社(やしろ)へ2
アンティアの誕生日にくっついてお社へ行くことをお願いしてからたっぷり2日後、イェオリから行って良いとの許可が出た。ティーナは今日か、明日か、とじりじりとして回答を待っていた。しかし諾の答えに喜んだのも束の間、条件を付け加えられちょっとばかりがっかりしたのは隠しようがない事実だった。
社へは詣でて良い。但し、服装には気をつけるようにとのことで、満面のビルギットから細かく指導が入ることになった。
誕生日ではないから白い服でなくても良いが、立場を考慮し、ヴアロンはもちろんのこと、特権階級としての服装をしていくことになった。
思い出しただけでげんなりの様子を見せるティーナだったが、それが嫌なら外出は許されない。
ティーナの場合は髪も隠すのだ。
全身布に包まれて、正直、誰なのか分からないだろう。もっともそれがイェオリの狙いなのかもしれないが。
何枚も重ね着をして襟ぐりの色合いやら重ね具合やら細かく決まりがあり、フルレングスの上に重ね着をすることになるため当然その分重くなるし、ティーナが最も苦手とするものだ。
本人はタンクトップにショートパンツくらいがちょうど良いと本気で思っており、抵抗する材料にするためにも、きっとどこかにいるのではと視界に入る人達をつぶさに観察しているのだが、例え肉体作業をしている男性や警備隊員だったとしても、そんな服装でふらふら歩いている人はついぞ見たことが無かった。
きっと自室や家では絶対にパンツ一枚の人も居るはずだと思ってはいるが、仮に自分の部屋でそのような身軽な格好をしている人がいたとしても、主人筋として認識されているティーナの前で、そんな服装はこれから先もずっと見せてはくれないだろう。内心面白く無いがしかたが無い。
以前、軽量化簡易化を声高にあげ、ビルギットやアンティアに戦いを挑んでみたものの見事に完敗しているため、その辺りの準備はビルギットに丸投げをして、ティーナはアンティアへの誕生日プレゼントに取り組むことにした。
アンティアの誕生日の当日は、なんと言えばいいのかピッタリの言葉が見つからないほどに美しい日になった。
ティーナの記憶の中では穏やかな晴れの日以外の気候変化の覚えはないが、今日はいつも以上に美しい日だと感じる。空気がワクワクしているというか、歌って踊りだしたくなる陽気だ。
窓を開けてみれば空が澄み渡って見えるし、木々も風に揺られてとても気持ち良さげだし、ティーナの寝室では、珠光達がいつも以上に騒がしい。踊っているようような、はしゃいでそこら中を走り回ってぶつかっているような、音が出てないだけで歌っているようにも見える。
とにかく騒がしい。そんな珠光達を置いといて、朝食へと向かう準備を始める。
朝食の時、イェオリとビルギットも口を揃えて言うことは、ラーシュ・オロフ様のご機嫌が良いのだよ、と言うことだった。
ティーナはこの素晴らしい天気のことをそういう表現をするんだろうな位にしかとらえていないが、皆がご機嫌でいられるのは良いことだなと思っていた。
サムリでさえ口角が微妙に上がっている。クスターがそれに気づきティーナに教えてくれた。
使用人を束ねているサムリのご機嫌が良いことは「良い日だ」そうだ。
見られていることに気づいたサムリは一瞬ギュッと表情を引き締めたが、それは長くは続かなかった。
お休みのアンティアはアルムグレーン邸には居なかった。彼女は前日に町に降り、家族のいる家に戻っているのだ。今頃は支度に余念がないことだろう。ティーナもお出かけ用の準備のためビルギットの指揮のもとでお人形化していた。
だいぶ伸びた髪はくるくると結われ首筋があらわになり、その上からヴェールで覆われる。首を振っても外れないし、髪も綻びない。流石だと感心していると、頭をがっしりと固定されてしまった。
最後にうっすら化粧をされヴアロンを被せられて完成した。
輪郭は薄っすら見えるが、どこからどう見ても全身隙間無く布に覆われている何かの人形にしか見えない。怪しさ満点だ。しかし、ティーナ以外の反応は全く違った。
「まぁまぁなんて素敵な娘さんかしらねティーナ。イェオリを呼ばなくては」
ビルギットに手を引かれて居間へ移動する。すでにイェオリも居て、即座に立ち上がるとティーナの側へやってきた。
「ねぇイェオリ、素敵でしょ」
自慢気にビルギットが問えば、イェオリは素直に頷いた。しかも何度も。
「ああ素晴らしいよ。まだ成人前だが、これ程の貴婦人はそうそう居まい」
ティーナはイェオリの手によりくるりとその場で回転させられると何枚も重ねたスカートの裾がふわりふわりと揺れ動く。
「胸が苦しいです」
プハッと息を吐いてみせ、ティーナは訴えた。ようやく日常の服に慣れてきたのに(それでもまだひとりでは着れない)更に輪をかけて苦しいものがあるとは、、、
こんなに窮屈な服はここを除いては、かつて一度も着たことがないため、隙間無く重ねられている胸元が非常に苦しい気がし、胸の下でしっかり結ばれているものを取り去りたい衝動にかられる。
「息ができるのならば大丈夫です。慣れの問題です。そうね、これからは毎日練習するべきかしらね」
ビルギットの最後の言葉に思わず「んんん」と唸り超えを上げてしまう。毎日こんな服を着るなんて、いざという時に全力疾走できないじゃないかと思うが、きっとそれも込みで練習すればいいと言われてしまうだろう。いやアンティアからはそもそも走るなと注意を受けてしまうのは確実だ。
これ以上、不都合な話になるのを避けるためティーナはクスターに声をかけた。
「アンティアが待っているかもしれません。そろそろ行きましょう」
含み笑いをしていたクスターは、口元を引き締めるとうなずいた。
クスターには、ティーナが早くこの場を立ち去りたいと考えていることが分かっていた。