169:見えてきたもの
「さて、こちらが現状持っているアパゴ関連の情報は今のところ以上な訳だけれど、そろそろ君の方で感じたことや気付いたことなどあったら聞かせてもらえないかな? こちらとしても、せっかくこちらで捕まえた情報源と引き合わせたんだ。それに見合う何らかの成果、新たに得られた情報なんかがあった方が、次の取り調べに君たちが参加するとなった時に、他の皆を説得しやすくなるんだけどね?」
一通り持ち物を調べ終わったころ、従業員通路を歩きながら、誠司がまるで交換条件でも求めるかのように、遠回しながらも竜昇に対してそう要求を突きつけてくる。
否、実際それはある種の交換条件ではあるのだろう。なにしろ先ほどのアパゴの取り調べは、肝心なところで中断を余儀なくされているのだ。次回の取り調べに参加したければわかったことを話せというのは、交換条件と言わないならばもはや脅迫以外の何者でもない。
「……」
正直に言ってしまえば、も取り調べを中断した張本人である誠司に、次の取り調べの参加権利を交渉材料としてちらつかされるというのは、流石の竜昇でも少々納得しがたい理不尽に感じるところはあった。
一応竜昇としても、あのタイミングでアパゴが正気を取り戻していた場合、二人だけでは抑えきれない危険性があったことは理解していた訳だが、それでもやはり取り調べを中断させた張本人に、その取り調べの続きを盾に脅されるというのは、さすがに感情として納得しがたい部分がある。
ただし、ここで見失ってはいけないのは、今日この場における竜昇達の目標は、あくまでも誠司たちに竜昇達が持つ情報を伝えていくことであるということだ。
アパゴがこちらの言葉をしゃべるという予想外の展開によって、本当に取り調べができてしまったこと見失いかけているところがあるが、竜昇達の目的はあくまでも誠司たちにこちらのことを理解させることなのであって、アパゴからの情報の取得自体はそのための場を整えるための口実に過ぎない。
そういう意味では、どんな意図であれ誠司の方からこちらの話を聞こうとしているこの状況は願ってもない好機ともいえるのだ。
そう思うことで、ひとまず竜昇は自身の中に湧き上がる赤黒い感情を苦労しながらも抑え込む。
「……ハァ……、新しい情報、感じたこと、ですか……」
変に勘繰られないようしっかりと不快感も表情に出しながら、同時に竜昇は頭の中で先ほど得たばかりの情報を整理する。
幸い、と言っていいのか、今回は情報を聞き出したその場に誠司もいたため、聞き出せた情報は誠司も知っているものばかりだ。
その点、求められているのが情報ではなく分析であるというこの状況は、根拠となる情報そのものを疑われることがない分どちらかと言えば楽な部類だと言っていい。
「……やはり、一番の収穫は例の【神造物】について話が聞けたことですね。あれに関しては出現したときからずっと、保有する機能以外ほとんど何もわからないままでしたから」
「【神造物】、か……。君たちがあの【始祖の石刃】なる【神造物】を手に入れたのは、確か第一層のボスドロップでのことだったね。
……ふむ。さっきの話では、【神造物】は神とやらが人を導くために、【神問官】なる存在による試練を介して人に渡されるもの、という話だったか……」
竜昇の振った話題に対して、誠司は共に通路を歩きながらも、あごに手をやってそう会話に応じてくる。
「状況的に考えて、君達が戦ったという第一層のボスがその【神問官】なる存在で、試練というのはそのボスとの戦闘のことだったと見るべきなんだろうか? だとするなら、このビルの裏にいるゲームマスターこそが、その神様ということになるように思うけど……」
「……いえ、それは、どうなんでしょう……? 確かに、【神造物】である石刃がドロップしたことを思えば、あのアパゴという男が言うところの【神問官】はその時戦ったボスということになりますが、どうにもそれだとこのビルのシステムと、その神様の話がかみ合わなくなって来るように思えます」
なにぶん“神”が絡む話であるがゆえに、アパゴの話はどこまでそれを信じればいいのか不透明な部分があるが、それでも【神造物】なる物品が実際に存在している以上、それらを生み出すことができる存在と、そしてそれをもたらす存在がいるのは、まあ間違いないとみていいのだろう。
だが気になるのは、アパゴが語る神なる存在と、この【不問ビル】を支配しているだろうゲームマスターのやり口が、どうにも竜昇の中でイメージとして重なってこないという点だ。
【神造物】を用いて人を導くとされている神様に対し、【不問ビル】のゲームマスターは本来導くべき存在であるはずのアパゴ達と、むしろ敵対するような姿勢を見せている。
加えて【神問官】なる存在と疑われるボスたちの中で、しかし実際に【神造物】とされる物品を落としたものが一体しかいないというのもまたアパゴの話とは矛盾する点だ。
……否。
もしも今竜昇の中に、『神=ゲームマスター』というその図式に決定的な違和感を覚えている理由があるとすれば、それは恐らくこのビルを支配しているだろう【ゲームマスター】が、【神造物】の存在を徹底して無視し続けているというその点だ。
アパゴの言うことが正しければ、【神造物】の生みの親であるはずの【神様】が、まるで自身の作品を蔑ろにするかの如く、解析アプリでも【神造物】という名称以外表示されないように設定し、ビルのシステムの外に置いているということになってしまう。
それは決定的なものとは言えないのかもしれないが、しかしどうしても竜昇の中で気持ち悪く思えて仕方がない矛盾だ。
言葉にするなら、断片的に入って来る情報、それらから想像できる人物像やスタンスに、食い違いが見られるとでも言えばいいのか。
何はともあれ、どうにも竜昇には、『神=ゲームマスター』というその図式が、どこまでも気持ちの悪いちぐはぐなものに思えて納得できない。
「――あと、気になったと言うなら、あのアパゴという男が普通にこちらの言葉を話せるようになっていたことがやはり気になりましたね。
昨日目撃していた二人の話では、アパゴもこれまでの二人同様、俺達の知らない未知の言葉を使っていたはずなのに……。
状況的に見て精神干渉を受けた影響で使えるようになったと見るのが妥当ですけど、そうなって来ると今度はなんでわざわざ敵対させようとしている相手と会話できるようにしたのかがわからない」
「会話ができるようになった理由、か……。それだったら少しわかるような気がするな」
「え――? わかるんですか?」
予想外の言葉に思わず問い返してしまった竜昇に対して、誠司の方も少し話すかどうかを思案する様子を見せる。
あるいはその答えすらもこちらとの交渉材料に使うつもりかと警戒した竜昇だったが、しかしどうやら結局話すことに決めたのらしく、誠司は思いのほかあっさりとその答えを口にした。
「いや、わかるというよりも、これはただの推測、もっと言えばただの勘繰りなんだけどね……。何のことはない、僕はその理由は、要はただのミスなんじゃないかと思ってるんだよ」
「ミス、ですか? けど、果たしてただのミスで未知の言葉が使えるようになったりするでしょうか?」
「なるさ。何しろミスといったってその種類はいろいろある。例えばミスの種類が消し忘れ……、本来消去するはずだった余計なデータを消し忘れたとか、そういう類のものだったならば……。
ゲームマスターが本来想定していなかった、敵対勢力である【決戦二十七士】に僕らの言語情報が渡ってしまうという、そんな事態も起こりうるんじゃないだろうか?」
「消し忘れ、ですか……?」
「うん……。要するにさ、使いまわしなんじゃないかと思うんだよ。
本来は別の人間に使うために用意した設定や記憶だったのに、それをこの階層のギミックとして取り入れるにあたってそのまま使いまわしてしまった。だから本来伝えるつもりじゃなかったはずの、言語のデータまでもがあのアパゴという男の中に植え付けられてしまった。
そう考えれば、敵対させたいはずの【決戦二十七士】に、僕らの使う言語を習得させてしまったという矛盾にも、ある程度説明がつくんじゃないかな?」
「使い、まわしって……!!」
自身の中になかった、これまで考えてもみなかったようなその発想に、思わず竜昇はそれを飲みこみ切れずに手で誠司を制して待ったをかける。
『いくらなんでも』、『そんな馬鹿げた理由で……』と否定するような感情がいくつもわいてくるが、しかし言われてみれば確かにそれは簡単には否定できない可能性だった。
否、それどころか。
データの使いまわしや、その内容を消し忘れたことによる弊害という可能性を提示されて、どこか竜昇の中には、それに納得してしまっている部分が存在している。
なによりも、しっくりきてしまうのだ。
これまで見て来た、このビルのゲームシステムの粗や杜撰さのようなものについて、このビルを支配しているのが『そういう相手』なのだと考えたほうが。
「そう、使いまわし」
そうして、新たに提示されたその考えに動揺する竜昇に気を良くしたのか、誠司はまるでもう一歩踏み込むかのようにそう言葉を紡ぐ。
語られるのは、恐らく彼がここに来るまでの間に自身の中で形成していったのだろう、竜昇とはまた違った視点からのこのビルへの分析。
「ついでに言うなら、この『使いまわし』というのはビルの中のシステム全般にも言えることなんじゃないかと僕は考えている。というよりも、そう思っていたからこそ、彼と言葉が通じるようになったその理由も同じなんじゃないかと、そう考えることができたというべきか……」
「この不問ビルのシステムそのものが、なにか別のものの使いまわしだって言うんですか……?」
「厳密には、使いまわしというよりも応用かな。あるいは転用と言ってもいいかもしれない。
最初からゲームを作ることを目的に素材を用意したんじゃなくて、本来は別の用途、目的のために使うはずだったいくつかの要素を、必要に迫られて組み合わせて、それを無理やりゲームっぽい形に整えた。
僕はこのビルのゲームのことを、おおまかにそんな感じの経緯で作られたものなんじゃないかとにらんでいるんだよ。もっとも、その『いくつかの要素』って奴が、魔法の一種なのか、さっきから話題に出ている【神造物】なのか、それとも神様とやらが起こす奇跡の類なのかは定かではないけれどね」
「いくつかの、本来は別の用途があったはずのモノの、組み合わせ……」
「そう。だからこのゲームは、やたらと手の込んだ造りになっているように見えて、そこかしこの細かいところで『粗』が目立つ。まあ、そもそも、こんな命がけのゲームでデバックなんかできる訳もないから、そのあたりの事情も理由としてはあるにはあるんだろうけどね……」
「なるほど……」
その『粗』という言葉には、どこか竜昇自身頷けるところがあった。
あるいは竜昇自身がずっと気にかかっていた、【ゲームマスター】側のプレイヤー達への無関心さもその一つと考えてもいいのかもしれない。
それは恐らく、このビルを竜昇達以上に、真っ当なゲームと同じように攻略して来たからこそ感じられた差異だったのだろう。
言ってしまえば、ゲームマスターには自身の作ったこのビルのゲームに対する愛がないのだ。
より優れたものを作ろうとか、傑作を作ろうという意思が一切無い。
ただ必要になったからというだけの理由でこのビルのシステムを組み上げて、そんな経緯で作られているからこそ、自身の作品を実際にプレイすることになる、竜昇達プレイヤーの存在にもほとんど興味を持っていない。
そう考えれば、誠司の唱える『なにがしかの使いまわし』という仮説も一定の信憑性を帯びてくる。
なによりも、この製作者のそのこだわりの無さこそが、そのくらいのことはやるだろうという、そんな感覚を竜昇達に抱かせる。
「――ああ、それとね。ゲームを構成する要素と言うなら、さっき話を聞いていてもう一つ思いついたことがあったんだ」
「思いついたこと?」
「ああ。他ならぬ【神造物】について、ね。もしかすると僕らは、君達に見せられたあの石器意外にも実際に神造物を見ているかもしれない」
「なんですって……?」
その発言は、竜昇にしてみても到底聞き逃せない類のものだった。
なにしろ【神造物】とそれについての情報は、現状竜昇の中であるいは一番重要度が高いかもしれない事柄である。
仮に【神造物】がこのビルのゲームシステムの外にある代物なのだとすれば、それはすなわちビルのシステムそのものに穴をあけられるかもしれないということになって来るのだ。
もちろん、具体的にどんな物品をどう使えばそんな状況に持って行けるのか、竜昇自身具体的なビジョンがあるというわけではないのだが、それでも物品が持つ意味合いという点において、現状【神造物】は通常のマジックアイテムやスキルの類よりもはるかに高い価値を持っていると言える。
「まあ、とはいっても君も知っているものなんだけどね。
――なあ互情君、武具や工芸品、音楽や絵画以外に、芸術品と言えばいったい何があると思う?」
「芸術品、ですか? ぱっと思いつくのと言えば、彫刻とか書道の書物、あとは舞台とかみたいな芸能系も含まれるんじゃないかと思いますけど」
「ああ、そうだね。けど君は肝心なものを忘れている。それも絵画や彫刻、一部の道具類なんかと同じで、歴史上最古の時代から存在していた、由緒正しき芸術の一分野を」
「肝心なもの……?」
「――建物、だよ。つまり建築さ。
さっきのあの男の、【神造武装】や【神造曲】みたいな言い回しを借りるなら、定めし呼び名は【神造建築】と言ったところだろう。
そして建築物というのなら、すでに僕たちはまさしく神が奇跡を起こして作ったような建物をすでに目にしている」
「――ッ!! 【不問ビル】……!!」
言われてみれば、確かに今竜昇達がいるこの【不問ビル】が、【神造物】の一種なのではないかというその予想には、竜昇自身納得できるものがあった。
外観とそぐわない内部の広さなど、ビルの持つ規格外の能力が『神の奇跡』で説明できてしまうという乱暴な理屈もさることながら、一番納得がいくのは【隠纏】も含めたあらゆる魔力を音として察知できる詩織が、ビルの出現についてだけは全くその気配を察知できなかったという点だ。
竜昇が知る限りにおいて、【神造物】というものはその機能の使用に一切の魔力を使用しない。
一応静の【始祖の石刃】から変じた武器、【磁引の十手】や【加重の小太刀】、【応法の断罪剣】と言ったものの使用には魔力を使用するが、肝心のそれらへの石刃からの変化や、【苦も無き繁栄】の増殖能力の使用には一切の魔力を使用していないのだ。
もしも【神造物】の各機能が、その使用に際して魔力を必要としないものなのだとすれば、確かに竜昇の知る【神造物】と【不問ビル】の間には一定の共通項があることになる。
(――けど、もしそうだとして、もしもこの【不問ビル】が【神造物】の一種なのだとして、だとしたらそれはいったい何を意味することになるんだ……?もしも【不問ビル】が【神造物】なのだとするならば、じゃあゲームマスターは、ビルの持ち主はいったい何者ということなんだ……?)
先ほどのアパゴの話の中に出て来た、【神造物】に関わる三つの立場の存在のことが頭をよぎる。
【神造物】の制作者たる【神】。
【神造物】を人へともたらすべく試練を課す【神問官】。
そしてその【神問官】によって選ばれる、【神造物】の持ち主となる者の三者。
だがもしもこの【不問ビル】が【神造物】なのだとするならば、ではそれを支配するゲームマスターとはこの三つのうちどれにあたる存在なのだろうか。
しばし考えて、しかし竜昇はすぐに『現状では答えが出せない』という、そんなどうしようもない結論へと行き当たる。
この上は誠司の見解も聞いてみようと、そんな考えの元背後を歩く誠司の方へと振り返って――。
――そして気が付いた。
竜昇のすぐ後ろ、共に通路を進んでいたはずの誠司が一所に立ち止まって、その瞳が虚空を見つめる形で大きく見開かれていることに。
まるでここではないどこかを見つめて、その光景に驚き、固まってしまっているかのようなその様子に。
彼が見せるその反応、それが意味するものに竜昇が気付くのにかかった時間は、――ほんの一瞬。
「――ッ!!」
(――時間切れか――!!)
慌てたようにこちらへと右手を向けた誠司に対し、竜昇が同じように右手を差し向け、お互いほぼ同時に自身の魔法を発動させる。
「――【雷撃】」
「――【初雷】」
二つの魔法が同時に発動し、それを合図にあまりにも唐突に、二人の少年の間でその戦端が開かれる。
本人たちにとってだけは、まったく唐突なものではなかったかのように。
まるでその戦いが、ずっと前から約束されていたものだったかのように。




