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緑の中の  作者: 千砂
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カルナでは

 一方その頃、エルヴァスティのカルナでは。


 パラリと微かな音がする。

 息を潜め、周囲に気取られないようにささやかな音すら立てないように、その手の主は神経質なまでに用心をしているようだ。しかしその努力もあっけなく、徒労に終わることになった。


 「父さん、まだ無理しちゃだめだろ」


 いつの間に来たのか、全く気配すら感じさせない息子にマティアスは内心驚いていたが、そのことはおくびにも出さず満面の笑みを作ってみせる。


 「おおう、我が息子よ。元気にしてたか? そう眉間にシワを寄せているとそのうち癖になって、いずれしかめっ面の可愛くないクソジジイになっちまうぞ」

 

 「余計なお世話だよ父さん」


 ふんとその息子は鼻息荒く答えた。


 「僕のことより父さん。医者から外出許可はもらったの?」


 「ははは、レーヴィよ、固いこと言うなよ。ちょっと気分転換にリハビリを兼ねて散歩してちょっと疲れたから読書してただけだろ。いけないことじゃないぞ」


 「そうだね、言葉上だけで聞けば至極真っ当に聞こえるね。でもね、入院しているはずの場所からここまで歩いて来るなんて無茶もいいところだよ。車にでも乗れば何とかなるだろうけど、許可のない車は近づくことすらできないから、結局、こっそり来るには誰かの協力か、もしくは歩いて来るしかないよね。見たところ一人のようだから歩いてきたんだろうけど、その病院服案外目立つんだよね。しかも行動履歴を追えるシステム搭載してるんだ父さんのは」


 レーヴィの言葉にヒクヒクと口元を引つらせている。


 「なんだぁそうなのか。そういう事は早く教えておいてくれよレーヴィ君。チェッ、着替えてくればよかったぜ」


 「着替えても無駄だよ。今の父さんの体にはナノシステム君が稼働中だからね」


 「あいたー。そういうことか」


 「そういうこと。理解できたなら、帰るよ。送ってく」


 「おう、ありがとな。でもまだ読書したくてな、先に帰っててくれよ」


 「父さん。僕は非常に穏やかに申し入れをしているんだけど、今のうちに応じておいた方がいいよ。何せスグに、、、」


 レーヴィが言い終わらないうちに一帯を揺るがすような大声が響き渡る。


 「マティアス!!」


 乱暴な足音と共にパウリーナの怒鳴り声が響き渡った。


 「あ、、、」


 「でしょ。言わんこっちゃない」


 レーヴィがやれやれと肩をすくめてみせる。こうなると分かっていてパウリーナに声をかけたんだろうと、まったくもって小憎らしい息子だとマティアスは軽く睨みつけるが、すぐさま


 「マティアス!!!」


 太い声も響き渡る。


 「念の為に、スヴァンテさんにも声をかけておいたよ」


 「お前なぁ、やることがエゲツないぞ。それでも俺の息子か」


 「残念ですけど、間違いなく息子ですね」


 「そーかー。なら仕方ないな」


 諦めたのか、マティアスはがっくりと肩を落とした。


 「ちょっと、何のんきに会話してるわけ? どんだけ心配したと思ってんのよ。ねぇちょっと聞いてる?」


 マティアスの胸ぐらを掴みグラグラ揺らしながらパウリーナが凄んでみせている。


 「パウリーナ、大丈夫だ。今度はもっと強力なワームを仕込んで筋肉を操作させて動けなくなるように試してみるよ」


 「おいこら黙って聞いてりゃ何気色悪いことサラッっと言ってんだよスヴァンテ! いってぇ・・・」


 スヴァンテに向けて足を思い切り蹴り上げてみたが、まだリハビリの必要な体は簡単に悲鳴をあげさせる。


 「ちょ、ちょっと、大丈夫なのマティアス」


 自分の所業は気にならないらしいが、痛みを訴えたマティアスを慌てて気遣い始めるパウリーナを見て、レーヴィはヤレヤレと首を振ってみせる。


 「レーヴィお手柄だな。このワームはいい感じだ。この場所のセキュリティもものともしないな」


 スヴァンテが諸手を挙げてマティアスの体内に入れてあるナノマシンの成果を褒めちぎる。

 レーヴィとスヴァンテは血の繋がりは全くないはずなのだが、身内に対しての過保護ぶりという点において非常に似通った考えをしている。

 あの事件でもっとも怪我の大きかったマティアスだったが、動けるようになると度々脱走を繰り返した。その度に対策をしているのだが、これまでのやり方ではラチがあかないということで、病院側からなんとかしてくれと相談があったのだ。そこで、ワームの開発に携わっていたティーナの研究資料をもとに、さらなる機能を追加することに成功をし、その実験第一号がマティアスというわけだった。


 「お前ら、俺を実験に使いやがったな。暴走したり副作用が出たらどうするんだ?え?」


 椅子に座りつつ痛みに堪えつつもマティアスが怒りを表すが、この二人は屁とも思ってない。


 「わざわざ実験するなんて意味がないでしょう。もともとワームは早々に実用化されていますからね。その安全性は保証されてます。単純に機能を追加しただけですから、即実用で問題ないでしょう。実際問題なく稼働しているわけですし、そのおかげで、大事に至る前にこうやって父さんを捕獲、いや、保護できたんですから」


 「そうよマティアス。感謝こそすれ、文句は言わないの。さ、帰りましょう。無茶ばかりして、治るものも治らないわ」


 「でもよ、、まだ、、」


 それでも抵抗を示すマティアスに、パウリーナはきっぱりと告げた。


 「ダメよ。リハビリのメニューは完璧なの。最短であなたが復帰できる内容になっているの。急がば回れで、今は耐えるときよ。このままだといざという時にあなたは蚊帳の外に置かれるわ。そうなると、ティーナの救出に携われなくなるよ、それでもいいわけ?」


 パウリーナの言葉に流石のマティアスも顔色を悪くする。


 「いいわけないだろ。だからこそ一刻も早くって、気持ちが焦っちまうんじゃねぇか」


 子煩悩な夫の気持ちはパウリーナはよく分かっている。できればマティアスの希望どうりにやらせてあげたい気持ちもなくはない。だが、マティアスの手綱を握れるのはティーナの親として同等の立場にいるパウリーナだけなのだ。


 「ねぇマティアス。あの子は大丈夫。絶対に待ってるわ。絶対に絶対に絶対に大丈夫。あんな良い子を助けてくれない世界なんてないもの。あの子はちゃんと自分の立ち位置を分かっていて、マニュアル通りに準備をして、今も絶えず信号を送り続けてくれてるはずなの。そうでしょ?

 一刻も早くって思うなら、まずは自分の体のことよ。いい? これはティーナの言葉と思って聞いて。『怪我人は怪我人らしく大人しく医者の言うことを聞いて怪我を治すことだけを考えなさい!』」


 「、、、わーったよ。まったく、モノマネうますぎるだろうが」


 しぶしぶマティアスは降参とばかりに両手をあげて見せた。それを見たパウリーナは泣きそうな笑顔を見せながら「ほんと、親バカ」と悪態をついた。


 「じゃ、行きましょう」


 パウリーナがマティアスに肩を貸しながら促した。


 「待って、ちょっとだけ待って母さん。父さんさ、何か思いついたの? ティーナにつながるような手がかりを。だからここにきたんでしょ?」


 レーヴィの目は真剣で、マティアスが誤魔化すのを許さないとばかりに睨んでいるようにも見える。マティアスはそんな息子の目を見返すと「ちょっと待っててくれ、レーヴィに引き継ぐから」とパウリーナに断りを入れると、パウリーナは「わかった」とひとこと返しただけだ。


 ポリっと頬をかき、マティアスは話を始めた。


 「レーヴィ、すまん。実は少し前から考えていたことがあった。これは、今では誰も口にしたがらない話だからな。そのせいでシステムも少し変えられたくらいだ。証拠は誰の目にも晒されることないように当時の関係者だけで極秘に片付けられたんだ。俺もメンバーだけどな」


 「それがこの場所?」


 「そうだ。当然持ち出しは許されない。だから来るしかなかったんだ。確認したかったんだ当時のことを」


 ゴクリとレーヴィの喉が鳴る。





 「まさか、そんな、、、」


 「最初はほんの思いつきだった。だが確率として非常に高いんじゃないかと考えるようになったんだ。なんせ、ティーナの親は特別だからな。それでなくても子どもを思う親の気持ちはよっくわかってる」


 マティアスの話を聞いていたスヴァンテもまた、苦い表情を浮かべている。彼も少なからず当時の状況を知っているひとりなのだ。パウリーナは無表情のまま聞いているがティーナを育てた親として多少の経緯は聞いてるはずだった。

 当時まだ幼い子どもだったレーヴィだけが信じられないとばかりに動揺していた。いつも冷静沈着な彼にしてみれば非常に珍しいことだった。だが流石にもう、ただ、狼狽えるだけの子どもではない。すぐさま表情を引き締める。


 「わかった。あとは僕がやる。だから父さんは早く体を治すんだ。僕の方が早かったらメンバーにはいれてやらない」


 「偉くなったもんだなお前も」


 呆れたような言い方ながらも、マティアスは眩しそうにレーヴィを見つめる。そこへスヴァンテがすかさず口を挟んだ。


 「小さな頃から俺が育てたからな、レーヴィは優秀なんだぞ。オルヴォもな」


 「誰がお前の子だ。俺とパウリーナの愛の結晶だ! 、、いてて」


 ギャンギャンとスヴァンテに食ってかかろうとするがどうも締まらない。治りきっていない怪我のため体が再び悲鳴をあげる。


 「ほらもう、馬鹿なこと言ってないで、あんたは今すぐ病院に帰るのよ。じゃ、スヴァンテ、後はよろしく。あんたの子じゃないけど。

 レーヴィ、あんたも1日一回はちゃんと家に帰って来なさい。いざって時、身綺麗じゃなかったらティーナは絶対にハグしてくんないわよ。どうすんの、レーヴィ臭いって言われたら」


 またもパウリーナがティーナの口真似をしてみせると、目をカッと見開き焦りを見せる珍しいレーヴィの姿があった。しかしすぐさま「分かった」とレーヴィは頷いてみせる。


 我が息子ながらチョロいなーと内心思いながらも、そういえばマティアスと同じかと思い至りパウリーナはほくそ笑んだ。

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