お仕事を見つけた
身支度を整えたティーナは、クスターにさっき摘んで来たばかりの植物と紐を持って来てもらった。
「ティーナ様、それをどうなさるのですか?」
居間のテーブルに山と置かれたものをティーナが十本くらいを一纏めにして茎の根元部分で束ね始めた。アンティアとクスターが不思議そうに見ている。
「こうやって、束にして、乾燥させるの。で、乾燥できたらお茶にする。でも、その前に本当に飲めるかどうか、成分検査、しないといけないです」
ティーナは手を止めることなく、多少不慣れな様子ながらも何とか一個目を縛り終えた。ポンと置かれた束をクスターが手に取り見ている。さすがに不慣れなだけあって若干歪なのが気になったらしい。きゅっきゅっと締め直されると粗雑に扱っても崩れる事はなくなった。クンクンとクスターが手を匂っているのを横目に見ながらアンティアが質問をした。
「もしかして、毒の可能性もあると?」
「現段階では、何とも答えられないです。でも、見た目も似ているし、香りも似ているし、多分『ハーブ』として使えると思う。だから念のため、調べますね」
答えながらもテキパキと作業をこなしていくティーナを見て二人もお手伝いをしてくれる事になった。
「束ねるだけなら直ぐにできます」
イェオリが抱えるほどの量とはいっても、三人で作業をするとあっという間に終わってしまった。
「ね、クスター。この紐を部屋のあっちからこっちに掛けて欲しいの。この束を干したいから」
「え・・・。ココに干すんですか? なら俺達の作業場の方がいいですよ」
クスターだけでなくアンティアもまた、ここに干すのは止めた方が良いと言う。理由はーーー
「みっともないからです」
歯に衣を着せぬ物言いでアンティアが窘めるが、ティーナは気を悪くする事はなくケロリとしている。
「大丈夫。私とアンティアとクスターしかいないから」
「旦那様と奥様もいらっしゃいます。見つかったらどうなさるんですか」
「見つかっても良いです。理由は言います。それに手元において観察したいの。時々、抽出して、成分検査をして、本当に口にしても大丈夫なのか、みます。ここにある方がとても都合がいいのです」
理路整然と、さも当然だと言い張るティーナの様子は、二人がこれまで見てきた通りの、言い出したら聞かない態度そのものだった。
エルヴァスティだろうがこの世界だろうがやりたいことはとことん押し通す。その性格は世界が変わっても変わらない。マティアス一家も今のアンティアとクスターと同様に、諦めの境地に陥った事は一度や二度じゃない。
根負けしたクスターとアンティアは渋々即席の物干を作り、ティーナは嬉々としてお茶の束を干すのだった。
「これが出来たら、一番に御馳走する。楽しみに待っててね」
一仕事成し遂げた後のように爽快な笑顔を浮かべるティーナに対して、アンティアとクスターは頬を引き攣らせたまま頷くだけだった。きっとメイド長やサムリからお小言の一つや二つは言われるだろうと覚悟しなければならない。壁に沿わせての一種のインテリアのようにも見えなくも無いね、と部屋の主は実に嬉しそうだった。
「じゃ、次をお願い」
ティーナからのお願いとは、熱湯と茶器を持って来て欲しいとのことだった。
「まさかこれを? まだ乾燥しておりませんし、今日はいつものお茶をお飲み下さい」
「うん。いつもありがとう。でもね、今回はなるべく熱いものが欲しいの。出来たら湧かしたてみたいな」
「うーん・・・。厨房からこちらまでどんなに急いでも沸かしたてのようなお湯は難しゅうございます。・・・そうだわ、シェフの研究室でしたらどうでしょう」
「確かにそう。途中で零して火傷なんてことになったら大変。さすがアンティア! 良い考えね」
そういうことで、いつものように思い立ったが吉日的素早い行動で、ティーナは一束掴むと早速厨房へ向かって歩き出した。
「ちょ、、、ティーナ様! 待って下さい。俺が先に話つけて来ますから!」
クスターが慌てて止めに入る。幾ら最近シェフと親しくなったからと言っても、特に今回は見知らぬ植物を持ち込むため、先に断った方が良いと言う。
「そうですね。確かに。これまでとは違う事しようとしていますから。では、クスターお願いします」
神妙に頭を下げるティーナに少しばかり奇妙な雰囲気を感じ取ったけれど、主が頭を下げてお願いするのに対して、何か怪しいから嫌だとは言えない。
毒かもしれない物を持ち込むかもしれないと口にした時のシェフの反応を想像し気が遠くなりそうになったが、頭を元に戻したティーナの目が期待に満ちており「早く行け」と言っている。クスターはひとつ頷くと部屋を後にした。
「丁度良いわ。この間に準備しておきましょう」
ティーナはアンティアに断りを入れ、一人で寝室に戻ると自分のリュックを開けて、中から片手サイズのケースを取り出し昼間も使ったバッグに放り込んだ。そして充電装置に繋いでいた端末を起動させ、過去のファイルを引っ張り出した。画面に表示されたのは、かつてティーナが医療支援で訪れた島で飲んだシデリティスという植物だった。滞在したコテージの庭に自生していたものだ。
(確かあの時、時間があって抽出したお茶を調べた気がする。で、結果をここに保存していたと思うけど・・)
画像と同じフォルダにシデリティスのお茶の成分表が消されずに残っていた。ティーナはそのデータを表示したまま端末をスリープさせ、これもまたバッグに放り込んだ。
バッグを手にしティーナが寝室から戻ってくると、一人で居間にいたアンティアは植物をしげしげと眺めていた所だった。
小さな花の塊を摘んで千切り、手のひらの上で指で押しつぶして分解し間近で見ていた。ティーナが戻って来たところでアンティアはその手を前に差し出して質問をした。
「ティーナ様。この黒いものは何でしょう?。虫や虫の卵ではありませんよね?」
淡い黄緑色の葉や茎、可愛らしい黄色い花といった取り合わせなのに、一種類だけ異質なように見え、どうしても黒い粒が沢山ついているのが気になると言う。アンティアは僅かに眉を寄せて、この不釣り合いな色味を心配しているようだ。
「多分ね、花粉だと思うの。その証拠に、ほら花の中から出てくるし」
ティーナは別の花を摘み、アンティアの手の上で同じように分解してみせて説明をすれば、ようやくアンティアの頬が緩んで安堵の色が見えた。
「あら、本当ですね。黄色に黒のつぶつぶが沢山見えるので、害虫かと思っていたのです」
アンティアの言葉にティーナは「お?」という表情になったかと思うといきなり笑い出した。
「どうしたのですか? いきなりお笑いになって」
どこに笑う要素があるのかと首を捻るアンティアに、ティーナは首を振って答える。
「実はね、私も、初めてこれに似たお茶を見たときね、同じ事を思ったなって思って。黒い点々を見つけたとき、既に一杯目を飲み終わっていてね、慌てて現地の人に説明を求めたんだけど、花粉だから問題ないって言われて安心したのを思い出したの」
「そういう事があったんですか。それでそのお茶は?」
「美味しく頂きました。爽やかな風味で美味しかったです。好みで甘味を加えたりしても美味しかったと覚えてます」
「然様ですか。これも同じモノだといいですね」
この世界でも美味しいお茶は女の子の大好きな物の一つで、食通ならぬお茶通として知られれば一目置かれたりするらしい。アンティアも多分に漏れずお茶が大好きで、お茶の色んな事をティーナに教えてくれる。お陰で少しずつ違いが分かるようになってきた。だからティーナはこれを見つけたとき、直ぐにアンティアの事が頭に浮かんでいた。
「ティーナ様、戻りました」
クスターが厨房から戻りシェフからOKが出たと知らせてくれた。しかも二つ返事で直ぐに持って来いと言ったそうだ。
ティーナはやったと嬉しがりクスターの両手を掴みブンブンと握手をすると、すぐにバッグと植物の束を持って扉へと向かった。今度はクスターも止めずにアンティアの後から扉を閉めてティーナに付き従った。
「おーおー。今日も相変わらずうるせぇなお嬢は」
厨房の入口で見慣れた人物が立っているのが見えティーナは駆け出した。
「イルマリさん! ランチ美味しかったです。それに、どうもありがとうございます!」
「はっ。ったくお嬢も物好きだねぇ。毒かもしれないって? それをわざわざ自分で調べたいって、アホか。あんたは」
言いたい放題のイルマリだがその目には優しさが見え隠れしている。いやどちらかと言うと楽しそうな感じだ。
「で、どれだ? 物は」
「これです! 今日の収穫」
後ろ手に隠し持っていた束を、じゃじゃんと音付きでイルマリの前に差し出してみせる。すると意外な反応がイルマリから返って来た。
「おおおお? オリオスの茶か!」
「イルマリさん、ご存知?」
イルマリの反応にティーナもアンティアもクスターも首を傾げた。
「ああ、知っているも何も・・・、これは薬草だ。久々に見たぜ」
さっき居間でアンティアがやっていたように花を指で潰したり、嗅いだり口に入れて噛んでみたりして、何か納得したように頷いている。やはりイルマリの知っている薬草のようだ。目を細めてひどく懐かしそうに見ている。
「お嬢、調べるまでもねぇよ。これは俺がガキの頃に、ばーさんから一日一杯は必ず飲めと言われて飲まされていたんだからな。いやぁ実に懐かしいな。飲ませてやるから着いて来い」
三人はフリーズしてしまったように、イルマリを見つめ出遅れてしまった。イルマリの飾らない笑顔は実に稀少だ。特にアンティアとクスターはその事をよく知っていた。残された三人は互いに顔を見合わせ、そしてさっさと歩き出したイルマリの後を、黙って追い掛けた。
「イルマリさん、これ乾燥してないです。飲めます?」
いち早く通常営業に戻ったティーナが、自分が飲んだのは乾燥させて保存してあったものだということを伝えるとイルマリは軽く手を振って答えた。
「問題ない。オリオスは、摘みたては清々しいほどに爽やかで若々しい香りだし、乾燥させたものは落ち着いた香りになる、そんな違いだけだ。まぁ若干味も変わるけどな、どっちも好きになると思うぞ」
本当にイルマリはこの植物について知っているようだ。
「椅子を準備して待ってな」
研究室に入ったイルマリはケトルを火にかけたあと、棚からガラスのティーセットを持って来た。
「このポットの大きさだから、そうだな5本くらい入れろ。バーカ、折って入れるんだよメイド」
イルマリは一本取り出し、適当な長さに折ってティーポットに入れて見せた。アンティアはようやく合点がいったように、同じように残り4本を折って入れている。茎だけの部分や、花穂だけの部分、色々取り混ぜて随分賑やかなポットの中身だ。
その内に微かな酸味を含んだような独特の香りがふんわりと周辺に漂ってきた。ティーナはティーポットに顔を近づけてふんふんと嗅いでいる。そして隣にいるクスターにも手渡した。
そんな彼らの様子を目の端に入れながら、その間にもイルマリは着々と準備をしている。
「イルマリさん、これは何ですか?」
蓋のついた陶器が3つ並んでいるのを指差してティーナが質問をする。
「後のお楽しみだ。まだ開けるなよ」
そう言いおいてイルマリが次に取り出したのは、グレープフルーツ大の濃いオレンジ色の丸い果物だ。ティーナはそれが何か知っている。なぜなら、少し前にひどい目にあっていたのだ。
その艶やかなオレンジ色を見て、エルヴァスティに居る頃に食べていた甘いオレンジだとばかり思って手を伸ばしたのだ。くし切りにされプレートに並べておいてあったものを摘んで一口齧りついた。その時の酸っぱさたるや、あまりにも酸味が強くてその場で額に手を押し当てたまましゃがみ込んで動けなくなってしまったほどだ。
アンティアもクスターも顔を引き攣らせていた止めようとしたけれど、一歩遅かった。
(あれは間違えちゃいけない。あれはああ見えてレモンの類いなんだから。しかも知っているレモンの10万倍はある、武器にも使えそうな位にスッパイ!)
その時の事を思い出したのかティーナの口の中には唾液が溢れだし、ゴクンと飲み込んだ。
「お嬢、何だその顔。あんときの事まだ覚えてんのか? あははっ。まぁ傑作だったけどな。
あんときにも言ったが、チートローノはな、一房も食べる必要はないんだぞ。こうやって、細くいちょう切りにして使うんだよ。まぁその面を見てれば、しっかり理解しているようだけどな。おっと、そうだった。お嬢に言われて作ってた物があった」
コトンと目の前に置かれたプレートからふわっと爽やかな、ティーナの良く知るレモンの香りがあたりに漂う。ほんの一房分を一口大に切っただけの少量なものなのにかなり存在感を出している。思わずまたゴクンと唾を飲んでしまう。
「ほらよ。チートローノのミエーロ漬けだ。なかなかいけるぞ」
ミエーロが染み、色が更に濃くなったチートローノの串切り(極細)が綺麗にプレートに並べられている。これは強烈な爽やかさの押し売りはしていないようで、口の中で何となくレモンとミエーロの絡み合った様子を想像し、違う意味で唾液が沸いてくる。
ミエーロとは野山に巣を作り数百という大集団で暮らすアベーロという昆虫が作る蜜の事だ。植物がつくり出す蜜を集めて作られるアベーロの蜜は、植物の種類の違いで香りも味も粘度すら変わってしまうという。
人が同じ植物から蜜を集めてもミエーロのようにはならないそうで、アベーロはとても大切にされている昆虫らしい。
「美味しそうですね」
「ああ、うまいぞ。チートローノそのものの酸味が苦手なヤツはこっちだな。お嬢は断然こっちがいいだろう。茶請けにも丁度良い」
ティーナはうんうんと頷いている。
チートローノの香り漂う中、お湯が沸きイルマリがガラスのティーポットに注いでテーブルに置いた。
「まぁ可愛らしい。見た目がとても美しいですね」
お茶好きな女子であるアンティアがガラスの中で熱湯に翻弄されて浮かんでいる“オリオスのお茶”をうっとりと眺めている。
次第にお湯が色づきはじめ、黄色い花のような色が出て来た。
「3分くらいで一煎目は丁度良いぞ。そら飲んでみろ」
ティーカップに注がれた淡く美しい黄色はとても美味しそうで、見た目だけでも爽やかさを感じる。
誰よりもまっ先に口を付けたのは“オリオスのお茶”を良く知っているイルマリで、冷ます事無く飲んでいてそれでいて「うまいな」と懐かしそうにしている。
それを見て我慢出来なくなったアンティアが「毒味ですから」とティーナに断り一口含んだ。既にイルマリが飲んでいるから毒味なんていらないはずだよなとクスターは思ったが口には出さなかった。
「ほおお、美味しい。えぐみや渋さ、そういったものは一切感じませんね、何とも独特な爽やかさ、いえ、まろやかさを感じます。甘いお菓子や、ひょっとするとお肉にも合いますか?」
目を閉じて舌や鼻腔に残った余韻を言葉にしたアンティアに対し、お茶よりも先にミエーロ漬けに手を伸ばしていたティーナがそちらもすすめる。
「きっとこのチートローノのミエーロ漬けも合うと思います」
酸味と甘み、どちらかというと甘みの方が勝っているが、このお茶にはきっと合うと思った。アンティアもさっそく手を伸ばして口に入れると驚いた表情をしている。そして再びお茶を含み満足そうに微笑んだ。
「おいメイド、これらも試してみろ」
「まぁミエーロとアールツェ、それからこちらはツィナーモですか」
「正解だ。好みで試してみろ。茶はたっぷりあるからな」
「はい、ありがとうございます」
蓋のしてあった陶器の中身はそれぞれミエーロと、アールツェと言われる樹液をそのまま煮詰めたもの、そしてツィナーモという木の皮を乾燥させて粉末状に加工したものが入っていた。ツィナーモはかなり香りが強いもので好き嫌いが別れそうだ。
ツィナーモはこの辺りでは採れず赤の国というところからの輸入品らしい。流石料理人だけあって色々と珍しいものを取り揃えている。
ティーナとクスターがようやくお茶に口を付けた時、よほど美味しかったのだろうか、アンティアはミエーロをお茶に入れて頬を緩ませていた。普段とは違いアンティアのころころかわる表情を観察しているだけでも面白いとティーナとクスターは思っていた。
アンティアは直ぐに飲み終わり二煎目を注いだ。今度はミエーロとツィナーモの組み合わせのようだ。
「ああ、夢見たい。これは一日の終りに飲みたい一杯です」
綻んだ笑顔が全てを物語っている。よほど気に入ったようでティーナも嬉しくなった。
「聞きたいんだが、お嬢は何故これを採って来たんだ?」
腕組みをしながら偉そうな態度で(実際に偉いのだが)イルマリがティーナを見ている。ティーナはチートローノのミエーロ漬けからイルマリに視線を移すと、その表情に僅かに面白そうな色を見て取った。
「私の住んでいたところにも、似たような物があって、飲んだことあります。だから、今日アーヴォと行った時に見つけて、一緒に手折って持って来たんです」
特に深い意味はありません、と言外に滲ませるとイルマリはフッと笑った。
「旦那様が花摘みとはね、見たかったねぇ」
想像したのか、ふっふっふっと笑っている。その表情は穏やかだ。このお茶がそうさせているのかもしれないと思うと、ティーナもゆったりとした気持ちになる。
「イルマリさんは、オリオスのお茶、よく飲んでたんですよね」
そう話を向ければイルマリの笑みが深くなった。
「さっきも言ったけど、ばーさんからよく飲ませられていたんだよ。でも、どこで手に入れてたんだかは知らなかった。俺が住んでいた地域では見た事なかったしな。まさかこの近辺にあるとはね、灯台下暗しか」
視線を宙に漂わせながら、しみじみと昔懐かしい光景を思い出しているのだろう。イルマリの瞳が懐かしそうに細められている。
「どこにでもある訳じゃないんですか?」
「うーん、その時は俺も料理とか全然興味なくってな、市場かなんかで買ってきているんだろうくらいにしか思ってなかった。だから、産地とか聞いた事も無い。更に言うと、どういうふうに生えているのかも見た事は無いんだ」
気不味そうな表情でポリポリと頬を指で引っ掻いている。その表情が幼い頃のイルマリを彷彿させた。きっとやんちゃ小僧だったに違いないと誰しもが感じていた。
「ところで、どうして“オリオスのお茶”っていうんですか? 人の名前? オリオスさん?」
「ははは、違うよ。昔話のお伽噺に出てくるオリオスという村の名前らしいぞ。お前達は知っているか?」
アンティアとクスターを見ると二人は知らないと首を振っている。
「古い話だからな最近の若いヤツは知らないかもな。
そういう俺も全部は覚えてないんだが、確かオリオス村の住人はこのお茶のお陰で病気知らずで、いつも元気なんだとさ。何せ、怪我をしてもこれを使って治療するらしいっていう具合だったから。何にでも良く効くっていう話の下りがあった。
だから、他国からやってきた医者が商売あがったりで困ってオリオスのお茶が生えている一帯を全部燃やしたと言う話だったな。当然その医者は怒った村人からコテンパンにやっつけられて二度とこの地域に脚を踏み入れてはならないと言い渡され追放されたはずだ」
「お茶、燃やされたら、もう飲めなかった?」
「いいやちゃんと復活したよ。ヴェルダランドのラーシュ・オロフ様という天主様の一人が見事に復活させて下さって、オリオス村の人達は大喜びしたって話だ」
ティーナはふーんと頷きながら聞いている。その様子を他の三人はこっそりと見ていたがティーナは気付かない。最後の下りを聞いて「良かったですね」とにっこりしただけだった。
「懐かしいですか?」
「おお、懐かしいね。俺が風邪一つひかなかったのはこのお茶のお陰だって、常にばーさんが言ってたしな。腹が痛くなってもこのお茶を出されてたぞ。ばーさんも老衰でぽっくり逝くまで、本当に病気一つせずにいたよ。幸せな人生だったって言ってたなぁ。それもこれもこのお茶のお陰だって最期まで言ってし」
しみじみ語るイルマリの話に、ティーナだけでなくアンティアとクスターも穏やかな表情をして聞いている。
「イルマリさんが今あるのはお婆様のお陰ですね。じゃ、イルマリさん、飲みたいですよねこれからも。お婆様のお茶ですもんね」
「ああ、あれば飲みたいね。・・・って、お嬢」
コクリとイルマリが一口お茶を含む。
「はい」
ティーナもまた真似をしてお茶を飲む。
「何気ない話の流れだったが、俺の意見をコントロールしたな。また変な事を考えてんじゃねぇーだろーな」
「変な事? 変な事なんて考えた事ありません。私、仕事します、です」
「はぁ? 仕事だ? いきなり何を言い出す」
ティーナの宣言にイルマリは怪訝そうな目をしているが、アンティアとクスターは飲んでいたお茶を口から零す程度には驚いていた。
「うぁああ、てめぇら、きたねーな。キチンと拭け」
すぐにイルマリからナプキンが投げつけられて二人は慌てて口元を拭った。そしてアンティアが開口一番、
「ティーナ様! 奥様からそのようなことは聞いておりません。以前も確かそのような事をお話されていたかとは存じておりますが、奥様はお許しにならなかった筈です」
アンティアの言葉にクスターもうんうんと頷いている。以前ティーナが働くと言い出した時の、応酬を思い出し非常に渋い顔だ。それに対してティーナは楽しそうに続ける。
「散歩するの。散歩した途中でこのお茶を摘むの。素敵でしょ?」
さもナイスアイディアだと言わんばかりだ。いや、全然悪びれもせず、妙案だとひとり納得顔のティーナにアンティアは力が抜けたように椅子に撓垂れ掛かった。脱力したのだ。
「おいおい。お嬢、要するに茶摘みに行くってか。誰かに行かせればいいだろうが」
「駄目です。これは私が見つけました。私に権利があります。私が行きたいんです」
ブンブン首を振ってティーナが引く気は無いぞという姿勢を見せると、イルマリは対照的に落ち着いた声で問いかける。
「旦那様や奥様がお許しになられない限り無理だろうな。今日が特別だっただけかもしれんからな。それにお嬢はこの周辺の治安がどんななのか知っているのか?」
うっと言葉に詰まりはしたがティーナもまた鼻息を荒くしている。顔を引き締めて目に力が宿ったようだ。
「アーヴォとアヴィーノにはしっかりお願いします。今日は特に問題ありませんでしたし、道は覚えましたし、一人で行って帰って来られます」
その言葉に即座に反応したアンティアは、椅子から勢い良く立ち上がって悲痛な叫びを上げる。
「だ、駄目です。それこそ駄目に決まっています。お一人で外出などなりません」
「そうですよティーナ様。俺達を置いていかないで下さいよ」
ジロリとアンティアに睨まれたクスターは「やべ」と首を竦めてお茶を口にして視線を外した。
「じゃ、クスターもアンティアも一緒に行きましょう。決まり。一人より三人の方が楽しいです」
パチパチと拍手をして一人納得しているティーナに、アンティアが眉間をおさえ再び椅子にもたれかかる。きっとこの場で何を言っても無駄だと諦めたのだ。
「まぁ何だ、その、何かやりたくなったって事は良い事だと今は言っておこうか。あとはその熱意を旦那様と奥様に説明して許可を貰えるかどうかだけどな」
「そんな、気軽に言わないで下さいよ、イルマリさん。もしもの事があったら・・・」
沈鬱な表情でアンティアとクスターが恨めしそうに見ている。それもそのはずでティーナに付き添うのは自分達なのだ。
「んなこと言ったってな、四六時中、家の中に引きこもってて何も無いって保証もないだろうが。ならば言うだけ言って、駄目なら駄目で次の事を考えればいいこった。めでたく説得出来たら弁当は作ってやる」
「素晴らしい。イルマリさんはすごい。尊敬します」
パチパチと手を打ち鳴らし、ティーナはひとり満面の笑みだった。
*
有言実行とはこのことかーーー。
またもや頭を抱えているアンティアを側で支えるクスター、この二人は今、自分達の主と共に、この家の主夫妻が寛ぐ部屋にいた。目の前では、我らが小さな主がご機嫌な様子で自らお茶を入れている。
「アーヴォ、アヴィーノ、今日採って来た植物で淹れたお茶です。イルマリさんに確認してもらったんですが、これはイルマリさんが小さい時にお婆様から毎日飲むようにと言われていたものだそうです。“オリオスのお茶”という名前だそうです」
「まぁ、“オリオスのお茶”? 名前だけで元気になれそうね」
どうやらオリオスというのは有名らしい。ビルギットが楽しそうにお茶を見ている。
「それに綺麗な色。いただいていいかしら?」
はいどうぞ、とティーナがカップを渡すと、ティーナの大好きなほっこりとする笑みを浮かべビルギットがお茶を含んだ。目を閉じて鼻に抜ける香りを楽しんでいるのかその表情は崩れる事が無い。
「どうですか?」
恐る恐る問いかけると、ビルギットはゆっくりと目蓋をあけるとティーナににっこりと微笑んで頷いた。
「美味しいわ。爽やかな風味ね。何の刺激も無くてとても飲みやすいわ」
その言葉にティーナはホッと胸を撫で下ろした。ビルギットの向かいではイェオリもまたカップを手に取りお茶を飲んでいる。そしてビルギットと同じように「美味しい」と感想を漏らしている。少しデレているようにも見えるとは、クスターの後日談。
「これがティーナの住んでいたところにもあったの?」
ビルギットが問いかけるとティーナはイルマリに話したとおりの説明をした。
「当時調べたとき、読んだ資料に書いてありました。それによると女性の健康の為にとても良いとありました。きっとこの“オリオスのお茶”も、イルマリさんのお婆様が身罷るまで矍鑠されていたとおっしゃっていましたから、継続して飲む事で体に良い影響を与えるのだと思います。それにリラックス効果もあるでしょアンティア」
お茶好きのアンティアは思わずコクンと頷いた。
まぁそうなの、と無邪気に微笑むビルギットに対し、背後ではティーナの意図を知っている二人が胃を押さえている。この二人にこそ、このお茶が必要ではないのだろうかと側に控えていたビルギット付きのメイド達は見ていた。
「イルマリさんのお茶請けと、ミエーロも合いますよ。ぜひどうぞ」
すすめられるままに試しそれぞれに「美味しい」とビルギットとイェオリは舌鼓を打っていた。
話がひとしきり盛り上がった後、頃合いを見計らいティーナが本題を口にした。いよいよかとアンティアとクスターは軽く胃のあたりをさする。
「アーヴォ、アヴィーノ。お願いがあります」
このお決まりの言葉の後には必ず難題が発せられると学習している二人は顔を見合わせた後、カップをテーブルに置き黙って頷いた。
「このお茶を摘みに行きたいです。できれば、継続的に、時々でいいから行きたいです。行っても良いですか?」
ティーナのお願いにイェオリとビルギットは互いに視線を絡ませると「ほらきた」とそっと溜め息を吐く。今回、先に口を開いたのはイェオリだった。
「あー・・・ティーナ。お前が行かなくても良いのではないか?」
この答えはイルマリからも指摘されていてティーナもまた覚悟していた言葉だった。
「お茶を摘むというより、お散歩をしたいのです。今日行ったところは歩きやすい道でしたし、森がとても綺麗でした。自然の中でいただいたお茶もランチもとても美味しくて心も体も満たされる気がしたのです。ですから、お散歩のついでにお茶を摘んで戻って来たいと思ったのです」
完璧な答えにイェオリは直ぐに反論ができずにいた。ティーナの心身の健康の為に森林浴と散歩を組み合わせた答えは直ぐに駄目などと言える訳が無い。ビルギットはそんなティーナとイェオリの様子を見て、クスッと笑った。
「あなた、今日のところはここまでにして、後で相談してみましょう。ティーナも元気になって屋敷の中だけでは息が詰まるのかもしれませんわ」
以前のビルギットであればイェオリが発言する前に「駄目」と言っていたかもしれないが、どうやら何か思うところがあったのか、今日は頭から反対はしていないようだ。とりあえずビルギットの言う通り「後で相談」してみるかと、イェオリも従う事にした。
「ティーナ、この件は今すぐに答えを出せない。お前一人を外に出す訳にはいかないし、かといって、お前に我慢を強いらせるのも心苦しい。だから少し時間をくれないか」
この答えにティーナは「はい」と素直に答えていたが、それよりも後ろに立つアンティアとクスターの方が驚いていた。
「(信じられないわ)」
「(まさかの展開だな)」
コソコソと二人で囁き合いながらこの展開を見守っていた。
*
ティーナがお願いをしてそう日も置かないうちにイェオリから許可の答えがあった。文字通り小躍りして喜んでいるティーナを「但し」という言葉で縫い付けた。
「但し、一ヶ月に二回」
ティーナの目が大きく見開かれる。明らかに落胆しているようだ。それもそのはずでこちらの一ヶ月は10週もある。まぁ一週間は5日だけれど、それでも25日、五週間に一度というのはティーナには不満だ。
「・・・そんな。もっとせめて一週間に一回」
「駄目だ。そんな頻繁にお茶は無くならない。乾燥させて保存もできるとイルマリが言っていたぞ」
ティーナは口を尖らせて「イルマリさんったら余計な事を」とブツブツ言っている。ぷぅっと頬を膨らませたティーナを、目を細めて見ながらイェオリは大げさに溜め息を吐いてみせた。
「四週間に一回だ、それに供を一人増やす。これ以上譲れない」
「う・・・。せめて二週に、10日に一回で・・・お願いします」
両手を握りしめ懇願するティーナの様子に内心ニヤニヤしながらもイェオリは渋面を崩さないように、大きく譲歩をしてみせた。必死な様子もまたイェオリにとっては可愛い姿のようだ。
「ならば供は二人に増やす。アンティアとクスターに加えてワシの護衛を二人つけるからな。それ以上の希望するならこの話自体無くすぞ」
「ほ、本当ですか! ありがとうアーヴォ!」
自分の背より遥かに高いイェオリの、その首に抱きついた。そして何度もお礼を口にする。イェオリもまたティーナを抱え上げながら実に嬉しそうだった。
二人の交渉が成立したところで、アンティアとクスターは今日は寝る前に、絶対“オリオスのお茶”を飲んで寝ようと心に決めた。