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緑の中の  作者: 千砂


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三角屋根の下

 広大な庭の一角にある三角屋根の休憩所で、床に寝そべっているニーグラに寄りかかり、だらしない姿勢のままティーナはため息をついていた。

 そんなティーナの姿を間近に見ながらも、アンティアとクスターはティーナの好きにさせている。いつもならアンティアから厳しく指導が入るのだが、アンティアに躊躇わせる何かがティーナの今の姿から感じているため迂闊に言えないでいる。


 アンティアの誕生日以降、どことなくティーナの雰囲気が変わった。

 今のように溜息をつき、考え込む姿を見せることが多くなった。

 でも話しかければこれまで通り、笑みを浮かべてにこやかに話をしてくれるが、それ以外は考え事をしながらため息をついていることが多くなったようだ。

 と言っても、陰鬱な感じではない印象をアンティアとクスターは持っている。

 ふたりとも参宮していたため、ヴィンツェンツとどんなやり取りが行われていたかなどわからない。ただ言えることは、ティーナのイェオリ、ビルギット夫妻に対する態度が更に柔らかくなっている印象だ。



 アンティアの誕生日のあの日、アンティアとクスターがヴェルネリに指定されていたあの場所へとやってきた時、中の光景を目の当たりにしたアンティアが怒り狂ったのはその場にいた誰にも記憶に新しい。

 全警備隊を統括する隊長のヴェルネリでさえ顔を引きつらせ、一歩退いたくらいだ。


 不思議そうな表情で小首を傾げるティーナをヴィンツェンツから引き離すと、あっという間に男どもを全員部屋の外へ追い出し勢い良く扉を閉めた。

 無言の圧をあれほど感じたことは後にも先にもあのときだけだと、後日クスターが語っていたほどだ。

 アンティアはティーナの髪を手際よく整え、ヴアロンまで完璧に装着させた後、男どもだけでなくティーナも含めた全員を並ばせ、しこたまお説教をした。


 ヴィンツェンツが「別にいいじゃん」とぽそりとこぼした声は、しっかりアンティアの耳が拾ったらしく、さらにお説教が追加されたのは言うまでもない。

 ついでに「なんで俺まで。俺全然関係ないっすよね、アンティアと一緒だったし」と至極普通の反応をこぼすクスターだったが、年長者達の道連れにされてしまった。


 その後、家族の元に帰るアンティアと別れ、ティーナたちはアルムグレーン邸に戻ったのだが、そのままヴィンツェンツも同行し、出迎えてくれたイェオリとビルギットを大いに慌てさせていた。

 そんな珍しいイェオリとビルギットの姿は不思議なもので、ティーナの気持ちをほんわかと軽くさせた。


 やはりというか、イェオリとビルギットもまたヴィンツェンツのことを知っていたようだ。

 わずかに眉根を寄せたイェオリに出迎えられたヴィンツェンツはその反応になんとなく楽しそうに見えた。元来はいたずら好きなのかもしれない。


 「やはり先ほどの天候の変動はあなた様のせいでしたか。ティーナに何をしようとしたんです?」


 と、イェオリはヴィンツェンツに詰め寄った。


 「えー、何も。求愛の前の前あたりの詰め方しかしてないよ。だって早く匂いつけておかなきゃいけないしね。それなのにあいつは怒ってさ。迂闊にも天候の変動が起きたわけで、僕は全然悪く無いんだよ。あ、ちなみに、ティーナは僕が(フレイ)の下で抱きしめていたから何が起きたのかは知らないよ」


 飄々と全く悪びれもしないヴィンツェンツを、一瞬射殺さんばかりの視線で睨みつけたあと、イェオリはヴェルネリとクスターに労いの言葉をかけ、もう今日は下がっていいと言う。後は引き受けたと。そしてティーナに纏わりついているヴィンツェンツをサムリとともに引き剥がし、書斎へと向かった。


 ティーナは、ビルギットに促され自室へと戻ろうとしていた。すると庭先からルサが姿を現し、エントランスホールにいるティーナのもとにてくてくと歩いてくる。


 「ルサ。ただいま」


 ルサを抱っこして挨拶をすると、眠そうな顔がやや引き締まったように見える。ルサはヴアロンをつけたままのティーナの顔をまじまじと眺めると、ティーナの顔をフスンフスンと嗅ぎはじめた。

 目標が定まったのか、ヴアロンを食むと一気に引き剥がし、ティーナの顔をペロリペロリと舐めはじめた。そこはちょうどヴィンツェンツが舐めた場所と一致しているようで、ルサなりにザリザリと力を込めて舐めているようだ。


 「何か匂うの?」


 ティーナが問いかけると、ルサはまるでそうだと言わんばかりに頷いてみせ、ティーナの唇もぺろりと舐める。

 驚いて咄嗟にティーナが仰け反ったタイミングで、ルサの体が宙に浮いた。

 体の大きなニーグラがルサの首根っこを咥えて、大きく後ろへ放り投げているところだった。


 その隙にヴィトがニーグラを押し退けるように前にやってきた。見れば、口に何か咥えている。

 彼らの主食である果穂かと思ったが、その枝には色とりどりの実がたわわに付いており、隣で一緒にその枝を見ていたビルギットがほぅっと感嘆の息をもらした。

 ヴィトから受け取った枝は、光の加減なのか、実が自ら光っているように見える。波打つように光を放つ不思議な実にティーナの視線は釘付けになった。


 「アヴィーノ、これが何か知っていますか? なんだかとても美味しそうなんです」


 思わずゴクリと喉を鳴らすくらいには、ティーナにとって魅力的らしい。ヴィトに向かって食べていいの?と話しかけている。

 ヴィトもその問いかけに、何度も頷いてみせている。このままではティーナが食べてしまうのは時間の問題だろう。記憶を手繰り寄せるように何か考えていたビルギットがティーナの手元をやんわりと押さえつけた。


 「そうねぇ、恐らくこれは、始まりの実(コメンカンタフルークト)じゃないかしら。私も現物は初めて見るけど、似たようなものが描かれている書物はあるの。確かアーヴォの書斎に置いてあったはずよ。口に入れる前にどういったものかちゃんと調べてからにしましょう。逃げたりしないわよ」


 ティーナはビルギットの言葉に頷きつつも、本能で惹きつけられるのか、諦めきれない風にヴィトへ問いかける。


 「ねぇ、ヴィト。このフルークト?は、今すぐ食べなくてもいいもの? 食べた方がいいもの?」


 このタイミングで持ってくるには何か意味があるのかもしれないと尋ねてみる。するとヴィトはじっとティーナの顔を見ている。


 「これは食べろということかしらね。今すぐ書物を調べさせましょう。ティーナちょっと待っててくれるようにヴィトに伝えて」


 ビルギットが近くにいた侍女にイェオリへの伝言を託すと、改めてティーナが持っている枝へ視線を落とした。


 「綺麗ねぇ、美味しそうねぇ。ねぇねぇどこから持ってきたの? いつでも食べられるところになっているの? ヴィトやニーグラたちも食べる?」

挿絵(By みてみん)

 ティーナはすでに食べたくて仕方がないようでくんくん匂いを嗅いだりしている。


 「まだかなー」


 ジレジレと待ち焦がれているティーナの視線の先に見えたものは屋敷の奥から誰かが駆けてくる様子だった。


 ヴィンツェンツだ。


 ヴィンツェンツはティーナの元にたどり着くと、「はいはいちょっと借りるねぇ」と丁寧な仕草でそっと枝を取り上げる。ああっとティーナが抗議の声を上げたが枝はすでにヴィンツェンツにの手の中だ。


 ヴィンツェンツは枝をくるくる回してみながらニコリと笑顔を見せた。


 「ティーナ、これは確かに始まりの実(コメンカンタフルークト)だ。君にとっては確かに美味しいものだよ。だけどね、今はだめなんだ。君の体にあってはならないものがある限り食べちゃぁいけない。だからこれは僕が預かるね。これが生えている場所も知っているから、誰も近づけさせないようにする」


 優しい表情でティーナに説明をする一方で、くるりとシャーフォ達に向き直ると今度は厳しい表情を見せた。


 「シャーフォ達も今後は勝手にこれを持ってくるんじゃない。今後一切これに触れることを禁ずる」


 言葉が終わるや枝そのものがぼんやりと光を強めた。

 そしてヴィンツェンツがシャーフォに向かって注意を促すと、緑色の塊達は眠そうな目をしたままふいっと顔をそらした。


 「お前らぁなぁ、、、確かに僕はお前らを統べているわけじゃないけどな、僕の診たてに間違いはない。今はこれをティーナに与えるタイミングじゃないんだ、判ったか」


 ニーグラもまたじとっとヴィンツェンツを見据えている。一見眠そうに見えても目は口ほどに物を言うというし、ニーグラの意思はヴィンツェンツに伝わっているようだ。


 「じゃ、いつかだって? それは、全てが解決した時だ。そうしたら思う存分、ティーナがもういらないというまで食べさせてやれ。甘やかすのは得意だろう? とにかく今は、お前達はティーナを守護する者として側を離れるな、いいな。それができなきゃ、お前らの代わりを連れてくるぞ」


 ヴィンツェンツの言葉にニーグラだけでなく、ヴィトやいつの間にか戻ってきていたルサもピクピクッと身を震わせた。

 そしてシャーフォの眠そうな目がわずかばかり見開らかれ僅かに見える奥の瞳に、抗議の色が見え、意義ありとばかりにドスドスと足を踏み鳴らす。


 「あくまでもお前達が役目を果たせない場合の話だ、わかったかこの緑野郎ども。お前らが暴走するならこっちは強権発動するに決まってんだろう」


 語尾がやや荒っぽい調子だが、どうやらヴィンツェンツはシャーフォと意思疎通ができるようだ。


 「喧嘩、できてるし」


 ヴィンツェンツとシャーフォ達のやり取りを見ながらティーナは羨ましそうに呟いた。


 「とりあえず、これはティーナにとって今は目の毒にしかならないから預かっておく」


 というや、ヴィンツェンツの手元を見やるとおもむろに口に持っていき、ぱくりと食べてしまった。


 「あ、あ、あ、、、預かるって、、、イッタノニ、、、」


 ティーナから絶望のうめき声が漏れた。


 

目の前から無くなると不思議と先程までの渇望する感情が消えてしまった。

 ヴィンツェンツ曰く、そういうものだ、だそうだ。


 何事もなかったかのようにティーナはビルギットと共に屋敷の中へ入っていった。


 残されたのはヴィンツェンツとシャーフォたちで、その場にヒトが居なくなるのを確認したあと、何やらゴニョゴニョと話をしていたが、誰もその様子を目にしたものはいなかった。


 


 ティーナは着替えを終えると休むことなくその足でイェオリの書斎へと向かった。誕生日のアンティアはもとより、先程イェオリより今日の任務を解かれたクスターも側にはいないが、代わりにビルギットの側付きがいる。ティーナの行動は全て引き継ぎがなされており、ティーナ自ら扉を開ける必要はなかったというか、させてもらえなかった。

 書斎には既にヴィンツェンツもおり、何やら楽しげな様子だ。


 「アーヴォ、、、」


 あなたが私の本当の祖父だと聞きました。と続けることができない。言葉に出そうとして思わず飲み込んでしまう。


 「ティーナこちらへ」


 言いよどむティーナにイェオリが声をかけ、近くへと誘う。近くへ来たティーナを膝の上に座らせると、机の上に置いてあった額縁を手に取り見せた。ティーナの息を呑む音が聞こえる。

 そこには若いイェオリとビルギット、そして子どもたちと思われる男女が映っている。その女の子に目が吸い寄せられた。

 まるで鏡を見ているかのようにティーナに似ている。そっくりというより生き写しのよう。


 「娘と息子だよ。息子はこの前来たターヴェッティとトゥオマスの父親だ。娘は、、、嫁に行っておらんが、、、お前の本当の母親だ」


 言われなくても赤の他人だとは思えない。先程ヴィンツェンツに言われたがこうやって実際に目にするのとではまた全然衝撃の度合いが違う。どう言葉にしていいのか全くわからない。できるのは、イェオリにしがみつくように抱きつくことだけだ。

 ティーナの心の内を察してか、イェオリも優しく抱きしめ体をさすっている。

 しばらくその状態でいたが、ティーナは泣き出してしまった。

 感情がほとばしり出る、正しくそんな泣き方で、泣きつかれるとティーナはイェオリにしがみついたまま眠ってしまった。

 

 「賢い子だが、心の処理が追いついてないのだろう、今日はもうこのまま休ませよう。色々と得た情報が大きいようだし」


 イェオリはチラリとヴィンツェンツを見やる。見られた本人はニコニコとティーナを眺めている。


 まったく、とため息が出る。この遥かに年上の若造に先を越されてしまったのが吉と出るか凶と出るかは明日のティーナの様子をみてからだとそっとため息をついた。


今後、挿絵は変更の可能性あり。

※転載、流用は禁止。

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