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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第五層 安寧強授のウォーターパーク
153/327

152:力の戦い

 あけましておめでとうございまず。

 今年も本作品をよろしくお願いいたします。

 いっそ唖然とさせられる、そんな状況だった。

 鋼鉄でできた召喚獣を、オーラ系の魔力で強化した肉体ひとつで殴り砕くという、酷く力任せの戦闘を見たその直後に、今度はそれを上回る力任せの破壊が猛烈な勢いで降ってきた。


 恐らく現状を端的に言語化するとそんな状況になるのだろう。外見的には砂浜に見える、ウォーターパークの一画を派手に叩き割って見せたその戦闘の様子を隠れて見ながら、静は直後に見えたその光景に密かに嘆息する。

 驚きとあきれ故、というわけではない。静が息一つついたのは、もっと単純な安堵の感情故だ。


(よかった。まさか捕らえる前にまた死なれてしまったかと思いました)


 上空から落ちてきた馬車道瞳、その彼女が着地したその場所からわずかに離れたその場所に、直前に跳び退き、難を逃れたアパゴが油断の一切ない表情で拳を構えている。


 普通に考えれば、静がその様子にここまで安堵するような、そんな理由などありはしない。

 瞳の強襲は確かに唐突ではあったが、しかし彼女自身の雄叫びと直前に感じた強烈な魔力の気配によってその攻撃の存在はバレバレで、狙われた側であるアパゴの方にも攻撃をかわす余裕も、下手をすれば反撃を狙う余裕も十分にあったはずだからだ。


 にもかかわらず、静が一瞬、アパゴがこのまま殺害されてしまうのではないかと危ぶんだその理由は、斧が降り下ろされるその寸前、アパゴが退避しようとしたそのタイミングで、しかし彼の体が一瞬膝をつくように沈みかけているのが見えたからだ。

 それが彼の負傷ゆえの状態だったのか、あるいはほかのなんらかの要因によるものだったのかは定かではないが、しかし少なくとも、その瞬間に起きていたわずかな変化を、静は見逃していなかった。


「……ヘェ、ずいぶんとうまく避けたね、おじさん。話にハ聞いてたけど、やっぱり強いンだ」


 隠れ潜む静達が見守る中、その攻撃を行った当の本人が、何やら違和感の混じる声の調子でそう言葉を投げかける。

 その声は間違いなく、静達よりも一つ年上だという少女のもので、声質も間違いなく聞き覚えのある彼女のものなのだが、しかしただ一点、立ち込める粉塵の向こうに見える、その声を発した人物のシルエットだけは、明らかに静が見たことのある彼女のものとは大きく違っていた。


 否、暗い中であった故にはっきりと目にしたことがなかったというだけで、静がこの姿を見るのは実のところ初めてではない。むしろシルエットというのであれば、静は一度その姿を目撃している


「……なるほど、昨晩戦った時、姿が大きく見えたのはそういう状態だったわけですか」


 粉塵が晴れて、周囲が明るいこの場所でその姿が見えればはっきりとわかる。本来ならば静とそう変わらない、細身の少女だったはずの馬車道瞳の体が、しかし今はその全身に赤い半透明の、繊維質な魔力の束を幾重にも纏い、その上にさらに白い骨のような質感の装甲を重ねられたことで、そのシルエットを倍以上の太さに膨れ上がらせていることが。


 先ほどと最初の晩、彼女のシルエットが膨れ上がって見えていたのもそれが原因だろう。

単純な装甲とも違う、繊維質な魔力を筋肉のように纏っているという肉体的な鎧。

なるほどそんなものを纏っていれば、シルエットだけを見た際に彼女の肉体そのものが膨らんだような印象を受けたのも無理からぬことだ。


「……あれは【着装筋繊(ドレッシングサルコレマ)】だよ。自分の体を魔力で作った仮想の筋肉や骨格で包み込んで、普段の何倍ものパワーを発揮できるようにするって言う、瞳の魔法」


「――、そんな魔法が、いえ、そういえば上の層で戦った囚われのお姫様も、似たような魔法を使っていましたね」


 今にして思えば、上の層でお姫様と遭遇したあの時も、詩織は敵の使う魔法の性質を随分と詳しく察知していたように思う。あの時は疑問に思うことはなかったが、しかしどうやらあの時詩織が敵の使う魔法を看破できたのは、事前にこの【着装筋繊(ドレッシングサルコレマ)】という似通った魔法の存在を見知っていたからだったらしい。

 その時のことを思い出し、同時に詩織が語っていた魔法の情報を改めて記憶から引き出し口にする。


「確か、召喚魔法を応用した強化外骨格の魔法、という話でしたか……。上の層のお姫様の場合は、瞳さんのものよりも若干実体として不確かだった覚えがありますが……」


「――うん。ヒトミには【怪力スキル】って言う、自分のパワーを強化してそれを使うスキルがあって、あれはその強化技、というか魔法の一つ」


 と、静達がそんな会話を交わす間に、当の瞳は砕けた床から己の得物を引き抜き、その手の中で重さを感じさせない勢いで振り回す。

 否、それは到底引き抜いたなどとは言えない。なぜなら、引き抜くも何も、彼女が使っていたバルディッシュと呼ばれる大斧は、しかしその刀の部分が完全に砕けて、ただの金属製の棒へと変わってしまっていたのだから。

 否、それは、変わったというよりも戻ったというべきなのか。

 魔力でできた刀身が消えて、ただの棒、あるいは棍とでもいうべき形へと変わったその武器を片手で軽々と振り回し、瞳はその先端をアパゴ目がけて突きつける。


「まったクさあ、うちの可愛い『ワンコ』達ヲミんなバラバラにしちャってさぁ……。犬好きの私とシては黙ってられないんダけど、そこんところドうなの?」


 どこか言葉に違和感のある口調で呟いて、アパゴに対して明確に敵意をむき出しにしながら、瞳はそう問いかける。

 隠れて聞いている静としては、魔力を用いて作る即席の召喚獣、しかもかなり物騒な存在である刀剣の犬に対してそこまで感情移入していることについてもいろいろと言いたいことはあったが、しかしそれ以上に問題だと感じたのは今彼女がみなぎらせている敵意についてだ。

 先ほどら見ていても、どうにも瞳には相手に対して手加減しなくてはならないという意識が見られない。

 それどころか、彼女が先ほどから見せているのは、明らかに相手を殺しかねないそんな勢いだ。


 もちろん、相手が強敵であることを鑑みれば、手を抜いて戦って返り討ちに合うよりははるかにましなのだが、しかし瞳の様子からはそうした用心とはまた違った、明確なまでの相手への殺意のようなものが垣間見えている。


「ああ、そうイえば言葉が通じないんだっけ……。うーん、ホントにそんな人捕まエて意味あるのかな……? ああ、もウ、めんどくサいな、メんどくさいな……。まア、セイジが捕まえろっテ言うなら捕まエるんだケど……」


 ブツブツとボヤキながら両手で棍を構え直し、同時に魔力の筋肉に全身を包まれた瞳の体が、さらに赤いオーラを纏ってその輝きによって燃え上がる。

 静が知るよりもそれは激しい外見だったが、しかしそのオーラの色と感じる魔力の感覚は、静自身、明らかによく知っているものだった。


「あれは、【剛纏】ですか……?」


「厳密には違う、かな。あれは【筋骨隆々(マッスルヒート)】って言う、やっぱり【怪力スキル】の技。音はかなり似通ってるから、似通った技なんだとは思うけど……」


「あれも肉体強化の技、ということですか」


と、静がそんな分析を口にしたその直後、瞳の姿が掻き消えて、瞬時にアパゴにその鉄棍が届く位置まで一気に距離を詰めていた。

 同時に、棍の先端に細長い槍の穂先が新たに展開されて、一瞬のうちに棍から槍へと変わったその武器が、アパゴの首をはねる勢いで一閃される。


「ゴルゾ――!!」


 対処を誤れば間違いなく首を落とされる必殺の横薙ぎ。

 途中で槍の刀身の分間合いが伸びて、見切るのも難しいだろうその一撃に対し、それでも応じることができたアパゴという戦士はやはりさすがというべきだった。

 瞬間的にアパゴのその全身が緑色のオーラに包まれ、加速した動きで後方へと飛び退いて、己が命に迫る刃をあっさりと躱してやり過ごす。

 恐らくは静が習得している【瞬纏】と同系統の瞬間加速系魔力付与。

 だがそれに対して、瞳の方はと言えば即座に槍を引き戻すと、今度は胴体目がけた刺突で一切の容赦なく追撃をかけていた。

 再び襲い来る必殺の一突きに対して、しかしアパゴの表情にはさしたる動揺も見られない。

 【瞬纏】の効果が切れるその寸前、アパゴは右の拳を素早く振り抜くと、それによって迫っていた槍の穂先を寸分の狂いもなく叩いて砕き、同時に鉄棍の刺突の軌道をあっさりと自身の真横へ逸らさせる。


「――ッ、やるナぁ、もうっ――!!」


 そんなアパゴの対応に、瞳の方は若干体制を崩されながらそれでも隙は晒さなかった。

 全身を包む魔力の筋肉、そしてそれをさらに強化して生み出したパワーにものを言わせて、いっそ不自然なほどの動きで体勢を立て直して己が鉄棍を今度は横に薙ぎ払う。

 否、そのときにはもう鉄棍の形態は既に棍ではない。

 その先端には先ほどと同じバルディッシュの刀身が形成されて、アパゴの胴を寸断しようとその刃を輝かせている。


「ヌゥッ――!!」


 筋力にものを言わせたそんな攻撃に不意を突かれ、即座に跳び退いたアパゴの服を、振りぬかれた斧の刀身が引き裂き、破りとる。

 どうやらすでにボロボロだったマントの端を切られただけのようだったが、それでも状況がアパゴにとって劣勢なのは見るからに明らかだった。

 なおも隠れてみていると、斧を振り抜いた瞳はその斧の刀身をすぐさま消して元の鉄棍へと戻すと、鉄棍の手元部分を捻るように操作して、再びその先端に槍の穂先を出現させる。


(なるほど、手元にある握りの部分を操作して魔力を流すことで、先端に斧や槍などの刃を展開、状況に即した武器に変形させているわけですか)


 恐らく瞳の持つ鉄棍の手元の部分は、一部の自転車のハンドルのギアチェンジの機構のように、回すことでそうした形態(モード)を切り替えられるようになっているのだろう。先ほどから何度か、鉄棍を掴む両手のうち、右手の方が手元部分を捻るように動いて、そのたびに鉄棍の先に別々の刀身が出現しているのが見えている。


(使っている瞳さんの方も、単に力任せに武器を振り回しているだけというわけではないようですね……。棒術なのか、それとも斧や槍の技術なのかはわかりませんが、何らかの武器術系スキルを習得していると見た方がよさそうです)


 戦闘の様子を分析しながら思うのは、ただ一言の素直な感嘆。

 

(――強いですね)


 少々力にものを言わせている感は否めないものの、瞳の動きは【決戦二十七士】のそれに決して引けを取っていない。

 むしろ相手にとって不利な要因が重なっているとはいえ、アパゴに対して終始優位に立ち、【決戦二十七士】の一人である彼を圧倒しているくらいだ。


 恐らく保有しているスキルや装備がうまくかみ合っているというのも大きいのだろう。中崎誠司という武器防具の生産能力を持つ人間がいるがゆえに、一人一人の持つスキルや戦闘スタイルに合わせた武具を作って装備させることができている。

 そういう意味では、瞳の置かれた条件は静達プレイヤーのものよりも、自身の魔法や戦闘スタイルに合わせて装備などを整えていると思しい、【決戦二十七士】達の条件に近いものと見ることもできる。


(あれなら【決戦二十七士】が相手でも、そうそう負けるような事態は起きえない……。むしろ今この状況で危惧することがあるとするなら――)


「……これ、まずいかも」


 と、静が思いかけたちょうどその時、まるで静の危惧を先取りするかのように隣の詩織がそう口にする。

 どうやら瞳と同じパーティーで戦っていた詩織にとっても、今の状況は『まずい』と、そう思えるような状況だったらしい。


「まずい、というのは、もしかして馬車道さんに手加減する様子があまり見られないことですか?」


 静たち自身戦闘を行うことを前提にこうして迎撃に来たわけだが、それでもこの場での目標は【決戦二十七士】の一人であるアパゴの殺害ではなく捕縛だ。

 この【不問ビル】の正体、【決戦二十七士】との関係や、連れ去られた城司の娘である華夜の行く先など、彼らを捕らえることで聞きださなければならないことはそれこそ山のようにある。

 それ故に、誠司たちには、【決戦二十七士】はできるだけ捕縛する必要があると静達は伝えていたし、彼らの方もそれについて特に異論のようなものは出してこなかったはずなのだが、今の瞳は明らかにアパゴの殺害をも辞さない姿勢で彼へと攻めかかっている。

 そしてどうやら、詩織には瞳のそうした姿勢について、何やら心当たりがあるようだった。


「もともと、瞳の【怪力スキル】には【調薬増筋(マッスルエンハンス)】って言う、もう一つの自己強化魔法があって、瞳はこの【調薬増筋(マッスルエンハンス)】と【筋骨隆々(マッスルヒート)】、それからさっき言った【着装筋繊(ドレッシングサルコレマ)】の三つの強化技を自分に掛けて戦うのを基本戦術にしてたの……。けど、この【調薬増筋(マッスルエンハンス)】にだけは一つ問題があって……」


「問題……?」


「うん。【調薬増筋(マッスルエンハンス)】の効果は、体内の魔力を、薬に近い性質のものに変化させて、その薬効で身体能力を強化するっていうものだったんだけど、これを使うと少し、その、気性が荒くなるって言うか、周りが見えなくなって、性格が荒っぽくなる、みたいな副作用があって……」


「……それは、まずいですね」


 言われて、なんとなくではあるが静も、詩織が言う【調薬増筋(マッスルエンハンス)】の問題が理解できた。


 要するにこの魔法、身体能力を上昇させる代償に、使用者から理性を奪ってしまう技なのだ。

 先ほどから、彼女の話す言葉にどうにも奇妙な感覚を覚えていた理由もそれで得心がいった。恐らくその副作用によって、彼女の言語能力にも若干の支障が出ているのだろう。

 そして今の状態で、理性が弱まるというのは少しばかり、否、かなりまずい状況だ。


「……なるほど、それで今の瞳さんは、ああも攻撃的に手加減抜きで戦っているわけですか」


「うん……。これまでも、周りが見えなくなるところはあったんだけど、今回はいつもよりまずいかもしれない……。静さんがさっき言ってたことが確かなら、ヒトミも――」


「――スキルシステムの影響を受けている、という訳ですか」


 スキルシステムによって植え付けられる【決戦二十七士】への敵意。それ単体でも厄介な仕込みではあるが、それがさらに他のなんらかの要因、特に理性の弱体化などというものと結びついてしまっているというのはさらに厄介な状態だ。

 ただでさえ、植え付けられた敵意の影響で【決戦二十七士】の一人であると思しきアパゴに対して攻撃的になっているというのに、それを自制するための理性が弱まっているというのだから始末が悪い。

 ましてや、恐らく瞳はスキルシステムの中にそんな敵意を自分たちに抱かせるための仕掛けがあるなどとは知りもしないのだ。

 もしもそうした感情を植え付けられていることを自覚できていれば、まだそうした行動を思いとどまれるだけの余地はあったかもしれないが、しかしそうした自覚がない今の状態では、ヒトミは自らの中に湧き上がるその衝動に対して疑いすらっ持っていないはずだ。


「止めた方がいいでしょうか……? このままいくと、みすみす手掛かりになりうる相手を殺してしまいかねないようですし……」


「それは……、やめた方がいいと思う。元々あの状態のヒトミは、かなり回りが見えなくなるところがあったから。私たちの時も、流石に仲間に襲い掛かるようなことこそなかったけど、下手な近づき方をすると巻き込まれかねない危なっかしさがあったし……。

 もし今の状態のヒトミに、言うことを聞かせられる相手がいるとしたら、それは――」


 と、言いかけたその時、急に詩織が真上を見上げ、彼女の視線が見つめるその先を何やら鳥のような影が二つ現れ、飛んでいく。


「あれは――」


 上空で旋回し、ヒトミの元へと急降下していくのは、二羽の金属の輝きを纏ったフクロウのような生き物、否――


「中崎君の召喚獣――!!」


 詩織が言ったその瞬間、空から迫る二羽のフクロウのうち、一羽が空中でその勢いを止めると、その翼を大きく羽ばたかせて羽の形をした大量のナイフを勢いよく射出する。


「ヌルガッ――!!」


 射出されたナイフが雨あられと降り注ぎ、その先にいたアパゴがたまらず飛び退いてそれを回避する。

 そのアパゴと至近距離で刃を交えていた瞳にナイフが容赦なく突き刺さるが、当の瞳もナイフを射出したフクロウもそれを気にするそぶりは一切見せなかった。

 どうやら瞳の【着装筋繊(ドレッシングサルコレマ)】には強化外骨格に例えられるだけあって防刃性能のようなものまであるらしい。恐らく、どこかでフクロウを操っている誠司の方も、それをわかったうえで瞳諸共攻撃を仕掛けてきたのだろう。


 それに対して、生身で戦っていたアパゴの方は羽の攻撃を防御しない訳にはいかない。


 とっさに跳び退いて羽の大部分の攻撃範囲から逃れながら、それでも回避しきれない攻撃はオーラを纏った腕で羽を叩き落とすことで防御する。

 恐らくは静の【鋼纏】や、上の階で囚人が使っていた【殺刃】に近い金属コーティングのオーラを使用しているのだろう。アパゴの手刀が刃の羽を次々に弾き返し、それらが奏でる金属音があたりに響く。


 とは言え、さしものアパゴも全ての攻撃を防御しきれている訳ではないようだった。

 見ればナイフのような羽は突き刺さることこそなかったようだが、いくつかの羽が迎撃し損ねてアパゴの体に傷を刻んでいる。


(やはりパフォーマンスが低下しているのでしょうか……)


 そう思ううちに、瞳とフクロウたちはアパゴに対して更なる追撃をかける。

 先ほど襲来した二羽のフクロウ、そのうちのもう一羽が追加で多数の羽を撃ち出して、それに対して避けきれないと見たアパゴがその全身を鋼鉄の魔力で覆う。


 否、そうするように追いつめられたと、そう言ってしまった方がいいだろう。

 静の【鋼纏】にも共通するデメリット、金属コーティングによる重みがアパゴの足を鈍らせて、そうしてできた隙をつくように強化外骨格を纏った瞳が再び距離を詰める。


両手で己の得物を振り上げた上段の構え。

流石に斧や槍の刃は引っ込めているようだったが、それでも人間の頭部に当たれば間違いなく頭蓋を砕き割れるそんな一撃が、まさに今アパゴの脳天目がけて振り下ろされようとしていた。


 ただし、いかに相手が負傷して万全とは言い難い状態にあったとしても、そんな大ぶりな一撃をむざむざ受けてくれるほど甘くはない。


(まずい――!!)


 思う間もなく、羽の攻撃から身を守ったアパゴが自身に迫る瞳の懐へと一気に潜り込む。

 振り上げられた金属棍、それが降り下ろされるその前に瞳を仕留めるべく、彼女のがら空きになった腹部に、金属製の使い魔のどてっ腹すら貫く拳が突き入れられる――。


 ――その寸前、拳を突き出そうとしたアパゴの体が勢いよく真下に沈んで、まるで上から何かに押さえつけられたかのような様子で勢いよく膝をついた。


(あれは――!!)


 静にも覚えがある、以前交戦する羽目になった時、右手を差し向けられた際に起きたのと同一の現象。

 急激に体が重くなり、態勢を大きく崩して押さえつけられたように動きを封じられてしまったあの感覚。

 見た限りでは、今回瞳は右腕を差し向けておらず、せいぜい踏み込む右足を踏み鳴らしただけのようだったが、それでも今アパゴを襲っているのは恐らく静が経験したのとまったく同じ現象だった。


(上から押さえつけるなにか――、いえ、あれは感覚的には押さえつけられているというよりも――)


 一度己が受けた感覚を思い出し、実際に何らかの力が働いているその現場を目の当たりにして、静はその答えにたどり着く。


(――重力(・・)、まずい――!!)


 気付いた時にはもう遅かった。

 止めに入る間などあるはずもない。強化された重力に引かれて勢いを増した一撃が、なんの躊躇もなくアパゴの脳天目がけて振り下ろされた。


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