄】については知らないのではないかと言うのはあらかじめ推測していた。


 なにしろ、【神造物】の効果がド派手で持ち主に隠す気のなかったヘンドルと違い、フジンの戦闘スタイルは明らかに不意打ちや暗殺を想定したものだ。

 その性質上、手の内については知るものが少ないに越したことはなく、ならばあの暗殺者は自らの【神造物】の存在を味方にすら打ち明けていないのではと考えていたのだが、そんな竜昇の予想はバッチリ当たっていたらしい。


 もっともその場合、むしろ【苦も無き繁栄】の存在がフジンに遭遇した証拠として働かなくなってしまう恐れもあったのだが、これについては幸いなことに、他ならぬオルド自身がフジンの手の内について何やら心当たりがあったらしい。


「――ふん、大した挑発だ。よもや貴様程度の神敵が、我ら人類の最高峰たる【決戦二十七士】の、それも神に選ばれた【神造物】の担い手を害したとぬかすとはな」


 心中の揺らぎを覆い隠すように、オルドがどこか強がるように周囲へと向かってそう声をあげる。


 そう、実のところ竜昇の言っていることなどただのハッタリだ。

 ヘンドルについてはかろうじて退けたものの、とどめまでさせた訳ではないし、フジンについては死亡こそしてはいるものの、実際にそれを成したのは竜昇達とは別の存在だ。


 だが一方で、その二人と遭遇した証を【神造物】のコピーとして有しているという事実が、なにより彼らと遭遇して竜昇達がまだ生きているというその事実が、証拠など示せないハッタリに一定の信憑性を与えている。


「疑うのでしたら、いっそ六人全員のなくなられた状況を細かくお伝えしましょうか?

 まずヘンドルさん、この方は【神造物】の力で階層全体の重力方向を操作してきましたが、静にその【神造物】を写し取られたことでアドバンテージを失い、最後は彼女に切り伏せられる形で命を落としました」


「な、……にぃ……」


 なおも重ねる、半分以上ウソの混じった挑発に、しかしオルドは竜昇のいる方には背中を向けたまま、その肩を震わせてそのうちの感情を漏れ出させる。

 まるで爆発寸前と言うその様子に、背筋が冷えるのを感じながらなおも竜昇はその挑発を中止しない。


「次にフジンさんですが、この方は音で周囲を探っていたので、まずその耳を潰して、それから高所から叩き落としました」


「――ぃ、――さまぁ……!!」


「【神造物】の持ち主と言うならハンナ・オーリックと言う女性もいましたよ。この方は他の敵をぶつけて配下の人形がいなくなったところで、無防備になった本人を――」


「口を、閉じろッ、この下郎ガァァああああ――!!」


 その瞬間、まるで術者の怒りを体現するかのように、オルドの背後で巨大な火災旋風が巻き起こり、即座にそれがはじけて周囲一帯へと大量の炎をまき散らす。


 バラバラと、炎の雨が周囲一帯へと無差別に降り注ぎ、すでに各所が燃えていた観客席をさらにその紅蓮の輝きで塗りつぶす。


「言うに事欠いてェッ!! 貴様如きがかの戦士たちを殺めただとぉ……!?」


 唸るような声を漏らしながら、オルドがその【神造物】の杖を振り回し、その先端の炎を風に乗せて次々と周囲に撃ち放つ。


「教会にィッ――!! 神の行いを代行する存在として選ばれた戦士たちを、貴様程度の小僧が屠ってのけただとぉッ――!!」


 竜昇が想定していた以上の怒気をはらんで、オルドが自身の周囲へ向けて大量の炎をまき散らす。

 時に大量の炎弾として、あるいは波のように広がる、面制圧の火炎として。


「――なんたる侮辱、なんたる不敬……!! 貴様の行いの、そのっ、なんと罪深いことか……!!」


(――ッ)


 直後、竜昇のいる付近をあらゆる遮蔽物を焼き尽くしながら巨大な炎の刃が通り過ぎ、とっさに竜昇が体を丸めて潜む物影の中で炎に巻き込まれないよう身を守る。


 いかに竜昇の居場所を知らぬまま、それこそ手当たり次第に炎をばら撒いているだけだとしても、一定の範囲に広がる攻撃をこうも立て続けにばらまいているとあってはさすがに危険だ。


 下手をすると、それこそ数打てば当たるとばかりにこの敵は竜昇の位置を知らぬまま、闇雲な魔法の乱射で竜昇に攻撃を命中させる恐れすらある。


「――……火刑だ、やはり貴様は火刑に処してやる……。

 貴様らのその罪、その重さは、一度や二度、ただ死んだくらいで釣り合わん。我が神罰の炎で生きるのに不要な部分(・・・・・・・・・・)からじわじわと焼き焦がし、炎が命に迫る感覚をたっぷりとその罪深き魂に焼き付けてくれる……!!」


(……ッ、ああ、そうかよ……!!)


 一瞬その光景を想像しかけて、しかし竜昇は直後に自身の中のその考えを頭を振って強引に振り払う。

 かわりに考え口にするのは、ただでさえ業火のように燃え上がっている竜昇への怒りにさらなる油を注ぎ込むための、そんな言葉。


「――ハイツ・ビゾンは、鎖の届かない空中で大火力の雷に焼き払われた」


『――!?』


 煽り立てる。

 炎に油をドラム缶ごとぶち込むように。オルドのその怒りが、決して冷めることの無いように。


「アパゴ・ジョルイーニは、強化した体をかき集めた電力で強引に焼き尽くされた……!!」


 付近のスピーカーが破壊され、若干離れた位置から響くその声に、炎の中のオルドが次々と炎を叩きつける。

とは言え、いかにスピーカーを破壊したとしても、スピーカー自体はこのドーム内のいたるところに配置されているのだ。

 たとえ範囲攻撃でこの付近のものを破壊したとしても、大観衆がいる訳でもない、雑音の限られたこの球場内なら竜昇の声はまだまだ届く。


 ――同時に。


(――まだか)


 マイク越しにオルドへの挑発を続けながら、同時に竜昇は心中で今か今かとその瞬間を待ち受ける。


(まだ、来ないのか……!!)


 いくら遮蔽物と燃え盛る炎によって竜昇の位置がバレずにいるとは言っても、これだけ炎がまき散らされた状態では竜昇とていつまでも隠れてはいられない。

 すでに炎は竜昇のいる数センチ先にまで迫ってきているし、オルドが闇雲にばらまいている炎弾が、いつ、ただの偶然で竜昇が隠れ潜むその場所に直撃したとしてもおかしくない状況だ。

 そんな思考に、それこそ火であぶられるような焦燥を覚えながら、それでも竜昇は平静を装ってマイクに声を解き放つ。


「カゲツ・エンジョウは――」


「どこにいる、小僧ッ――!!」


 その瞬間、オルドが雄叫びと共にメイスの先から神造の炎を帯びた炎弾を放って、その炎弾の一つがちょうど竜昇のいる方へと弧を描く形で飛んでくる。


(――ッ)


 攻撃から逃れようとすれば位置がバレる。けれど防御も回避もしなければ間違いなくあの炎が直撃する。

 そんな最悪の二者択一を迫られて、加速した竜昇の意識がギリギリで策を放棄して、もはや打つ手のない絶望的な戦いへと飛び込む、そんな決断を下そうとして――。


(――!!)




 その瞬間、彼方よりセインズの【聖属性】の魔力が飛来して、そして直後になにか重いものが落ちるようなはっきりとした音が周囲一帯へと響き渡った。




「――そぉぉぉおおこかァァァァッ――!!」


 次の瞬間、待ちに待っていたとばかりに雄叫びをあげて、オルドがメイスを振るって音のした方向、観客席の隅にあった四角い小屋のようなものを目がけて火を放つ。


 神造の炎を巻き込んだ空気弾が窓ガラスを叩き割り、続けて飛び込んだ炎弾が内部で炸裂して、数瞬後にはその四角い小屋が丸ごと輝かしい炎に包まれる。


「――火ッ刑ィィィッ――!!」


 それでもまだ足りないとばかりに、差し向けた杖先から発生した火災旋風が巨大な大蛇のようにその小屋へと喰らいつき、中に潜んでいた不届き者ごとその建物も設備も諸共バラバラにして紅蓮の業火に飲み込んで――。





(――かかった――!!)


 その瞬間、オルドの背後、かろうじて無事に残っていた座席の後ろから、物陰を這うように進んで移動していた竜昇が、手にしたワイヤレスマイクを放り出しながら飛び出して、かわりに抱えていた杖を右手でオルドの背へと突きつける。


 挑発と囮、そして命がけの潜伏と移動によってようやく得られた、そんな隙を突いて、晒された無防備な背中へと杖の先から全力の電撃が放たれる。


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[一言] こういうタイミングできられているとまぁ成功しなかったんだろなぁと思っちゃいそう あの婆さんが動くかが結局の所1番の鍵かね
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