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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
222/327

221:覆る天と地

(――、お、のれ……)


 焦げ臭いにおいが鼻を突く。

 体中から次々と痛覚の信号が送られてきて、それによって否応なく自身が負傷させられたことを自覚させられる。


 自身が侮っていた相手に大火力の雷撃を浴びせられ、なす術もなく背後にあった店舗の一つに叩き込まれたのだというその事実を、まざまざと。


『――お、のれ、小僧ォォォォッ――!!』


 怒りの声をあげて跳ね起きる。

 激情によって周囲の光景が真っ赤に染まる。


 否、どうやら視界が赤く見えるのは怒りのせいではなかったらしい。

 どうやら先ほどの全方位を網羅するような電撃によって火が付いたらしく、付近に残っていた燃えやすい材質の物品などからいくつもの火の手が上がってその明かりが薄暗い店内を照らしていた。


 だがそんなもの、今のへンドルの心情からしてみれば心底どうでもいいことだった。


『――く、焦げ臭い……!! それに、いくつ装備品を破損した……!! この私に、こんな負傷を負わせるなど……!!』


 次々と自覚が追いついてくる被害状況の数々の中で、ヘンドルは若干ふらつきながらもしっかりとした足取りで立ち上がる。


 ヘンドルとて戦士としては一流の部類だ。あの攻撃を受ける瞬間、反射的に様々な防御策を講じて身を守ってはいた。


 自前で使える障壁はもちろんのこと、持ち前の財力でそろえた装備の数々を使って少しでもダメージを軽減するべく尽力して、そのうちのいくつかは代償として消費して、だからこそ今のヘンドルはこの程度のダメージで無事に生き残ることができていると言っていい。


 だが一方で、そうした防御策をとったにもかかわらず、ヘンドルはその攻撃の全てを防ぎ切れたとは言い難い。


 特に、静を追って飛行していたが故に、大地となる床や壁、天井などから離れてしまっていたのが仇になった。

 結果、電気や熱などのエネルギーを大地へと逃がす、電撃対策のかなめともいえる障壁は十全に機能せず、今のヘンドルはかろうじて致命的なダメージを回避しただけの、あまりにも無様なボロボロの姿をさらす羽目になっている。


『――くッ、焼け焦げている……!! 教会より賜わった、栄誉あるマントが……!! 神の試練たる娘の方ならばいざ知らず――、あ、あんな、下賤な小僧の破れかぶれのような攻撃で……!!』


もしも自身をここまで傷つけたのが、仮にも【神造物】を持つあの娘の方であったならばまだ納得もできた。


 特に、あの娘が持っていたのはある意味で名高い【英傑殺しの石刃】だ。

 選ばれし自分達【決戦二十七士】の前に立ちはだかる試練として、これ以上に相応しいものもそうそういるまい。


 だが実際には、ヘンドルにここまでのダメージを与えたのは、【神造物】を貸し与えられ、試練として選ばれた少女ではなく、それにくっついていただけの、あの取るに足らない少年の方だった。


 あんな神に試練として給わされたわけでもない、本来であれば片手間で始末できたはずのただの邪魔ものが、しかし土壇場でこの(・・)ヘンドル・ゲントールに対して牙をむいた。

 その事実が、今明確に、これ以上ないほどヘンドルと言う男のプライドを傷つける。


『――殺、してくれる……!!

 なんとしてでも、殺してくるぞあの小僧……!! この屈辱――、生かしてはおかん……!!』


 怒りに身を震わせ、腰から引き抜いた携行矢を突撃槍へと変えて地面に突き立てる。


 もはやその表情に、当初の彼にあった余裕は微塵もない。

 【天を狙う地弓】と言う先祖から受け継いだ破格の神造物の性能により、常に有利な状況を作り、相手を狩ってきたヘンドルにとって、敵とは常に己の手の中で弄び、追いつめる為だけのものだった。


 そしてそれ故に、ヘンドルと言う男はこの期に及んでなお危機感を抱けない。


 すでに自身を支えていた優位性の全てが剥ぎ取られているにもかかわらず。

 周囲の全てを焼き尽くす雷撃によって矢の先端に刺さっていたリンゴもまた焼き尽くされて、周囲の重力環境がすでに本来のものに戻っているというのに。


『――ぬっ!?』


「――見つけました」


 顔をあげたヘンドルの視線の先で、弓の力を借りて重力に逆らう形で落ちて来た静が店舗の入り口から中へと飛び込んで来る。


 入口の戸枠を超えるとともにその両足で床を踏みしめて。

 右手に持ち替えたその武器を、先ほどまでの弓から得意とする小太刀へと変化させて。


『――ッ、天決――』


「遅い――!!」


 とっさに重力方向を変化させようと矢を呼び出そうとしたヘンドルだったが、しかしそんな時間など当然静は与えない。


 足裏で魔力を炸裂させる【爆道】で一気に距離を詰め、加重を込めた小太刀を勢いよく相手の額へと叩き付ける。


『ぬ、ぐぅ――』


 とっさに弓を盾にして小太刀の一撃を受け止めながら、しかし受けた衝撃にヘンドルはその場に踏みとどまれない。


 いかに軽減したとはいえ、今だ電撃による痺れの残るその体は、過重と勢いのついた静の攻撃を受け止めきるにはあまりにもダメージを受けすぎている。


 さらに――。


「【加重域(ヘビーゾーン)】――!!」


『――グ、ぉォ――!?』


 静が足を踏み鳴らし、グリープに仕込まれた重力の魔法が発動して、上から押さえつけるような力がヘンドルに無理やり膝を付かせる。


 まるで相手の前に跪くような姿勢で。

 一度は認めた相手とはいえ、打ち破る試練であるはずの静に、まるでヘンドルの方が屈するかのように。


『ぬ、ぐぅ――、小癪なァッ――!!』


 自身を押さえつける重力のくびきに対して、ヘンドルは右手の携行矢を剣へと変えて静へと切りつけ、同時に弓の力で自身に働く重力方向を変転させて真横に落ちることで脱出する。


 剣による攻撃自体は、電撃によるダメージと重力による圧力の影響で静の十手に容易に受け止められてしまったが、それでも重力の変転によってヘンドル自身は静に押さえつけられた状態からかろうじて脱出できた。


 とは言え、先ほどまでの広いロビーでの戦いならばいざ知らず、現在ヘンドルがいるのは狭い店舗の室内だ。

 当然、そんな場所で勢いよく真横に落下すれば、室内に残る柱などの障害物を避けることは難しい。


『――む、ぐぅ――』


 落下の勢いで太い鉄筋コンクリートの柱に叩きつけられながら、それでも痛む体を押してヘンドルはすぐさま起き上がる。

 案の定、敵である静の判断は非常に素早いものだった。


 自らの間合いからヘンドルが逃れたと見るや即座にそれを追って走り出し、今度は手の中の武器をレイピアに変えてその切っ先を突きつける。


「【飛び火花】――!!」


「――チィッ――!!」


 続けざまに放たれる爆火の連射に、ヘンドルはなんとか重力の変転を用いて別方向へと逃れてその直撃を回避する。


 同時に弓へと矢を番え、放つのは敵の足を狙った恐るべき速さと正確性の速射。

 だが――。


「【加重域】――!!」


 再び地面を踏み鳴らし、静は一瞬だけ足をとめながらも自身に向かってくる矢をその途上で重力によって叩き落とす。


(時は稼いだ――、だが――)


 だが逃げきれない。

 狭い環境、変転していない重力環境、それらの要素を加味すれば、一瞬足を止めさせた程度ではあまりにも不足だ。


 いかに重力の方向を操作して逃れても、速度を殺さねばならない現状ではこの敵には容易に追いつかれる。

 そして、いかに時間や距離を稼いだとしても、それによってできるのは矢の一発や二発を撃つのがせいぜいだ。

 時間をかけられない関係上威力をあげることも難しいし、こんな場所で使えばヘンドル自身の自滅の危険もつきまとう。

 魔本を失った関係上、義体を生み出し操作するのも現状のヘンドルには難しい。


 もはや詰みは間近、打てる手のほとんどが封じられ、あとは自身が狩られるのを待つばかりと言うそんな状況で――。


『ふざ、けるなァッ――!!』


 次の瞬間、ヘンドルは背後に落下しながら右手を膝の前で構えて、怒りと誇りに任せて神造の矢を呼び出していた。

呼び出されて、空間を飛び越えてきたその矢が狙い通りにヘンドルの腿の部分に現れ、突き刺さる。


「――!!」


『――ガッ、ハハァッ――、どうだァッ――、小娘ぇ――!!』


 重力が変転する。

 現れた矢がヘンドルの腿に突き刺さったことで、ヘンドルのいる方向を上に、静を下に。


 無論今の静であれば、自身に働く重力が変わったところでそれに対応することは難しくないだろう。


 武器を弓に変えて自身に働く重力方向を変転させてもいいし、絶壁と化した床を駆け上がってもいい。

 空中を飛んで近づいてもいいし、やろうと思えば付近の柱から柱に飛び移ることで近づくこともできるかもしれない。


 だが優位は崩れる。

 ヘンドルに近づくのに攻撃のための一手を削らざるを得なくなり、そうして生じた僅かな隙が、ヘンドルが外へと逃れるための活路となる。


 突然の重力変化の中、即座にその『歩法』を切り替えて追って来る静だったが、その速度は平面上を走っていた時より垂直に駆け上がらなければならなくなった分僅かに遅い。


(そうだ、見上げろ――、小娘――!!)


 胸の内でそう声をあげながら、ヘンドルは静の投じる苦無をシールドで防ぎつつ()に向かって落ち続ける。


 分裂しながら飛来する苦無の内自身に当たるものだけを防御して、その後にシールドを解除し、相手の動きを制限するように番えた矢を撃ち返す。


(お前が見上げろ、小娘ェッ――!!)


 そうヘンドルが叫んだ次の瞬間、床を駆け上がってきていた静が斜め下の柱の上へと跳び移り、再びその足に付けたグリープに魔力を流して自身の足元を踏み鳴らす。


「――【加重域】」


『――!?』


 変化があったのは、目前(眼下)ではなくヘンドルの背後(真上)

 振り返ってみたその方角からガラスが全て割れて脱落しかけていた戸枠や窓枠が、そしてそれらを完全に脱落させたと思しき、先ほどただ外れただけだと思っていた大量の苦無が、その数をさらに増やしながらヘンドルの元へと降って来る。


 ヘンドルが自身の足に突き刺した天を決める矢、それによって設定された下方向へと向かって。

静の展開した重力の領域、それによってさらに上乗せされた威力と重量を伴って。


『おのれ、またしても――!!』


 とっさにシールドを展開し、しかしそれによってヘンドルの落下速度が僅かに鈍る。


 重力の魔法によって重量を増した苦無や落下物が外に逃げようとするヘンドルの動きをわずかに押しとどめ、その隙に同じようにシールドを張ったもう一つの影が追い越すように真横を通り過ぎていく。


(私を――)


 思わずその方向を見上げて、そこに舞い上がった少女がこちらに向き直るその姿を意図せず、しかし嫌と言うほどその目に焼き付けて――。


(私を――、見下ろすな――!!)


 次の瞬間、落下によって店の外へと逃れようとするヘンドルへ向かって、静もまた落下方向を変化させて、飛び蹴りのような態勢で落ちてくる。


 互いにシールドを展開し、相手に向かって落ちることによって成立する、本来ならばあり得ない空中での激突。


(――いや、馬鹿め。判断を誤ったな……。貴様のそれは失策だ……!!)


 その寸前、ヘンドルはそれに気づいて、思わず心中でそうほくそ笑んでいた。


 重力方向の変化を利用した落下による衝突。

 それを互いに使用してぶつかり合うというのは相当なレアケースだが、しかしそもそも同じ条件でぶつかり合うのであれば、勝つのは体重と勢いで勝るヘンドルの方だ。

 現に、先ほどの戦闘の中で同じようにぶつかった時も、ヘンドルは静に競り勝つ形で相手を弾き飛ばしてその競り合いを制している。


 故に、このままぶつかればヘンドルが勝つと、そう思っていた。


 ヘンドル自身も、そして他ならぬ相手の静自身も。


 故に――。


「【加重域】――!!」


「な――!?」


 激突の瞬間、突き出された静の足、そこに装着されたグリープが重力の魔法を発動させて、それによって重さを増した静のシールドが激突したヘンドルをシールドごと店内奥へと弾き飛ばして押し戻す。


 静の装備する【玄武の右足】、そこに設定された【加重域】の魔法は、装備者自身を巻き込まないよう足元を中心とした一定の範囲は効果から除外されているが、装備者である静本人がシールドを展開しているとなれば話は別だ。


 たとえ装備者である静が重圧の効果範囲から外れていたとしても、展開したシールドはドーナツ状に展開された重力の効果範囲に引っかかる。


『――ぐ、ォォッ――!! バ、カ、な……。バカなァァァ――!!』


 狭い店内へと向けて蹴り返され、衝撃と屈辱、そして絶望にヘンドルが吠える。

 逃れられない。

 どれだけヘンドルがこの場を脱しようともがいても、静と言う強敵はそれを上回る手でそれを阻んで、着実にヘンドルを追いつめ、その命を奪いに来る。


 ここにきて、ヘンドル・ゲントールと言う戦士のある種宿命的な弱点が露呈する。

 ヘンドルと言う男は確かに戦士としては強力で、練度や技量を比べても他の【決戦二十七士】に劣らない腕前の持ち主だったが、しかしその戦闘スタイルの関係上、自身が追いつめられるという経験が決定的に欠けているのだ。


 それは本人の人間性の問題と言うよりも、これまでそう言う状況に陥ることがなかったが故の宿命的な弱点。

 他者を一方的に狩れる力を持っていたが故に、それを突破される事態になれていなかったという、とびきりの不運による弱点。


(まずい、ダメだ――)


 なす術もなく壁に叩きつけられてシールドが砕け散り、しかしそれでも重力に引かれてヘンドルの体が落下する。


 慣れない状況に、意図せず思考を空白が満たす。

 そんなヘンドルのいる場所へ、ただ一人静だけが猛然と迫って、その手に握った小太刀の刃を煌めかせて、今度こそその首を落とすべく白刃を振り上げて――。



『――■■■(――た)


 直後、そんなヘンドルと静の間を隔てるように、まるで壁のような炎が一直線に走って二人の間へと割り込んだ。


「……!!」


 寸前でそれに気づき、とっさに飛び退いた静が驚きと共に見つめるその中で、炎の向こうに先ほどまでいなかった新たな人影が現れる。


『まったく、らしくもなく追い詰められているなら、せめて重力の環境くらい安定させておいてください』


『――な、貴様は――』


 そこにいたのは、いったいいつの間に引き抜いたのか、ヘンドルの腿に刺さっていたはずの矢を掴んだ一人の男。

 ――否。


(――男性、ではなく女性でしょうか?)


 炎に照らされたその容姿は中世的で、服装も男子と見紛う貴公子然とした恰好でありながら、しかし体のラインなどに少なからず女性的な印象が見受けられる一人の人物。


 そんな人物が、矢の突き刺さった本人にすら痛みを感じさせずにその矢を引き抜いて、そしてそんな相手を守るように、炎と共に静の前へと立ちはだかっていた。


『さて、改めまして――ゲントール卿。カゲツ・エンジョウ、ここに救援に参上しました。状況についてはいろいろと聞きたいこともありますが……。ひとまず目の前のこのレディが敵と見て間違いはありませんか?』


 そう言いながら、重力の方向が本来のものに戻った店舗の中で、男子と見紛うそんな女が静の前に立ちふさがる。


 その腰に差した三本もの刀の、その一番上の鞘と柄に手をかけて。

 ヘンドルと違い微塵の油断もない眼差しで、立ちふさがる静をその視界に収めながら。

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