13:静雷撃(サイレントボルト)
しばし時間をかけて準備をしたのち、竜昇たちはようやく長屋を出発した。
幸い、今度は途中で邪魔が入ることもなく、とりあえず準備不足のまま敵と相対する事態は避けられた形になる。
静が持ってきた鞄を肩に担ぎ、竜昇はもう片方の手に竹槍を携えて長屋を出る。話し合った結果、静が持ってきていた通学カバンと、竜昇が腰に付けていたウェストポーチを、それぞれ交換して持つことになった。
前衛として立ち回る必要がある静は、できるだけに荷物は手に持たずに済む形にした方がいいと判断し、今は竜昇のウェストポーチを腰に付け、その中にナイフをはじめとする戦闘用の最低限の荷物を詰め込んでいる。
十手は迷った末に、とりあえずウェストポーチのベルトにひっかけるように差すこととなり、左手の【武者の結界籠手】も相まって、元から着ていた霧岸女学園のセーラー服とはややミスマッチな格好となっていた。
対する竜昇はこのビルに入った時と同じジャージ姿。変わったのは唯一鞄のみで、今は静がこのビルに来る際持っていたカバンに、この先使えそうな道具類だけを詰め込んで肩に担いでいた。
女子用のカバンであるためこちらもややミスマッチだが、しかしこんなビルの中では流石に贅沢も言っていられない。
どうやらこの博物館は、屋内にもかかわらず江戸時代の家屋のジオラマにやたらと力を入れているらしく、長屋から先の順路はほとんど江戸時代の街並みを再現したかのような様子だった。
様々な大きさや形の建物が碁盤上に並んでおり、やたらと広い屋内面積をふんだんに使って、まるで時代劇の映画村のような光景を屋内にもかかわらず作り上げている。
それらの建物の配置もかなり複雑で、ところどころに立っている地図の立て看板が無ければどこに行けばいいのかも迷ってしまうところだった。
幸い四方の壁一面に城や山などのわかりやすい絵がかいてあったため、それを目印に行く先の大体の見当をつける。
これだけジオラマが多いとどこで敵と出くわすかわからない懸念があったが、幸いなことに、最初の接敵において敵を発見したのは竜昇たちの方が先だった。
「とりあえず奇襲をかける、ということでよろしいですね?」
敵発見と共にすぐさまジオラマの影へと身を隠し、静と竜昇は相手の観察と共に簡単な打ち合わせを行う。
遭遇したのは二体、抜身の刀を携えて歩く浪人風の敵と、なぜか鍬を担いだ農夫のような敵だった。いったいどういう組み合わせだと問いたくなるような二体だったが、考えてみれば先ほどの僧侶と岡っ引きにしたところで相当におかしな組み合わせである。敵の組み合わせについては、この際いちいち気にする必要は無いのかもしれない。
出発する前の打ち合わせで、とりあえず戦力強化の意味でも倒せる敵は倒しておこうという方針が二人の間で決められていた。実際、これまで判明しているだけでも敵を倒すことによるメリットは非常に大きい。レベルアップにドロップアイテム、そしてスキルカードのどれをとってもこのビル内での生存を後押ししてくれるものばかりだ。敵を放置して後で思わぬ形で攻撃される可能性を摘む意味でも、倒せそうな敵はできうる限り倒しておこうというのが竜昇たちの方針だった。
「とりあえず、俺は魔法で農夫を攻撃する。小原さんは投擲で浪人の方を。後はさっき話し合った作戦で進めよう」
「わかりました」
合図と共に攻撃すると決め、すぐさま竜昇は自身の右手に魔法を準備する。
数秒の沈黙のあとに準備を完了し竜昇が無言で静に頷くと、静もしっかりと頷き返し視線を再び目標の二体へと狙いを定めた。
相手の敵はまだこちらに気づいていない。
近寄ってくる二体が一定の距離に入ったところで竜昇は左手で指を三本たてて示し、カウントダウンの代わりにその指を二本、一本と減らし、最後に拳を握って物陰から飛び出した。
「【雷撃】……!!」
「――ハァッ!!」
魔法とナイフ。二つの攻撃が同時に二体へと襲いかかり、竜昇達の突然の出現に驚いた敵がそれでも奇襲の攻撃から逃れようと対応する。
抜き身の刀を携えた浪人が飛んできたナイフをギリギリ刀で叩き落とし、同時に農夫がシールドを張って雷撃による攻撃を防御する。
「――チィッ」
舌打ち。だが完全に防御されたわけではない。農夫の方はほんの少しの時間稼ぎにしかならなかったが、浪人の方はそもそもあれでは防御できてはいないのだ。
バチッっと言う音と共に、浪人の体が若干跳ねて、着物をまとったその体がわずかによろめく。
仕込んだ種は、先ほど習得したばかりの【静雷撃】。なんのことはない。ナイフに潜ませておいた雷撃が、刀で接触した拍子に炸裂してその効果を発揮したのだ。
「まずは浪人を仕留めて来ます」
「なら農夫は任せろ」
十手を携えた静が浪人の元へと走り出し、それと同時に農夫への対応を竜昇が引き受ける。
よろめきつつもどうにか態勢を整えようとする浪人めがけ、速攻で勝負を決めるべく静が十手を降り下ろす。
対する浪人もただではやられない。降り下ろされる十手から身を守ろうと刀を構え、まだ動きの鈍い体でどうにか十手を受け止め、防御した。
瞬間、十手に込められた【静雷撃】が再び炸裂し、浪人の体が再び感電のダメージを受けてたまらず後ろへと倒れこむ。
電撃を物体に潜ませる魔法、【静雷撃】。これを習得してすぐ、ここに来るまでの間に竜昇は自分たちの武器一式に片っ端からこの魔法をかけていた。たとえ武器による攻撃を防御されても、その防御の際に接触さえすれば物体に込められた電撃が相手の動きを封じるという仕組みである。魔法の性質上、一度炸裂してしまえば効果は切れてしまうので再びかけなおす必要があるが、それでも接近戦においてこちらの武器と接触させるだけで攻撃できるというのは大きすぎるアドバンテージだ。現に今も浪人風の敵はなす術もなく感電し、動きの鈍った体を転倒させている。
当然そんな隙を静が逃すはずもない。
「まずは一体です」
突き出された十手に頭部の核を砕かれ、浪人の体が跡形もなく霧散、消滅する。
二体の敵のうちの一体は、ろくな抵抗もできずに戦線から脱落した。
一方、農夫の方を引き受けた竜昇の方は、相手の農夫から思わぬ反撃を受けていた。
「テメェッ、それ鍬じゃなくて杖だったのかよ!!」
竜昇が思わず叫んだその先で、農夫が構えた杖先から水の球体を放ち、慌てて竜昇が【守護障壁】を張ってそれを受け止める。
一見するとたいしたことなさそうなバレーボール大の水の球体は、しかし【守護障壁】に激突すると盛大に水をまき散らし、【守護障壁】をビリビリと震わせてその威力をこちらに思い知らせて来る。
(けど、防御できない訳じゃない。【守護障壁】で十分に受けられる……!!)
相手の魔法の威力をそう分析し、竜昇はこのまま相手の元へと一気に突っ込むことを心に決める。
同じ術師タイプのビルドと考えれば竜昇もこの農夫と同じようなビルドだが、この場合恐らく接近戦に持ち込んで分があるのは竜昇の方だ。それは得物が鍬に対して竹槍と言う、リーチにおいて若干有利なものを使っているということも要因としてはあるし、それ以前にその竹槍自体に竜昇が事前に【静雷撃】を仕掛けておいたというのが非常の大きい。
静のナイフや十手同様、竜昇の竹槍もまた接触発動する電撃仕込みだ。たとえ相手の体に届かなくとも、武器で攻撃を受け止めるだけでも相手の体を感電させ、動きを封じて一気に決着に持ち込むことができる。
ただしそれは、相手の元まで近づければの話だ。
「……!!」
距離を詰めるべく走る竜昇に対し、農夫が思いの外素早く魔法を立ち上げ、差し出された鍬の先から勢いよく水を放出される。とっさに発動させたシールドによって攻撃自体は無効化できたが、しかしその放水の狙いは竜昇に対する攻撃ではなかったらしい。
(こいつ、押し返すつもりか……!!)
シールドで受け止めた水流の勢いに、踏ん張った竜昇の両足がジリジリと押し戻される。
使ってみて分かった事実だが、この【守護障壁】という魔法は攻撃の全てを受け止められるわけではない。
いや、受け止められるには受け止められるが、受けた衝撃の一部はシールドの中に居る術者にもフィードバックされるため、こうして圧力をかけられると中の術者ごと押し返されてしまうのだ。
感覚的には球体状の防壁の中に隠れているというより、球体状の盾を構えて相手の攻撃を受け止めているのだと言った方が近い。
(――、ここはいったん下がって魔法で攻めるべきか)
思い、だが実際に竜昇が動き出すその前に、竜昇の真横を何かが通り過ぎ、小さなそれが農夫の腿へと打ち込まれる。
「――ザザ、ブブブ」
直後、苦悶の声のようなノイズと共に、浴びせかけられていた水流が突然途絶え、術者である農夫がよろめいて、体勢を崩して膝をつく。
「電撃仕込の石つぶて、用意しておいて正解でしたね、互情さん」
立ち尽くす竜昇の横をすり抜けながら、静がそう言いながら十手を振り上げる。
竜昇が【静雷撃】を仕掛けておいたのは、なにも手持ちの武器だけではない。この魔法の性質と、静が持つ【投擲スキル】の性質を考えれば、投げつけるのは別に何でもいいのではないかと、事前に電撃を潜ませた砂利をいくつか、静に持たせておいたのだ。
当然、そんなものをぶつけられれば潜ませた電撃が炸裂し、敵の動きを一時的にだが阻害する。
ましてや、発動に時間がかかる術など、そんな中で使えるはずもなく。
静が振り下ろした十手をまともにくらい、農夫はなす術もなくその場から消滅した。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:8
雷撃
静雷撃
護法スキル:4
守護障壁
探査波動
装備
再生育の竹槍
小原静
スキル
投擲スキル:3
投擲の心得
装備
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
保有アイテム
雷の魔導書