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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
229/327

228:火刑の執行者

 天井から大量の炎が降り注ぐ。


 吹き上がる竜巻によって一気に勢いを増し、巨大な火柱となった眩すぎる炎が、その竜巻の消失によって四方八方に。


 無論、竜昇達が隠れる、二階のナースステーション付近とて例外ではない。


「詩織さん――!!」


 とっさに隠密活動を断念し、竜昇は詩織と共にカウンターの影から逃れ出る。


 降り注ぐ炎の届く範囲から、わずかに離れる廊下の、病院の奥の方へ。


「ッ――!!」


 二人そろってリノリウムの床へと倒れ込み、同時に背後で、直前まで竜昇達の潜んでいたカウンター一帯に炎が落ちるのがかすかに見える。

 まるで油でも撒いてあったかのように落下した炎が一瞬であたり一帯に燃え広がって、しかし直後に竜昇が気付くのは当たり前の現象が発生しないという奇妙な感覚。


(なんだ――? 熱く、ない……? それにこの炎、着火した個所が全然焼けてない……!?)


 竜昇の向ける視線の先、文字通りの意味で炎に包まれたカウンターが、しかし一向に焼けこげる様子もなく、火が付いたまま完全に直前までの形を保っている。


 否、それどころか、カウンターの上に並んでいた書類やファイル、冊子なども、火に包まれているにもかかわらず一向に焼けている気配がなかった。


 加えて、至近距離でそんな炎が燃えているにもかかわらず、そばにいる竜昇達は一向にその炎の熱を皮膚感覚で感じない。


(こけおどし……? まさか、引っ掛けられた……!?)


 一瞬、ものを焼く力のない幻のような炎に一杯食わされたのかと、そんな風に考えた竜昇だったが、しかし結論から言えばそうであったならまだ良かった。


『――む、そこかァッ――!!』


 直後、階下からオルドの胴間声が響いて来て、同時に目の前で炎に包まれていたカウンター周辺が、ようやく炎の熱を思い出したかのように一気に焼け落ちる。


「――なッ――!?」


 驚きに思わず声を漏らす。

 今までの、あの幻のようだった炎が嘘のように、眼の前にあったカウンターが通常以上の火力で焼かれてみるも無残に燃えていく。

 カウンターの構成部材には燃えにくい金属パーツもあったはずだが、それすらもものともしていない。

 材質も大きさもものともせずに、輝きすぎる炎がものの数秒でカウンター全体を焼き尽くし、無残な炭にし、灰へと変えて、それでもなお炎をくすぶらせながら次々とその残骸が崩れ落ちていく。


(火をつけた対象をその時点では燃やさず、任意のタイミングで燃焼させられるのか……? それがこの人の持つ【神造物】の能力……?)


 事前にアパゴの記憶と解析アプリによって得ていた、【裁きの炎】と言うらしいこの男の【神造物】の存在を思い出し、竜昇は目の前で起きた事態から敵の手の内をそう推察する。


 実際、先ほどの火災旋風からは間違いなく魔力を感じたが、眼の前の炎からはそれらしい気配が全く感じられなかった。

 それこそまさしく【始祖の石刃】をはじめとした他の【神造物】と同じように。


『――ふん、曲者が潜んでいるというからどんな相手かと思ったが、まさか人とはな……。よもや神に仇なす神敵に、あるいはそれに与するモノに、こんな形で出会えるとは思わなかったぞ』


 そうして目の前の炎を分析するその間に、そんな炎の向こう側から、送られてきた画像と同じ姿、聞いていたのと同じ声を持つ禿頭の男がその炎をものともせずに現れる。


 すでに得ていた事前情報から考えて間違いない。

 この炎の大元、【裁きの炎】と言う神造物を操る、オルド・ボールギス司祭その人が。


『予想外と言うならここまで年若い相手と言うのも予想外だったが……。まあこちらに関してはさほど不思議な話でもない。異端の者どもはその悪しき教えを自分の子にまで伝えて染め上げるものだからな』


「――ちょッ、いや、ちょっと待ってくれ――」


 またしても勘違いされたまま話が進んでしまうと焦燥に駆られ、とっさにそう声を上げかけた竜昇だったが、しかしそんなささやかな抵抗は思わぬ横槍によってあっけなく阻まれることになった。


「『――!?』」


 直後、病院全体にけたたましい火災報知機の音が響き渡り、同時に天井のスプリンクラーが起動して大量の水が雨のごとく降って来る。


 だが――。


(この炎、水がかかっているのに消えてない……!?)


『ふん、火には水をと言う訳か。法力に頼らず雨を降らせたのは驚きだが、考えが甘かったな』


 周囲一帯に人造の雨が降り注いでいるというのに一向に勢いを衰えさせることの無い炎の中で、その放水を竜昇達の仕業と勘違いしたらしいオルドがあざ笑うようにほくそ笑む。


『生憎だが、おまえたちが相手にしているのは神が作りし【裁きの炎】だ。それは人の手、尋常なる手段で鎮火できるものではなく、一度火が付けば罪あるものだけを選んでことごとく焼き尽くす……!!』


(――ッ、一度付いたら消火できない……!?)


「竜昇君、さがって――!!」


 敵の使う【神造物】の特性に竜昇が戦慄しかけたその瞬間、話し合いの通じる相手でないと判断したのか、詩織が剣を唸らせながら前へと飛び出し、斬りかかる。


 剣の様子からして、使用しようとしているのは恐らく至近距離で爆音を叩き付ける【絶叫斬】。

 うまく決まれば相手を殺さずに無力化することも可能な優れた技であり、同時に相手に受け止めさせるだけで発動させるそんな技を、狙い通りオルドがその手の巨大な松明のようなメイスで受け止めようと構えをとって――。


「――ダメだ詩織さん――!! そいつに近寄るな――!!」


「――えッ――!?」


 その寸前、竜昇が待ったをかけたことで詩織が足を止め、直後にそんな詩織目がけてオルドがメイスを振り抜いた。


 とっさに、背後へと飛び退くことで人体を粉砕する一撃から逃れた詩織だったが、しかし火のついた松明のようなメイスが振るわれたことで周囲一帯に火の粉がまき散らされて、それらの一つが詩織のスカートへと火をつける。


 恐らくは任意の対象を焼き尽くす、そして何より一度付いたら決して消えない、そんな炎が。


「――ッ!!」


「詩織さん――!!」


 瞬間的にその意味を理解して青ざめる詩織に対し、竜昇はとっさに飛び退き戻ってくる彼女の腰へと飛びついて、裾に火のついたスカートを力づくで毟り取って投げ捨てる。


 直後、スカートの裾にほんのわずかに灯っていた小さな炎がその全体へと一気に広がり燃え上がる。

宙を舞うスカートだった布地が一瞬のうちに炎に包まれて、そうと理解できた次の瞬間にはたちまち燃え尽きて灰になる。


 それこそ、竜昇の対応があと一瞬遅ければ詩織自身がそうなっていたのだと、そう理解できてしまうほどの圧倒的な速さで。


(――ッ、小さな火の粉ひとつでも着火したらその時点でアウト……。燃え広がる速度が異様に速いってのもそうだが……、そもそも火が消せないって時点で、焼殺されるのはほぼ確実……。延焼速度は結局のところその結末までが遅いか速いかの違いでしかない……)


 そう言う意味では、火が付いたのがスカートと言う脱ぐことのできる着衣であったのは不幸中の幸いだったのだろう。

 女子の服を力づくで剥ぎ取るという、状況によっては割と最悪な行動をとる羽目に放ってしまったが、あのまま対応が遅れていれば間違いなく詩織が焼死していたことを考えれば対処法については目をつぶってもらうしかない。


 そんな風に割り切っていた竜昇だったが、しかしあろうことか、この場にはそれで割り切ることのできない人物が一人いた。


『貴、様……』


「え?」


 すぐ目の前、メイスを振り向いたままの姿勢でも漏らされたその声に、思わず竜昇と詩織、二人の視線がそちらに向かう。


『――貴、様……、いったいッ、何をしている……!! よりによって、婦女子の衣服を力任せに剥ぎ取るなどと……!?』


「――え?」


「ちょ、ハ――!?」


 血走った目でこちらを睨み、ビリビリと痺れるほどの怒声をあげて憤慨するオルドの姿に、竜昇だけでなくその隣にいる詩織ですらも困惑に満ちた声を漏らす。


 それはそうだろう。

 なにしろ竜昇はおろか詩織ですらも、この件に関しては状況的に仕方がないと、多少の羞恥心は覚えながらも割り切っていたのだから。


 それにそもそもの話、剥ぎ取られたとは言っても、詩織の履いていたのはあくまで腰回りのラインを隠すためのスカートで、その下に履いているのはあのスポーツ用品店で手に入れた、激しい運動を行うことを想定したスパッツだ。


 詩織自身確かに羞恥心は覚えていたものの、重要性と言う意味では最悪なくても許容できたくらいのもので、それゆえ静もそのスカートが失われたことをそこまで許容できない事態と考えていたわけではない。


 にもかかわらず、そんな詩織本人の心境を置き去りにする形で、眼の前のここオルドと言う男は怒りに燃えて、気炎を上げる。


『――なん、たる……ッ、なんたる破廉恥――!! なんたる邪淫――!!

もとより神をも恐れぬ異端者と承知はしていたが、よもやここまで恥知らずな輩であろうとは……!!』


(――いや、おい……、ちょっと待てよ……)


 もしもこの時、竜昇達がもう少し冷静であったならば、オルドのこの物言いに対してなにかしらの反論、あるいは非常手段故の正当性を主張することくらいはできたかもしれない。

 あるいはもっと進んで、そもそも火をつけたのはお前じゃないかと、そうした根本的な部分を指摘し、オルドのこの言いがかりのような糾弾を跳ね除けることもできたかも。


 だが圧倒される。

 迷いのない相手の態度に、強烈なまでの声量に、なにより、当の竜昇自身が詩織に対して、若干の罪悪感を覚えてしまっていたが故に。


 逆らうこともできないまま勢いに押し切られ、同時に竜昇の心中に反発とは明らかに異なる、どこか諦観にも似た強烈なまでの確信が湧き上がる。


(――ああ、ダメだ……)


『――火刑だ……。貴様は火刑に処してやる……!!

 火刑火刑火刑火刑……、火刑火刑火刑、火刑火刑火刑火刑火刑――、

火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑火刑――』


(この相手は――、ダメだ……!!)


『――火ッ刑ェぃ――!!』


 次の瞬間、オルドが燃え盛るメイスの先端に風を纏わせて、そのまま横一文字に振り抜いて、球体状に渦巻く空気の弾丸に炎を巻き込んで弾丸として竜昇達法へと撃ち出してくる。


「ッ、【雷撃(ショックボルト)】――!!」


 とっさに前に出て電撃を撃ち放ち、同時に再び詩織に飛びつくようにしながら急ぎ背後へと退避する。


 案の定、オルドの炎弾は竜昇の電撃を受けて即座に爆散。相殺されるだけの結果にはとどまらず、そのまま空気弾内部へと巻き込んでいた炎をあたり一面にまき散らし、それらの炎が雨のごとく竜昇達へと向かって降りかかる。


「――シールドォッ――!!」


 予測していた攻撃にとっさにシールドを展開し、とっさに展開したシールドで降りかかる炎を受け止める。


 シールドの表面にべったりと広がった炎が可燃物とは思えぬ防壁の各所を見る見るうちに焼き焦がして、そのうちにいる竜昇達を無防備な外へと引きずり出す。


(――風と一緒に油か何かを混ぜて延焼性能を上げてるのか……? ほとんどナパーム弾みたいな攻撃をしてきやがって……)


 燃え盛る半分溶けかけのシールドをすぐさま解除しながら、竜昇は詩織を半ば抱えるようにしながら足を止めずに走り続ける。

 とは言え、この敵の攻撃がシールドで受け止められると知れたことは一つ朗報だった。


 逆に発覚した悪しき事実があるとすれば、信じがたい理由で怒りを燃え上がらせたこの敵の本気度が、今の攻撃で理解できてしまったということか。


「た、竜昇君――」


「――撤退です。あれはダメだ。交渉とか以前に、まず根本的に話が通じない……!!」


『逃がさんぞぉッ、神敵たる小僧どもぉッ――!! 神の火による裁きを受けよ――!!』


 逃げる竜昇達のその背に向けて、再びの胴間越えと共に更なるナパーム弾が撃ち込まれてくる。


 対して、竜昇の方も自身の周囲から雷球を発射してそれらを相殺。

ばら撒かれた油と炎が竜昇の展開したシールドへと降りかかり、シールド越しでも伝わるほどの熱を帯びた炎がそのシールドを見る見るうちに焼き溶かす。


(――けど、逆に言えば受け止めて防ぐことはできる)


 シールドで受け止めてもすぐに燃やされ、破られてしまうということは、逆に言えば受け止めるほんの一瞬だけであれば、防御自体は成功するということだ。


 そしてこの攻撃、炎を浴びせかけるという性質故か、シールドを破壊することはできても防御を突破することはできない。


 無論、それでも防御は確実に破られてしまう訳だから決して油断できるわけではない訳だが、それでも薄壁一枚でも間に挟めば防御できるとわかったのはこの敵を攻略するうえで大きな収穫だった。


 逆に言えば、現状得られた収穫は敵の手の内に関するモノしかない。


(――くそ、仮に見つかったとしてもせめて対話が成立していれば、まだしも戦わずに済む可能性はあったものを……!!)


 ある程度ならこちらを敵と見てくる可能性は高いと思っていたが、この相手の反応はその予想以上だ。


 アパゴのように、方針としてこちらを敵とみなし、処理しようというのとはわけが違う。


 根本的にこちらを敵と見て疑っておらず、なによりもまず話が通じないという、およそ交渉相手としては最悪の手合い。


(――ダメだこいつら……。一人は得体のしれない子供、もう一人はどう見ても裁量権がない囚人……。唯一まともな大人はこのありさま……。なんつう状況だ、ここまで交渉相手にならない連中とぶち当たるなんて……!!)


 果たしてこれもゲームマスターの狙い通りなのだろうかと、そんな疑念が頭に浮かぶが、しかし今の竜昇達にはそれを気にする余裕すらない。


 なにしろ火のついたメイスを振り回すオルドは、今も早足で猛然とこちらに向かってきている。


『逃げられると思うなァッ、異端者どもォッ――!!』


「いいや、逃げさせてもらうぜ――!!」


 そう叫び返して、竜昇はすぐさま杖に魔力を流し込むと、目の前を走る詩織の体重を軽量化してその手で押し出しながら、自身も軽くなった体で猛烈な勢いで廊下を走り、逃げ始める。


 背後から全身にオーラを纏ったオルドが追ってくるが、流石にその速度は以前に戦ったアパゴほどではない。


 加えて、竜昇達が走ったその後には、追跡者を足止めするための仕掛けもすでに施されている。


『ぬがッ――!?』


 走り始めたその直後、踏みしめた床からいきなり電撃が炸裂し、走り追跡するオルドの足が僅かに鈍る。


 竜昇がその足で踏みしめることで、密かに発動させていた【静雷撃(サイレントボルト)】による即席にして足跡の地雷。

 全身に防御系のオーラを纏っていたためか、ダメージそのものはたいしたことなかったようだが、それでもダメージを被り、身体強化の効果もあったオーラが減衰したとなれば足止めとしての効果は決して無視できるものではない。

なにより、どこに地雷のような魔法が仕掛けられているかわからないとなれば、流石に追って来るのもそれなりに躊躇するはずなのだ。


 無論、竜昇が踏みしめた場所に仕掛けている地雷であるため、その場所を見極め、避けて通れば回避することは難しくない訳だが、生憎と竜昇とてそれを易々と許すほど甘くはない。


(続けて足止め二と、三ッ――!!)


 敵の動きが僅かに止まった隙を突き、竜昇はそれまでオルドからの攻撃を撃ち落すのに使っていた雷球の照準を廊下の各所にある光源へと変更。

 次々とそれらを撃ち抜いて、さらに手の中の煙管世の唸形状の杖から黒雲を噴出させることで、ただでさえ薄暗い廊下を闇で満たして視界を奪う。


(これで奴も迂闊に全速力では進めない……。流石に炎の明かりまではどうしようもないけど、黒雲があれば少なくとも前だけは見えなくなるはずだ)


 そうしてこれ幸いとばかりに、竜昇は踏みしめる床へと次々に電撃を潜ませて、道のりの途中の小さな電灯を次々と破壊し、黒雲を背後へとまき散らしてひたすらに追撃を妨害する。


(よし、今のところ少しずつだが距離は稼けてる)


 徐々に離れていく距離に心中でそう考えながらも、しかし竜昇は必ずや敵が見せてくるだろう次のアクションに備えて神経を研ぎ澄ます。

 【決戦二十七士】のメンバーがこの程度で引き下がるはずがないという確信にも近い思考に迷うことなく従って、なにが来ても対応できるよう妨害のための手を打ちながらも着々と準備を整えて――。


「――来た、詩織さんは先にあの角まで突っ走れ――!!」


 予定してきた曲がり角が見えてきた当たりでその予兆を察知してそう指示を出し、竜昇が自身の周囲に雷球を発生させながら跳躍し、軽くなった体で前へと跳びながら追手を迎え撃つべく空中で背後へと振り返る。


 狙うは自身が発生させた、魔力と共に渦を巻く黒雲のその中央。

 雲を吹き飛ばすために暴風の魔法を行使して、同時にその暴風の中に消えない炎を巻き込んだオルドの、今まさに発射されようとしているその一撃。


『【火炎油脂嵐(フレイミーオイルストーム)】』


「【六芒星迅雷撃(ヘクサフィアボルト)】――!!」


 放たれた火炎交じりの暴風に、通路全体を埋め尽くす雷撃の奔流が激突する。


 決して広いとは言えない病院の廊下で二つの上級魔法が激突し、互いの魔法が相殺し合って、両者の間で強烈な爆発を引き起こす。


「ヌゥッ――!?」


「――うォッ!?」


 大火力同士の激突は、体重を消して動いていた竜昇に対してその身を吹き飛ばすには十分すぎるものだった。


 激突の余波が暴風となって軽くなった体を吹き飛ばし、それによって危うく竜昇が曲がるべき角を通り過ぎてそのまま通路の先へと吹き飛ばされそうになって、しかし寸でのところでその角から伸びた手によって曲がり角の向こうへと引っ張り込まれる。


 宙にあるとはいえ、重量を軽減していなければ到底竜昇の体を引っ張り込むことなどできなかったであろう、そんな少女の細腕によって。


「ご無事ですか、二人とも」


「――静……!! 悪い、助かった……!! 重ねて悪いが見つかって攻撃されてる。交渉は不可能。敵の【神造物】の能力は燃やす対象を選べる消せない炎だ」


「そ、それとッ、その炎を広げるために幾つかの魔法を組み合わせて使ってる。メインは風みたいだけど、音からしてたぶん可燃ガスや油みたいなものも――!!」


 異変を察知し、駆けつけてくれたらしい静に対して、竜昇達は感謝の言葉に続けて、急ぎ得られた最重要と思える情報を静に伝えて共有する


 謝罪も礼も伝えたいことは山ほどあるが、今はともかく追って来るオルドから逃げきることが先決だ。


 そして、幸いなことにと言うべきか。

 すでに竜昇達はこうなる可能性も見越して、別働体である静達に逃走のための段取りも整えてもらっている。


「二人とも、失敗したのでしたら早く――!!」


 そうして情報共有を行う竜昇達の元へ、廊下の先で準備していたらしい理香がそう呼びかけてくる。


 彼女がいるのは、竜昇達が向かっていた病院階段傍の防火扉の前。

 おあつらえ向きにすでに閉ざされて端にある小さな扉だけが開いた状態になっているその場所は、いざという時の足止めにと事前に四人の間で共有していた場所だった。


「急いで逃げましょう。こうなった以上この階層に長居は無用です」


 走って防火扉へと近づいて扉をくぐり、ついでとばかりにそのドアノブをはじめとした幾つかの箇所に電撃を仕込みながら、竜昇は他の三人に対してそう方針を告げる。


 向かうのは、竜昇達がこの階層に来た際明け放しておいた、上の階層へと続く屋上扉。


 竜昇達がこの階層に来たときに、念のためにと開けっ放しにしていたその扉こそが、迫りくる【決戦二十七士】を置き去りに、竜昇達が一つ上の階層へと逃げきるための、事前に打ち合わせていた最上の逃走ルートだった。





 そうして、足止めのための罠を残しながら階段を上へと駆け上がり、廊下を走り抜けたその先で、しかし竜昇達は否応なくその足を止めることになる。


 不測の事態ではありつつも想定通りと言えば想定通りだったこの状況下で、しかし一切想定していなかった、そんな人物を前にしたことで。


『ああ、よかった。やっぱりここで待っているので正解でしたよ』


 通路の先で、体重を預けていた壁から背を放してその少年が無邪気に笑う。


 恐らくは入院患者と見舞客が対談するための場所なのだろう、自動販売機といくつものイスやテーブルが並ぶその空間で、その椅子に座る形で控える、手枷をはめられた老婆を背後に控えさせて。


「なん、で……」


 追って来るオルドに追従する様子もなく、一回の受付ロビーに置いてきたはずなのに。


 一体いかなる手段を使ったのか、まるで竜昇達に先回りしたかのように、あのセインズと言う少年がそこにいた。


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