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緑の中の 作者:千砂
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日常へ

 マリアンヌが強制的に連れ帰られた翌日、ターヴェッティがビルギットにお説教をされていた。

 ヴアロンに触れるとは何事かと、静かだけれど、有無を言わせない迫力のある声が部屋に満ちている。
 学舎に入る前には何度となく言い聞かされてきた事を、この年で聞くことになるとは・・・。懐かしくもあるが、このお説教がいつ終わるのか、ティーナは今何をしているのかと、ターヴェッティの心はここにあらずだった。

 ふと祖母の背後に見える広大な庭に目がいく。人が歩いている。やや遠目だが男一人に女二人はわかる。あれは・・・

 「ティーナ?」

 思わず、言葉がついて出た。

 「・・・ターヴェッティ」

 名前を呼ばれたことで我にかえったターヴェッティは、名を呼んだビルギットへ顔を向けると、飽きれたようにはぁっと小さく溜息をつかれてしまった。

 「心ここにあらずですね。いつものあなたらしくありません。そんなにティーナのことが気になるのですか」

 そう問われ思わず「はい」と頷いてしまう。

 さすがのターヴェッティも無意識での、この言動に冷汗が出たがビルギットは怒ることもなく静かに「そうですか、仕方ありませんね」とつぶやいただけだった。

 「明日にはあなた方も戻ることになっていますから、今日だけは特別にみましょう。イェオリもこの件に関しては、あなた方に我慢をさせ過ぎたと反省しておりましたし、私たち同様に・・・待っていたでしょうから」

 ターヴェッティとトゥオマスが期待を込めた表情でビルギットを見つめる。早く早くと気の焦る兄弟をビルギットは最後まで聞きなさいと留める。

「ただし、分かっているでしょうけど、まだ何も話しておりません。くれぐれも注意しなさい」

 最後にしっかり念押しをされたが、ビルギットから許可を得たターヴェッティとトゥオマスは挨拶もそこそこに、まるで幼い子どもに戻ったように本館を飛び出した。





 「ルサ!」

 草影から小さなシャーフォが飛び出してきた。食事をしていたらしく、彼らの主食である果穂を咥えたままだ。ティーナ達がやってくるのが分かった途端やってきたのだろう。

 ぴょんこぴょんことヘンテコに跳ねてルサも嬉しそうだ。そんなルサをティーナは抱き上げた。

 「ルぅサ。なんだか随分会ってない気がするー」

 いつも眠そうで表情の読み取り難いシャーフォだが、ティーナがスリスリと頬擦りすると、ルサの顔がデレた・・・気がし、思わずアンティアとクスターは顔を見合わせる。
 休憩所の前にも中にもシャーフォがいる。皆、平常営業のようで緑色だ。他のシャーフォ達もティーナ達に頭を撫でられにやって来た。そんな中をティーナはルサを抱っこしながら休憩所へと入って行った。

 「今日はねブラッシングをしてみたいなって思ってるんだけど、協力してくれる?」

 ルサを膝の上でこねくり回した挙句、膝の谷間に仰向けで寝かせた。

 櫛を取り出しルサの顎の下にそっと沿わせると一瞬ビックリしたようだが、すぅっと毛を梳かし始めるとルサの目もあわせてすぅっと細くなった。その後はティーナになされるがままに脱力し、全身くまなくブラッシングされている。

 「トロリンモードだねぇルサ」

 膝にかかるずっしりとした重みを感じながらティーナはブラッシングを続けた。





 ティーナに気付かれないようにアンティアとクスターは用心深くティーナの様子を伺っている。

 昨日のハードな一日を、何事も無かったかのように一心不乱にブラッシングをするティーナの表情は穏やかで、アンティアやクスターにも読み取れない。ただただルサのうっとり顔に目を細めながら楽し気に見えている。

 我儘放題のマリアンヌの言動にティーナの心がいっとき乱れたが、ビルギットの体当たりな対応で元に戻り、いや、元以上の信頼関係を築いて、ティーナの気持ちがもち直した。
 そしてケガ人への対応なども冷静にやってのけていた。

 (かたわら)に居たイルマリからも異常は感じられないとの連絡を受けており、ティーナの気持ちが落ち着いている様子が窺える。

 そして今日、何を思って始めたのか分からないが、ブラッシングを行うと言う。
 イェオリやビルギットからはやりたいことがあるのであれば、好きにさせよ、という命を受けており、二人はティーナの動向を見て推し量ろうとしているのだ。





 櫛を通したところから艶が出て来た。元々サラサラで綺麗ではあったが更に磨きがかかった感じだ。

 「ん? 何コレ。抜け毛なんてないと思ってた」

 完全に脱力していたルサの体に変化があらわれた。禿げた訳ではないが、さらさらの毛の隙間からふわふわした柔らかい毛が櫛に絡み付いて抜けたのだ。しかもごっそりと。

 「ダブルコート? でもあまりにも違うわ。採れた方はクリクリで生えている方は真っ直ぐだし。しかもすっごいキューティクル」

 櫛についている毛をむしりとり、再びルサの体に櫛を通す。すると同じような毛が絡み付いて来た。あまりの抜け具合に思わずルサの様子を窺ったが、本人はスピスピと鼻を鳴らしながら蕩けるようにリラックスしている。抜ける毛に対しても痛みは無いらしい。

 「集めよう。シャーフォの毛糸ができるかもしれない」

 その後は手加減しつつも面白いようにルサの全身から毛を梳きとることが出来た。緑色のふわふわした毛だ。
 全身くまなく櫛を通し両手に抱える程の量が採れティーナは顔を埋めて感触を楽しんでいる。

 「今は緑色だから緑色の毛だけど、ルサだったら(ルサ)色の毛が採れるのかな」

 思い立ったらやってみたい。

 ティーナはだらしなく脱力しているルサのお腹にぷぅっと息を吹きかける。寝ていたルサが何事かと首を起こしたが、その前に毛の色が桃色に変化し終わっていた。

 「ルサ、寝てて良いよ」

 (ルサ)色の体毛になったところに櫛を梳き入れる。さっき両手いっぱいに採れたのでそれ程期待はできないと思っていたが、ルサ色になっても同じようにふわふわ毛が抜けるとあっという間に桃色の塊ができた。

 「さすがにこれ以上はやりすぎよね」

 完全に寝ているルサを撫でながらブラッシングを終えようとし・・・

 「スラヴァイ。どうしたの、あなたもブラッシング?」

 じっとルサとティーナを見ていたスラヴァイが自分もと主張してきたのだ。
 その主張の仕方はティーナの膝の上で寝ているルサを引きずり降ろそうとする荒々しいもので、慌てたティーナが「ちょっと待って」とルサをカウチの上に寝かせた。
 その短い時間でさえもスラヴァイにとっては待ちきれなかったようで早く早くとガツガツと前足を踏みならしている。

 「お待たせスラヴァイ。スラヴァイは膝の上に乗れないからここに頭を置いて横になって」

 ティーナの指定した場所は床の上だった。若干不満そうなスラヴァイだったが、諦めたようにふっと息を吐くとどかりと床の上に横になった。その頭を抱えティーナは自らの膝を入れ準備が整った。

 「スラヴァイ、膝枕よ。最初はこのままでブラッシングね。あとで色を変えさせてね」

 最初に色を変えるといつ緑色に戻るのか分からないからだ。
 ティーナは中サイズのスラヴァイにも丁寧に櫛を梳き入れた。
 中くらいのサイズとはいえ、ルサの5倍はゆうにある体だ。面白いように毛を採取することができた。
 途中気付いたことだが、どうやらシャーフォがリラックスすればする程、櫛に絡み付く毛の量が増えている気がする。

 手伝ってくれているアンティアもまた、夢中になってブラッシングをしている。無心になって意外と楽しいらしい。

 「ティーナ様、面白いように抜けますね。これだけ抜けても、全く毛の量が変わらない気がしますが」

 一体どういう仕組みなのか、シャーフォの体毛は採れても全然薄くならない。ティーナもそれが不思議だったが、存在自体が常識破りなシャーフォのこと「シャーフォだから」で大体片付けることにしている。

 片側が粗方終わった時、ティーナがスラヴァイの鼻先に唇をつけて息を吹きかけた。すると瞬く間に体毛が黄色に変わる。眠っていたらしいスラヴァイが片目を開けるより早く毛の色が変化していた。
 そしてクスターに手伝ってもらい、スラヴァイの手足を持ってひっくり返す。

 ちなみにクスターもブラッシングをしようと試みたところ、スラヴァイの抵抗にあった。クスターから櫛を奪い取り、男はお呼びじゃないとばかりに足蹴にしたのだ。
 隙を見てアンティアと交代しようとしたところ、寝ているから大丈夫なのではなく、とろけるように寝ていたはずなのにスラヴァイから激しいツッコミがありクスターは転がされてしまった。それで仕方なく諦めた訳だ。
 しかし女性二人でスラヴァイをひっくり返したり、手足を持ち上げたりするのは難しく、限定でクスターも参加することが許された。

 「ハッキリしてんなー」

 やれやれと蹴られたところを撫でながらもクスターは半笑いだ。

 手加減されていることはクスターも分かっている。でなければ、蹴られてそれで笑っていられるはずがない。以前警備隊と争った時、武器がシャーフォ達の一踏みでことごとく破壊されたのだ。シャーフォに本気で蹴られたら生身の体は簡単に千切れるか複雑骨折してしまうはずである。

 スラヴァイは片目でちらっとクスターを見たあとは、素知らぬふりをしてティーナとアンティアのブラッシングを待っている。

 女子二人にせっせと体中をブラッシングされ、いよいよスラヴァイもとろけてきたようだ。
 脇を梳るためにクスターが脚を持ち上げるが、完全に脱力した体は脚一本でも重い。

 黄色の抜け毛がこんもりと採取できたころにはスラヴァイは四肢を投げ出し顎も突き出した状態で爆睡していた。

 「揺すっても起きませんよ」

 アンティアがゆっさゆっさ黄色の塊を揺すっているが全く起きる気配がない。
 カウチで一足先に寝ているルサをスラヴァイの上に乗せてみても起きない。
 黄色(スラヴァイ)の上に桃色(ルサ)が重なっている。

 「さてと次は・・・」

 「流石におっきいですねー」

 ニーグラはシャーフォの中で最も巨大な体躯をしているためティーナの説得により三人がかりだ。
 当然というか、クスターはお呼びじゃないと最初はゴネていたがティーナの再三のお願いにニーグラが折れた。

 大きな体に対しては櫛もどことなく心許ない。せっせと梳れば徐々にニーグラの体からも力が抜けて来るのが分かる。

 ニーグラ専用の櫛が必要かもねなんて話をしながら作業をしていると、建物の外でガタゴト音がする。
 すかさずクスターが様子を見に出た。
 ティーナが建物に入っている時は、蔦が絡み合いなかなか入ることができないので恐らく入り口を探しているのだろう。

 「こっちですよ」

 クスターが声をかけるとターヴェッティとトゥオマスがホッとした表情をした。

 「やぁクスター。助かった」

 近くにいたブルアとジュスも手伝って、入り口を開けている。

 「お前らもありがとうな」

 礼を言いながら兄弟はようやく建物の中へ入ることができた。

 「すっかり敵認定は解除されたようだな」

 兄弟が初めてここへ入った当時(つい先日のことだが)、身の危険すら感じていたのだ。それが打って変わってシャーフォ達の穏やかさに驚きを隠せない。ジュスの頭に手を置いて撫でても振り払われることもない。

 「ティーナは?」

 「ブラッシング中です」

 以前ティーナが寝ていた奥の部屋には、せっせと黒い塊に櫛を通すティーナとアンティアがいた。その傍らには、黄色と桃色のシャーフォが溶けたように寝ている不思議な光景があった。

 「ティーナ」

 「ターヴェッティ、トゥオマス。いらっしゃいませ」

 ティーナはブラッシングをしながら顔だけ二人に向けて挨拶をする。その顔にはヴアロンはない。
 銀と緑が混じり合ったなんとも言えない瞳が二人を見ている。瞬時見とれたがティーナが小首をかしげたのを見てターヴェッティは慌てて話を持ち出す。

 「面白いことを始めていますね」

 「見て。シャーフォの抜け毛。とってもキレイです」

 ティーナの指す方に緑、桃、黄、黒の毛がこんもりと置いてある。室内だというのに、キラリと輝きを見せる抜け毛に兄弟はほぉ、と頷いた。

 「高級な糸みたいだな。何に使うんだ?」

 「まだ決めてないです。紡いで毛糸にしてもいいし」

 うーんと考えてもすぐに思いつけない。

 「ターヴェッティとトゥオマスが住んでいるところは寒いですか?」

 突然の質問に兄弟が目をぱちくりと瞬かせ「何か作ってくれるのか?」と逆に問えば、ティーナは笑顔で頷いている。

 「ここはあまり寒く無いので、折角なら実用になる方がいいかな」

 ティーナの答えになるほどと皆が頷いた。

 「言われてみればだけど、確かに都のほうが寒いですね」

 「だが、あいにくそこまで寒いわけじゃないのも事実だ」

 うーんと皆で考えるもいい考えは浮かんでこなかった。そこであとでティーナが考えることにして今は目の前に横たわるニーグラのブラッシングに取り掛かった。

 緑色の毛がダントツ多く、次いで黒が山をなしている。

 「ニーグラも寝てしまいました」

 ルサの何倍だろうか。

 ルサがよくニーグラの上に乗っかっているのをよく見るが、ルサの大きさからすればニーグラは安定感抜群なんだろう。
 プスプス鼻を動かしながら眠るシャーフォ達の姿を見ていると、またしても外でガサゴソ音がする。

 「よう」

 クスターが見に行くまでもなく「外のシャーフォが入れてくれた」と言ってイルマリが入ってきた。
 外のシャーフォとは恐らくブルアとジュスだろう。
 イルマリの差し入れるあるモノがシャーフォ達の大好物となってからは、イルマリに対する態度は非常に良い。

 「お、今日は寝てるやつもいるのか」

 桃色(ルサ)黄色(スラヴァイ)黒色(ニーグラ)の塊を見て珍しそうにしている。イルマリはシャーフォの色が変わっている状態もあまり見たことはないためか、寝ていることをいいことにあちこち触りまくっている。

 「いつもの差し入れを持ってきたんだがどうすっかな」

 そう言うと篭の中から取り出したものをルサの鼻先にぶら下げてみる。すると、爆睡していたはずの目がパチリと開いた。

 「お、起きたな。ルサ、食うか?」

 メロニの種の皮が目の前にぶら下がっているのに気づくと、ルサは体を起こすより早くぱくりと齧り付いた。ムシャムシャと美味しそうに咀嚼している。

 続けてイルマリはスラヴァイやニーグラにも与えていくと、最後にシャーフォ達が空になった容器を代わる代わる舐めている。

 「他の奴らにはもう上げたからな」

 欲求に素直なシャーフォが欲しがってやって来ないのは、そういうわけだったのか。イルマリも慣れたものだ。

 「それは?」

 トゥオマスが尋ねると「チートローノで溶かしたメロニの種の皮。ちなみに中身は甘くて美味しい」とティーナがうっとりと答えた。

 「メロニの種の皮? なんだそりゃ。メロニには種があったのか、見た事無いな」

 それはそうだろう、ターヴェッティやトゥオマスは既に綺麗に盛りつけられた状態のメロニしか知らないので、メロニに種があることもしらないのは当然だ。そもそもメロニの種を扱うのは非常に危険なため、実を切り取られた後はすぐに地中に埋められるのが常なのだ。

 「お腹・・・空きましたね」

 美味しそうに食べるシャーフォの様子を見ながらティーナがぽつりと零すと、イルマリが待ってましたと篭の中から次々と取り出した。
 野菜や果物やパン(パーノ)、他にも美味しそうな香りを放つ料理に誰もが期待してイルマリの手許に注目しているのが見て取れる。待ちきれないとばかりにティーナがイルマリの傍に行き手伝い始めた。

 「今日はここで昼食を食べても良いと旦那様と奥様からのお計らいだ。さぁ好きなだけどうぞ」

 調理された料理が種類別に所狭しと並べられているのを前に、イルマリがニヤリと笑う。当然、ターヴェッティとトゥオマスの二人は顔を見合わせて手を出しかねている。本来なら側に居る誰かがサーブをしてくれるからだ。

 「お嬢ならこれらをどう盛りつける?」

 イルマリが謎かけのようにティーナに問う。
 するとティーナはやや考える素振りは見せたものの直ぐに動き出した。

 「まずはパン(パーノ)2枚に、バター(ブテーロ)をたっぷり塗る。片側のパン(パーノ)に野菜を置いて、その上にメインの(カールノ)を置いて・・・。そしてソースをかけ更にチーズ(フロマージョ)を重ね、最後にパン(パーノ)を・・・できました」

 そうして手づかみでギュッと上下を押しつぶすと大きく口を開いて直にかぶりついた。上下から押しつぶしたことでソースがたらりとこぼれ落ちるが全く気にする様子も無くかじりついている。
 少々(カールノ)が噛み切り難いのか何度かガブガブと噛み直していたが2〜3回噛んだところで切り取れたようだ。

 ソースがティーナの唇をてらてらと照らしているが本人は全く気にしていない。むしろ非常に満足気だ。
 皆がティーナを注目している中で、手に持ったものを皿の上に置いて、ハンカチで口を拭った。

 「美味しいです。でもちょっと工夫したいです」

 そう言うと再び手を伸ばす。するとアンティアがすぐさま皿を遠ざけたため、ティーナの手は空振りに終わった。

 「あーーーっはっはっはっはっは。おもしれぇなぁ。さすがお嬢だ。肉もそうやって食うのか」

 突然大笑いをしたイルマリがアンティアの手から皿を奪い取ると再びティーナに戻してくれた。アンティアの抗議の声はクスターに口を塞がれたためモゴモゴとした悲しい音だけが聞こえて来る。

 「お嬢はアイディアの宝庫だな。普通ならひと皿に綺麗に盛りつけていくんだが、・・・そう来たか」

 「でもこれは失敗です。(カールノ)、もうちょっと違うのがいいです。団子がいいです。美味しいけど噛み難いから」

 「その(カールノ)の団子について何かアイディアはあるかい?」

 「あります! 大好きな料理です。今度作りましょう」

 既にティーナの頭の中には構想が浮かんでいるようで、思い出し笑いのようにむふふと楽し気だ。イルマリもうんうんと頷いている。そこに割って入ったのがトゥオマスだった。

 「ちょっと待った。今度じゃなくて今日作ろうよ。俺ら明日帰るんだ。おいしい料理が出来るのに食べられないんじゃ気になって仕方ないだろう」

 トゥオマスの提案でイルマリが仕方ないなと呟くと、ティーナと何やらごにょごにょ話をしたあと「わかった、ここで待ってな」と言いおいて休憩所を出て行った。

 イルマリが出て行ったことを確認すると、アンティアがティーナに詰め寄る。

 「ティーナ様! なんてことをなさるのですか。お肉にかじりつくとは! お食事なら私が取り分けるまでお待ち下さいませ」

 「えー。卵の『サンドイッチ』と同じです。サンドイッチ万能です。この(カールノ)は食べ難いけど。この方法なら一度に食べられるから簡単だし早いです」

 凄い剣幕で怒るアンティアに、全く悪気なくきょとんとした表情でティーナが口答えをしている。どことなく姉妹喧嘩のような(てい)に見えるあたり、それほど深刻なことではないのだろう。クスターも止めもせずに苦笑いで眺めている。

 確かに、基本的に食事を手づかみでというのは褒められた行為ではないとされる。現にターヴェッティもトゥオマスもティーナの肉をほぼ手掴みでという行動に目を見開いてしまっていた。
 ようやくその衝撃から回復したターヴェッティがアンティアとティーナの争いに割って入った。

 「ティーナは、以前からこの様な食事をしていたのですか」

 「『サンドイッチ』です。野菜や(カールノ)や好きなものをパン(パーノ)に挟んで食べることは日常的にしてました。手軽だし美味しいです。そういう専門店もあります。嫌いな人は、私のまわりでは聞いた事無いです。でも、バランスが大事。全部が同じくらい美味しく無いとバランスが悪いです」

 笑顔で頷いたティーナの言葉にターヴェッティは興味が湧いたようだ。

 「この場合は(カールノ)がダメだったと?」

 ティーナは気まずそうにはにかんだ。

 「この(カールノ)はとても美味しいです。でもとても厚みがあります。私の食べ方には合いません」

 「ところでイルマリは何をしに出て行ったのですか?」

 ふふっとティーナは含み笑いをする。そして「内緒です」とだけ答えると「食べましょう。冷めます」と言ってターヴェッティに空の皿を渡す。自分で取り分けろと言っているのだ。

 「分かりました。なんだかワクワクしますよ」

 アンティアが「私が、、、」と言うのを「何事も体験です」とやんわりと断り、意外にも楽しそうに盛り付けをしている。しかもセンスがいい。

 「たったこれだけなのに何だかいつもより美味しく感じますね」

 美味しそうに咀嚼するターヴェッティの姿をティーナも嬉しそうに見ている。




 食べ終えてしばらくすると、再び外でガタゴト音が聞こえて来た。その音にティーナが直ぐに出て行くと案の定イルマリが戻って来ており、傍らには可愛らしい荷車がある。その中から食材と様々な道具が取り出された。

 「移動式のコンロだぞ。凄いだろ」

 イルマリは手慣れた様子で小型のコンロを休憩所から少し離れた場所に設置すると、すぐさま火をおこし始める。ちなみに焚き木も持って来てたらしい。
 ティーナも手伝おうとするとイルマリが止めた。

 「お嬢はこれをやってくれ。材料は揃ってるはずだ」

 荷車からバスケットを取り出すとその中からティーナが頼んでいた食材や調味料が出て来た。喜んで受け取ったティーナは、アンティアと一緒に中身の確認を始めた。

 「玉葱(セーポ)(カールノ)(オーヴォ)(ラークト)・・・」

 アンティアに手伝ってもらって発音を含めてお勉強もしているようだ。アンティアの言葉を繰り返す一生懸命な姿も微笑ましい。

 「(カールノ)挽き肉(ミキシータヴィアーンド)・・・」

 ティーナは料理の手順を説明しているようだが、まだ料理の専用の言葉までは流暢に話せず片言のようだ。だが、言えないのならやってみせることで正しい言葉をアンティアから教えて貰っている。
 時折思い出すように手は止まるが、その手つきは何度か作ったことがあるんだろうなということを連想させる位には慣れて見える。
 最終的に材料を一つに捏ね回し、それ程時間はかからずに下ごしらえが終わったようだ。

 適当な量を取り両手でパンポンと挽き肉のかたまりを打ち付けて形を整えたものをイルマリが準備しておいた鉄板の上に並べ置くと、途端に油が跳ねてジューッといい音がする。すると間もなくいい香りが周囲に漂い始めた。

 肉の焼ける良い香りが濃くなり出した頃、ティーナが怪訝な顔を見せ始めた。小さな声で「何だか思ってたのと違う」というつぶやきをイルマリはちゃんと聞こえていて、ティーナがどう出るのか様子をうかがっている。
 すると何か思いついたのか得意げにターナーを持ち出した。

 ティーナがターナーでぎゅっと上から押し付けているのをイルマリが微妙な顔で眺めている。
 形を作ったのはティーナだったが、どうやら肉が膨らんで思った以上に厚みが出たのを平たくしようと無理に押しているようだ。無理に押しているせいで端が崩れているのもある。

 「ひっくり返すの難しいです。でも頑張ります。腕の見せ所です」

 (りき)みを見せるティーナの手からさっとターナーを奪い取ると、イルマリはモノの見事に全てをひっくり返してみせた。良い色に焼き色のついたそれらからは非常に良い香りが漂って来る。

 「あ・・・むぅ・・・まぁ上手ですねイルマリさん」

 若干、悔しそうなティーナだが発する香りに目を輝かせている。

 焼き具合を判断するのは最も難しく、実は、故郷(エルヴァスティのカルナ)でパウリーナと料理をする際にも成功した試しがない。そのため、あっさりイルマリにバトンを渡してしまった。

 トゥオマスが「最後まで自分でやらなくていいのか」と言うが、「それよりも美味しい方が大事です」とティーナは力説する。
 なんでも下手をすると外側は焦げて、中が生という恐ろしいことになり得ると、非常に詳しく説明をするティーナにトゥオマスも納得をした。

 肉が焼き上がる直前、ティーナは最後の準備に取りかかる。

 「 パン(パーノ)バター(ブテーロ)を塗ります。好きな野菜を乗せます。私はチーズ(フロマージョ)も入れます。そして焼き上がったハンバーグ(ビスクヴィートデハンブールグゲーロイ)を乗せて、パン(パーノ)で挟んで、できました!」

 人数分の『サンドイッチ』を作り終えると、ティーナはさっそくかぶりつこうとした。

 だがその時、アンティアに皿ごと奪い取られてしまった。せめて切ってからというのだ。
 大口を開けて齧り付くのも料理の一部だとか意味不明な論理を展開し反発をするティーナに対し、アンティアはさくっと四等分に切り分けてしまう。その断面から肉汁がじゅわっと流れ落ちた。

 「あああああ・・・」

 実に情けない声をティーナはあげている。こぼれ出た肉汁はすっかりパン(パーノ)が吸い取ったらしく若干柔らかくなり過ぎているようだが、そんなことはティーナには何の障害にもならないらしい。やはり手で掴むとばくりと噛み付くように食べてしまった。

 「んー、美味しいですーーー。アンティアもクスターも食べて」

 イルマリもターヴェッティもトゥオマスも既にかぶりついている。アンティアとクスターも薦められるままに食べてみると、みるみる笑顔になっていく。

 「お嬢、これは旨いな。まぁ最初は若干ひいちまったけど、これはアリだ」

 イルマリは研究熱心な料理人らしくしっかり分析を始めた。

 「でもイルマリさん、これもまだちょっと食べ難いです。もっともっと薄くして焼くといいです。それと玉葱は先に炒めるのが正解でした・・・失敗しました」

 「なるほどな。まだ余ってるからそうしてみるか」

 当然とばかりにティーナも参加しようとしたが、イルマリは一切手を出させない。その攻防が面白かったようでターヴェッティが笑い出した。

 「ティーナ、イルマリにかつて食べていた内容を教えてあげれば良いのです。きっと美味しいものになるように工夫してくれるはずです」

 食材からティーナを引き剥がすことを成功したところで、イルマリはいつもの手際で食材を刻み始めた。
 しかたなくティーナは思いつく限りのことを(しかも片言で)話す一方で、日頃、食べる専門のターヴェッティやトゥオマスも楽し気に意見を出している。
 皆が楽し気に笑いながら、ああでもない、こうでもない、などと意見を言い合っている様子はなかなか楽しそうだ。

 イルマリは「そうかそうか、ほー」などと相づちめいたことを言いつつも、ティーナ達の意見を取り入れているのか分からないが、料理を作る手は止まらない。

 そして当然だが、出来上がったものを食べるのはそこにいる者達だ。材料が尽きるまで繰り返された試作で全員のお腹はぱんぱんだ。

 「もう、夕飯は必要ありません」

 その言葉にそこにいる全員が同意した。最後まで元気に食べていたのはトゥオマスだった。

 イルマリはまだまだ改良できるはずだと今後の展開を約束し、後日、パン(パーノ)も専用のモノを焼いたりして完成したものを振る舞われた。そしてこの料理はイルマリによって「ハンブルゲーロ」と命名された。





 「おなかいーーーーーっぱいです」

 食べ終わった後、デッキにあるカウチや椅子で寛いでいると、シャーフォ達もやって来てどかりと座った。それにあわせてティーナも床の上に座る。ティーナを取り囲むようにシャーフォ達も配置が変えると、ティーナは全く遠慮なくシャーフォに寄りかかる。

 「ぽかぽかで眠くなりますねー」

 あまりの心地よさにティーナの目が閉じてしまいそうになる。そんな様子をターヴェッティは穏やかな表情で見つめている。

 「ティーナ、私はあなたに謝らなければなりません」

 「謝る? 何をですか」

 ティーナは思案するが全く心当たりがないと言う。

 「あなたにマリアンヌを会わせてしまったことです。私もあなたにお会いしたかったので迂闊にも軽率な行動をとってしまいました。その結果、ティーナに苦しい思いをさせてしまいました」

 するとティーナは「ああ、そのことですか」と言うと、笑顔で答えた。

 「問題ありません。何事も良いこともあればそうでないこともあります。マリアンヌも立ち直るきっかけができたと思えば『怪我の功名』です。それに私も、アヴィーノとアーヴォの気持ち、すごくすごーく嬉しかったですし」

 ビルギットの体を張った行為にそれまでティーナが漠然と不安を抱いていた事柄から開放されたのだ。

 「過ぎたことを反省するのは大事です。でも引きずり過ぎたら前に進めませんし、いくら悔やんでもその時のことは取り返せません。だから同じ事を繰り返さない、前向きの姿勢が良いです」

 ティーナの笑顔を見ていたターヴェッティは「ああ、そうか」と呟く。そしてゆっくりと手を伸ばし「ティーナは良い子ですね」とティーナの頭を優しく撫でた。

 そんなターヴェッティの様子をティーナは不思議そうに眺めているが、どことなく嬉しそうだ。

 「ずるいぞターヴェッティ」

 トゥオマスも加わってティーナの頭はなかなか忙しい状態になる。そのせいで髪を隠すためのスカーフが微妙にズレたのをターヴェッティがそっとスカーフを引いて元に戻した。

 「ティーナに会えて本当に良かった」

 「私もです。ターヴェッティとトゥオマスに会えて良かったです」

 そう言うとティーナは両腕を広げてターヴェッティとトゥオマスを抱きしめた。

 「だから気にしないで下さい。明日からまた日常に戻って頑張りましょう」

 兄弟に言った言葉でもあるが、ティーナ自身、過去の研修を思い出しながら「ああ、こういうことか」と実感していた。

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