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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第五層 安寧強授のウォーターパーク
172/327

171:予期されていた事態

 決して広いとは言えない従業員用通路、その真っただ中で二つの閃光が激突する。


 【雷撃(ショックボルト)】と【初雷(ファーストブリッツ)】。二つの電撃が衝突し、一瞬の拮抗のあとに片方が片方を食いつぶし、そのまま突き進んでその先にいる術者の元へと迫り来る。


「――ぐ……!!」


 二つの魔法の激突の末、競り負けてその場を飛びのき、付近にあった部屋の中へと飛び込むことを余儀なくされたのは、やはりというべきか【初雷(ファーストブリッツ)】を放った誠司の方だった。


 とは言え、それはいわば当然の結果だったと言ってもいい。

 そもそも【初雷(ファーストブリッツ)】という魔法は本来そういう風に(・・・・・・)使う魔法ではないのだ。本来想定されているのとは違う、正面からの力比べのような使い方をしてのこの結果というのは、ある意味当然の、十分に予想できた展開であると言える。


 そして予想できた結果であるというのなら、竜昇とて魔法の威力で上回った程度のことで浮かれているわけにはいかない。


「――ッ」


「【加重域(ヘビーゾーン)】――!!」


 寸前に危険を察知して竜昇がその場を飛びのいた次の瞬間、先ほどまで竜昇が立っていたその空間を壁越しに発動した不可視の力が押しつぶす。


 指定した一定範囲に強烈な重力を発生させて、そこにあるものをまとめて押さえつけ、押しつぶす魔法【加重域(ヘビーゾーン)】。


 そんな魔法の発動によって、天井付近からバラバラとホコリや天井材の破片などが落ちてきて、むせるようなホコリの匂いがひしゃげた空気と共に周囲一帯へと拡散していく。


 術者である誠司自身、とっさに発動させた魔法だったがゆえにそれほど広範囲をカバーできるようには設定できなかったようだが、逆に言えばその規模でこの魔法を発動させられていたら間違いなくその段階で竜昇は詰んでいた。


 今の魔法の規模と威力なら、喰らった瞬間ミンチになって即死というところまではいかないだろうが、それでもその威力は人間一人を地面に押さえつけて動きを封じられるレベルだというのだ。この状況下で動けなくなるというだけで、それはほぼ九割方勝負が決まってしまうと言った方がいい。


(――ッ、やっぱりこの人とやり合うのに、この場所は不味いか――!!)


 改めてそう認識し、即座にこの場所から移動するべく走り出そうとしていた竜昇だったが、しかし実際に走り出すよりわずかに先に、壁の向こうの室内から誠司の声が投げかけられる。


「随分と反応がいいじゃないか……。まるで最初からこうなることが予測できていたみたいに……」


「昨日のあの一件があった後で、こうしてまた衝突する展開を予想していないって方が迂闊でしょう。まあそういうそちらは、随分と予想外の事態が起きたみたいな顔をしていましたが?」


「……!!」


 竜昇からの意趣返しのような返答に、部屋の中の誠司が確かに一瞬、言葉に詰まったかのように押し黙る。

 竜昇としては、このままこの場を移動するべく走り出してもよかったが、しかし状況を確認するためにもう一点、彼に対しては確認を取っておくことにした。


「さっきの様子、ずいぶんと驚いているみたいでしたが……。だとするとことを始めてしまったのは貴方にとって随分と意外な人だったということですか?

 例えばこちら側の誰かでもなければ、一番暴れ出す危険が大きかったはずの馬車道さんでもない、一番冷静に振る舞いそうな先口さんあたりとか……?」


「――ッ!! 君は――!!」


 室内の誠司が声を荒げたその瞬間、もはやこの場で聞くこともないとばかりに、即座に竜昇はこの場から離れるべく全力の疾走でもって走り出す。


「――ッ、行かせないッ!!」


 竜昇が走り出してそう間を置かず、誠司が逃れた部屋の中からそんな声が聞こえて、同時に赤い火花が、まるでねずみのようにすばしっこい動きで室内から飛び出し、直後に竜昇のいる方へと猛烈な勢いで駆け寄って来る。


 それそのものが小型の爆弾であり、術者の操作によって周囲に爆発する火花をまき散らしながら走ることもできるという【魔法スキル・火花】の収録魔法、【火鼠花火(ファイアラットワークス)】。

 明らかにとっさに発動させたものではない、事前に準備していなければ使用できないようなそんな魔法の接近を前にして、すでに迎撃準備を整えていた竜昇が取る手段はいたってシンプルなものだった。


「【雷撃(ショックボルト)】――!!」


 素早く駆け回る爆弾鼠に素早く電撃を浴びせかけて爆散させ、同時に竜昇は床のタイルの一枚につま先で触れて、そのタイルに【静雷撃(サイレントボルト)】の魔法を密かに発動させる。

 踏みつけた人間を感電させる、文字通りの意味で地雷のような効果を期待しての魔法運用。

 魔本の【分割思考(ディバイドシンキング)】を使用することで足を止めた一瞬のうちに二つの魔法を同時に発動させて、即座に竜昇は踵を返して目指す方向へと体を向ける。


(さあ、ついてこい――!!)


 内心でそう呼びかけて再び走り出しながら、竜昇は現在この階層内で起きている出来事について、事前の予想を参照にしながら頭の中で整理する。

 とは言え先ほどの誠司の反応で、現在のこの状況が予想していたどのパターンに該当するのかについてはある程度察しがついた。


 恐らくは静に対して理香が攻撃を仕掛けて、その事態を察知した誠司が、静に味方するだろう竜昇を先に無力化してしまおうと動き出したのだ。


 誠司達と竜昇達が、今日の会談の最中に再度激突することになる可能性。

 そんな展開になる危険性については、昨晩彼らとの対談を決めたその直後から、決して低くない可能性として囁かれていたものだった。


 なにしろ、すでに誠司達とは静が一度交戦状態に陥っているのである。

 一度は停戦に持ち込めたものの、いつまた何かのきっかけで衝突が発生するかなど分かったものではないし、むこうから仕掛けてこられれば竜昇達とてそれに応じない訳にはいかないのだ。

 いかにこちらに竜昇達と争う意思が無かろうとも、こうして戦いに発展してしまう可能性に関しては、いかに竜昇達と言えども事前に考えないわけにはいかないものだったと言える。


 加えて言うならもう一つ、竜昇達の中には誠司達との再戦を考えないわけにはいかない悪条件が存在してしまっていた。


『この際なので白状してしまいますが、正直私は『相手に気を遣って』の会話というものがあまり得意ではありません』


 そう静が告白して来たのは、昨晩今日の方針について、三人で話し合っていたそのさなかのことだった。


『先ほどもお話ししましたが、私たちがこれからやろうとしているのは、あの方たちの過ちを、本人たちが絶対に認めたくないだろう自分たちの行いの負の部分を、正面から突きつけるようなそんな行為です。

 当然、そんなもの当人たちにしてみれば愉快な話である訳がありませんから、明日の会談でその部分にまで話が及べば、むこうからの少なくない感情的反発が予想されます』


 それは、誠司達が行おうとしていることを思えば考えないわけにはいかない、避けて通ることを許されない宿命的と言っていいような問題だった。

 そして、この場における感情的反発というものはどう考えても軽くは見られない代物だ。

 なにしろ、竜昇達は昨日の段階ですでに一度誠司達と衝突してしまっているのである。

 それでなくとも、昨日の一件で相手側もこちらに対して少なくない敵意を抱いているだろうし、そんな状況でこんな話を不用意につきつけようものなら、一歩間違えれば挑発と見なされて再度の激突へと発展しかねない。


『そしてこの際なので正直に告白してしまいますが……。私はあまり、相手の心情に気を遣って話をするという行為が得意ではありません。……いえ、もっと正直に言うなら、はっきりと苦手であると断言してしまった方がいいでしょう。

 一応自分でも気を付けているつもりなのですが、実を言いますとこれまでの人生の中で、誰かの逆鱗に触れてしまった経験というのも決して少なくはないのです」


 それは悲しくもあっさりと納得できてしまう、そんな嫌な説得力に満ちた告白だった。


 彼女とここまで付き合ってきたからなんとなくわかる。

 言ってしまえば、小原静という少女は決定的なまでにデリカシーに欠けているのだ。


 恐らくは静本人のメンタルが強すぎるというのもその原因の一つなのだろう。

 言ってしまえば彼女は、自身が強すぎるがゆえに恐怖や保身と言った、どちらかと言えば弱さに分類される感情というものが感覚として理解できていないのである。

 だから静自身の意思にかかわらず、言葉の端々に無遠慮な物言いや、相手の感情を逆なでするような発言が入り混じるし、自分の強さを基準に正しい言葉を口にしてしまうがゆえに、話す言葉の中にどうしても余計な角が立つ。


 一応本人もそのことを自覚して、知識や推測で自身に足りない感覚を補おうとしているようだが、この手の感覚のズレというものはそうやすやすと修正できるようなものでもない。


 故に、今回竜昇達は考えておかない訳にはいかなかった。

 誠司達あちら側のパーティーとの対立を何としてでも避けると決意すると同時に、その決意に相反するような、戦闘に発展してしまったらどのように対処するかというその方策を。


 ひとたび戦いが始まってしまった時に相手がどのような行動をとり、それに対して竜昇達がどのように対処するのかという、そんな具体的なプランを。


『――恐らくですが、中崎さんは他のメンバーの方々と別行動をとることになったとしても、各々の状況が把握できるよう何らかの手を打ってくることでしょう。

 もとより、ボスの捜索のために中崎さんはこの階層内に多数の護符を配置しています。加えて感覚情報を共有し、ある程度自由に動かせる【召喚スキル】の存在もある』


 実際、まだ詩織がパーティーメンバーだったころにも、誠司が召喚獣を別れて行動する際の通信機の代わりに使用していたことはあったようだし、言葉を発することまではできない召喚獣を用いてどうやって意思の疎通を行うか、そう言った取り決めについてもいくつか存在していたらしい。


となれば、三組の内でどこか一組ででも戦闘が始まってしまったら、その瞬間、その情報は瞬く間にあちらのパーティー全体に共有されると見た方がいい。

そしてそうなったとき、戦闘の勃発を知った二人が取るだろう行動として予想出来るのは、次のおおむね次の二通りだ。


すなわち、自分たちが戦闘を始めた仲間のところに駆けつけるか、同じく駆けつけようとするだろう竜昇達の行動を阻止するか。


 そしてそうであるならば、眼の前にいる相手を不意討ちででも無力化して、その後で急ぎ味方の元へと駆けつけるといったような行動は、それこそ十分すぎるほどに考えられる話だった。


(問題は、俺自身がその不意打ちを事前に察知できるかどうかってところだったわけだけど、それに関しては運がよかっただけとは言えうまくいった――)


 通路を走りながら先ほどのことを思い出して、改めて竜昇は自分自身の詰めの甘さと、それが悪い結果に結びつかなかったことの運の良さをその心中で噛み締める。


 かように誠司たちが不意討ちで攻撃して来る事態すらも予測して、とっさにそれに応じることさえ考えていた竜昇ではあったが、しかし肝心の不意討ちそのものを察知する方法まで万全に整えられていたかと言えばそういう訳でもない。

 そもそも竜昇の手の内には、不意討ちを事前に察知できるような技能や特異体質などなかったし、事前に警戒するにした所で竜昇が警戒しなければならなかったのは不意討ちだけではない。


 そういう意味では、先ほど戦闘が始まった際のあのタイミングというのは竜昇としてもかなり危なかった。

 あと少し、ほんの数秒でも誠司の様子の変化に気付くのが遅れていたら、その時点で竜昇は予想していた事態が起きていることにも気付けぬまま、背後から誠司に【初雷】を撃ち込まれてやられてしまっていた可能性すらあった。


 そういう意味では、今回竜昇は対処法を確立しきれていなかった危険の一つを、運よく乗り越えることに成功したともいえる。


(――けどここからだ。まだまだ危険なのはここからだ――!!)


 気を引き締めながら走るそのさなか、背後で魔力の感覚が急速に拡大し、それが瞬く間に竜昇の元へと到達し、そして通り過ぎていく。

 魔力に触れた竜昇に何かの効果をもたらす訳でもない、どこか【護法スキル】の【探査波動】にも似た効果を持つ魔力の奔流。


(――うッ、ヤバい――!!)


 だがその魔力の感覚を全身で受け止めたその瞬間、竜昇は危機感に急かされるように走る足で思い切り地面を蹴って、無理やりにでも進行方向をずらすように斜め前の空間へと飛び込んでいた。


 直後、そのまま竜昇が走っていれば通過しただろう位置で突如として重力の魔法が発生し、通路の壁際に積まれていた備品を入れたダンボール箱を中身諸共押しつぶす。

 同時に見えてくるのは、直前まで段ボールの影に隠れて見えなくなっていた壁に刻まれた魔法の術式。


(やっぱりだ……。この通路にも仕掛けてやがった――!!)


 恐らくは壁に刻まれたその術式こそが、今しがた発動した【加重域】の魔法の大元なのだろう。


 元より詩織から聞いていた【魔刻スキル】と【構陣スキル】の存在、そして実際に前の階層ではそれらのスキルがトラップや拠点設営に使われていたという話から、この階層でも誠司が同じようにあちこちに魔法のための術式を刻んでいる可能性は考えていた。


 流石にこの階層全体に仕掛けるのは労力的にも無理だろうとは思っていたが、それでもこの通路はアパゴを監禁している部屋に続く通路なのだ。

 となれば、アパゴが逃走したり戦闘に発展したときに備えて、脱出したアパゴが必ず通ることになるこの通路には、なんらかの仕掛けが施されている可能性は高いと思っていたし、それと合わせて使われるだろう先ほどの魔法についても、詩織からの情報ですでに頭の中に入っていた。


中崎誠司の習得する【構陣スキル】の収録技術、【発法陣】。

 その効力は、言ってしまえば投射した魔力の届く範囲内にある魔法的な仕掛けの強制発動だ。


 仕掛けられた魔法やその術式を、魔力を注ぎ込むことで強制的に発動させるこの魔技は、事前に仕掛けておいた術式を遠隔発動させることができると同時に、竜昇が先ほど仕掛けた【静雷撃】のようなトラップとしての側面が強い魔法を、自身が触れることなく炸裂させることであっさりと無力化することができてしまう。


 先ほど竜昇が床のタイルに仕込んだ【静雷撃】になんらかの理由で気づいたのか、それとも逃げる竜昇の足止めのために【加重域】の魔法を遠隔発動させただけなのかは不明だが、今の【発法陣】の効果によって先ほどの【静雷撃】はあっさりと無力化されてしまったと見た方がいい。


(――ったく、これであっさり感電して倒れてくれりゃこっちも楽だったんだがなぁ――!!)


 言いながら、竜昇は踏みしめたタイルの一つに再び【静雷撃】を発動させて、直後に【軽業スキル】の技能も合わせて通路の一点を避けるよう、壁に飛びつき蹴り飛ばすような形でその位置を踏破していく。


 先ほど【発法陣】の魔力が通り過ぎた際トラップが発動してしまったその位置を、竜昇は記憶を頼りに看破して、速度を落とすことなく回避し通り過ぎていく。


 先ほど走り出す際に【静雷撃】を用いてトラップを仕掛けていたのもこれが理由だ。

 もちろん、潜ませた電撃によってダメージを受けてくれるならそれでもよかったが、それ以上に重要だったのは誠司がこちらを追うために【発法陣】を使用しなければならない状況を作り出すことだった。


 今も竜昇は走りながら、踏みしめる床や触れる物品などに次々と電撃の魔法を仕掛け続けている。

 こうしておけば、誠司は逃げる竜昇を追いかけるにあたって、通路に仕掛けられた罠を解除するというひと手間をかけなければならなくなるし、罠の解除に魔力を割けば走る竜昇の足を止めるために使える魔力も多少なりとも少なくなる。


 加えて、一度でも【発法陣】を用いて広範囲のトラップを発動させてしまえば、その瞬間を目の当たりにする竜昇にはもうトラップの位置はまるわかりだ。

 流石に誠司の方も二度目以降はある程度範囲を絞って【発法陣】の魔力を投射してきているようだが、そうなると今度は竜昇をひっかけるようなトラップをうまく起動できず、結果的に竜昇の逃走を阻めない事態に陥っている。


(――見えた。後はこのまま、プールエリアまで出ることができれば――、ッ!!)


 通路の行く先、そこに見えてきたプールエリアへの扉を目にしてそう思った瞬間、背後から急速に魔力の気配が追いついて、ほぼ同時に走る竜昇の体に強烈な重圧がかけられる。


 意図に反して、前へとつんのめるように倒れる竜昇の体。

 これまでとは明らかに範囲が違う、通路全体にかなりの距離で重力場を発生させる、そんな魔力の気配を感じ取って――。


(【増幅思考(シンキングブースト)】――!!)


 とっさに竜昇は魔本の機能を発動させて、この状況に対処するための一瞬の高速思考能力を獲得していた。


「【光芒雷撃(レイボルト)】――発射(ファイア)ッ!!」


 即座に術式を起動させて二発の雷球を発生させ、直後に竜昇は感じ取った二か所の壁面、そこにある術式の気配目がけてそれぞれ光条を一直線に叩き込む。


 壁面の術式が削られ、即座に途絶える魔力の気配。

 同時に、体にかかる重圧が消えるのを感じ取って、竜昇は【軽業スキル】の技能を用いて床に手を突き、そのまま前方へと宙返りするような動きで体勢を立て直して、速度の低下を最小限に止める形でなんとかその場を踏破した。


 通路の入り口、外からは関係者以外立ち入り禁止の文字が見えるだろう扉に勢いよく飛びついて、それを開け放ちながら勢いよく竜昇は外へ出る。


(ここなら詩織さん達が向かった場所とも距離がある。広さのことを考えても、あの人とやり合うならこのあたりがベストか――、ッ!?)


 と、竜昇がそれだけ考えている間に、今しがた竜昇が飛び出してきた、開け放たれたままの扉の奥から黒い煙のようなものが噴出し、一部が天井方向へと昇りながら廊下への入り口付近に立ち込めていく。


 否、すでに竜昇自身が聞いている情報に照らして言うなら、薄黒い色をしたその煙は煤によってできた煙ではない。


 立ち込めるそれらの正体は極小サイズの水滴。それも単純な蒸気や霧ではない、通常ではありえない、地上付近に形成された魔法による黒雲だ。


(――これが、中崎誠司の習得する第三の魔法スキル――!!)


 【魔法スキル・火花】、【魔法スキル・重域】と並んで中崎誠司が習得する、そして恐らくは誠司が保有する手札の中でも最も厄介な魔法体系。


「これが話に聞く【黒雲(クラウディ)】……、【魔法スキル・黒雲】か……!!」


 そうして、噴出する黒雲に守られて、その雲の発生源である中崎誠司が一人歩いて現れる。

 もはや取り繕うこともない、竜昇に対する明確な敵意を滲ませながら。

 その手に持った巨大なパイプのような杖の先から、まるでたばこの煙でもふかすように、自身の武器であるどす黒い色の雲を生み出して。






 そうして、遠くの天井に暗雲が垂れ込めていく光景を目の当たりにしながら、今また二人の少女がプールエリアの片隅で対峙する。


 渡瀬詩織と馬車道瞳。

 共にパーティーメンバーを守護する役目を負った二人が、その騒乱の気配を察知して、不気味なほどの静寂の中で向かい合っていた。


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