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緑の中の  作者: 千砂
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焦りは禁物

 ある日、イェオリとビルギットとともにティーナの居間でお茶を飲んでいた時のこと、ティーナは思い切ってあることを口にした。


 「アーヴォ、アヴィーノ、お願いあります、聞いて、くれますか?」


 居住まいを正しているティーナを見て、イェオリとビルギットもまた、カップをテーブルに置きティーナの言葉を待った。


 「私、元気。歩ける。だから、行きたいです。えっと、場所、えっと、来た場所」


 ティーナは自分がこの世界に現れた場所に行きたかったのだ。その理由はレーヴィの講義の中で、最も重要で且つ最初にやるべき事として教わっていた内容があるからだ。少し前に体を動かせなかった時にずっと考えていた。

 本来ならばこの世界にやってきた当日から取り掛かるべきではあるが、今からでも遅く無いはずで、むしろ、やらないよりはマシのはずだとティーナは考え、今日ようやく口にしたのだ。


 ティーナがお願いを口にしてからたっぷり1分後、ティーナの言いたい事を正確に理解したイェオリはビルギットに無言で頷いて、それからティーナに向かい合った。


 「そうだな、その事は、気にならないはずが無いだろう。だが、その場所はここから少し離れているし、途中からは歩いて行かなければならないんだ。だから、もう少し体力をつけてからにしないか。ワシらから見て大丈夫だと思った時には必ず連れて行くから、それまでは屋敷の中を歩いて体力をつければいい。

 ああ、意地悪で言っている訳じゃないぞ。必ず連れて行くから今は言う事を聞いてほしいだけなんだ」


 ティーナとしてはできることならば、すぐにでも行きたい。その為に辛い歩行訓練も頑張れた。


 正直言うと、イェオリの言葉に内心がっかりしたけれど、行動範囲が広がる事は素直に嬉しかった。

 寝室から隣の居間へ広がった後は、未だに廊下に出る事が許されなかったのだ。まぁ話し相手はアンティアとクスターが側に居てくれるので、イェオリとビルギットが居ない間も寂しくなくなったし、若者の言葉も教えて貰えてそれなりに充実はしていた。けれどもやはり元気になって体力が戻ってくると、物足りなさを感じていたのだ。


 それがイェオリから家の中を自由に歩いていいと許可が出た。ひとまずはこれで良しとしなければならない。

 レーヴィの講義の中でも、“必読! もし知らない世界に飛ばされたら”の中で、出現現場に行く事と同時に大事な事として、その世界の文化や言葉を調べること、というものがあった。イェオリから許可が出るまでの間、それに費やせば良い。

 同時に、危険が無く、可能ならばそこに住まう知的生命体との交流を図り、一時的にせよ仮の住処を確保するようにという項目も書かれていたが、幸いにもティーナの場合は既に衣食住を提供してもらっており、ことのほか親切にというか、親身になってあちらから交流をしてくれている為、この項目はクリアとした。


 「小さいが図書室もあるし文字の勉強にはもってこいだぞティーナ」


 「あら、だったら今後はきちんと食堂で一緒に食事もいたしましょう。朝は朝食ルームで、昼はサンルームでもいいわね、夜はメインダイニングで食べるのよ。ずっと私達だけだったから寂しかったの。ティーナが一緒に食べてくれるならきっと楽しくなるわ、ね、あなた」


 「そうだな。そうしようか」


 側に居たサムリは内心


 (どこの口がそんなことを言っているのだ)


 と突っ込みたくなったが、ぐっとこらえた。最近は暇さえあれば、二人の食事はティーナの部屋に運ばれていたはずだった。

 寂しい等と言う時間は最近は無かったはずだと使用人一同も思っていた。




 当初、外に出さない理由が何かあるのではと勘ぐっていた頃もあったが、いま交わされた会話を聞いていると、ティーナが考えるような深い意味はなかったのかもしれない。


 (ひょっとすると過保護?)


 年代や顔つきなど全く違うのだけれど、イェオリとビルギットの顔が、自分を甘やかす両親や兄達の顔と重なる。


 (いくら保護した人間だからといっても、親兄弟ほどの情が湧く訳ではないでしょうし、それは思い過ごしよねきっと)


 さっさと兄達の顔をイェオリとビルギットの上から消し、「分かった」と返事をした。


 「行きたい所にはアンティアとクスターに案内させればいい。あの二人は若いがよく働いてくれるからな、何でも聞いてやってくれ」


 イェオリがそう言うと、部屋の隅に居たアンティアとクスターが揃ってうんうんと首を縦に振っているのが視界の端に入って来た。


 「アンティア、クスター、よろしくね」


 二人に向かってお願いをすると、慌てた様子で姿勢を正し一礼をしていた。その変わり身が面白くてついクスッと笑ってしまう。きっとこの二人と一緒にする探検は楽しいだろうなとティーナは感じていた。そこで、ティーナは気付いた。


 「アーヴォ、アヴィーノ、私、も、仕事、するです。何を、すればいいですか?」


 続いて出て来たティーナからの言葉に、今度こそイェオリとビルギットは目を丸くしてしまった。そもそも、働かせるなんていうことを考えてはいなかったからだ。アンティアとクスターも同じ表情をしている。


 「私、働いていました。私もう元気です。私何でも、できます」


 言葉の勉強は仕事の合間にできるし、なるべく沢山の人と関わってこの世界の事を知りたいと考えたのだ。面接官(イェオリとビルギット)に対して自信ありげににっこりと笑っているティーナに対して、二人は困った顔で互いの顔を見ていた。

 幾ら待っても返事が返って来ない事に何か言葉が足りなかったかなと、ティーナはノートを捲り目的の単語を広い出した。


 「私、料理得意です。『パン』、作れます。美味しいです。『毛糸』、もし、あれば、『編み物』、できます」


 ティーナは自分の出来る事を全面に出し、自分を売り込み始めた。まるで仕事の面接にでも挑むかのような積極的な様子にイェオリとビルギットはタジタジになってしまう。なまじ、期待を込めたキラキラした瞳で詰め寄られれば、駄目だと言い出し難くなるのは人としての心理だろう。

 イェオリとビルギットは二人だけに分かる静かな応酬を水面下で行っていて、結果、連戦連敗のイェオリが口を開く事になった。


 「あー・・・ティーナ。その・・・なんだ・・・えーとだな、できればティーナの望みは何でも叶えてあげたいのだが、あー・・・今はだなティーナにお願いできるような仕事は無くてな、間に合っているんだよ」


 ティーナは頭の中でイェオリの言葉を理解しようとして反応するのに少しばかり時間がかかった。その間、ビルギットは茶器に手を伸ばし、熱いお茶をゆっくりと飲み、再びテーブルに茶器を戻すと、ようやくティーナが反応した。


 「ええええええええ!」


 がっくりと椅子に座り込んだティーナは、端から見ていてもかわいそうな位に打ち拉がれてしまった。けれどもそこはティーナである。椅子に沈み込んだまま次の事を考えていた。

 そんな不穏な空気をいち早く感じ取ったのはビルギットだった。イェオリは自分の言葉でティーナが傷ついたと思いオロオロしているだけだ。そんなイェオリを尻目に、ビルギットはティーナよりも先に口を開いた。


 「ティーナ、お仕事は上げられませんが、あなたの得意な事でアドバイスを貰えると嬉しいです。お料理が出来るのでしたら、皆が知らないレシピなどを教えてあげて下さいな」


 その言葉にハッと顔を上げたティーナの顔には、やる気が見えている。


 「でもね、みんなお給金をもらって仕事をしている人達ばかりですからね、様子を見ながらで、お願いね。

 それだとあなたのやる事がないでしょうけど、言葉を覚える時間がまず必要でしょう。ここはきっとティーナが育った場所とは違うでしょうから、当然知らない食べ物もあるでしょう。それらを調べたり訊ねたりするのにも言葉が伝わらなければ、どうしようもありませんね。口に入るものですから危険なものだといけませんし。

 そのうちにティーナのアドバイスが生きて、新しいお料理ができるかもしれないわ。その時を楽しみにしていますよティーナ」


 言い終わるとビルギットは再びお茶を飲んだ。


 どうやらティーナの当面の課題としては、環境に慣れる事が優先のようだ。


 (確かに、気持ちばかりが先走り過ぎたかも・・・。下手に割り込んで人間関係が崩れるのも良く無いしね・・・)


 ビルギットの言わんとしているところを考え、ティーナはこの件に関して大人しくする事にした。


 「アーヴォ、アヴィーノ、分かりました。わがまま、ごめんなさい」


 ティーナはつい焦ってしまった言動に、イェオリやビルギットを困らせてしまったという結果に素直に非を認めて謝罪をした。


 「いいのよ。やる気があるってことはティーナが元気になった証拠なのですから。でも、くれぐれも怪我から回復したばかりだということを忘れないで。あなたが怪我をしたりすると我が身を切られるよりも辛いわ」


 ティーナの手に自らの手を添えてビルギットはやんわりと釘を刺した。


 *


 「早く、早く、アンティア、クスター、行きましょう」


 昨日のイェオリからの言葉を早速実践すべく、朝食ルームへと向かって猛進するティーナの姿があった。道すがら、嬉しくてつい早足になってしまうティーナを、あわてて追い掛けているアンティアとクスターは朝だというのにもう疲れを感じていた。


 今朝は、アンティアがティーナの寝室へ向かった時には、既に自ら着替えを済ませて、二人を待っていたのだ。


 「おはよ、アンティア、クスター」


 元気一杯やる気満々で迎え入れられてしまった。

 ただ、頭の飾りだけは自分で上手くできなかったようで、スカーフを持ってアンティアを待っていた。アンティアは自分の仕事が残っていた事に心の中で涙した。


 「ティーナ様、できましたよ、いかがですか?」


 髪を生え際から全て覆う形には変わりはないのだけれど、撒き方一つでとてもエレガントになり、ちょっとしたお嬢様ができあがった。どういう風に結んだのか分からないが、襟足近くに大きなリボンが出来上がっている。


 「アンティア、上手ね。凄いわ。ありがとう」


 心底感心した様子でティーナはお礼を言った。流れるような流暢な言葉ではないが、却ってそれが実直で素直なティーナの言葉としてアンティアには響いて来た。


 ホッとしたのも束の間、ティーナはポンと立ち上がりアンティアの手を引いて扉へと凄い勢いで突進して行く。


 「ちょ、ティーナ様、どうなさいました?」


 自ら扉を開けようとしていたティーナを慌ててクスターが押しとどめ、かろうじてクスターが先に扉の取っ手に手をついた。


 「朝食、前、散歩する。色々、見たいの」


 キラキラと好奇心を全く隠さずにむしろ全面に押し出して、早く開けてとクスターを急かす。けれどもクスターは直ぐには動かなかった。

 実は前日、サムリからよくよく言い聞かされた事があった。


 『決してティーナ様のペースに乗るんじゃないぞ』


 確かに肝に銘じていた筈なのに、こうして直に急かされるとクスターもまた急がなければと慌ててしまいそうになる。


 「ティーナ様、お食事が終わったら沢山色々と見る事が出来ます。どうか落ち着いて下さいませ」


 引きずられるようにティーナに手を握られていたアンティアが、そっと手を外してクスターに並び、扉の前に立ちふさがった。


 「駄目?」


 「駄目です。ティーナ様の装いを確認いたします。私の確認が終わりましたら、このお部屋からお出になっても構いません」


 「う・・・」


 「そのような目をされても駄目です」


 ティーナに対して強硬な態度をとるアンティアであったが、本当のところは今にも足下が崩れそうなほど緊張していた。下手をしたら首が飛ぶどころか一族郎党がどうなるか分からない危険もあるからだ。特にイェオリとビルギットがかつて無いほどに可愛がる人物だ。緊張しない訳が無い。


 けれども、クスターにサムリから指示があったように、アンティアにもまたビルギットに仕えるメイド長から『イエスマンは要らない』と釘を刺されていた。

 主が暴走しそうな時には、身を以て止めなさいと言うのだ。その重要性はアンティアにも良く理解できているからこそ、勇気を振り絞った。


 「分かったわ。アンティア、お願いします」


 振り絞った勇気がぁ、一族郎党の命運がぁ、肩すかしとはこう状況を言うかと身を以て知ったアンティアだった。

 ティーナは言葉を理解する為に少しばかり反応が遅いけれど、理解したと素直に頷いている。


 ティーナに対して反論したアンティアに、全く何にも気にしていないようだ。むしろ、アンティアの手を引きズンズン鏡の前に歩いて行くティーナの後ろ姿はいまにも踊り出しそうに軽やかな足取りで、可憐そのものであり、クルリと振り向いたその表情には、急かすような色は見えるけれど、期待を持ってアンティアの行動を待っている。


 「どうしました? アンティア。あ、脱ぐ? 服」


 そう言うとさっさと脱ぎはじめようとするティーナに飛びかかるようにして止めに入る羽目になった。


 「てぃ、ティーナ様! そのようなこと、男性の居る前では決してなさいますな。いいですか、いいですね?」


 笑顔でありつつ鬼気迫る表情で、アンティアは鼻息荒くティーナに詰め寄った。その気迫に押されティーナはコクコクと小刻みに首を縦に振り続けた。





 ゆでだこ状態のクスターを部屋から追い出し、イェオリ夫妻の準備時間を考慮しながらティーナの服装をチェックすると、どうやらティーナは重々しく着重ねることは苦手のようで、一番外側の衣装だけを身に纏っていたに過ぎなかった。

 ティーナはワンピースのつもりでいたけれど、下着の上に直接着るその着方はとんでもなく破廉恥とされており、アンティアは軽い目眩を覚えた。


 (いくら育った環境が違うとは言え、これは無い!!)


 ティーナは、きっと、敢えて着なかったのだろうとアンティアは推測する。案の定、不足分を持ってくればティーナは、引き攣った笑みを浮かべていて、嫌そうな顔をする。


 「きちんと御召し下さいね。手抜きはいけません手抜きは。ご自分のお部屋から一歩外は公の場とお考え下さい。常に人の目がございます。身だしなみはきちんとなさって下さいませ。でなければ、お部屋からお出しする事は出来ません」


 アンティアにピシャリと言われ、ティーナはうなだれた。


 結局、最初からやり直しとなった。

 下着の上に着る薄いスリップドレスと、同じ素材で出来た膝丈のゆったりとしたハーフサイズのパンツを身につけさせられた。その後は、最も内側の襟を見せるための最初のフルレングスのドレスを着せられる。ここから先は見せるためのドレスになる。首元はスクエアになっていて、スカートの部分はふんわりとなるようにギャザーがたっぷりととられている。長さは足首より少し上までだ。スリーブはない。

 そして二着目。少し襟元の開いた、これまたフルレングスのドレス。このドレスは襟元の重ねの印象を決定づける作用を持っていて決して省略してはいけないそうだ。一着目のスクエアの襟を絶妙な位置で隠しつつ、見せるというアンティアの得意技の一つだ。胸元からウエストにかけて、レースのように繊細な編み目模様の布があてられ、横に細かく計算されたギャザーが入っている。こちらのスリーブは手首まできっちりある。

 スカートの部分は最初のギャザーたっぷりドレスより少しだけ長めで、動くと裾の部分がフワフワと揺れている。一枚目と二枚目のドレスの位置をしっかり確保しつつ、綺麗に見える位置でドレス同士がズレないように調整される。

 そして三着目。ティーナが最初に着ていたドレスだ。胸元は深めのV字カットで、一枚目と二枚目のドレスと重ねると綺麗な色合いが表現された。インナーから二着目までのドレスは濃淡の違う萌黄色系でまとめ、重ねる三枚目のドレスは淡い黄色だ。パフスリーブだけチェックになっていて可愛らしさを留めている。


 全てのドレスは軽い素材で出来ており、思ったよりも重く無いのがティーナにとっては救いだった。


 そして最後の仕上げとばかりに、アンティアは遠慮なく調整し配色豊かな逸品に仕上げた。





 「はふ」


 ティーナの口から息が漏れた。


 「はぁ」


 アンティアの口からも息が漏れた。


 「う・・・。明日から、アンティアにお願いする、です」


 ティーナはどうやら懲りたようで、明日からのアンティアの仕事が増えたようだ。いや、元の量に戻った、と言う方が正しか。体力が大分削られているのか、せっかくの重ね色を楽しむような様子はみられない。けれども、アンティアから鏡をむけられて目を上げれば、目をまん丸にして驚き、体を捻ったりして鏡に見入っていた。


 かくして、アンティアからOKをもらったティーナは待ってましたとばかりに廊下へと飛び出したのだった。



 *



 朝食ルームと呼ばれる部屋に辿り着いた。そこは建物の1Fにあり、大きな窓から明かりがとられていて、とても明るい。まだ庭に出る許しが貰えていないティーナにしてみれば、地面に最も近い目線から外を眺められるとっておきの場所になった。


 一直線に窓にへばりついたティーナをアンティアは口を挟まずに後ろから眺めている。ティーナが窮屈な生活を送っている事を一番よく分かっているからこその心遣いだ。


 「綺麗。アンティア、緑、葉っぱ、綺麗ね」


 太陽の姿は見えないが、光を反射してキラキラ光っている木々の葉が風に吹かれてそよそよとその姿を揺らしている。久しぶりに見た美しい情景にティーナは見とれていた。


 「おはようティーナ。良く眠れたかしら?」


 気配もさせずにアンティアがその場を譲った後、代わりにビルギットが立ちティーナの額にそっとキスをする。


 「おはよございます、アヴィーノ。とても綺麗な朝です」


 「とても綺麗な朝・・・、いいわねその表現。ティーナらしくて素敵ね」


 ビルギットは目を細めてティーナと一緒に外の風景を眺めた。


 「おはようティーナ」


 ビルギットに一足遅れて入って来たイェオリもまた窓際にやってきてティーナの額にキスをした。


 「おはよございます、アーヴォ」


 主夫妻がティーナを挟み、穏やかに会話をしている光景を、食事係全員が不思議そうに見ていた。





 朝食後、ティーナはアンティアとクスターに連れられて部屋に戻って来ていた。食べた後すぐに屋敷内を探検しようとしていたところだったのに、アンティアは有無を言わさずに連れ帰って来たのだ。


 「アンティア、図書室、行きたいです。言葉、覚える」


 再びソワソワし始めたティーナがアンティアに抗議をしている。けれどもまだまだたどたどしい言葉遣いに、抗議というよりも妹達が反発しているようにも見えアンティアはお姉さん然とした態度でティーナに向き合った。


 「はい。承知しておりますよ。では、さっそくお召し替えを。お勉強はそれからです」


 アンティアの言葉にティーナはびっくりした。朝食前にも服装をチェックされたばかりだからだ。


 「もう大丈夫、は、アンティア言いました。朝」


 「はい。申し上げました。ですが、あれは朝食に臨む服装ということです。今度は自由時間に過ごされる服装に変えなければなりません」


 「え・・・ええええええ!?」


 盛大にティーナの顔が引き攣った。それもそのはずで、今のアンティアの言い方だと、昼食にも夕食にも服装を整えないといけないと言う事になる。


 「さすがですね。ティーナ様。お食事の際、正装とまではいかなくても、相応しい服装で臨まなければなりません。ですから必ずお食事の前にはこちらにお戻り下さい」


 予想した通りの答えにティーナはガックリと項垂れてしまった。

 アンティア曰く、今朝の朝食用の服装はまだ略式に近い方で、正装になるとさらに何枚も着重ねをして色合いを作って行かないといけないらしい。


 「面倒・・・臭い・・・」


 「何かおっしゃいましたか?」


 ティーナのポツリと呟いた言葉に、すかさずアンティアが反応をする。

 今朝の一件で、アンティアに逆らうにはそれなりの知識やこの世界の常識が必要だという事を理解したティーナは何でも無いと首を振るしか無かった。


 アンティアの手によってフリーの時間に過ごす服装に着替え、ようやく図書室へ行く事が出来た。重ね着の枚数が2枚に減り、上下別のツーピースの服装になり、ある意味ホッとしている。


 朝食ルームと同じく1階にあるのは、広いエントランスホールを中心に図書室、談話室、朝食ルーム、音楽サロンが配置されている。詳しくは分からないが、エルヴァスティにあるティーナの家より大きいと言う事だけは十分に理解した。


 道々、アンティアが説明をしてくれる。


 「1階が公的な場所として扱われます。お客様がおいでになった場合には1階にて対応なさいます。2階がご家族のためのプライベートスペースになっており、旦那様や奥様、ティーナ様の寝室、ドレッシングルーム、バスルーム、書斎などございます」


 「お部屋の数、全部、いくつですか?」


 「こちらの本館と別館を合わせれば150ほどです」


 「ひゃ・・・く、五十?」


 ティーナは慌ててノートを取り出し、確認したが、どうやら聞き間違いではないようだ。


 「はい。お泊まりの方々のお部屋は別館に用意されておりまして、部屋数もそれなりにございます」


 「アンティアのお部屋、どこですか?」


 「私ども使用人は専用の棟がございます。個室で各部屋にバスルームなどありましてとても快適に過ごしております」


 「そう、ですか。それは、良いですね。近い?」


 「はい、あの植栽の向こうにございます。この本館や別館とも繋がっておりますので、雨の日でも行き来は問題ございません」


 眩しそうに目を細めつつもアンティアの指差す方向には、林や森という表現が似合うような木々が生い茂っている。その先に使用人棟があるらしい。全て見て回ろうとすれば相当時間がかかりそうだが、当然、ティーナは全て見て回るつもりでいる。


 「さぁ着きました。こちらが図書室です」


 “室”とは言えないほど広い部屋に通された。恐らく来客達も利用するのだろうか、幾つかテーブルと椅子も準備されている。壁は全て本棚になっていて天井まで続いており見上げると首が痛い。本がびっしり詰まっている。

 ホールのような吹き抜けの二階建て風になっており、二階は回廊になっているようだ。壁には所々階段状の梯子がかけてあり、きっとあれに登って取るのだろう。


 「夢の空間みたい。物語に出てくるような図書室ね」


 「はい。旦那様のご自慢です」


 時間をかけてぐるりと図書室を見て回った後は、とりあえず文字を覚えたてのティーナにぴったりのエリアに案内してもらうことになった。

 子ども向けの絵本が置いてあり、挿絵がメインでとても分かりやすい。適当に何冊か選びテーブルで読む事にした。先生はアンティアにお願いする事にする。


 「アンティア、読んで」


 妹のいるアンティアはお姉さんの顔になり嬉しそうに引き受けた。

 アンティアがゆっくり、一つ一つの言葉を大切に読み聞かせをし、ティーナはその情景を頭の中に浮かべていた。

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