176:似て非なる二人
ホテルのロビーに剣戟の音が鳴り響く。
小原静と先口理香。二人の少女が鋼の刃を煌めかせ、金属同士がぶつかる音と共に明るく輝く火花を散らす。
十手と小太刀、レイピアとソードブレイカーと、ともに二振りの得物を振るう二刀流を自身の戦闘スタイルとする静と理香だが、しかし実態としては二人の戦い方は実に対照的だ。
近接戦闘に使える幾つかのスキル、【嵐剣スキル】や【歩法スキル】と言ったスキルこそ持っているものの、基本的にはほとんどスキルに頼らず自前のセンスのみで武器を振るっている静に対して、理香の方は初期スキルであるレイピアを扱うスキルである【刺剣スキル】に加え、ソードブレイカーを操る【短剣スキル】、二本の剣を操る【双剣スキル】、そしてさらに主武装である剣と防御用の盾や短剣などの武具を合わせて使う【護剣スキル】までを加えた、合計四つのスキルを状況に応じて使い分ける形で繰り出している。
「そこッ!!」
繰り出される連続突き。恐らくは【刺剣スキル】のものなのだろう、見事に眼球を含めた急所を狙って放たれたその刺突を、しかし静は臆することすらなく回避し、あるいは十手や小太刀で軌道を逸らして次々と捌いていく。
普通ならば恐怖によって反射的に目を閉じてしまうところだが、小原静にそんな類の可愛げなどあるはずもない。
高速で閃く刃の動きを平然と目で追って、剣と小太刀、そして短剣と十手がぶつかるたびに煌めく火花にも目を奪われることなく淡々とした様子で理香からの攻撃に対処する。
否、そこで散る火花は何も、互いの得物がぶつかり生まれるものだけではない。
(――!!)
感じた魔力の気配にとっさに静が真横に跳び退き、直後に理香の振るう剣先から赤い火花が放たれて直前まで静がいたその場所で炸裂する。
元は誠司が習得する【魔法スキル・火花】に収録された魔法であり、理香のレイピアに機能として搭載されている魔法【飛び火花】。
切っ先から撃ち出される極小の炎弾を、突き出した剣を引き戻す際の隙を埋めるのに使用して、その間に理香は再度刺突による攻撃態勢を整えて見せる。
静のように攻撃を回避し、受け流すことで身を守り、隙を見つけてそこを突くのともまた違う。攻撃の隙を別の攻撃で埋めて、常に攻める側に回ることで自身の安全を確保するかのようなそんな戦術。
(なんとも、性格が出るものです、ね――)
飛び退いて距離をとった静を目がけ、理香のレイピアの切っ先から連続で【飛び火花】が撃ち出される。
「変遷――【苦も無き繁栄】」
対する静の方は理香の周囲を回るように駆けて攻撃範囲から離脱。同時に右手の小太刀を苦無の形へと変化させて、即座にそれを理香へと目がけて一閃させる。
静の苦無、【苦も無き繁栄】が持つのは分裂と増殖の力だ。
手にした苦無が意思を伝えるだけで魔力消費すら必要とせずに二本に分裂し、振るった際の遠心力によって理香の元へと飛びながら、さらに分裂を繰り返してネズミ算式にその本数を増やしていく。
流石にこの距離を飛ぶだけのわずかな時間では無尽蔵ともいえる大量の苦無を投げつけることは不可能だったが、それでも瞬く間に八本にまで分裂した苦無から身を守ろうとすれば流石にレイピアの切っ先を静に向けたままでいるのは難しいはずだ。
――そう、仮にもしも理香が左手に装備している、そのガントレットが存在していなかったならば。
「第三形態――射撃盾」
理香が構えたガントレット、その手首のあたりを中心に城司の物とも似通った【円盾】が展開され、さらにそこから外周部に広がるようにして盾が展開されてその面積を広げていく。
まもなく完成するのは理香の全身を隠せるだけの大きさを持ち、ピックによって地面に突き刺すことすら可能な形状の巨大な盾。
魔力を込めることによってガントレットから展開され、しかも魔力の量によって大きさや形状が三段階に変化する盾が迫る苦無をあっさりと防いで弾き飛ばし、背後に隠れる理香の身をしっかりと守り切った。
否、詩織から聞き知った情報によれば、その盾は決して我が身を守るだけのものではない。
「逃がしません――!!」
盾の中央、ちょうど理香が盾を構える腕の真下にあたる位置からレイピアが貫通するような形で突き出され、その切っ先から再び火花の魔法が放たれて静の元へと襲い掛かる。
理香の構える盾は、元より剣を突き刺し切っ先を盾の向こう側に向けられるよう専用の穴をあけられた射撃盾だ。
盾を構えたまま【飛び火花】を撃てるように施されたこの改造は、もともと円盾サイズの盾を展開する機能しかなかった【守護者のガントレット】なるアイテムに、誠司が込める魔力量によって三段階のサイズの盾を形成できるよう改造を施すことにより、より持ち主である理香の性格や戦術に合わせた設定されている。
盾を構えたままレイピアの切っ先から放たれた火花が、走り逃れる静の周囲に次々と着弾して炸裂し、ロビーの床の絨毯が次々に吹き飛び、焼けこげる。
火花一発一発の威力はたいしたものではないにせよ、それでも人体を破壊するには十分な脅威だ。【甲纏】などを用いて防御する手もないではないが、レイピアの先端から次々と放たれる火花の連射速度を考えれば、一発喰らって体勢でも崩そうものなら、そのまま連続で爆撃を受ける羽目にもなりかねない。
(まったく、まるで銃器でも相手にしている気分ですね……。あんなもの、一つ上の階層で出会っただけでも十分だと思っていたの、に――!!)
次々と襲い来る火花に内心でそう嘆息してから、静は唐突に【爆道】を発動させ、足裏で魔力を炸裂させることで急加速を行い、殺到する火花の群れを一気に遥か後方へと置き去りにする。
盾を構えて、その中央からレイピアの切っ先だけを突き出して射撃を行う理香の攻撃スタイルは、攻防一体という意味では優れた攻撃態勢である反面、素早く動く標的を狙う上での取り回しは劣悪だ。
なにしろ剣を盾の中央に突き刺している関係上、理香が狙う方向を変えるために重い盾ごとその方向に向き直らなければならないのだ。
盾が魔力でできた半透明のものである関係上、視界まで制限されて静を見失う事態だけは避けられているが、それでも素早い敵が相手ではどうしても相手に射線が追いつけなくなる事態が起きてしまう。
そして一瞬でもその射線から外れることができたなら、状況を打開するための時間としては静にとっては十分だ。
理香がその狙いを静から外したその瞬間、静は手直な柱に飛びついてその側面を蹴ることで方向を変えて、一気に理香の元へと彼我の距離を詰めにいく。
「――く」
とは言え当然、理香の方も自分の元まで静が来るのを待っていてくれるほど甘くない。
一瞬の遅れを見せながらも体ごと方向を変えることでレイピアの照準を静へと差し向けて、再び火花の掃射を浴びせるべく自身の件に魔力を注ぎ込む。
再びの発砲。正面から押し寄せる火花の弾幕に、しかし対する静が動く方が一瞬だけ早かった。
魔力の高まりを直前に察知して、走る静が勢いそのままに跳躍。
さらに――。
「【空中跳躍】――!!」
「真上に――、ッ!?」
空中でさらに跳躍し、真上へと飛び上がった静に対して、火花の掃射が後を追おうとして、しかしその追撃が途中まで行ったところで途絶する。
構えた大盾にレイピアを貫通させて発砲している関係上、敵に真上を取られてしまえばその状態で射線を相手に向けることは不可能だ。
厳密には、盾ごと持ち上げれば不可能ではないが、ただでさえ重い盾を理香の細腕で持ち上げて、真上に逃げた静を撃ち落すのは事実上不可能であると言っていい。
「――ッ、く――!!」
とっさに理香が盾を消滅させて、自由になったレイピアの切っ先を真上へと向けてくるが、そのときにはすでに静は天井を蹴りつけて真っ逆さまに真下の理香の元まで強襲をかけている。
「――ッ!?」
とっさに両手の剣を交差させて防御の構えをとった理香に対して、静が遠慮なく体重の乗った刃による一撃を叩き込む。
腕に走る衝撃に理香が苦悶の表情に顔を歪めながら、それでもどうにか静の体重を横へと受け流して、自身を襲った静からの強烈な一撃をやり過ごす。
(――まずは一)
心中で呟きながら軽々と着地を決めて、次の瞬間には静は身を翻して後退る理香の元へと追撃をかけに行く。
衝撃による腕の痺れでうまく【飛び火花】の照準を付けられない理香に対して、静は即座に刃の間合いまで距離を詰めると、両の手の刃を走らせて理香へと斬りかかる。
(――二、――三)
それに対して理香もどうにかスキルシステムによる動きで刃を走らせて、再び二人の少女が量の刃を激しくぶつけて火花を散らす。
とは言え、先ほどまでの焼き直しのようなその状況も、今度はそれほど長くは続かなかった。
静の十手が、理香の振るうレイピアの刀身を絡めとって抑え込んだその瞬間、理香の方も静の小太刀の刀身をその手の中のソードブレイカーで見事にからめとって、状況は互いが互いの主武装をサブウェポンで抑え込んだ、一種の膠着状態へ突入してしまったのだ。
互いに至近距離で向かい合い、そんな状態で最初に口を開いたのは、意外にも静の方ではなく、相手の理香の方だった。
「――なるほど、どうやら私の手の内については、すでに知ってそれなりの対処法を用意したうえで来ていたようですね」
「ええまあ、そこはさすがに。なにぶんこちらはいつ攻撃を受けるかわからない立場でしたから」
「それにこちらの手の内を知っているということは……。まったく、流石の彼女も、いよいよ私達に愛想をつかしたという訳ですか……」
そんな会話を交わしながら、一方で理香はまるで静の油断を突くように小太刀を捕らえた左手のソードブレイカーへと力を籠めてくる。
まるで櫛のように、刃の背にギザギザとした突起のようなものが並んだこの短剣は、その櫛状の突起の間に刃を挟み込んで、積極的に相手の使う武器を折ってしまうことを目的に造られた短剣だ。
石刃から変化しているものであり、形状的にもソードブレイカーが本来想定している刀剣類とは若干外れる【加重の小太刀】にその武器破壊の性能がどこまで有効かは定かではないが、それでも武器を破壊されてはかなわないと静は即座に判断し、小太刀をそのまま石刃に戻すことであっさりと刃を捕らえられた状況から脱出して見せた。
「――ッ、妙な武器を――」
即座に石刃を再び小太刀へと変化させ、そのまま目前の理香へと更なる打ち込みをかける。
通常の武器で撃ちあうのであればソードブレイカーの存在は確かに厄介だが、武器の形状を自由に変化させられる静にとってソードブレイカーによる捕縛自体はそう恐ろしいものではない。
対して、理香の方にとっては武器の捕縛は深刻だ。
静からの打ち込みに対して即座に左手、そこに装着したガントレットから円形状の魔力の盾を展開して小太刀を受け止めて見せた理香だったが、そんな攻防の間も自身のレイピアは静の【磁引の十手】にしっかりと囚われ抑え込まれてしまっている。
このままでは反撃もままならないそんな状況。
ただし、先口理香という少女の方もそんな一方的な状況を良しとするほどおとなしい性格という訳でもなかった。
「――、シールド」
とっさに静がその場を飛びのき、【武者の結界籠手】を使用してシールドを展開したその直後、理香が振り抜いたソードブレイカーから無数の火花がばらまかれ、それらすべてがシールドの表面や、周囲の地面にぶつかって一斉に起爆し、爆発を起こす。
右手のレイピアを用いて放つ【飛び火花】を、一振りで大量にばらまくことのできる上位術【火花吹雪】。
事前に詩織から聞いて知っていたその魔法をシールドの展開によって的確に防御しながら、静はこれまでの行動などから先口理香という少女の性格について考える。
常に感情をあまり表に出さず、それゆえ詩織からも冷静な、静と似たところのある人物として見られていた理香だったが、しかし実際にこうして話して、そして何より剣を交えたことで見えて来た彼女に対する印象はむしろまったく逆のものだった。
確かに表面的には冷静に見えるのかもしれないが、しかしそんなものはあくまで努めてそう見えるよう振る舞っているだけの話で、実際に垣間見えた彼女の精神状態は到底冷静であるとは言い難い。
静が理香に対して抱いたのは、まるで身を守るために攻撃的になっているかのようなそんな印象。
あるいは、そんな印象を理香に対して抱き始めていたその時点で、静は彼女に対する警戒をもう少し強めておくべきだったのかもしれない。
静自身が展開したシールドと【火花吹雪】による煙の向こう、理香がいるはずのその位置で一瞬だけ閃光が瞬いて、その瞬間に静の背筋が泡立って、とっさに静は首を傾けて予期したなにかから顔を逸らす。
直後に、それが来た。
【火花吹雪】による大量爆撃、その威力にも耐えきったシールドが外の煙諸共あっさりと貫かれ、とっさにそれを回避した静の頬をかすめてその皮膚を僅かばかりも削り取る。
「――残念ですね、避けられてしまいましたか……。詩織さんが知らない、彼女が抜けた後に修得したスキルだったので、できればあまり見せずにことを済ませたかったのですが」
すぐさまシールドを解除して背後へと飛び退きながら、静は今しがた自身を襲った攻撃の正体へと目を凝らす。
徐々に晴れていく煙の向こうに見えるのは、静のいる方へとレイピアを突きつけた理香の姿。
そしてそのレイピアに纏わりつくように展開した、まばゆい輝きを放つ光の刃の存在だった。
「――【斬光スキル】。一つ前の第四階層で、ボスを倒した際にドロップしたスキルです。まだ使い慣れているとは言えないスキルですが、それでもスキル自体の使い勝手はこの通り――」
そう言った瞬間、理香のレイピアを動かす動きに合わせて、輝きを放つ魔力の刃がグニャグニャと変形してのたうち回る。
――これは不味い、と、直感にそう感じとった静がその場を飛びのくのと、理香がその刃を振るうのはほぼ同時。
次の瞬間、輝く刃が縦横無尽にあたり一帯を駆け巡り、その場にあった物を何の抵抗も感じさせずに切って、刻んで、バラして見せる。
圧倒的な速度と切れ味をもった斬撃が、剣という武器の常識を逸脱した動きでもって、静の身へと斬りかかる。




