200:覆る戦況
『いいですか、詩織さん。ここから先は、私も展開がどう転ぶかわからない、未知の領域です』
竜昇と合流するその前のこと、愛菜の中から吐き出されたフロアボスが、予想外にもみるみる巨大化して流れるプールの川下へと下っていくのを見送ってから、静は詩織に対してそう切り出していた。
『今私は、この圧倒的に不利な状況を打破するべく、不確定要素の塊を竜昇さん達のいる戦場へと送り出しました。
ですがこれが吉と出るか凶と出るか、どの程度効果的に働くか、働かないかは実際にその場を見て見ないことにはわかりません』
それ故に静が頼んだのは、自分たちが状況を確認して、そのうえで数少ないチャンスを逃さないためのそんな連携。
『ですから詩織さん、貴方はここから城司さんの元へと向かって、あの方の様子をまず確認してください。フロアボス本体が戦闘を余儀なくされれば、精神干渉を行う余裕がなくなって、城司さんを正気に戻せる可能性があります』
彼女があげるのは、希望的ではあれど決してあり得ないとは言えない、状況を打破しうる極小の可能性。
『そのうえで、もしも城司さんが正気に戻らないようでしたら、昨晩決めておいた符丁を用いて私たちに知らせてください。私たちの方はそれが聞こえた段階で、あの場の状況がどうあれ戦線から撤退。そのまま時間を稼ぎながらホテルに向かいますので、詩織さん達もホテルの中に城司さん達を匿って、そのまま防衛線の準備を進めてください』
詩織たちは昨晩誠司達と対決する姿勢を固めた段階で、せめてもの通信手段として【音剣スキル】の拡声術式や【探査波動】等を用いて、一定のリズムを刻むことで意図や情報を伝えるという簡単な符丁を決めている。
そうした符丁は、誠司達との戦闘後にその戦況を互いに伝え合う形で一度は活用されていたわけだが、今回も静はその符丁によって戦況を把握するつもりでいるらしい。
『逆に符丁が聞こえなかった場合、私たちは城司さんを正気に戻すことができたのだと考えます。その場合でもあの場の戦況が不利と見た場合は時間を稼ぎながらホテルに向かって撤退しますので、大変かとは思いますが詩織さんは【音響探査】で常にこちらの戦況を把握できるようにしていてください。
そして最後に、逆に戦況が私たちにとって優位に進んでいた場合――』
そうして静は、自分たちに残された微かなアドバンテージとその活用法を迷うことなく詩織に託す。
すべてはこの場を、これ以上の犠牲を出すことなく切り抜け、生き残るために。
「もしも戦況を有利と見た場合、私たちはそのまま戦闘に突入し、恐らくはまだしもこちらの攻撃が通じる、ハンナさんの方を狙うことになると思います。
とは言えあの場にはあのアパゴと言う男性もいますし、そもそもハンナさん自身が強力な人形を従えているため、私たちだけであの方を倒せるとは正直思えません。
なので詩織さん。その場合私たちは、なんとかあの方から取り巻きの人形やアパゴさんを引き離すように動きますので、貴方はなんとかして一人になったハンナさんの隙をついてください。
恐らくは敵が戦力として計算に入れていないだろう、城司さんと一緒に」
突進の勢いに任せてテラス席から空中へと突破する。
自身の構えた盾に巻き込んだ敵、本来狙っていたのとは違う獣のような鎧武者と共に。
ただし、そうして敵に痛撃を加えた城司の心中は、お世辞にも成し遂げた戦果を誇れるようなものとは程遠いものだった。
(――チィッ――!! なんてこった、ざまぁねぇ――!!
一番重要な部分を任されたってのに、肝心なところで躊躇して鈍っちまうなんて――!!)
本来であれば、城司の突撃はあのハンナと言う女をギリギリで仕留められるはずだった。
静達の陽動は完璧で、そうして生まれた隙を突いて行われたこの突撃は、間違いなくあの女の命に届きうるもののはずだった。
にもかかわらず、城司が女ではなく人形を巻き込む形で空中へと跳び出すことと成った理由は、単純に城司が土壇場で躊躇してしまったからだ。
すでに二人もの人間が殺され、手加減などできない状況にあることを知らされていたにもかかわらず。
人を殺すことに、娘の華夜を追う手掛かりを自らの手で摘み取ることに、土壇場で城司は躊躇して、それを打ち消すためにわざわざ自身の存在を教えてしまうような、余計な声をあげてせっかくの不意討ち機会を不意にした。
(――いや、まだだ。まだ戦いは終わってねぇ――!!
ミスったと思うなら挽回しろ――!! 迷うな……!! 敵を殺すべきかどうかなんて、それこそ殺し損ねてから考えろ――!!)
一瞬の中で目まぐるしい思考で己の意識を立て直し、まず城司は仕留め損ねた相手ではなく今目の前にいる敵へと思考を切り替える。
構えた盾の向こうで城司とともに落下する、あのハンナと言う女を守っていた最後の鎧武者の方へと。
「行くぞデク野郎――!! まずはテメェらを一分で叩ッ壊す――!!」
使用するのは、盾そのものを砲弾として活用する砲撃の魔法。
「【防盾砲弾】――!!」
城司の手からしこたま魔力を叩き込まれ、落下の途上にあった盾が別方向へと向けられて落下を上回る速度で撃ち出される。
狙う先は地上にあるもう一つの戦場、魔法と矢を撃ち合いながら、いつの間にか水のなくなった海岸プールで戦うことになっていた、もう一体の『六号』と呼ばれる人形の背中側だ。
『ブジォッ――!!』
「城司さん――!?」
横やりを入れるように激突して来た盾と鎧武者の存在に、六号との戦いに意識を集中させていた竜昇がようやく城司の参戦に気付いて声をあげる。
どうやら静は竜昇に対してろくに説明できないまま作戦に移っていたようだが、生憎と今は城司にも詳しく説明していられるだけの猶予がない。
むしろこの場は予想外の事態でも合わせられる竜昇の対応力に期待して、乱入によって得られたアドバンテージを最大限に生かすべく立ち回る。
「【竜鱗防盾】――!!」
ぶつかりながら転がった二体の人形に向かって駆け寄りながら、城司は全身に竜鱗の盾を纏い、その身の内で魔力を練り上げる。
「俺が前衛だ、援護頼む――!!」
「了解です――!!」
下がる竜昇と入れ替わるようにして起き上がる人形たちの元へと肉薄し、まずは手前に倒れる鎧武者へと狙いを定める。
最初に盾越しに激突したときは、かろうじてその手足や五つに分割する尾を使って棘によるダメージを最小限に食い止めていた鎧武者だったが、流石にその盾ごと撃ち出されてはそこまで低いダメージでは抑えられなかったらしい。
体に突き刺さった棘を引き抜き、穴の開いた体でかろうじて立ち上がりながら、肉体の修復など後回しに鎧武者が迎撃の態勢を整える。
『ブジラ――』
分割した尾を扇状に広げて伸ばし、上空から狙い撃つようにして一斉に先端の鉤爪が城司の元へと襲い掛かる。
情報としては詩織を通じて聞いていた、鉤爪付きの尾を用いた鎧武者の基本戦術。
だが――、否、聞いていた、だからこそ――。
「それならもう知ってラァッ――!!」
襲い来る鉤爪に向かって両手を向け、城司はその周囲に大量展開していた竜鱗を一斉に発射する。
【防盾砲弾】の効果によって極小の盾が散弾となって五本の尾と激突し、城司と付近の床を狙っていたそれらを真上に向かってひとまとめにして跳ね上げる。
『ジ、ガ――』
ワンテンポ遅れて、城司の元へと飛び込んで来た鎧武者が爪を刃のように伸ばして城司の身を引き裂きにかかる。
詩織を通じて聞いた情報で、その爪がシールド程度容易に切り裂く厄介なものであることは事前に聞いていた。
故に城司が狙うのは、迫る爪ではなくそのお大元にある鎧武者の腕の方だ。
「【周回盾陣】――!!」
魔法を発動させて自身の体に纏った竜鱗を一括して操り、城司はそれらを爪の大元の腕の方へとまとわりつかせる。
棘だらけの鎧武者の体であれば、万全であれば脆い竜鱗の群れ程度容易に振り払えたかもしれないが、生憎と今のこの敵の体は棘だらけの盾をもろに喰らってヒビだらけの穴だらけだ。
そしてそんな状態のこの相手では、城司の手による最大威力の拳撃など到底耐えられるわけがない。
「【迫撃】――!!」
練り上げられた魔力と共に最大威力の拳が鎧武者の顔面に炸裂し、衝撃に耐えきれなかった鎧武者の体が吹き飛ばされて木っ端みじんに砕け散る。
衝撃が内部にまで伝わっていたのか、核となっていた魔本がバラバラになってページをまき散らし、紙とは何か別の素材で作られているらしきそれが風に乗って宙を舞って。
「――ハッ、やけにあっさりやられたと思ったら……」
そうしてバラバラになった魔本のページが舞い散る先、しかし傷ついた鎧武者はあくまでも時間稼ぎのための役割だったのか、本命ともいえる敵がその姿を変えて立ちはだかる。
ハンナから『六号』と呼ばれていたその人形は、しかし少し見ぬ間に特徴的だった六腕に加えて、顔の側面にさらに顔を追加した三面六手の形態へと変貌していた。
加えて、先ほどまでは弓ばかりだった武装も、盾にサーベル、槍、鎚と変わって、唯一弓の名残がある武装も片手で撃てるボウガンへとその形状を変化させている。
六つの腕に五つの武器を携えて、唯一空いた一本の腕がそのうちの一つがその武器のうちの一つである大槌の柄を掴んで――。
「――ぅぉッ――!!」
直後、素早い踏み込みと共に一時的に両手持ちとなった鎚が振り下ろされて、それを城司が【決闘防盾】を展開することによってどうにか受け止める。
(――ぐ、ぅ――、ああ、なるほど……!!)
衝撃に全身がきしむような感覚を覚えながら同時に城司が見るのは、先ほど鎚を両手持ちにするべく掴んだ腕が、今度は槍を両手持ちにして鋭く構えるそんな光景。
(そのために腕を一本開けてやがったのか……!!)
「城司さん――!!」
槍が突き出されるその寸前、竜昇の声と共に城司たちの真横側にいくつもの雷球が配置される。
それらを星座のごとく繋ぎ合わされて放たれるのは、背後から放たれながら城司を迂回して放たれる横殴りの一撃。
「【六芒星線雷撃】――!!」
襲い来る極太の光条は、しかし六本ある腕の一本が盾を構え、それを残る腕が武器を握ったまま支えて攻撃そのものを受け止めたことであえなく無効化されることと成った。
とは言え、さしもの大型人形も攻撃の勢いそのものは受け止めきれなかったのか、人形の方も槍による刺突を諦めて魔法の勢いに押されるように距離をとる。
『グビラ――!!』
押し寄せる雷の奔流を受け流し、その軌道上から逃れた六号がその腕の一本に握ったボウガンから矢を放つ。
武器が弓からボウガンに変わっても矢の性質までは変わらない。
明らかに尋常ではない量の魔力を漲らせた、明らかな危険の気配を感じさせるミサイルのような矢を。
「――ッ、【雷撃】――!!」
とっさに右手を差し向けた竜昇が電撃を撃ち込んだが、それでもこの矢が相手では相殺するくらいのことがせいぜいだった。
派手な爆風があたり一帯に吹きすさび、間近でその爆風に晒された竜昇が転がるようにその風圧になぎ倒される。
「竜昇――、ッ――!!」
城司が竜昇の方に注意を向けたその隙に、即座に六号が距離を詰めてその手の武器を城司に目がけて振りかぶる。
剣、鎚、槍。三種の武器の同時攻撃にさらされて、さしもの城司も現状の盾だけでは足りないとそう判断せざるを得なくなった。
「【決闘防盾――二重展開】――、【周回盾陣】――!!」
両腕に大型の盾を展開して大鎚とサーベルによる攻撃を防御して、続けてそれらを腕から切り離して操作することで、槍による刺突に横からぶつけて攻撃の軌道を真横に逸らす。
さらに、城司自身は右腕に【円盾】を展開。素早い切り返しで再び襲ってきたサーベルをどうにか受け止めて、他の武器による攻撃を操作する盾をぶつけることでどうにか牽制する。
(――ち、くしょ――。やっぱ魔本もなしにこの数はさすがにキツイ――!!)
竜鱗をまとめて一括で操っていた時と違い、二つの盾を魔本の補助もなしに別々に、それも自身の体も動かしながら操るというのはなかなかに難儀だったが、そうでもしなければ今目の前にいる相手には対抗できない。
なにしろこの相手とは文字通りの意味で手数が違うのだ。
急いで体勢を立て直した竜昇も援護に戻ろうとしているのがちらりと見えたが、六号が城司にピッタリと張り付いて接近戦を繰り広げているため迂闊に魔法を撃つことができず、加えて六号自身がボウガンに新たな矢を番えてさらなる牽制射撃を放ったことでそちらに対応せざるを得なくなる。
――否、六号が行うのは牽制射撃だけではない。
ボウガンで矢を撃ち込んだ後、そのボウガンを捨てて代わりに開いていた手の中に先ほどまでの弓が現れて、ボウガンを手放した腕が一度に三本もの矢を生成してそれらを立て続けに竜昇目がけて撃ち込み始める。
腕二本を竜昇に、残る四本を城司一人に割り振って、二人の人間を同時に相手取る。
(いや、割り振ってるのは腕だけじゃねぇ――)
攻撃を捌く中で一瞬六号の顔と目が合って、ふと城司は先ほどこの人形に起きた変化のもう一つの特徴を思い出す。
見れば、六本の腕に合わせるように三つに増えた六号の顔、その視線のうち、一つが城司の方へと向いてもう一つが竜昇の方へと向いていた。
そこまでを確認して、ふと城司は残るもう一つの顔の、その両目がどこを見ているのかその視線の先を確認する。
「――ハ、なるほどな」
少し考えてみれば当たり前のことに思い至り、城司はすぐさま思い至ったそれを現状打開に利用することにする。
「竜昇ぃ――!! こいつの目的はあくまでもご主人様の護衛だ。だったら――」
「ああ、そうか……。確かにあの術者のもとに向かわれるのが、こいつにとって一番都合が悪い……!!」
城司の呼びかけにすぐさまその意図を推察し、竜昇が人形への攻撃の手を緩めて、身軽と言う言葉では表しきれない無重力の動きでこの場から離脱するように跳躍する。
一人で相手取るには厄介な人形を城司一人に任せての離脱となれば、当然残される城司の負担は重くなりそうなものだったが、しかし直後の六号が見せたのは目の前の城司よりも離れようとする竜昇を狙うそんな行動だった。
『ジュレリアブ――!!』
即座に人形が飛び退きながら手にしていた武器の内、サーベルと槍を城司目がけて投げつけて、空いた手の中に瞬時にボウガンを生成して、番えられていた矢を逃げる竜昇へと向けて発射する。
先に放たれた一射が竜昇の電撃に相殺されて爆発し、続けて人形がもう一つのボウガンから追撃の一撃を放とうとして――。
「甘いぜっ――!!」
城司がギリギリで盾を操れる限界距離にまで間合いを詰め直し、構えたボウガンの目の前に盾を割り込ませたことで、竜昇を狙ったその矢はあえなくその攻撃を阻まれることと成った。
否、阻まれた、だけではない。
なにしろ一見して矢に見えるそれは魔力によって生成された炸裂弾なのだ。
となれば当然、盾に衝突したその段階で、矢は与えられたその性質通りに爆発のその機能を発揮することになる。
たとえその矢を放った当の本人が、その至近距離にいようとも。
『ウェガ――!!』
手のすぐ先で引き起こされた爆発に、六号がその腕の一本を武器ごと吹き飛ばされてその巨体をよろめかす。
そしてその一瞬の隙こそが、城司がずっと待ち望んでいた千載一遇の機会だ。
「【迫撃】――!!」
『ギォッ――!!』
撃ち込まれる高威力の拳にどうにか盾の防御を合わせて、しかしその攻撃威力を受け止めきれず六号の手から受け止めた盾がもぎ取られる。
人形の手首の方も強すぎる衝撃に破損したようだったが、しかし城司にとってはそんなことはどうでもいい。
そもそも相手の性質上半端な破損など瞬く間に修復されてしまうのだ。
それでなくとも六本も腕があるこの敵を相手に、腕の一本や二本破壊したところで致命的な損傷とは到底言えない。
「狙うは頭か、どてっぱラァッ――!!」
迫撃を撃ち込んだ右腕を引き戻しながら、城司は【周回盾陣】で周囲に浮かべていた【円盾】を【防盾砲弾】で発射。敵の顔面へと打ち込んで隙を作り、その隙に左手の周囲に展開していた竜鱗を散弾銃代わりに敵の胴体へと叩き込む。
ひしゃげる顔面、ヒビの入る胴体。けれどその程度の損傷ものともせずに動く人形が残ったハンマーを振り上げて、残る四本の腕全てでそれを掴んで渾身の力と共に城司の方へと叩き付ける。
こと打撃に関して言えば、城司にはそれに対抗できる絶好の手札があるとも知らずに。
「【弾力防盾】――!!」
城司の周囲に展開されたドーム状のシールドがハンマーの一撃によってひしゃげ、しかし即座にその弾力で撃ち込まれた力そのものを跳ね返す。
『ゴ、ジ――』
返された衝撃に溜まらず六号がたたらを踏んで、そしてそれがこの人形にとっての致命的な隙となった。
「【迫撃】……!!」
大柄な人形の胴体、その腹部中央に城司の一撃必殺の拳が突き刺さり、その衝撃をそのまま利用して城司が人形を力技で地面へと叩き付ける。
人形の内へと潜り込ませた拳の周囲に竜鱗の盾が次々と生成されて、胴体内部のどこかにある魔本を破壊するべく一斉に牙をむく。
「――【散弾】」
果たして、撃ち放った竜鱗の効果は六号と呼ばれた人形の消滅と言う、酷くわかりやすい形で明らかとなった。
力を失った人形がその形をとどめられなくなって魔力に返り、城司の拳の少し上のあたりに魔本の残骸がバラバラになった状態で残される。
「ひとまずこれで、さっきの女を守ってた人形は全て片付いたわけか」
「城司さん、すぐに静達の加勢に行きましょう。重力操作で跳ぶので掴まってください」
立ち上がる城司のすぐそばに着地し、身に纏う雷の衣を半そでの形状にして腕を差し出す竜昇の言葉に、城司もすぐに意識を切り替えて先ほどの女を討ち果たしに行こうと決意を新たにする。
だが幸か不幸か、そんな城司自身の決意が実際に行動に移されるその前に、決して無視できないその変化が城司たちの身を襲うことと成った。
「ぅ――、なんだ、さっきからやけに寒いな……?」
動き回った直後の体が急激に冷やされるような感覚を覚えて、城司はふと身を震わせて自身の背後を振り返る。
背後をむくまでのわずかな時間の中で、そう言えば先ほどは聞こえていた激しい戦闘の音が途絶えているとそんな事実に気が付いて――。
「な――」
ゴボゴボと、空気の泡が驚異の男の口から漏れる。
先ほどまで水の怪物と交戦し、善戦していたはずのあのアパゴが、今は水でできた怪物の体の、その体内に取り込まれる形で窒息と溺死への道を一直線に歩まされている。
まるで大樹のように地上より伸びた、水の柱のその中で。
まるでこの場に生まれてしまった怪物が、あのアパゴですら手に負えない存在になってしまったとでもいうように。
「なんだ、こいつは――」
見上げて、そこに存在する異形の姿を目にしたその瞬間、まるでその視界を奪うかのように周囲一帯に凍えるような冷気とブリザードが吹き荒れる。
頭上に広がるそれが周囲一帯に氷の砲弾をばら撒いてけた外れの破壊が絨毯爆撃のようにあたり一帯を破壊する。




