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緑の中の  作者: 千砂
17/54

ティーナの年齢は

 「ちょ・・・ちょっと待って。アンティア、確認したい。数、間違い、ない?」


 「はい、ございませんよ。こうやって、1から数えますと、ほら今日が37日となります」


 ティーナの選んだ本は、数の本だった。


 先程からティーナがテンパっている理由は、描かれている絵とアンティアの説明で何とか理解した本の内容だった。

 この世界、いや、とりあえずティーナが今いるこの国の一年が、ちょうど500日で成り立っており、便宜上、10ヶ月で区切られ、一ヶ月は50日、一週は5日、そして一日はなんと25時間ということだった。

 分とか秒とか色々細かいことが気になるが、あまり細か過ぎる追求より、ざっくりとこういうものだと理解しましょうね、とアンティアがニッコリと微笑むので、それ以上聞けなかった。


 基本的には四日働いて一日休むというのがパターンだそうだ。ちなみに、ここの屋敷で働いている人達はローテーションで休むらしい。

 ちなみに、アンティアとクスターもそういう日程で働くそうだが、二人が休みの時にはビルギットとイェオリのメイドからヘルプが来るそうだ。ーーーいや、今はそんなことはどうでもいいとティーナは思っていた。とにかく自分の年齢の算出に忙しかった。


 (・・・と、言う事は? 私って、えええええ!? この世界では17歳、いや今年18歳になる・・・? アンティアが今年24歳って言ってたから彼女はしっかり見た目通りで、且つ年上だった訳で・・・ちょっとショックかも。どうしよう、ここでの本当の年齢は言わない方が良いのかな・・・25歳で押し通すかどうか・・・)


 ティーナはすっかり同じ年の感覚でアンティアと話をしていたので、そのあたりが微妙なのだ。


 ノートに計算して出た答えは、つまり、そうなった。アンティアより7歳も下ーーー。とにかく、エルヴァスティとは時間の流れが全く違うということが分かった。


 となると、とても気になる事が出来た。一体自分は何日ここにいるのかということだ。早く自室に戻ってバッグの中に入っている端末を見て割り出さなければならない。そしてやはり、なるべく早く、ティーナが倒れていた場所、出現した場所に行かなければならないと、改めて気が急いていた。


 急に黙り込んでしまったティーナの様子を不審に思い、アンティアが静かに様子を伺っている。口を挟む事無く、見られいる事に気付いたティーナは、小さく息を吐くと観念したように顔を上げた。


 「ねぇ、アンティア、私、何歳、見える?」


 いったい何を言い出すのかと身構えていたアンティアだったが、意外にも簡単な質問にホッと胸を撫で下ろした。そして質問の内容を確認するため、しっかりとティーナを見ながら、きゅっと口角を上げた。ーーー大人の笑みだった。


 「最初は25歳と伺いましたが、17〜18歳とお見受けしておりました。私の下の妹と同じ年くらいかと」


 「そう・・・。私、ある意味、見た目、通りなのね」


 すっと眉尻が下がったティーナに今度はアンティアから質問をした。


 「おいくつでいらっしゃるのですか?」


 「えっと・・・17歳。今年、18歳、みたい、です」


 ティーナの声が尻窄みに細くなっていく。


 一方で、やはり自分の見立ては正しかったとアンティアが内心安堵していたが、思考の海に沈みそうになっているティーナの様子が気になった。ノートと本を何度も見比べながら検算をしては、ハフッと小さく息を吐いている。どうやらよほどショックだったようだ。

 


 違う話題を振った方がいいかなとお姉さん(かぜ)に吹かれたアンティアは、努めて明るい声を出し、質問をした。


 「では、違う質問ですよ。ティーナ様のお誕生日はいつですか?」


 「誕生日・・・。ちょっと、まって。計算、する」


 アンティアの解説によれば、今月はハーティという月で四番目の月、いわゆる四月だそうだ。若葉が芽吹き始める美しい季節だそうで、今年は殊の外、色彩が美しいと説明があった。まるで去年までは違っていたかのようなその言い方に違和感は残ったが、まずは出された問題に答える事が先だった。


 「正確には、分からない、けど、六の月になるみたい」


 「まぁ、ユナの月ですね。素敵ですわ」


 アンティアが手を叩いて喜んだ。


 「素敵? なぜ?」


 絵本の挿絵には仲良さげな女性と男性が描かれているが、残念ながらそれ以上の意味は読み取れず、ティーナは首を傾げた。ティーナの素直な反応にアンティアは得意そうに笑みを浮かべると、丁寧に説明を始める。すっかりお姉さんの雰囲気だ。


 「六の月は、本当はケーシャ月という名前があるのです。これが『ケーシャ』という文字ですよ。数字で言うより、月の名前を使う事の方が多いので、しっかり覚えて下さいませ。もちろん月の番号で通じない訳ではございません。昔からの習わしというだけですから」


 指でそれにあたる部分を指し示し、ティーナに説明をする。


 「でもどうしてユナというのか不思議ですよね。その由来は、とてもロマンチックなんです」


 ちょっとだけアンティアのアドレナリンが多めに放出されたようだ。


 「昔も昔の大昔、強大な力を持つこの世界の創造主が妻を娶りました。創造主は妻を大層大切にされていて、妻の生まれたこの月をも大切にし、愛する妻の名前で呼んでいたそうですわ。御名はユナ様というお名前だそうです。本当に素敵ですわ」


 陶酔しているのかアンティアはうっとりとした表情だ。どうやら恋愛に関してはロマンチストらしい。


 「それから、六の月は生きとし生けるもの全てが、生き生きとその姿を見せてくれる月なのです。

 ヒトの目には見えませんが、沢山の珠光(じゅこう)があふれ、正のエネルギーに満ちるそうです。運良く珠光を取り入れた植物は何百年も枯れる事無く生き続けるそうですよ。だから、この月の植物達は珠光を得たいと頑張るから、勢いが凄いんだと祖母が話してくれたのを覚えています」


 空を見つめる瞳がどこか懐かしそうで、そして穏やかな笑みを口元に浮かべている。きっとアンティアの祖母は孫達と良好な関係を築いていたのだろうと簡単に想像できた。まだ小さいアンティアを膝の上に抱っこして、色んな話をしてくれたに違いない。アンティアの表情からティーナはそう想像していた。


 「今年の六の月は大変美しいと思いますわ。もう、既に皆が浮かれていますもの」


 ふふふ、とアンティアが笑う。


 「食べ物も年間を通じて最も沢山あって、森に棲む動物達も数をどんどん増やします。創造主の恵みを最も多く受けている月なのです。

 これも祖母が言っていたのですが、この月に生まれた女の子は一生食べる事に不自由しない、なんて言われたりして、少し前までの時代の人達は縁起が良いと縁談もまとまりやすかったそうです。

 ああ、愛と生命力と(しょく)って何だかロマンチックですわ」


 自分の説明に酔いしれているアンティアには悪いけれど、ティーナには全く何がロマンチックなのかイマイチ理解できていなかった。食はロマンチックなのだろうかと、そっと首を捻ってみた。


 まぁそれ以外の部分でも、恋愛未経験のティーナでは、残念ながらついぞ考えに及ばず、全く違う方向に考えを飛ばしていた。


 (ひょっとするとこの辺りの感覚も、異世界だし文化とか生活の違いってヤツなのかも)


 ティーナは無理矢理落としどころを見つけて納得することにした。




 (それにしても・・・。早くなんとか次へ進まないと・・・)


 ティーナは側に居るアンティアとクスターに気付かれないようにそっと溜め息を吐いた。




 「さて、ティーナ様、午前中のお勉強はこのくらいにして、そろそろお部屋にお戻り下さい。昼食用の衣装に着替えませんと間に合いませんわ」


 「えー・・・このままでいい。汚れてない、綺麗」


 朝の着替えを思い出し、既にぐったりと気持ちが萎えている。本を胸に抱きかかえ、まだ読みたいと主張してみる。まだ何ページか十分に読みすすめられる時間がある。


 「なりません。身だしなみを整えてからお席に着くのがマナーなのです。皆、そうなのですから、さ、参りましょう」


 昼食までの時間を逆算してアンティアがティーナを急き立てるように、広げて使っていた本を片付けにかかった。仕方なく、ティーナも自分のノートを閉じる。


 「慣れるまでは大変でしょうけど、一般市民も皆、食べ物をいただく前には感謝の気持ちを込めて身なりを整えます。また、相手に対して不愉快な気分にさせないようにという配慮もございますから、何卒ご理解下さいませ」


 そう言われてしまえば、確かにその通りで反論の余地もない。

 異世界だからという理由ではなく、食に対する感謝や相手に対する配慮はエルヴァスティと似ているんなんだなとティーナは思った。






 昼食はビルギットが言っていたようにサンルームという1階のとても日当りの良い場所に用意ができていた。この場所は、まるで森の中にテーブルがあるような雰囲気だ。


 全面がほぼガラス張りではあるけれど、近くにちょうど大きな木が茂っていて木漏れ日がとても美しく、部屋の中に神秘的な模様を描き出している。


 「いらっしゃいティーナ。待っていたわ、さ、ここへお座りなさい」


 ビルギットが早く隣に来いとばかりに手招をするので、ティーナは何も考えずに隣の席に座る。二人のお向かいにイェオリが座っており、笑顔で迎えてくれる。


 「図書室にいたの? 何を読んだの?」


 興味津々でビルギットはティーナに質問を繰り出した。


 「アヴィーノ、図書室、とてもとても素敵です。いっぺんで、好きになりました。アンティアに数の本、読んでもらいました。今は四の月、ハーティの月です」


 そう答えるティーナに目を細めて楽しそうに相づちを打ちながらビルギットは聞いている。


 「私、計算、しました。私の、年、17歳。誕生日は六の月、ユナの月です」


 ティーナの声にビルギットの顔が一瞬強ばった。何だか泣きそうなそんな表情にも見える。


 「アヴィーノ、間違い? 悲しい? 何が問題ですか?」


 いつも悲しい時にしてもらってたように、ティーナはビルギットを慰めようと彼女の背中を擦る。

 ビルギットはほぅっと息を一つ吐き「何でもありませんよ。そうね、17歳、もうすぐ18歳ね」とティーナの頭を抱き寄せそっとキスをした。


 「さてと、食事にしようか。ワシはお腹がペコペコだよ」


 陽気な声で声を掛けるイェオリの目はなぜか薄く伏せられており、ティーナからはイェオリの感情は伺えなかった。いつもなら必ず視線が会うのに、ちょっと寂しいなと感じる自分のこの感情が、既にイェオリ達に心を開いている自分がいるということに改めて気付かされた。





 昼食後、自室に戻ったティーナは少し一人で勉強したいと言って、寝室に引きこもった。


 早速、調度品の中に仕舞っていた唯一の自分の荷物を取り出し、ロックを解除した。久しぶりに目にする自分の道具達に懐かしさが込み上げて来る。

 寝室の入口に視線をやり誰も入って来ないことを確認して、ひとつひとつ丁寧にベッドの上に広げた。

 医薬品・医療用器具9割、自分用の備品1割、自らパッキングした通りに入っていた。


 まずノートタイプの端末を手に取り電源を入れてみる。さっき計算したとおりの日数を放置していたのであれば、既に低電力となっており最も大切なコアの部分を生かすためモニタは表示されないはずだ。だが焦るなかれ。一年以上放置しておいても充電すれば元の通り使える事を知っている。


 そこで次に小型の充電装置を取り出し窓辺に置いた。お昼を過ぎて、お日様が中天よりややズレたところではあるが、まだまだ高い位置にある。ティーナは太陽光発電で充電するべく薄いパネルを広げ陽光へと向けた。

 直接、光があたればその分早く充電されるし、もし直接あてられなくても充電は可能である。要は明るければ良いと開発者から説明を受けていた。開発した人は「生きのいい光粒子があればいい」と言っていたが、深くは追求しなかった。話が長くなりそうだったからという理由は、ティーナの心の奥底にひっそりと仕舞われた。


 もとい。

 

 並行して、風が強めに吹いていれば風力発電の装置もあるし、要は何かしらの方法で充電ができるようになっている便利グッズだ。何せ、エルヴァスティで派遣される先の僻地には自然の力しかないところも多く、だから自然とそのような対応策になっている。

 あらゆる事態を想定した充電装置は、小型ながらも頼もしいヤツだ。


 「たぶん大丈夫。2時間もすればフル充電できるわね。充電しながらなら1時間後から使えそう」


 充電装置を太陽任せにし、次に最も大事な物を手に取った。ティーナの手のひらより随分小さく、更に大事な装置は更にもっと小さかった。


 でもティーナの期待や希望が、この小さな透明のカプセルの中に収納されている。カルナで、異世界を渡る人間には必ず持たされているものだ。マティアスやオルヴォも持っていた。


 『遭難信号発信器』


 ケースの表面に懐かしい文字が見て取れる。そっと指でその上をなぞる。


 これをティーナが出現した場所に設置するのだ。中から特殊なコードを取り出して樹に差し込み本体ごと樹の中に埋め込む。そして“樹”の情報も同時に発信する。そうすれば、仮に、本部がデータを持っていれば、遭難した場所(いせかい)の発見が格段に早くなるはずなのだ。


 初回のトリップの際に渡された時、まさか自分が使う事になるとは思っていなかった。ティーナの先輩達も誰も使った事が無いくらいに、形骸化されたものだとばかり思っていた。


 けれど今はこれのお陰で希望を持っていられる。


 ティーナは使用方法を思い出しながら、発信器の状態を確認した。

 この発信器自体も充電器を搭載していて、“樹”のエネルギーを変換し、設置した“樹”が生きている限り半永久的に遭難信号を発信し続ける。

 樹木の寿命が先か、漂流者の寿命が先かを考えれば、切り倒されたり、枯れたりしない限り、恐らく人である漂流者の命がつきるのが早いだろう。だから使い始めてから50年から100年程度保てば良いと考えられている。


 発信方法は、連発するのではなく、1日分のエネルギーを蓄積し、1日1回持てる最大限のパワーで信号が発信される仕組みで、同時にカウントが始まる。受信した本部には、何番目の信号を受信したのか明確に分かる。そして生存者があるかどうかも予測することが可能となる。


 イェオリからまだ外出は駄目だと言われた昨日の今日では、これの出番はまだ後になりそうだ。本当なら到着したその日から設置できていれば、もう数十回の信号は発信出来ていた筈なのだが、意識を取り戻してから動けるようになるまで相当の日数がかかっている。


 ずん、と気持ちが沈んだのが自分でも分かった。


 (だめだめ、過ぎてしまった事を悔やんでも何も良い事は無いわ。それに動けなかったのだし、仕方が無いの。アーヴォは必ず連れて行ってくれるって言ってくれているから、それまで待てば良いだけ。きっともうすぐよ)


 更に深みに沈みそうになる自分の気持ちを叱咤して奮い立たせる。出来る事を考える方がティーナの性格としては向いているのだ。そのことは本人も良く自覚しているし、気持ちを切り替え、遭難信号発信器に損傷等が無い事を確認を終え、丁寧に元のカプセルに仕舞い込んだ。


 (あとは、この医療器具ね)


 医療従事者であるティーナはこれらの機器の開発にも携わっていた。実際に設計し組み立てるのは専門の技術者が行うのだが、作って欲しいイメージを伝えたり、出来上がったものの操作性や機能性を試して意見を言うアドバイザーとして参加していた。


 これらの道具類は随一と言われるほどのマシン先進国であるカルナ国においても更に先端を行くものばかりだ。

 小型化し使用勝手の良くなったこれらは、災害時や医療の行き届いていない地域での医療活動にもってこいなのだ。紛争の世界へ行く事が決まってからティーナはあらゆる事を想定して機材や薬類を選び準備をしていた。それがまるっとティーナの手元に残っている。


 (平和そうなこの世界で日の目を見る事はなさそうだし、劣化しないようにしまっておきましょう)


 数や状態を確認した後、元のようにパッキングしなおし、これもまた丁寧にバッグの中に仕舞い込んだ。


 そうこうしている内にある程度充電が済んだようで、プインという独特の起動音が聞こえた。端末が自動的に起動したようだ。ティーナの意識が自然とそちらに惹き付けられる。


 (あら? あれは何?)


 発電用のパネルの周りにふわふわと丸い玉が浮いているのが見えた。最初、日の光がそう見えているだけだと思ったが、どうも違うようだ。


 じっと見ていると、ぽーんぽーんと楽しげにパネルの上で飛び跳ねているようにも見える。まるでそれ自体に意思があるような感じで、それ程広く無いパネル目掛けて飛んで来ているのがわかる。


 (不思議。こんなに儚い姿なのに生命力の強さを感じるわ)


 もう一つ不思議なのは、玉自体が発光しているようにも見え、今にも空中に霧散しそうな(かす)かな色合いにも関わらず何かしらパワーを感じられる。気圧されるほどではないけれど、少し離れた場所のたき火の熱が伝わるような、そんなイメージをティーナは感じていた。


 風が吹けばどこかに飛ばされるか、雨に濡れれば溶けて消えてなくなるのではないかと心配するほどのささやかな形だが、丸い光の玉が自家発光するエネルギーは、とても魅力的に見えてくるから不思議だった。見とれていると、玉は一個が二〜三個に分裂したり、逆に何個かの玉が一つにまとまったり、規則性があるようで無いような、これまた不思議な行動をしている。



 興味本位で近づいてみるが、玉は逃げたり消えたりしない。パネルの上で跳ねるのに夢中のようだ。


 ティーナがそっと指を近づけると玉の方からティーナの指先に乗っかってきた。パネルと同じように、ティーナの手の上でポンポンと踊るように弾んでみせるが、それ自体の重さや接触している感覚がない。熱も感じない。ただ柔らかな光が手の上を転がりながら照らしている。


 思い切って玉を空中に投げてみると、玉はふわりと天井近くまで飛んで行き、その高さのまま部屋の中をフワフワ彷徨い始めた。ティーナはその光景を見た事を思い出した。


 「ベッドで寝ていた時、確か、見た気がする。こうやって天井をふわふわ浮いていたわ。その後は全く気付かなかったけど、この子達、ひょっとするとずっとこの部屋に居たのかしらね。ーーー不思議。まるでさっき聞いたお話の珠光(じゅこう)みたい。あとでアンティアに話をしてみようっと」


 しばらく可愛らしい光の玉の動きを目で追って楽しんでいたが、幻想的な雰囲気を壊すような人工的な音が聞こえ、瞬時に意識をそちらに戻した。


 「あれ? もうフル充電してるわ」


 どんなに太陽の光が強い場所でもかつてこんなに早く充電されたことは無かった。ましてやここは建物の中で太陽そのものも見えない。ゆっくり充電するつもりだったので、2時間くらいかと思っていたのだ。


 「まさか、この丸い玉のおかげかな? ありがとね」


 いまだに楽しげにパネルの上を飛び跳ねている玉をちょんちょんと指で小突いてみる。やっぱり触れた感触はなかったが、玉は勝手に弾かれ、綺麗な弧を描いてパネルから離れて行って、皆でそろって天井付近をふわふわ漂っていた。

 


 「さてと始めますか」


 幻想的に彷徨うふわふわの玉からようやく現実に戻り、端末に組み込まれている時間を確認すれば、ティーナ達がクヴェレーロへ渡った日から、エルヴァスティのカルナ時刻で約二ヶ月半が過ぎている計算だった。


 「はぁ・・・もうすぐ三ヶ月にもなるんだ」


 分かってはいるけれどティーナの中で焦燥感が生まれるのは止められない。


 「父さん、母さん、レーヴィ、オルヴォ・・・」


 家族の顔が思い出され恋しくてたまらなくなる。

 医療従事者として世界を巡っていた時、二ヶ月半どころか一年近く会わない事すらあったのに、こんな気持ちになることはなかった。それもこれも、レーヴィの通信機で毎日やり取り出来ていたからで、一日のうち、どこかで必ず家族の声を耳にし、会話ができていた。それが知らず知らずティーナを支えていてくれたものだったと、今になってようやく理解した。

 それがここへ来て、全くの音信不通。いくらイェオリやビルギットがエルヴァスティにいる家族のように優しく接してくれていてもやはり違うものだと映ってしまう。


 「大好き、大好きなの、父さん、母さん、レーヴィ、オルヴォ・・・大好きなのに・・・会いたいのに」


 端末に保存していた画像をひっぱりだし、恋しい家族の顔を見つめると、胸がいっぱいになった。


 無情にも時間は止まらないし止められない。会えない時間は今この時も進んでいる。早く、早く発信器を設置しなきゃと焦りを覚え、また同時に家族への想いが募った。


 「あれ・・・おかしいな・・・わたし、こんなにヘタレだったっけ」


 画像を見ながら無理に笑おうとして失敗した。ひと雫、落涙するとそれが呼び水となりもう止められなくなった。ティーナは隣の部屋に居るアンティアやクスターに気付かれないように、枕に顔を埋めて静かに泣いた。






 翌日から、ティーナは活動的に歩き回った。あちこちくまなく歩くし、図書室に行って文字を覚えたり本を読んだりとスケジュールを沢山詰め込もうと必死だった。少しでも時間が空けば、つい余計な事を考えてしまうから。

 ティーナが寂しそうな、悲しそうな顔をすれば本人よりも直ぐ身近に居るアンティアやビルギット、イェオリが気付いてしまう。ならば、起きている間は体が疲れるまで動き回る方が健全だとそう思ったのだ。


 「ティーナ様、少しお休み下さい。お体を壊してしまいます」


 アンティアが心配をしてティーナの行く先に立ち塞がった。少し目線の低いティーナは僅かアンティアを見上げる形でニッコリと笑ってみせる。


 「ありがとアンティア。でも、大丈夫。動かないと、お腹いっぱいご飯食べられないもの。沢山食べて、元気になって、早くアーヴォと外に行きたいの」


 連日の鬼気迫る集中力の成果が、ティーナの語彙力を高め、徐々に流暢な言葉遣いになっているのは、周囲も驚いている。

 本当は、心の中の寂しさを気づかれたく無くてティーナは大げさにジェスチャーをつけ、元気だとアピールをしながら微笑んでみせるのだ。


 けれどもそんな(から)元気は、常に一緒に居るアンティアとクスターにはとっくの昔に見抜かれていて、当然ビルギットやイェオリも気付いていたけれど、ティーナの気持ちを尊重して見て見ぬ振りをしているだけだった。

 元気だとアピールをするティーナの側で、アンティアとクスターはそっと目配せをして、ティーナの好きなようにさせることにした。




 ティーナは新しい本をお強請りし、アンティアと一緒に読んでいる。二人は色んな言い回しをしながら、あーだこーだと言い合っている。そんな様子をクスターは少し離れた所で見ているのがいつものことで、今日もまた定位置にスタンバっていた。


 今日の本は少し難しいのだろうか、ティーナの眉が少し寄っていて、口元は、むーん、という感じで引き結ばれている。ティーナは頭を振りながら、ふとクスターの方へ視線を向けた。その目がキラリと光ったのは気のせいか・・・。

 クスターはちょっと心臓が飛び跳ねるのを感じた。


 「クスター、ねぇ、聞いても良い?」


 小難しい表情から一転、ティーナが明るい顔で話しかけると、クスターは黙って頷き返した。


 「クスターは好きな人、誰?」


 (いきなり何を?)


 クスターはその内容に面食らってしまった。少しほうけ顔を見せた後「え? は? あの」などと口から出るだけで、どうやら頭の中の整理がうまくいかない様子だ。


 ティーナとしては気分転換に何か明るい話題をと思い、知っている単語の中で、もっとも簡潔な質問をしたつもりだった。それが、思いがけない動揺をクスターに与えたのは、ちょっとだけ面白いと思った。


 「えええっと、そおの、それは、ちょっと、つまり、その・・・」


 好きな人、とは抽象的過ぎたか? それとも、そういう聞き方は通じないのか? ティーナは色々考えた末、無難なあたりで固有名詞を出してみた。


 「クスターはアンティア好き?」


 今度はアンティアも固まった。


 (む、難しすぎるー。ティーナ様、なんて質問するんですか!)


 答え方によっては、仕事仲間としての今後の二人の関係がギクシャクする可能性が高い。心の中でクスターは抗議の声を上げるが、好きとか嫌いとか、はたまたその両方でもないとか、とにかく何かしら答える事によって色んな解釈が産まれやすいことは、クスターにも分かっている。

 アンティアは頬をピクピクさせ、動かない。


 「うーんと、えーっとね、クスターはティーナ好き?」


 「は?」


 なかなか答えないクスターに更に質問が重ねられた。

 クスターが固まる一方で、アンティアが頭を抱えている。


 「それじゃ、クスターはサムリさん好き?」


 その名前にクスターの表情があきらかにほっとしたのをティーナは気付いた。これならきっと答えが期待出来ると暫く間を置く。


 「す、好きです! 大好きです!」


 屋敷を一手に引き受けるサムリの手腕は、それはそれは見事なもので、この屋敷で働く事になった初日からクスターはサムリを目標にしていた。しかし、“好き”と答えるより“尊敬している”と答えるべきだったことにはまだ気づいていない。


 ティーナとアンティアの期待した答えの、少し斜め上を行く答えが出て来た。・・・いや、アンティアの中では、“やった!”と拍手喝采だ。


 クスターが答えた瞬間、アンティアが最初に吹き出し、続いて、頭の中で翻訳をして少し遅れて理解したティーナが破顔した。


 「クスターは、サムリさんのこと、好き、良いね、素敵」


 女子二人が違う意味で受け取った事を、クスターはようやく理解した。なぜなら、今まで二人が読んでいた本の背表紙が見えるようにアンティアがそっと持ち上げてみせてたからだ。ちなみにアンティアの口元がムニムニと何かを我慢しているように微妙に動いていることに、クスターはしてやられた気分だった


 ティーナにリクエストされてアンティアが読んでいる本は、色んな恋愛パターンが書かれている本だった。


 そもそもティーナのリクエストとしては、“人の心の動きがわかる本”ということだったのだが、それならばとアンティアが持って来たのが『様々な愛の形』というタイトルの本だった。

 当然、恋愛の“好き”が描かれている。しかも、性別問わず様々なカップリングが可能だと言う事を書いてある。少し前に女性を中心に流行ったから、そういう本をあまり読まないクスターでもおおよその内容は知っていた。


 アンティアの持っている本を目にした時、心底失敗したと思って打ち拉がれているクスターに、ティーナはたどたどしい口調で追い討ちをかけている。

 含む意味など無い素直なティーナの言葉と、クスターのやりとりが面白過ぎ、アンティアはとうとうお腹を抱えて笑い出してしまった。


 図書室で大笑いしている女子の声は扉を抜けて廊下にまで響き、たまたまそこを通っていた人の興味を惹いたようだ。


 「失礼します。おや、ティーナ様、何か楽しそうなご様子ですね」


 扉を開けて入って来たのは、たったいま話題に上がったサムリだった。


 「あー、サムリさん。サムリさんにも質問、良いです? サムリさん、クスター、好き?」


 いきなりの質問に、ティーナの真意が分からずサムリは考え込んでしまった。

 ティーナの質問にアンティアはますます笑いが止まらない。サムリの前だからと堪えようとしていたのだけれど、無理そうだった。

 サムリはアンティアを一瞥すると、すぐにティーナに向き直った。


 「あの、ティーナ様。まずお答えする前にご質問の意図を教えていただけますか?」


 ここは、うまく立ち回らなければならないと長年の勘で感じ取った。


 「意図? 特にない、です。けど、クスターはサムリさん、好きって言いましたよ」


 「わー! ティーナ様! そんな事をここでおっしゃらないでください! サムリ様、違います、誤解です、何でも無いんです。俺は、その、色んなものを超越して、サムリ様の事が好きなだけで、男とか女とか、えっと、ちがっ、とにかく違うんですー」


 必死の形相でサムリに言い訳を試みるが言っている(そば)からボロボロ突っ込みどころが露呈していることにクスターは気付いていない。


 アンティアは、息も絶え絶えで肩で息をしている状態でノックアウト寸前だ。呼吸困難になりそうな雰囲気でゼーハーゼーハーしている。


 「クスター。そうか、君は私の事が好きなのか。だが、すまない。私の対象は女性だけでな・・・」


 サムリはちらりとテーブルの上の本の題名を見て、軽く目を伏せた。それだけでこの茶番のおおかたを理解した後、軽い憂いの表情を作り、ポツリと呟く。


 「・・・諦めてくれ」


 サムリはすっと視線を上げ真面目な顔をすると、ポンとクスターの肩に手を置いて頷いてみせる。


 「なっ・・・!」


 「きゃははははははは!」


 「サムリ様! 違いますから! ちがーう! 僕も女の子の方が好きです!!」


 赤面しながら訴えるクスターを尻目に、その言葉尻を捕まえてサムリがまじめな顔でティーナに言った。


 「だそうですよ、ティーナ様。クスターにはくれぐれも気をつけて下さい。では私は旦那様の下へ参りますので、これにて失礼します」


 うまくその場を躱してサムリは図書室を後にした。

 後には顔を真っ赤にしてプルプルと打ち拉がれているクスターと、お腹が捩れるーと泣きながら笑っているアンティア、そして、うんうんと何かに納得しているティーナが残された。


 「ひどいよぉ、ティーナ様ぁ」


 「ごめんねクスター。サムリさんに質問、直接的過ぎた。反省、する」


 泣きそうな顔でクスターがティーナに訴えると、ティーナは神妙な面持ちで謝罪した。


 「・・・っていうか、ティーナ様、分かってやってるでしょう!」


 「そんなの当たり前じゃないの! ティーナ様のこと舐めんなっつーの」


 ペシと後頭部をアンティアに(はた)かれて、またもやクスターは涙目になっていた。ティーナは犠牲にしてしまったクスターに何か美味しいお菓子でも作ってあげようと考えた。

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