201:そびえる水樹
色とりどりの魔弾が荒れ果てた部屋の中へと飛来する。
テラスと外を繋ぐ通路、その出入口を誘導機能を盛った魔弾が直角に曲がって、奥へと飛び込もうとする静達を徹底的な迎撃で迎え撃つ。
「――この音ッ――!! 静さん、目をつぶって――!!」
半壊して生まれた瓦礫に身を隠したその直後、静は焦ったような詩織のそんな声を耳にして、戦闘のさなかに視界を放棄するという自殺行為染みた指示を疑うことなく実行に移す。
直後、すぐ近くに問題の魔弾が着弾し、静達の視界を純白の閃光が塗りつぶす。
(――ッ、今度は閃光弾ですか――!!)
閉ざした瞼越しでも感じる光の感覚。だがそんなもの、先ほどから見せられている敵の攻撃レパートリーの、そのほんの一端でしかない。
案の定、閉ざされた視界の向こうで複数の魔力の気配が通路を曲がって静達のいる室内へと飛び込んで来る。
「今度は全部炸裂弾――!!」
「シールド――!!」
自身の元へと駆け寄って来る詩織の存在を声の距離で察して、とっさに静はそんな彼女に飛びつくようにしながら周囲一帯を守るシールドを展開する。
直後にシールド越しに伝わってくるのは、案の定付近一帯を吹き飛ばす爆圧の気配。
閃光弾で視界を奪い、そのうえで静達のいるだいたいのところにあたりを付けてその付近一帯吹き飛ばすという、酷く乱暴ながらも有効な戦法。
「――ぅ、ッ――、ありがとう、静さん」
「いえ。それよりも厄介ですね。どうやらあのハンナさんと言う方は、味方が救援に来るまでこのままずっと穴熊を決め込む腹積もりのようです」
城司の乱入、それによって付近に残っていた最後の味方から引き離されたハンナが取った行動は、ある意味では分かりやすい、通路の方へと逃げ込んで、近づこうとする静達を誘導性能を備えた大量の魔弾で迎撃し、足止めするというものだった。
そのおかげで、先ほどから静達はハンナのいる場所まで満足に近づくこともできず、それどころか立て続けに放たれる魔弾によって幾度となく返り討ちに遭いかけている。
(とは言え、さらに追加で召喚人形を使ってくる様子がないのは一つ幸いだったでしょうか……。下でも城司さん達とあの人形とが戦っているようですし、魔力量に余裕がないのか、それとも既に触媒となる魔本を使い切ってしまったのか……)
先ほどの水の怪物の参戦、そしてそれに伴う召喚人形たちの大量喪失と言うその事態は、いくらなんでもハンナにとってそれなりに想定外の事態であったはずだ。
いくら大量の人形を一度に召喚できるとは言っても、その人形を召喚するために使う魔本の数には限りがあるはずだし、見たところかさばるとまではいわないものの、それなりの大きさだった魔本の数々をそんなに大量に抱えていたとは思えない。
それでなくとも、ここまでくる間にハンナとてそれなりの消耗を強いられているはずなのだ。
先ほどから魔法による直接攻撃しかしてこない点と言い、恐らく今のハンナはもうあの驚異的な召喚能力を気軽には使えない状態にあると見ていいだろう。
もちろん、全く使えないということはないのかもしれないが、触媒の大部分を失って、外で巨大な怪物が暴れまわっている今、軽はずみに残り少ない触媒を浪費することに抵抗を覚える程度には、すでに彼女の中の持ち札は少なくなっているのではないかと言うのが静の予想だった。
そしてだからこそ、今静はそんなハンナを追い詰めきれずにいる自分たちの状況に忸怩たる思いを抱えていたわけだが――。
「――ぅ」
そうして静達が攻めあぐねていたそんな時、背後からひやりとした空気が水着の上から上着を羽織っただけと言う、薄着の少女たちの背筋をなでて、同時に巨大な魔力の気配が同じ方向で膨れ上がる。
「――ッ、」
「詩織さん――!!」
背後を振り返りかけて詩織の手を引いて、起きる事態を確認するよりもまず床に伏せることを選んだ結果として、静達はどうにか直後に打ち込まれたその攻撃から生き延びる。
すでに十分に破壊されていた室内に飛び込んできたのは、まるでミサイルのような形状の巨大な氷塊。
「な、ナニコレ――!?」
爆発などしなくてもその質量だけで殺傷力はあまりある、そんな圧倒的質量の暴力が静達のいた場所を通り過ぎて、その向こうにある通路と部屋を隔てる壁を今度こそ完全に粉砕する。
否、その攻撃はもう部屋の破壊などと言う生ぬるい行いだけにはとどまらない。
「これは、いけない――!! 詩織さん、今すぐ脱出します――!!」
とっさに呼びかけ、静は詩織の手を引いたまま【歩法スキル】の技を発動させて、どうにかそれらが飛び込んでくる前にテラス席から飛び出し、下の階まで飛び下りる。
直後に響き渡る、巨大な氷塊が次々と打ち込まれて、テラス席とその周辺の壁が粉砕される轟音。
あたりに氷とコンクリートの破片が銃弾のような勢いでまき散らされて、それらが部屋を飛び出したばかりの静の方へと追いすがるようにして降って来る。
「詩織さんは着地の方を――!!」
呼びかけると同時にシールドを発動させて、静はどうにかそれらの氷と瓦礫の散弾をその防壁で受け止める。
同時に、互いに相手を抱きかかえるような態勢をとっていた詩織が足裏に足場を築いてそれを踏みしめ、足場の持つその場に止まろうとする力を調節して落下速度を大幅に減速させてどうにか地上に着地する。
ただし、それで静達が完全に攻撃から逃れられたかと言えばそういう訳でもない。
「走って、静さん――!!」
着地と同時に詩織が抱えていた静を投げ出すようにして急いで着地させ、同時にそう指示を飛ばして二人そろって走り出す。
直後に襲い来るのは、先ほどテラス席を襲ってきたのと同じ巨大な氷の砲撃。
狙いが大雑把で、加えて今もテラス席を襲っている攻撃に比べれば密度も薄いためかろうじて回避することには成功したが、ほとんど無差別にまき散らされるその攻撃は、一歩判断が遅ければ静達の命をも奪いかねないものだった。
そんな、雨あられと降り注ぐ大小様々なサイズの氷の砲弾から逃げ回り、急いで水のほとんどが無くなった流れるプールの溝へと身を隠しながら、静は今行われているその攻撃のその大元をすぐさま観察する。
「あれって、樹……、っていうか、クラゲ……?」
思わずつぶやいた詩織の言葉通り、そこにあったのは巨大な樹木とクラゲを掛け合わせたような存在だった。
恐らくは川を模したプールから流れ込む水を回収するためのものなのだろう。
まるで太い柱のように幹を伸ばした樹木のような下半分が、周囲一帯に根を這わせてそこから大量の水を取り込み上部へと送り込んでいる。
そして樹の上の方では巨大な水塊が傘を広げ、そこから幾本もの触手を生やしてまるでクラゲのような形状に体を展開している。
「まったく、生き物の成長と言うのは早いものですね。少し目を離したその間に、あんなにも大きく成長してしまって」
「あれを生き物っていうことにすごく抵抗感があるんだけど……!!
――けどこれ、どうなってるんだろう……? 感じ取れる魔力の大きさじゃ、こんな大きな体維持できないと思うんだけど……?」
静の言葉にためらいがちに突っ込みを入れながら、同時に詩織は彼女だからこそわかる感覚でそんな疑問を何となしに投げかける。
実際その部分は静としても少々気になるところだった。
なにしろ、あの水の怪物が周囲の水を取り込んで操るのに使っていた魔力量は、ここまで体を膨らませるには少々消費が大きすぎる量だったはずなのだ。
だからこそ、静達もここまであの【影人】が成長してしまうとは思っていなかったわけだが、実際には先ほど戦っていた時と大差のない魔力消費で、あの怪物はけた外れの量の水を支配下に置いて、あの『クラゲの樹』とでも呼ぶべき、この場での戦いに最適化した戦闘形態を維持、運用している。
とは言え、いくら気になるとは言っても、今この場ではそれを気にしていられるほど余裕がある訳ではない。
「メカニズムも気になりますが、今重要なのは敵の行動です。詩織さん、先ほどまで戦っていたはずのアパゴさんがどこに行ったかはわかりますか?」
「えっと、それならたぶんあそこだと思う。ほらあそこの、幹の真ん中のところ……」
言われて目を凝らし、それによってようやく静は水の幹の中を揺蕩う男の影に気が付いた。
「……なるほど。最優先で狙っていた相手を無力化できたが故に、今度はハンナさんがいるだろう場所を闇雲に狙って攻撃してきた、という訳ですか」
もとより、水の怪物がアパゴに対して有効な戦力たりうることは静達とて気付いていた。
と言うよりも、あの怪物ならばアパゴですら倒しうるとにらんだが故に、積極的にけしかけるような真似をしている部分が静達にはあった。
いかに自身に強化を重ね掛けし、超人的な耐久力を獲得できるとは言っても、それでもアパゴはそれ以外の部分では常識的な人間だ。
当然、強化や耐性でカバーできない側面から攻められればダメージは免れないし、それ以上に耐久力ではカバーできない、例えば呼吸できない状況に追い込めばいずれは倒せる確率は十分にあるというのが静と竜昇、両者の中での一致した見解だった。
それ故に、溺死と言う形でそれを現実のものにしうる水の怪物は、あのアパゴを倒せるこの場における数少ない手段の一つだったわけだが。
問題だったのは静達の望んだその結果が、静達の望まないタイミングで望まないスケールの脅威と共に引き起こされてしまったという点だ。
「少し困ったことになりましたね……。あの怪物がアパゴさんを倒してくれるのは望むところだったのですが、怪物自体がここまで手に負えない存在になってしまうとなると……」
「あれ、ここからでもまだ大きくなるつもりかも……。さっきから薄い気配だけど、周りの水への魔力の干渉をどんどん広げてる音がしてるから」
「下手をするとこのウォーターパーク全体があの怪物の手に落ちかねませんね。こうなって来るとあのハンナさんの方に怪物を何とかしてくれる展開を期待したいところですが」
こうまで状況が混乱して来ると、一度竜昇達と合流して体勢を立て直した方がいいかもしれない。
そんな風に考えて、静がなんともなしに先ほどまで自分たちがいたテラス付近に視線を向けた、その瞬間。
「――!!」
撃ち込まれた氷の砲弾、影に隠れるように移動する人影が、漂う靄の中を横切るのが目に付いた。
マントのフードを深くかぶったその人影に、その進路上に何があるのか、その答えに静の思考が瞬間的につながって――。
「――行かせません――!!」
「――えッ!? ちょ、静さん――」
「詩織さんは竜昇さん達と合流してください」
氷の砲弾が飛び交う中にも構わず外へと這い出して、静は即座に自身が見つけた影の元へと全力の疾走を開始する。
(絶対に逃がさない)
その進路上にある舞台、恐らくはその裏のどこかにあるだろう、別階層への移動を、許さないために。
あの敵にここで逃げられるその事態を、なによりもそれ以上に最悪の事態を、何としてでも阻止するために。




