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16:有り得なかったはずの光景

 巨大大名が駕籠を振り上げたその瞬間、竜昇たちは目配せすらせず、一目散にその場から逃げ出していた。

 竜昇も足にはそれなりの自信があるが、静も静で運動部であっただけに相当に足が速い。

 二人がそろって大名の攻撃圏内から逃れたその瞬間、背後から巨大な破砕音と地響きが竜昇たちの元へと届き、そのバカバカしいまでの破壊力をたっぷりと竜昇たちへと見せつけてくる。


「ふざっけんな、なんだアレ。いきなりなんでサイクロプスみたいなのが現れてんだよ!!」


 三メートルを超える巨大な体。頭部中央で輝く赤い核がまるで一つ目のように見え、力任せに武器を振り下ろすその姿はまるで神話の巨人に見える。

 これまでの敵たちが人に近かったことも相まって、今回の相手の異常性が余計に際立って見えていた。


 これはもうこのまま逃げた方がいいのではないかと、そんな思考が頭をよぎるが、しかし直後にそんな弱気は隣を走る静によってあっさりと放棄させられた。


「――互情さん、シールドです!!」


「――のわッ!?」


 横から体当たりするように静に突き飛ばされ、その反動で静が竜昇から離れていくのを視認したその直後、まるで二人の間に割って入るように、オーラに包まれた巨大な駕籠が叩き付けられ、竜昇たちがさっきまで踏みしめていた床を粉々に粉砕した。


「シールドォォォォッ!!」


 間一髪、静に言われた通りに【守護障壁(シールド)】を発動させて、まるで散弾銃のように飛んでくるコンクリートの破片を半透明の盾で受け止める。

 シールド越しに感じるそれらの威力は、一発だけでも先ほど受けた鉄砲の弾丸と同等以上。当然突き飛ばされたばかりの不安定な体勢でそれらを受けきれるわけもなく、竜昇はあっさりとバランスを崩して背後の家屋へと、戸板を突き破る形で突っ込んだ。


(まずい――!!)


 当然、そんな派手な転倒を巨大大名が見逃すはずもない。戸板を破る音を聞きつけた大名が竜昇の方へと視線を移し、手にした棍棒代わりの駕籠を再び振り上げようとして――。


「これは残念」


 背後に回り、不意を討つように静が投擲した電撃仕込の投石を、手にした駕籠の中央、人が入る箱の部分を盾にして受け止めた。

 当然のように【静雷撃(サイレントボルト)】の魔法が炸裂するが、駕籠が纏う黄色いオーラに阻まれたのか、大名自身にはまるで効果を現した様子が無い。

 それどころか、受け止めた直後には駕籠を振りかぶり、横薙ぎの一閃で静を薙ぎ払うべく動き出している。


「――小原さん!!」


 それに対して、竜昇も自身の魔法をどうにか静への援護に間に合わせた。

 竜昇の右手から雷撃(ショックボルト)の閃光が大名目がけて襲い掛かり、それを察知した大名がまたも振り向きざまに駕籠を構えてそれを防御する。


(なんでこのタイミングで合わせられんだよ――!!)


 毒づきながらも、竜昇は再び大名に背を向け、とにかく距離をとるべく走り出す。

 見れば、静も同じことを考えていたようで大名の背後から同じ方向へと逃げだしていた。


 当然、それに気づかない大名ではない。距離の近い静を背後から襲撃するべくその巨大な一歩を踏み出そうとして――。


 ――直後に『バチィッ』という電撃の炸裂音があたりに響いて、大名の巨体がよろめいて、たまらずその場に膝をついた。


「――今のは!?」


「【静雷撃(サイレントボルト)】の石を足元に撒いておきました。まきびしの代わりになるかと思いまして」


 竜昇の疑問に、追いついて来て合流した静があっさりとそう告げてくる。

 どうやら攻防のさなかに隙を見て、ウェストポーチの中に入れていた小石を周囲にバラ撒いていたらしい。


「とりあえず電撃が効かないわけではないことはハッキリしましたが、うまくないですね」


「ああ。どういうスキル構成してんのかわからんが、こっちの攻撃に的確に対応してきやがる」


 先ほど交戦した僧侶が【護法スキル】のカードを落としたことなどから、竜昇たちは、ここで遭遇する敵たちもスキルによってその能力を設定されているのではないかと予想を立てていた。

 それにのっとって考えるのならば、この大名は恐らくは近接戦形のスキルを保有しているのだろう。それが【棍棒スキル】なのか【剣術スキル】なのか、はたまたそれ以外のどんなスキルなのかは推測もできないが、少なくともあの対応能力ならば何らかの近接戦スキルを持っていることは想像に難くない。

 あの全身と駕籠を包む二色のオーラがそのスキルに類するものなのか、あるいはまったく別のスキルを保有しているのかも推測するしかないが、これまでの相手の動きによって、少なくともこの大名がどんな戦術でこちらを亡き者にするつもりなのかは大体推し量ることができた。


「厄介ですね。リーチとパワーによる力押し。今の私たちにとって、天敵と言ってもいい相手です」


 自身の握る十手にわずかに視線を向けながら、静はそう言って変わらぬ表情で大名の様子を観察する。

 実際、ここまで力押しの相手というのは竜昇達、というよりも静にとっては最悪の相性と言っていい相手だった。

 基本的に静のとる戦術は、相手の攻撃を回避し、生まれた隙をついて核を狙う、一撃必殺の急所狙いの戦法で成り立っている。

 ところがこの敵は、リーチと攻撃範囲が広すぎるためそもそも攻撃の回避そのものが難しい。いかに静と言えど、あれほど大きいものを振り回されては完全に回避することは不可能だ。

 では十手で受け止めるという戦術はどうかと聞かれれば、こちらについてはもはや考えるまでもない。どんな経緯でそうなったのかはわからないが、相手は建物を抉りながら、さらにシールドを張った静を空高く打ち上げるような怪物である。そんな馬鹿力を受け止めることなどできるわけがないし、仮にできたとしても電撃が相手に届かない以上受け止めることそれ自体に意味がない。


「それともう一つ、あの敵の核の場所も問題です」


「核の場所?」


「ええ。あの敵、お殿様というだけあって頭が高すぎます。あんな高さに核があっては、そもそもこちらの武器が届きません」


「――!!」


 静の指摘に、竜昇は今さらのようにその問題を認識する。

 確かに言われてみれば、この巨大な大名の核の位置は大名の頭部だ。位置という意味ならばこれまでの敵と同じだが、この大名についてはその身長が三メートル近くある。それどころか、膝をついた今の状態でさえ思い切り手を伸ばして届くか届かないかという高さなのだ。

 これではいかに静と言えども、近づいたところでそうやすやすとは狙えない。立ち回りのセンスこそ超人的なものがある静だが、その身体能力は決して常人の域を超えているわけではないのだ。まさか頭があるあの場所まで、軽々と飛び上がるような真似ができるはずもない。


「となると魔法か投擲で狙い撃つ……、のもあいつ相手じゃ難しいか。今みたいに膝をつかせるだけじゃなく、転ばせたりすればなんとか可能性はあるか……?」


「それにしたところで、そもそも攻撃が通らないのではどうしようもありません。あの駕籠を盾にする防御を何とかしなくては……、いえ」


 と、言葉の途中で静の言葉が途切れ、その視線が何かを観察するようにわずかに細く変わる。

 見れば、電撃のショックから立ち直ったのか、すでに大名は両足で地面を踏みしめ、立ち上がるところだった。

 もはや一刻の猶予もないという状況だったが、気になったのは大名が武器として握る巨大な大名駕籠の状態だ。


「オーラが、消えかけてる?」


「互情さん、魔法の準備をしてください。一つ私に考えが有ります」


 唐突にそう言って、静が腰に付けたウェストポーチの中から電撃仕込の小石を次々に取り出し投擲の構えをとる。

 いったい何を考えているのかと、そう問いたいのはやまやまだったが、しかし敵である大名がそんな猶予を与えてくれるはずもない。

 すでに大名は駕籠を杖の代わりにして立ちあがり、今にもこちらに突っ込んで来ようと態勢を立て直している。

 もはや迷う暇も、議論の余地も残されてはいない。

 大名が再びその一歩を踏み出すのと、竜昇たちが迎撃の構えをとるのは、ほぼ同時のことだった。


「【雷撃(ショックボルト)】――!!」


 放たれた雷光を、大名がまたも駕籠の箱部分で受け止める。さらに直後に静が投擲した石も同じく箱部分で叩き落とし、石に込められた電撃の炸裂をその駕籠に纏わせたオーラで阻害する。


「――っ、駄目か」


「いえ、行けそうです。そのまま撃ち続けてください互情さん」


「そのままって――!?」


 目の前で電撃仕込の投石を続ける静と、その投石を駕籠で防御する大名の両方に視線を走らせて、竜昇は思わず静の指示に反論しそうになる。

 実際現状は、どう見ても早く逃げた方がいい状況だ。こちらの攻撃は全く通る気配がないし、相手とこちらの距離は着実に狭まりつつある。

 だが――。


「早く、撃ってください互情さん」


「――ッ!!」


 静からの呼びかけに、竜昇は気付けば魔法の術式を組み上げていた。

 右腕から電撃を放出し、防御する大名の駕籠へと直撃させる。


「もっとです。互情さん」


 二発目を討った段階で、静の狙いが漠然とだが見えて来た。

 雷撃(ショックボルト)と電撃投石、それらの攻撃を受け止め続けた駕籠のオーラが、徐々にだが薄れて規模を小さくしているのだ。

 本来は武器ですらない駕籠をあれだけ叩きつけても破損させずにいるという時点で、あのオーラの効果はなるほどたいしたものだったが、しかしやはりその能力とて無敵というわけではなかったのだ。

 恐らくこちらからの攻撃を受けることで、あるいは周囲に叩き付けるなどして武器として使えば使うほど、オーラの方もダメージを受けて消耗していくのだろう。となれば、連続で攻撃を続けていればいずれはあのオーラの防御も崩れ落ちて、こちらの攻撃もあの大名に届くことになる。


(――くそ、でもこれじゃ……!!)


 だがそれを狙うには、竜昇では圧倒的に連射の速度が足りない。

 いかにオーラが攻撃回数による力押しで削り切れるとは言っても、肝心の攻撃回数と連射速度が足りなければその作戦実行は不可能だ。仮にオーラの全てをはがし取れたとしても、こちらが攻撃する前に敵が再びオーラをかけなおしてしまえばそれまでだ。


(もっと、もっとだ――)


 電撃を放つ。同じ術式を頭に思い浮かべて、すぐさま次の魔法を発動させる。

 竜昇が連続で魔法を放つ合間に静も【静雷撃(サイレントボルト)】仕込みの投石を続けているが、敵のオーラは今だ健在で相手もこちらへ進む足を止める様子はない。

 むしろこちらの攻撃を防御しながらも着実に、こちらとの距離を詰めてきている。


(もっとだ、もっと早く組み上げろ――)


 同じ魔法を何度も連続で行使しながら、竜昇は意識を集中させ、自身の術式構築に全神経を振り絞る。

 このビルにおける魔法行使というものは、決してゲーム的、あるいはシステム的な詠唱時間のようなものに縛られているわけではない。術式の処理速度はあくまで使う人間の思考速度と技量の問題だ。

 そしてこのビルに入ってから、この魔法という技術を竜昇は何度も使用してきた。たった数時間のうちにだが、それでも知識はすでに頭の中にあったし、何度も実際に使ったことで慣れのようなものも覚え始めている。

 ならばできるはずだ。何度も使い続けてきた今ならできないはずがない。

 無駄な思考をそぎ落とした術式処理が、使い慣れていなかったこれまでとは違う、最速と言っていい魔法行使が。


(術式処理――完了――!!)


 大名がこちらを間合いに収めるまであと数歩。静の投石を撃ち払い、敵が今にも攻撃に転じようというそのタイミングに、竜昇はギリギリで己の魔法発動を間に合わせる。


「――【雷撃(ショックボルト)】」


 放たれる閃光。竜昇の魔法発動周期を見切って駕籠を振りかぶろうとしていた大名が、とっさに足を止めてその場で電撃を受け止める。

 迸る雷が攻撃に転じようとしていた大名の出鼻をくじき、構えられた駕籠の表面を駆け巡って、その表面を覆うオーラをたっぷりと削り取った。


 ――そして、その瞬間。


「十分です、互情さん」


「――え?」


 そんな一言を残して、竜昇の隣にいた静もまた動き出していた。

 十手を握ったまま迷うそぶりすら見せずに走り出し。すでに目前へと迫っていた大名の元へと自分から一気に距離を詰める。


 竜昇が止める暇もない。気が付いた時には、すでに静はもう大名の間合いの内へと入り込んでいた。


「なっ――、馬鹿な、小原さん――!!」


 静の予想外の行動に、竜昇はその場で強烈な焦燥に襲われる。

 相手のオーラを削り取ることの意味は理解できる。こちらの電撃を防いでいるのは恐らくあのオーラの存在だ。あれを全部はがし取ってしまえれば、駕籠に充てるだけでも相手を感電させ、動きを止められる公算が高くなる。


 だが一方で自分から距離を詰めたというのはどういうことなのか。少なくとも竜昇が見た限りでは、静の選択は明らかな愚策だった。たとえオーラの駕籠が失われていたとしても、敵の獲物は超重量の大名駕籠。それに何より最悪なことに、敵の駕籠のオーラは薄れてはいるもののまだ完全に消え切っていない。


「止めろ小原さんッ!! 戻って距離を――!!」


 慌てた竜昇が必死の思いで叫ぶが、もはや二人の攻防は止まらない。

 静が電撃投石を投げ放ち、大名がそれを駕籠で防御する。静の目算ではその段階で大名が感電し、動きが止まるはずだったのかもしれないが、見えるか見えないかというギリギリの量でまだ駕籠を覆っていたオーラが、その消失をもってして大名の感電を阻害した。

 そしてそうなってしまったら、静に迫る大名駕籠を阻むものなど、もう何も存在していない。


「小原さ――、ッ!!」


 竜昇が反射的に目を閉じたその瞬間、激しい激突音と破砕音がして竜昇たちの左にあったジオラマの、その出入り口となる戸板がはじけ飛ぶ。

 まるで何かが猛烈な勢いで衝突したかのように。まるで駕籠によって殴りつけられた何かが、そのままの勢いで撃ち込まれでもしたように。


「……お、はら、さ――」


 なにが起きたのかはすぐにわかった。大名の圧倒的怪力、そして超重量の駕籠の一撃をまともに受けた静が、そのまま横にあったジオラマへとその身を文字通り叩き込まれたのだ。

 そしてそんな一撃を体で受けて、無事でいられる人間などいるはずもない。


「――小原さんッ!!」


 静の身に起きたであろうことを想像し、慌てて竜昇は静がいると思しきジオラマの方へと走り寄る。

 彼女が受けた攻撃を考えれば生きているかどうかも怪しい状況だったが、それでも竜昇の体は彼女の無事を確認しようと動いていた。

 そしてそんな行動ですら、この大名の前ではまた致命的。


「――あ」


 気付けば駆け寄ろうとする竜昇の目の前に、巨大な大名がその巨体に似合わぬ速力であっさりと距離を詰めている。


(しまった――)


 大名が駕籠を振り上げる。

 この時点でその一撃を回避するにはもう遅い。

 もはや逃れ得ない死の予感に体がすくむ。圧倒的な死を前にして、竜昇はもはや動くことすら敵わない。ただその視線だけが振り上げられた大名の右腕の先、己を叩き潰すだろう駕籠の動きを追いかけて――。


「――え?」


 そうして気が付いた。

 振り上げられた大名駕籠の、いつの間にか引き戸の消失した出入り口、そこから身を乗り出す人影の存在に。

 つい今しがた、大名の怪力による迎撃をその身に受けて、無残にも家屋へと叩き込まれたはずの小原静が、あろうことか“駕籠の中から”、真下の大名目がけて飛び掛かる、そんな有り得なかったはずの光景に。


互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:8

  雷撃(ショックボルト)

  静雷撃(サイレントボルト)

 護法スキル:4

守護障壁

探査波動

装備

 再生育の竹槍



小原静

スキル

 投擲スキル:3

  投擲の心得

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ


保有アイテム

 雷の魔導書


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