173:既知の関係
「んリャァァぁァアアアアッ」
力の限りに雄叫びを上げ、己の武器を振り上げてこちらへと飛び掛かって来る瞳の圧倒的な暴力を前にして、詩織は少しだけ怯みそうになりながらも即座に地を蹴り、迫る攻撃から逃れるべく動き出していた。
一振りでコンクリートの床を叩き割る圧倒的なパワーが詩織へと迫り、しかし真上からその攻撃を振り下ろす寸前、詩織が空中にいる瞳の真下を通るように回避したことであえなく目標を見失った。
瞳の攻撃は威力が高いものほど大振りだ。
両手両足に装備した【玄武の四足】、その効果によって一時的に自身の体重を軽量化して飛び上がり、武器を振り下ろすインパクトの瞬間に今度は逆に【加重域】の魔法を用いることで一撃の重さをも増加させるという必殺コンボ【メテオブレイク】。
コンクリートの床を叩き割り、盾やシールドでガードしようとしてもその防御ごと粉砕することができるこの攻撃は、防御することは生中な手段ではできない反面、回避に徹すれば逃げること自体はそう難しくなく出来てしまう。
ましてや、相手は最初から瞳の手の内を知り尽くしている詩織なのだ。そもそもの彼女の特性を鑑みても、こんな力任せの攻撃が当たる訳がない。
ただし、そんな大ぶりで力任せの攻撃が、ただの隙に転じるかと言えばそれはまた別の話だ。
「――ぅ……!!」
瞳の背後へと回り込み、背後から攻撃を仕掛けようと考えた詩織が、しかし直前に『音』を聞きつけて即座にその場所から離脱する。
直後に襲い来る重力の魔法。
瞳の周囲をドーナツ状に押しつぶす【加重域】の魔法が彼女の右足のグリープを基点にして発動し、舞い上がった粉塵やコンクリートの破片も含めて、周囲にあった物をまとめて地面へと叩き落す。
仮にもし、瞳に攻撃しようと近づく敵がいたならば、その敵は瞳の元までたどり着く前に地面へと叩き付けられることになっていただろう。
大きな隙を生む攻撃を、むしろ敵の油断を誘う陽動として活用し、隙をつきに来た敵の自由を重力の魔法によって奪うというその戦術は、パーティーリーダーである誠司が考案して彼女に覚え込ませた必勝戦術だ。
単に戦う上での指揮を執るだけではない、むしろそうした必勝戦術を考案し、それに合わせた装備を整えることができたことこそが、中崎誠司という少年がパーティーのリーダーとして全員をまとめることができた大きな要因であったとさえいえる。
「さっきから、ちょろちょろ逃げ回って――!!」
苛立ったような声と共に振り返り、同時に左手で今しがた叩き割ったコンクリート片の内、一抱えもありそうな巨大な塊を強化した左手で掴み取る。
三種類の強化を重ねてそれらの相乗効果によって爆発的な筋力を得る【怪力スキル】。
だが一方で、そのスキルに収録されているのは何も三重強化のための知識だけではない。
性質こそ単純なものであれど、獲得した怪力を的確に運用するための知識や技もまた、そのスキルの中にはしっかりとした形で収録されている。
「――ぶっトべェッ!!」
唸りをあげて、巨大なコンクリートの塊が野球の剛速球のごとき勢いで投げつけられる。
ただ腕力だけで投げているのではない。全身の筋肉を連動させて、強化した肉体を適切に運用することで生み出される暴力の適正運用。
「――ッ、――ハ」
唸り声をあげる凶器の飛来に、詩織は引き攣った悲鳴をあげそうになりながらそれをどうにか堪えてひた走る。
幸いにして、今の詩織の速力は瞳ほどではないにせよ【錬気功】の存在によって十分に上昇している。加えて、【音剣スキル】に付属していた【音響探査】の能力によって振り返ることもなく迫るコンクリート片の軌道を察知できるとなれば、迫る攻撃から逃れることはそう難しくはない。
ただしそれは、あくまでも飛ばされてくる攻撃が一つであればの話だ。
「マだまだぁぁッ――!!」
逃げ回る詩織に、瞳が別のコンクリート片目がけて己の武器である【如意金剛】を振り上げる。
手元のレバーを操作し、先端に展開されるのは刃ではなく巨大なハンマーヘッド。
一瞬にして巨大なゴルフクラブと化した己の武器を力いっぱいに振り上げて、まるでボールを打つかのように、足元にあったコンクリート片を力の限りにブッ叩く。
「だッかぁァんんッ――!!」
無機物を粉砕する【滅砕スキル】の併用も相まって、木端微塵になって吹き飛んだコンクリートの破片はもはや散弾に近かった。
まるで嵐のような勢いで飛来したコンクリートの破片がその進行方向上にあったヤシの木やベンチを滅茶苦茶に打ち砕き、人口の花によってつくられた花畑をズタズタに蹂躙する。
最小の破片でもこぶし大の大きさを持ち、破片の一つが当たっただけでも大けがを負いかねないそんな攻撃。
ただしそんな攻撃に対しても、今の詩織は文字通りの意味でその上を行く。
「――んア?」
発射したコンクリート片の行方を目で追って、瞳は問題の詩織が、自身の放ったコンクリートの散弾すべてを飛び越える姿を目撃する。
否、それは飛び越えているのではない。
まるで坂道でも登るかのように、詩織が何もないはずの空中に魔力で足場を形成して、その上を走ることで攻撃範囲の真上へと駆けあがっているのだ。
「――、新技カッ――!!」
厳密にはそれは技ではなく詩織が装備するアイテムの性能だった。
第四層にてフジンの死亡とともに現れたアイテムにして、空中で靴底から足場を展開することができるという、グラディエーターサンダル型のマジックアイテム【天舞足】。
まるで天使がはいていそうな、ベルトを編んで作ったようなこのアイテムは、その外見通り足裏から足場を展開することによって、装着者が空中を自在に歩くことを可能にするという、そんなアイテムだった。
空中での移動技というなら、静の【空中跳躍】などと同系統ともいえるこのアイテムの性能だが、【天舞足】による空中走行は【空中跳躍】と比べて速度で劣る分、その魔力消費の少なさゆえに持続力に優れ、それ故に小回りが利くというのが特徴だ。
今も、詩織が上空に逃れたことに気付いて瞳が次々とコンクリート片を投げてくるそのさなか、なにもない空中でステップを踏むとういう非常識な動きでもってそれを回避して、直後に再び瞳の方へと走り出すことで双方の距離を着々と上空から詰めてきている。
「――ッ、【加重域】――!!」
その接近の危険性を寸前で察知して、とっさに瞳が右腕を突きつけ、筋肉の鎧の下に装着されたガントレットが重力の魔法を起動させる。
だが、魔法を発動させるその寸前、空中を駆ける詩織が敏感にそれを察知し、飛び退いたことで、詩織を地上へと叩き落とすはずだったその魔法は何もない空間を押しつぶすだけの結果に終わってしまった。
魔法の発動と同時、どころか、発動よりも早く回避運動へと移ってしまうというその動きに、瞳は心の中で苛立ったように荒々しい声をあげる。
(あアッ、もうっ、やりニくいなァッ――!!)
渡瀬詩織は魔法の発動そのものに敏感だ。
通常五感とはまた別の感覚で察知するしかない魔力の感覚を聴覚によっても察知できるという彼女は、発動した魔法だけでなく、魔法を発動させるべくマジックアイテムに魔力を込める工程のような、通常ならば見逃してしまうような希薄な気配をも音を同時に聞くことで敏感に察知することができてしまう。
誠司などはその理屈を、『通常ならば気配だけで察知しなければならない所を、音という副次的な感覚まで加わることで、情報としての存在感が増したように感じているのだろう』と予想していた訳だが、実際のところ瞳には詳しい理屈などははっきり言ってどうでもよかった。
重要なのは、渡瀬詩織という少女には魔法の発動が、その準備段階から確実に察知されてしまうということだ。
加えて、この戦闘においてはもう一つ、瞳の側にとって不利と言える嫌な要素が存在している。
(あッぶなかった。セイジから上はとラれるなって言われてたンだった)
自身の弱点、というよりも、かつて誠司によってなされた“弱点を踏まえての注意”を思い出して、瞳は密かに心中で安堵の息を吐く。
『上を取られるな』と、そう誠司が瞳に言い含めていた理由は簡単だ。
瞳の攻撃手段、中でも特に右手のガントレットで発動させる【加重域】の魔法が、真上への攻撃にほとほと向いていないのである。
両手両足の防具に、それぞれ違う設定の重力系魔法を設定している【玄武の四速】だが、その中でも右腕に装着するガントレットに設定されているのは右腕の先にある一定範囲を対象に発動させる【加重域】の魔法だ。
この右手の魔法設定は、攻撃目的に使用することも想定して込めた魔力を溜め込む術式や、込めた魔力の量に比例して威力や効果範囲を広げる術式なども設定されているのだが、逆に変更できない設定としてその効果範囲が『右手の先』に固定されてしまっているところがある。
そのため、瞳自身が真横に向けて魔法を使う分には問題なく魔法の効果が発揮されるのだが、瞳が腕を真上や真下に向かって使ってしまった場合、他ならぬ瞳自身が【加重域】の魔法の効果範囲に巻き込まれてしまう形となってしまうのだ。
加えて、あまりにも近い位置で上にいる敵に【加重域】の魔法を使ってしまうと、上から襲ってくる敵が逆にその重力を利用して強烈な一撃を見舞われる可能性も否定できない。
そうした理由も相まって、瞳は誠司から敵に上を取られることが無いようにと、誠司の口から厳重に注意を受けていた。
その甲斐あって、瞳はこれまでそうした弱点を突かれる事態を防ぐことができていた訳だが、厄介なのはそうして注意を受けたその時に、他ならぬ詩織自身も同席し、その話を聞いていたということだ。
つまり詩織は、かつての仲間の手の内や弱みを、すべて把握し知っている。
そしてそうして知ることとなった瞳の弱点を、今詩織は一切躊躇や容赦をすることなく、むしろ的確に突いてこちらを攻めてきている。
本当に、もはや迷いも遠慮もないと言ったそんな様子で。
「……随分、張リ切った感じに攻めてくるヨうになったじゃないのよ……、ねぇ、シオリィ……」
どこまでもやりにくい詩織との戦闘に、瞳が苛立ちを滲ませた声で当てつけのようにそんな言葉を漏らし、口にする。
実際のところ、詩織は別にこの戦闘に際して張り切っていた訳ではない。
瞳との戦闘に関しても、その必要があると思ったから行っているだけで、本音ではそれほど乗り気という訳でもなかったつもりなのだが、少なくとも瞳の方は詩織の動きを見て彼女の積極性をそのように判断したらしかった。
そういう意味で言えば、瞳のその評価自体は完全に瞳自身にとって都合のいい思い込みと言ってもいいものだったわけだが、しかし瞳から見た詩織の評価、その全てが完全に間違ったものだったかと言えばそういう訳でもない。
「……アんた、やっぱりナんか前と変わったよね。それモ最近じゃなくて、このビルがいきなり出て来た、そのあたりから……」
いったん会話を始めたが故なのか、瞳の言葉から徐々に不自然さのようなものが薄れて行って、同時に聞こえていた理性を弱める魔力の音が若干その音量を小さく微かなものへと落としていく。
ただし、言葉を紡ぐその彼女の、その視線から向けられる敵意の気配だけは、先ほどと同様一向に緩んでいく様子がない。
「ああ、いや……。変わったって言うノとは、少し違うのか……。
あんたは……、そう、合わせなくなっただけなんだ。それマでのノリとか、付き合いとか、私達に合わせテた、そういうのを……。
ビルが出てきて、余裕がなくなったからなのかなんなのかは知んないけどさ……。正直あたしはそのころから、あんたがイったい何考えてんのか、よくわからなくなってきてたんだよ」
それに関しては、残念ながら詩織自身にも思い当たる節はいくつもあった。むしろこの件に関して言えば、他ならぬ詩織自身が誰よりも自分で自覚していたと言ってもいいだろう。
むしろ意外というなら、今この場で瞳の口から詩織の立場を理解するような発言が出てきたことの方が意外といえば意外だったわけだが、しかしどうやら一度詩織がパーティーから離脱したことが、良くも悪くも一度冷静になって詩織のことを考える、そんな冷却期間として瞳の中で作用していたらしい。
「要するにあんたは、あたしらの前ではずっとあたしらに好かれるような、そんなキャラを作って演じてたって訳だ……。
まあけど、それは別にいいよ……。あたしだって別に、他人の前で素の自分をいつも見せられるほど自信家って訳でもないし、トモダチだったら隠しごとは一切しちゃいけないとか、そこまで重い考えをあんたに押し付けるつもりもない……」
『けどさぁ』と、そう言って。
次の瞬間、再び瞳が跳躍して、重力の魔法を併用して詩織の元へと飛び掛かり、握る【如意金剛】を力の限りで振りかぶって来る。
「ずっトあたし達に合わせてたっテ言うんなら、なんでアの時も私達に合わセてッ、あたしたちと同ジようにセイジを頼ってくれナかったッ――!!」
その穂先に薙刀のような刀身を展開し、空気を切り裂く鋭い音を鳴らしながら迫るその一線を、詩織はどうにか飛び退き、距離をとることでギリギリ対応して見せる。
だがその程度の対応で逃げ切れるほど、今度は瞳も甘くはない。
「セイジに誘われたあの時に、なんであたしらと一緒になることを拒んで、一人だけいい子ぶったような真似をした――!!」
「――ッ」
薙刀の切っ先が即座に消えて、今度は槍の穂先が、そしてそれを操る瞳自身が逃げる詩織の元へと追いすがって来る。
「マナはッ、ズっと一人で悩んでたんだ……!! 自分が立チ直るそのためにッ!! まるで沖田君から乗り換えるみたいにセイジに縋ってしまったもんだから……!! まるで沖田君を裏切ったみたイだってそう言って、ずっと一人デそのコとを気にして悩んでタ……!!」
とっさに迫る槍の穂先を右手の剣で撃ち払って後退を続けながら、しかし詩織は刃によるものとは違う痛みが自身の胸に突き刺さるのを感じ取る。
自身が気付けずにいた、気付くことができなかった友人たちの懊悩と葛藤が、今になって見えない刃となって、詩織の胸へと突き刺さる。
「――けど、あの時あんたがOKしてくれてたらッ!! マナはそこまで、自分のことを特別汚いみたいに思わずに済んだんだッ!! あンたも含メた四人全員がそうなって、それが普通なンだって、あの娘に思わせるコとができていたら――!!」
「……!!」
繰り出される槍を、斧を、薙刀を、棒を、鎚を。
それぞれの武器をそれぞれのスキルで操って襲い来る攻撃をどうにか捌き、躱して逃れながら、しかし言葉からだけは逃れられずに詩織はその胸の強い痛みに表情を歪ませる。
自分がどれほど大事なことを見逃してしまっていたのかと、やはり自分の方が悪かったのではないかというそんな考えが頭をよぎり、ならば自分は、やっぱりこの刃を受け入れるべきなのではないかという、そんな自責の念さえ抱きかけて――。
(――ダメッ!!)
しかし直後、自分が再び弱気な思考に陥りかけていたことを詩織自身が自覚して、己の弱気を振り払うように手の中の剣を唸らせる。
「――!!」
見知った【音剣スキル】発動の兆候に即座に瞳が顔色を変えて、即座に彼女は左足の【羽軽化】の魔法で体重を消して背後へと飛び退いた。
そんな瞳を、詩織はあえて追撃することなく見送って、彼女が着地するのを見計らって一つの問いを投げかける。
「――ねえ、ヒトミ……。ヒトミは知ってたの……? 私がみんなとはぐれたあの時に、いったい何があったのかを……」
それは先ほどからの、瞳の口ぶりを聞いていて気付いた、一つの疑念。
「――ああ、やっぱりあれってそういうことだったんだ」
そして、そんな詩織からの問いかけに対して瞳が見せたのは、どこか諦めが混じったような、それでいてどこか納得したかのような、そんな反応だった。
先ほどの物言いでもしやとは思っていたが、どうやら彼女も薄々事の真相には気付いていたらしい。
「一応予想はシてたんだよ……。あんたがいなくなった後、マナの様子が明らかニおかしくなたから……。
――もしかして、あんたがあの時あたしたちと逸れたのは、マナがあの吹き抜けから、あんたのことを突き落としたからだったんじゃないかってね……」
そうして、瞳が確認するように己の予想を口にして、詩織は一度頷くだけの動作でそれを肯定する返事とする。
そう、この瞬間明るみに出たのは他でもない。
思いつめた愛菜が一度は詩織を殺害しようとしていたという、そんなどうしようもない事実だった。




