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117:苦も無く増える

 監獄の下層に破壊の雨が降る。

 行使された【遅延起動(スロウスターター)】により、銃弾をも超越する圧倒的な速力で撃ち出された大量の苦無が、その進行方向上にあるものを片っ端から粉砕する。


「【鉄壁防盾(ランパートシールド)】――!!」


 詩織を庇い、竜昇が展開した巨大な盾が、出現と同時に多数の轟音を響かせる。

 城司の【魔法スキル・盾】その中に収録された、上位の魔法すら防御できる最上位の盾。

 そんな盾が、正面からぶつかった大量の苦無によって見る見るうちに変形していく。


(ぐ、う――、【神造物】……!!)


 盾で守り切れない側面、そこから飛んでくる、床が爆散したことによって飛散する大量の石礫をシールドを展開して防御しながら、竜昇は攻撃の寸前に静が言っていたその言葉を思い出す。


 【神造物】。それは現在静のメインウェポンとなっている、【始祖の石刃】がドロップした時に存在だけが発覚している意味不明のカテゴリーだ。

 神に造られし物、という、言葉の意味だけならそう解釈できるそんな物品は、今しがた静が証言するまで【始祖の石刃】以外にあてはまる物もドロップせず、ずっと言葉の本当の意味すら不明なままとなっていた。


 だが今、先ほどの光景を思い出せばなんとなくわかる。

 【神造物】というものが正確にどういうものなのか、本当に神が作ったものなのかはわからなくとも、そう呼ばれる物品が通常のマジックアイテムとは一線を画した破格の性能を持つ物品であるという、そのことにだけは理解が及ぶ。


(あの苦無の特性は恐らく増殖……。それも短い時間でネズミ算式に増えて簡単に万を超える数に増えるほどの――!!)


 もとより静の【始祖の石刃】、一つ一つでも強力なマジックアイテムを幾つも兼ねられるというその機能が、実際どれほど破格の性能であるかは竜昇も徐々にではあるが理解し始めていた。

 当初こそ、そのレパートリーの少なさと条件の厳しさゆえにあまり使い勝手の良い印象の無かった【始祖の石刃】だが、しかしレパートリーが増えれば増えるほど、その有用性と性能の破格さはどんどん顕在化してきたと言っていい。


 そして現在、あの増殖の光景を見れば、同じ【神造物】だというあの苦無も、その性能がどれだけ破格のものであるかも明らかだ。

 より恐ろしいのは、この【神造物】が単純に自分のコピーを作るというだけでなく、苦無自体にかけられた魔法効果や、運動エネルギーまでコピーして作られたものに反映しているという点だ。


 魔力を感じ、魔力を使えるようになっているから何となくわかる。

 この二万本近い苦無に使われた【遅延起動】の魔力が、人間が賄える量を遥かに超越していることも。

 逆説的にフジンが消費した魔力の量が、起こした現象の規模に反して最初に苦無に込めた数本分のものでしかなかったということも。


 単純に数を増やせるというだけではない。

 少ない代償で、圧倒的な破壊を巻き起こせる破格のコストパフォーマンス。


 こんな物、確かに『神が造った』などと言われても納得せざるを得ないとんでもない性能だ。


「く、う、どうなった――!?」


 周囲に粉塵が立ち込める中、攻撃の音が止んだのを聞いてようやく竜昇は身を起こす。

 【鉄壁防盾】を張り、シールドを展開してもなお危険を感じて、ほとんど詩織を押し倒すようにして二人で床に伏せていたのだが、どうやらその判断は正しかったらしい。

 見れば、眼の前の【鉄壁防盾】は破壊されこそしなかったものの、その全体が浴びせられた苦無の雨によってボコボコに変形しており、竜昇の周囲のシールドも周囲で起きた破壊の余波で全体がヒビだらけになり、一部は爆散した床の破片が半透明のシールドを貫通して内部にまで侵入を果たしていた。

 監獄の壁面が同じく破片を浴びて穴だらけになっていることを考えても、もしも伏せていなければ竜昇と詩織、そのどちらかが怪我ないし、最悪命を落とす羽目になっていたかもしれない。


 自分達が負傷していないことをすばやく確認し、竜昇は直後にすぐさま立ち上がって周囲の様子を確認する。

 幸い、そばにいた詩織も特に怪我などはないようだった。

 静に関しても、恐らくは無事であろうことは想像に難くない。先ほど最後に見た時、静は敵の武器が【神造物】であることを竜昇に伝えながら、しっかりと自身も身を守るための準備をしていた。

 もしも問題があるとすれば、この場にいながら、唯一別の存在と戦っていたもう一人。


「城司さん――!!」


 振り返れば、案の定その場所にあったはずの弾性防壁が跡形もなく消滅し、代わりにその一帯には大量の苦無が床に突き刺さって、そしていくつもの拘束具と、体の各所に苦無が突き刺さった城司が倒れ伏していた。


 幸いどうやら息はあるらしく、思わず呼びかけた竜昇の声に、床に伏せる城司にわずかながらも反応と動きを見せる。

 どうやら【竜鱗防壁(スケイルシールド)】を使って、急所となる部分だけはどうにか守り切っていたらしい。あるいは弾性防壁そのものの防御性能が、降り注ぐ攻撃の威力を大幅に弱めてくれたのかもしれない。


 だがそれでも、遠目に見える城司の被害は明らかに甚大だった。

 かろうじて急所は守っているものの、その全身は降り注いだ苦無によってズタズタに切り裂かれていて、さらに手足や背中、肩などのあちこちに苦無が突き刺さって城司に出血を強いている。

 即死は避けられたのかもしれないが、明らかに早急な手当てを必要とする怪我と出血量。

 さらに言えばその出血量は、直後にその身に突き刺さっていた苦無が、他の周囲の苦無と共に消滅したことで歯止めを失い、さらに増加している。


 放っておけば失血死すらあり得る城司の状況だが、生憎と竜昇たちには、そんな味方の窮地に駆け付け、手当をするだけの余裕もない。

 なぜなら周囲の苦無が消滅したということは、すなわち邪魔な苦無を消滅させて、この場所へと踏み込んでくる相手がいるということなのだから。


「――ッぁ、き、来た」


竜昇のその予想を裏付けるように、そばで起き上がっていた詩織が怯えたような声を漏らす。

 振り返れば、竜昇たちを守っていた【鉄壁防盾(ランパートシールド)】が消滅し、その向こうでこちらへと向かおうとしていたフジンに対して静が果敢にも応戦していた。


「――ッ!!」


 即座に援護を考えた竜昇だったが、生憎と【光芒雷撃】は先ほどの苦無の豪雨にのまれてすべて消滅しており、その再発動は静の援護には間に合わなかった。

 直後、横合いから斬りかかる形になっていた静に対してフジンが苦無を一閃し、その軌道上にクナイが三本現れる。

 否、その数は直後にはもう三本ではない。

 静が空中に留まる苦無に突っ込まないよう足を止めたその隙に、もう苦無は六本にまで分裂し、直後にその数は十二本になって、静が回り込むその前に、そこからさらに増えて静の行動を阻む壁と化す。


 その弾幕の前に回避は不可能。

 そう判断した静が再度呪符を用いて盾の魔法を展開するその間に、フジンは次々と苦無を振るって追加の増殖苦無を空中へと配置して、


 直後に起きるのは連続の破壊音。

 射出時間に時間差をつけられて増殖した苦無が何度も連続で襲い掛かり、それを防ぐ静を盾の後ろへと釘付けにして、その隙にフジンの矛先が彼の優先目標たる竜昇と詩織の方へと向けられる。


「まずい――!!」


 静の動きが封じられたと、竜昇がそう悟った次の瞬間、フジンがこちらに対してもその増殖する苦無を一閃させる。

 たったの一度、自分の前で苦無を振るうだけのそんな行為。だがそんな一閃によって、軌道上で分裂して生まれた苦無が本体にかかっていた遠心力によって前へと撃ち出され、直後に【遅延起動】で空中で静止して、そうして虚空に留まったままその数をネズミ算式に瞬く間に増やしていく。


再起動(リブート)――【鉄壁防盾】――!!」


 咄嗟に竜昇が呪符を構えて防御の魔法を発動させた次の瞬間、展開された鉄壁の盾に雨が打ち付けるような頻度で金属のぶつかるけたたましい音が聞こえてくる。

 そのけたたましい音に、思わず詩織が両手で耳を塞ぐ。


(まずい、音を音で誤魔化して居所を隠す気か――!!)


 慌てて【探査波動】を放って敵の動きを探知しようとした竜昇だったが、しかしそれよりも詩織が“耳を塞いだままその方向に視線を向ける方が早かった”。


「――っ、詩織さんッ、盾をッ!!」


「はい――!!」


咄嗟に視線の意味に気付いて指示を下すと、すぐさま詩織は太腿にベルトで巻き付けていた呪符を引き抜いて【鉄壁防盾】を展開させる。

 再び鳴り響く鋼鉄の雨音。今度は隠形によって見えない状態で押し寄せる苦無の豪雨をどうにか防御して、竜昇は耳に痛みを感じながらもどうにか敵の次の動きを予測するべく思考を回す。


 すでに【増幅思考】は発動済み。刹那の隙に命を刈り取られかねないこの状況で、たとえ短い時間であっても脳ミソに常識を超えたフル回転をさせるこの機能を活用しない手はない。


 敵の苦無、恐らくは【神造物】と思われるそれが持つ増殖機能は確かに破格の性能だ。

 加えて、敵の【遅延起動】が組み合わされることにより、苦無による攻撃を万の単位にまで増やす時間と、【遅延起動】効果時間後の加速による強烈なまでの速度と威力を確保している。


 逆に言えば、あの苦無で通常のシールドすらぶち抜く威力と、回避不可能なほどの攻撃範囲を確保しようとした場合、それには必ず【遅延起動】を合わせなければいけないとも言える。そして【遅延起動】の効果は、恐らく一定時間の制止とその静止時間に比例した効果時間後の加速だ。


 つまり、敵のあの攻撃には放ってから敵に実際に攻撃が届くまでに、若干のタイムラグがあるのだ。

 そしてそのタイムラグがあるからこそ、竜昇たちはこれまで盾の発動を間に合わせて、ギリギリではあるがかろうじて無傷なまま生き残れているとも言える。


(敵は既に隠形を発動済み。これまでの攻防であの攻撃じゃ盾が間に合ってしまうことは敵もわかってるはず。苦無を隠して投げるのも詩織さんに察知されるから意味がない。ならば――)


 一瞬のうちにそこまで思考して、次の瞬間には竜昇は動き出していた。


「詩織さん下がって――!!」


 展開されたままの二枚の盾、鋭角に接触しそうな配置で展開されたそれらの角に、竜昇は背中からぶつかり庇うようにして詩織の身を押し込んだ。

 同時に、盾の展開されていない最後の一方向に右手を差し向ける。腕の周りに魔力の小規模な領域を展開して【領域隠蔽】を発動。さらに左手の魔本に指示を飛ばして先ほど静が交戦中に溜め込んでいた大量の魔力を呼び起こす。


(敵は苦無の投擲じゃこちらを仕留めきれないのはもう悟ってる。下手に投擲で仕留めようとすれば、こっちは三角形に盾を配置して穴熊を決め込める。だとすれば敵が打ってくるだろう手はただ一つ――!!)


 高速化された意識が背後の詩織が息をのむのを感じ取る。

 それは敵の何らかの行動を、彼女が察知した証。

 だが、察知したその行動を彼女が言葉にする前に、察知されたフジンが行動をとるその前に、竜昇は誰よりも早く己の中で出した解答を実行に移す。


(――姿を消して、盾を展開する前に自分でここまで踏み込んで、自らのその手で、俺達を殺害せしめること――!!)


「今、眼のま――」


「――【迅雷撃(フィアボルト)】――!!」


 詩織が言葉を言い切るその前に、差し向けた竜昇の手から極大の電撃が眼前目がけて放たれた。


(どうだ――!?)


 目も眩むような雷光に、竜昇は目を細めながらもその向こうの光景を見るべく目を凝らす。

 敵の行動を予測し、こちらの行動の予兆を隠して行った至近距離での広範囲殲滅攻撃。

 こちらを仕留めるべくカウンター気味に撃ち込んだ自身の魔法が、狙い通りに敵を仕留めるに至ったのか、その結果を見極めようとして、しかしその直前、竜昇は自分の右足が軽い衝撃に襲われるのを感じとった。


 見下ろし、目に入るのは、床に突き立った三本のクナイ。

 そしてもう一本のクナイによってものの見事に貫かれた、自身の大腿部の状況だった。


「ぅ、ぐ、ぁぁぁああああっ――!!」


「竜昇君――!!」


 遅れて感じる灼熱の痛みにバランスを崩して倒れ込みながら、同時に竜昇の視界が一つの影を見咎める。


 自身の真上、そして背後の盾すらも飛び越えるように跳躍する白装束の男。

 電撃によってその着物染みた装束の一部を焼かれながら、しかし攻撃の寸前に竜昇たちを飛び越えるように跳躍して事なきを得ていたフジンの姿が、今まさに竜昇たちの背後、展開された盾の向こうへとその姿を消していくところだった。


(直前にこっちの攻撃を察知して、回避しやがったのか――!!)


 姿を消して、自身も視界が利かない状態で、いったい何をもってこちらの攻撃を察したのか。

 わからない。それを考えて反省する余裕も今はない。

 なにしろ状況は、今また致命的に悪化したその直後だ。


(く、そ……!! 足を、足をやられた……!!)


 腿を焼く激痛に苦悶の声をかみ殺しながら、竜昇は自身の機動力が奪われてしまったという、その被害の甚大さを嫌というほど噛み締める。


 時間経過によってその形を維持できなくなったのか、竜昇たちの周囲に展開されていた盾が消えていく。

 そうなって見えるのは、衣服の一部を焼き焦がされながらもいまだ健在なフジンの姿。

 現状見る限りは、敵はまだ戦闘続行可能。

 対してこちらは竜昇が足を負傷し、城司に至ってはまともに動くことも叶わないそんな状態だ。


 状況は最悪、とそう思った。

 実際その考えは間違ってはいなかっただろう。

 だが竜昇は、直後にこの状況がまだ最悪とは呼べないものだったことを嫌というほどに思い知る。


 まるで何かに投げ込まれたかのように、吹き抜けから飛び込んで床へと激突し、竜昇たちとフジンの目の前へと転がってきた黒い影の存在によって。


「な――!?」


 突如として乱入してきたその存在に、思わず竜昇は反射で驚きの声を漏らす。

 飛び込んで来たのは、見覚えのある黒い影と煙、そして蠢くその影の中央で煌々と輝く、赤い一つ目のような核の存在。

 あまりにも見覚えのあるその姿。だがそんな敵の登場も、まだこれから来る最悪の、その最初の一体に過ぎなかった。


「なんだとォオオオオオッ――!?」


 声をあげる間にも、本当に次々とそれは来た。


 黒い煙の塊のような敵達が、まるで示し合わせたかのように大量に、そして一斉に吹き抜けから竜昇たちのいる階層の通路へと、まるで流星のような勢いで飛び込み、乱入して来た。

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