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緑の中の  作者: 千砂
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失ったものは

 どのくらい意識が飛んでいたのだろうか。


 ティーナは手足に意識を向け、ほんの少し動かしてみる。幸いにも正常に動いているようで、筋肉や骨に関する異常は感じられない。尤も、そんな気がするだけなのかもしれないけれど・・・。ティーナは自分の両手両足がそこにちゃんとついているのかどうかを確認すべく、恐る恐る首を起こした。


 (あ、良かった、付いてる)


 ならばと、頭をぶるんと振り気持ちを立て直しティーナは周辺の様子を窺った。すると、少し先のところで地面に直径数メートルほどの穴が開いているのが確認できた。あれが直撃していたらと考えると、ティーナの身が竦む。と、同時に一刻も早く皆のところへ向かわなければと、恐ろしくて震える体を叱咤し、地面を這うようにしてその場を離れた。


 (あと少し、あと少しで帰れるから、頑張らなきゃ)


 ティーナは一直線に転移装置を目指した。ようやく震えが治まり、体を起こすと再び走り始める。

 目的地のほうでは、爆発音を聞いたのだろうマティアスが装置から飛び出してくるのが見えた。手をブンブン振りながら「早く早く」とマティアスの口が動いているのが見える。父親の姿を見てティーナの気持ちに少しだけ安心感が生まれたが、見計らったかのように間近で木が爆発し、ティーナは再び地面に投げ出されてしまった。


 「ティーナ!」


 マティアスがティーナを助けようと駆け寄ると、続けざま、周囲の木々が連続して爆発し、その破片が容赦なく二人の上に降り注いだ。


 そして爆発に巻き込まれたマティアスもまた激しく地面に打ち付けられてしまった。


 「父さん! 父さん! いやー!」


 ティーナがマティアスに駆け寄ると、その背中がひどく焼けただれているのが目に飛び込んで来た。まるで直接、高温にさらされ焼かれたうようだ。それにどうやら腕にも損傷を負ったようで血がドクドクと流れ出している。


 このままでは失血死してしまう可能性が高いと判断したティーナは、万が一にと、取り出し易くポケットに入れておいたガーゼや大型の布を取り出して大急ぎで止血を施した。

 爆発で割けた木の破片を布に巻き付け、腕の付け根をギュッと縛り即席の止血帯にする。その上に持っていたペンで手早く日時を記載する。こうしておけば、血を止めた時間が正確に分かり次への対処へと繋がりやすくなる。


  「父さん! しっかりして! 誰か! 誰か助けて!」


 誰よりもがっちりとした体格のマティアスを、流石にティーナだけでは起き上がらせることもできない。そこでティーナは、大声で助けを求めた。するとカミーラを置いたクラエスと、アグネッタを捕縛していた一人、ボリスが飛び出して来て援助についてくれた。

 二人はマティアスを抱え上げしっかりした足取りで、且つ、素早く運んで行く。


 「ティーナ、お前は一人で大丈夫か?」


 振り向き様のクラエスに声をかけられ、ティーナは力強く頷いた。


 「大丈夫。問題ないわ。それよりも父さんをお願い。背中全体に重度の火傷と腕の損傷が激しいの。一刻も早く戻らなければ!」


 ティーナの言葉を聞いて、クラエスとボリスは頷いた。

 必然的に殿(しんがり)を受け持つことになったティーナは、最大限に神経を尖らせ、見えない敵を警戒しつつマティアス達の後を着いて行く。


 クラエスとボリスのお陰でなんとか辿り着いたが、(ゲート)の幅は、ひと一人分しかないため、大きなマティアスを抱えた状態ではきつすぎるようだ。ふたりは試行錯誤しながらマティアスの怪我に触らないように気をつけつつ何とか運び込んだ。


 その間もティーナは扉の外に居て、周囲を警戒をしていた。すると、またしても何の予兆も音も無く、(ゲート)近くの地面が炸裂してしまった。しまったと思ったティーナは、素早く両腕で頭を庇いつつも三度(みたび)吹き飛ばされてしまった。


 「っが・・・」


 辛うじて頭は庇ったが、爆風で地面に叩き付けられてしまった。あまりの痛みに思わず呼吸が覚束無くなってしまう。それに我慢して耐えていると、ゆっくりと痛みが和らぎ、何とか呼吸をすることができるようになった。


 ティーナは何とか意識を失わずに済んだことに感謝すると、痛みの残る体を引きずり(ゲート)へと向かった。普通であれば数歩程度の距離だが、今はその距離がうらめしいほどに遠く感じる。


 「ティーナ、早く入れ!」


 中から焦ったようなクラエスの叫ぶ声が聞こえた。衝撃でふらつきながらもティーナはようやく(ゲート)へと辿り着いた。


 もうちょっと、もうちょっとと自分を叱咤しながら、ようやく(ゲート)に辿り着けたことに気が緩んだ。


 「レーヴィ、オルヴォ・・・、もうすぐ帰るわ」


 自然とティーナはレーヴィがつけてくれたペンダントを握りしめた。しかし、さっきの爆発でどこか痛めたのか、その腕に違和感を感じ、思わずペンダントを掴んだまま手を引っ張ってしまった。首の後ろに軽い圧迫感を感じたと思った瞬間、プチッと言う音とともにチェーンが切れ、ティーナの手の中にペンダントが残ってしまった。

 しまったと、思ったけれど、またレーヴィに作ってもらおうと考え、無くさないように固く握りしめ(ゲート)に手をかけた。


 あと一歩で全身が中に入るというところで、音も無くティーナの体が固定されてしまった。突然のことにティーナの頭が真っ白になる。どうして自分の体が動かなくなったのかじっくりと考える間もなかった。



 ティーナの意識が途切れる直前、


 「ティーナ!」


 焦ったクラエスが走り来るのがティーナには見えた。


 「く、クラエスさ・・・」


 ティーナに向かって伸ばされたクラエスの手を、ティーナもまた握りしめた。


 シュン・・・


 一瞬の静寂の後、辺りが暗くなった。同時にティーナの意識はそこで完全に無くなった。



 **



 ティーナの姿が消えたと同時に、空気感が慣れ親しんだ物に変わったのを次元転移装置内にいる誰もが感じた。


 「てぃ・・・な・・・?」


 確かに掴んだと思ったティーナの手の感触を思い出すように、クラエスは二度、三度、自分の手を握ったり開いたりを繰り返した。まるで幻を掴んだかのような印象しか残ってはいなかったが、再び開いた手のひらの上には、ティーナのペンダントだけが残されていた。


 「・・・な、なんだこれ・・・。は・・・何なんだよこれ! ティーナ! ティーナ! ティーナ!!!」


 扉があった場所にクラエスは手を打ち付ける。だが、そこは既に壁になっていて、いくらクラエスが叩いてもうんともすんとも動きはしない。


 「誰だ! 勝手に強制操作しやがったやつは!」


 ざっと振り向きクラエスは部屋の中を見回す。

 大怪我をして意識無く横たわるマティアスの側には、応急処置をしていたボリスとオーグレーンとヘルゲの三人、操作パネルのところには、アグネッタと、その側にはカミーラがいた。


 通常、人や物が挟まったまま稼働しないようにセーフティー機能が作動するようになっているが、緊急事態の場合、それを無視することのできる強制操作が可能になる。その場合、別途ロックを解除する操作が必要となるが、危険を伴う可能性も高いためリーダーもしくはサブリーダーにしか権限は無く、また、実際に操作する上で、どちらかの認証タグが必要になるはずだった。

 大怪我をしたマティアスは操作不能だし、クラエスもまた直前までマティアスにかかり切りだったため、それができる人間などいないはずだった。


 通常の転移操作はメンバーであれば全員訓練を受けているため誰でも操作は出来る。けれど実際にはリーダーもしくはサブリーダーの指示の下で操作するのた常だ。今回はボリスもしくはヘルゲが担当するはずだったが、直前でのイレギュラーで二人とも操作パネルから離れていた。


 「操作したのはアグネッタだ。応急処置をするため、我々がマティアスから一切の装備を外したあと、まとめる振りをして何かを手にしていたのを見た。きっとそれが認証タグのはずだ。

 カミーラの位置からじゃ操作パネルには届かないが、アグネッタの居る位置では可能だ、そうだろう? 二人とも。

 まぁ、実際に操作パネルから埋まっているタグを抜き出してみればいいだけだがな」


 オーグレーンは静かな口調で話しながら、鋭い視線でカミーラとアグネッタを見ている。二人はついっと視線を外し、黙秘の体勢になった。


 『よぉ、お疲れさん。みんな、無事に戻れたか?』


 その時、管制ルームから気楽な声が聞こえた。いつもの管制ルームの主任の声でその言葉には労いが込められている。だが今はその声を聞いていたく無かったクレインは素早く動くと操作パネルの位置についた。


 「管制! 緊急事態だ。マティアスとカリーナが怪我を負っている。特にマティアスは意識が無い、至急医療班を頼む。それから査問官と警備を・・・、ティーナが・・・行方不明になった」


 固い声でクラエスが管制ルームに答えると、あちらの空気も急に緊張感に包まれたのが感じられた。暫く間があったが、気楽な声でなくなった主任の声が響き渡る。


 『・・・わかった。至急手配する。それから、全員から話を聞く必要がある。誰一人としてそこから出ることは今後一切認められない』


 いつも緊張感の無い声しか出さないと思っていた主任の口調が、がらりと変わり、有無を言わさないものにかわると、装置内に居る全員にも同様に緊張に包まれた。いつも呑気な人の声が厳しいものに変わった事で、いっそう事の重大性が感じられる。

 そんな中で、カミーラが抗議の声を出した。


 「ちょ、冗談じゃないわよ。こっちは疲れてる上に、怪我してんのよ。一旦、家に戻らせなさいよ」


 『駄目だ。怪我をしているなら尚更、帰す訳にはいかない。それに、マティアスの代理であるクラエスが緊急事態と言ったんだ。理由が分かるまでお前達の身柄は組織が拘束する、例外は無い』


 その言葉にカミーラとアグネッタが非難の目をクラエスに向けた。それを受け止めたクラエスは、逆に怒りを孕んだ形相で二人を見返した。


 「お前らの勝手な行動で、おやっさんが重症、ティーナが行方不明になった。その責任は取ってもらうからな。手加減なんかしない」


 静かな口調だったがカミーラとアグネッタには十分クラエスの怒りが届いたようだ。ひっと喉の奥で声を出した後は、二人とも青ざめて口を噤んだ。



 **



 装置の出入り口が開き、最初に白衣を着た数名の医療班がなだれ込むように入って来た。


 「マティアスは?」


 重症と報告のあったマティアスを最初に診るようだ。マティアスの側に居たボリスが手を挙げてココだと誘導する。医療班のメンバーがマティアスを取り囲み手早く治療を開始した。とは言っても応急処置のみで、すぐさまストレッチャーに乗せられて外へと運び出されて行った。


 「ちょっと待て! おい、アグネッタを取り押さえろ!」


 どさくさに紛れて一緒に外に出ようとしたアグネッタに気付いたヘルゲが大声を上げると、扉の外で待機していた警備班に取り押さえられ、アグネッタは装置内に引き戻された。


 「あたしは関係ないってさっきも言ったじゃない! 私はカミーラに(そそのか)されただけなの! カミーラが全部悪いのよ。お願いよ、出して!」


 ヒステリックに泣き叫ぶアグネッタに対して、誰も可哀相だとは思っていはいないようだ。むしろ大人げなく騒ぎ続けるアグネッタに対して冷ややかな視線をおくるだけだ。放っておくといつまでもこの不愉快な状態のままだ思ったボリスが「これ以上騒ぎ続けるなら手足を拘束し、口も閉じさせるぞ」と脅しをかけ、ようやくその場に座らせた。


 一方、カミーラのところにも医療班から二人やってきて、躊躇無くブーツを切り刻んだ。(あらわ)になった足は、足首から臑の範囲が赤く腫れている。が、一目見た途端、遠慮なくカミーラの足首をぐるりと回した。カミーラの顔が苦痛に歪んだが、そんなことはおかまい無しで、「痛みがあるのは生きている証拠だ」と言い、がっちりと足は掴まれたままだ。医療道具の詰まったバッグに手を伸ばしたところを見て、治療が始まるのかと思いきや、一本のスプレー缶を取り出した。


 スプレーを噴射され足首が瞬く間に泡だらけになる。保冷効果や、鎮痛剤などが含まれた液剤は、吹き付けられたそばから固まると足首をがっちりと固定したようだ。白衣の男性がぽんぽんと上から叩いてみるが、カミーラが痛がる様子は見られない。


 「カミーラの怪我は大した事は無い。恐らくスキャンの必要も無いだろう。これ以上の治療法は無いから、このままここに居て構わない」


 てっきりマティアス同様、ここから出られると高をくくっていたカミーラは慌てた。


 「ちょ、ちょっと待って。凄く、もの凄く痛かったのよ、このままここに居たら悪化するかも!」


 「当時はそうだったろうが、今は痛みは無いと思うが?」


 医療班のメンバーがバシンと強めに叩いてみるが、カミーラは全く気付いていないようだ。


 「・・・そ、それは、確かにそうだけど・・・」


 「痛みが出たらそう言え。また来てやる」


 用は終わったと医療班の二人はさっさと装置から出て行った。



 **



 医療班がマティアスを運び出したあと一度扉が閉められた。そして幾らも経たずに再び扉が開くと、そこにはレーヴィを始めとする情報班二人の姿があった。レーヴィは険しい表情でぐるりと室内を見回すとクラエスと目があった。


 「クラエス・・・、ティーナが行方不明だと聞いたが」


 能面のように無表情になったレーヴィの顔は、作り物ではないかと思うほどだ。敢えてそうしているのか、もともとそういうものなのかはわからないが、クラエスは腹を括りレーヴィの前に立った。


 「すまない。俺が不甲斐ないばかりに・・・。すまない!」


 レーヴィはじっとクラエスを見据えた。


 「謝らなくて良い。そんなことよりも、まず聞かなきゃいけないことがある。なぜティーナが行方不明になった?」


 理由を尋ねるレーヴィの態度は尤もだが、言葉に感情が感じられない。


 長年の付き合いのあるクラエスはその言葉の裏側に、なにやら薄ら寒いものを感じるが、これまでレーヴィが本気で怒ったりしたところを見たことが無いから、レーヴィの心理状態が今、どのような状態にあるのか判断がつかない。


 レーヴィが(弟妹を除く)感情に流されない人間だということは誰もが知っている。だが・・・この冷たい目は、激しい感情を超えた先にあるモノなのかもしれないとクラエスは感じた。要するに非常に怒っている可能性が高いというわけだ。


 「次元転移装置が、強制操作された。操作したのはアグネッタとカミーラ。そのせいでティーナは(ゲート)に挟まり・・・消えた」


 そう言ってクラエスは手を開いてみせる。そこには今日レーヴィ自らティーナにつけたペンダントがあった。

 それを見たレーヴィは、さすがに驚愕の表情に変わった。ひったくるようにペンダントを手に取ると、握りしめ額に押し付けて苦しそうに顔を歪めた。その状態のレーヴィに声を掛けるのは躊躇われ、さすがのクラエスも黙ってレーヴィの次のアクションを待つしか無かった。


 ようやく顔を上げたレーヴィはさきほどと打って変わって落ち着いているようだ。何かを決意したような意思を目に湛えている。


 「レーヴィ・・・」


 声をかけてはみたが、クラエスはその先の言葉を持っていなかった。するとレーヴィは静かにクラエスを見て小さく頷いてみせる。そして静かに口を開いた。


 「僕達は要請により査問官・調査官としてここに来た。だが、僕はここで話を聞くつもりは無い。時間の無駄だし、何より・・・人は嘘をつくからな」


 そう言うとすぐさまレーヴィはアグネッタに歩み寄った。アグネッタは憧れているレーヴィがまっすぐに自分のところへやってくるのを見て、慌ててパパッと服の埃を払い、手櫛で髪を梳き簡単に身繕いをした。そして頬をうっすらと染めレーヴィから声を駆けられるのを待っている。


 だがアグネッタの期待は直ぐに裏切られた。レーヴィは黙って手を伸ばすと、彼女の胸に付いている()(しょう)をむしり取った。弾みで一瞬ぐいっと引っ張られたが直ぐに解放される。乱暴な行動だったがアグネッタはレーヴィに見とれ、なされるがままだった。さっきまでの無茶苦茶なヒステリックな勢いはどこにも見られない。同様に、カミーラの徽章も毟り取ったレーヴィは、再びクラエスに向き直った。


 「これはただの徽章ではない。一連の行動記録データが音声画像ともに記されるものだ。組織のメンバーを信用していない訳じゃないが、何かあった時の保険のつもりだったが、・・・こう言う形で使う事になるとはな」


 その説明にアグネッタやカミーラだけでなく、誰しもが固まった。

 かつてレーヴィ達が初等教育時代にスヴァンテが使った手を、レーヴィはしっかりと覚えていた。(もっと)も、可愛い弟や妹を守る為には法的にどうこうということに対して、レーヴィは一切戸惑わないで行ってしまえるのだ。


 「クラエス、他のヤツのは聴取が終わったあとでいいからお前が集めて持って来い、全部だ、一つも漏らすなよ」


 そして一緒にやって来ていた情報班二人に後を任せると言うと、レーヴィはさっさと部屋を出て行こうとした。それを見て、慌ててカリーナとアグネッタがレーヴィの後を追おうとする。


 「待って! 待ってよ! 違うわ! 事故なの!」


 「レーヴィ! 話を聞いて!」


 「捕らえろ」


 クラエスが指示を出すやいなや、近くに居たボリスとヘルゲが二人を捕獲し、そのまま床に伏せさせた。カリーナは足を負傷しているにも関わらず逃れようと暴れて手が付けられない、一方で悲鳴のようなヒステリックに声をあげているアグネッタを、レーヴィと入れ替わりに入って来た警備班が拘束具を持って近づいて来た。

 今度は予告無しで、舌を噛んだりしないように口を塞ぎ、続いて特殊な捕縛具を用いて完全に二人の自由を封じた。


 漸く静かになった装置内で、クラエス、ボリス、ヘルゲ、オーグレーンはそのまま聴取を受けたが、カリーナとアグネッタの聴取はまた後日ということになった。むしろ喋らせる気はあまりなさそうだ、全てはあの徽章のデータを見れば済むことだと、聴取を行った担当者二人が言っていた。


 情報班だと思っていた二人は、内部調査の担当ということは初めて知らされたが、この組織はまだまだ知らされていない事の方が多い。


 「ま、とにかく、この組織の特殊性は生半可な物じゃないってことだ」


 クラエス達が驚いていると、年配のオーグレーンが、自分ですらまだまだ驚く事があると苦笑いをしていた。 



 **



 特別に作られ厳しく立ち入り制限された分析室で、レーヴィは力任せにテーブルを殴りつけた。


 回収された全員(ティーナを除く)の徽章に埋め込まれていたデータを分析した結果に怒りが爆発したのだ。


 アグネッタについてはカミーラとの会話から、以前からティーナを(ねた)ましく思っていたようで、排除する機会を狙っていたという。今回、この機会を好機と捕らえ、現地に置き去りにするなり、うまくいけば紛争に紛れて存在を消せればいいと考えていたようで、立候補してメンバーとなったとカミーラに言っていた。


 カミーラは最初こそ真面目に仕事をしていたが、ある時、気付かないうちに入っていた石がエルヴァスティでは高価な鉱石で、それが監視の目に引っかからなかったことに気づき、それ以降、常習的に何かしら異世界から密かに持ち帰って来ていた。


 周囲への事情聴取などと絡め合わせて出した結果では、異世界へ渡る前、予め入念に事前情報を調べ上げ、どこに何があるのかを把握し、今回のように単独行動を行い、目的のものを入手していたようだ。


 たびたび調べものをしている様子をメンバー達に見られていたが、それこそ盗みの計画を立てるためであった。残念ながら、それは傍目には研究熱心と評価されていたようだが。


 これまで密かに持ち帰った品が見つからなかったのは、単発の一日の作業だけには犯行を行わなかったということもある。また、持ち帰る量が1個や2個で、且つ念入りに透過しにくい容器に入れて下着等の荷物に紛れ込ませてあり、監視の目につきにくく、難なく持ち帰れていたという。


 だが持ち帰る量が例え1個であったとしても、エルヴァスティでは法外な値がつく事が多いらしく、その辺りは冷静に考えていたのだろう。


 今回もまた同様に、調べものをしている姿を何人もの人間が目にしていた。だが、まさかそれが盗みの為の事前調査だと、気づくことができなかったとして誰が責められよう。特に今回は全員引き上げの状況で犯行の足取りも付き難いと判断したのか、または紛争のさなかにあって見つかり難いと思ったのか、短い滞在時間を利用して目的の物を入手する事には成功していた。


 記録によれば世間話を装い、現地駐在員から周辺の情報をそれとなく聞き出し、自分の調べた内容と照らし合わせた上で手早く済ませようとしたらしい。


 今回のカミーラの目的は、ティーナのペンダントとカミーラの徽章にあった記録によると、エルヴァスティにおいては空想上の動物とされている“一角獣”だったようだ。その子どもが記録されていた。


 親から離れた隙に、乱暴に袋に押し込められ、さんざん揺すられてた小さな一角獣は、小さいながらも怒りをその瞳に宿していた。けれどティーナの謝罪の言葉の意味が分かったのか、明らかに怒りをおさめ、つぶらな瞳でティーナを見上げている様子がしっかりと記録されている。


 (ティーナは他人の痛みが分かるんだ。特に小さな子どもに対して極度の保護意識が働く)


 けれども、きっと子どもを奪われた親は怒り狂い、標的を子どもの近くにいるカミーラやティーナに対して向けて来たのだろう。数々の攻撃と思える爆発はきっとそいうことだ。


 クヴェレーロの隊員が言っていた森の特殊性、その一つだと思われる一角獣が、我が子を取り返そうと攻撃をしていたのだろうと容易に推測できる。


 その攻撃の様子は、エルヴァスティでは決してあり得ない内容が映し出されていた。

 弾道など全く見えず、いきなり周辺の木々が爆発したり炭化したり。または、蔦や根が意志を持って襲って来たりといった不可思議な現象だった。一体どこから攻撃してくるのか親の姿すら見えないのに、的確に狙いを定めてくる。

 分けも分からず、対応策すらわからず・・・


 (どれほど恐ろしかっただろうか)


 ティーナの気持ちを考えるだけでレーヴィの心は張り裂けそうだった。




 カミーラのつけていた徽章には、一生懸命に一角獣を諦めさせようとしていたティーナの姿が映っていた。


 攻撃はカミーラを狙った物であり、ティーナとマティアスは完全なる巻き添えだった。しかも、最後には、アグネッタとカミーラは怪我をしたマティアスのタグを使い、冷酷にタイミングを狙い、転移装置を強制操作している姿が映っていた。


 ーーーその結果、ティーナの姿が消えた。


 最後に、クラエスの徽章からは、異空間に飛ばされる直前の、茫然としたティーナの顔が残されていた。




 遭難者から受信する端末に、ティーナからのSOS信号は無い。最近は誰からも届いていない。

 すぐさまクヴェレーロに別働隊を送り込んだが、ティーナの姿はその異世界からは失われていた。手がかりも無く、追跡調査も出来ず、今のところ完全にティーナの行方は掴めない状態だ。


 最近では起こってはいないが、かつて、何人もの人が別空間へ飛ばされ、行方不明になり戻って来なかった事実がある。

 もう二度とティーナを抱きしめる事ができないかもしれないと、最悪の事態がレーヴィの脳裏を掠めた。




 この予期していなかった展開にレーヴィは気が狂いそうだった。


 (まさか身内に手を噛まれるとは・・・)


 力任せに椅子を蹴り倒し、徹底的に破壊した。完全なる八つ当たりだ。自分でもそれが良く分かっているが、それでも感情を抑え切れずに次々と手当り次第に蹴り壊していく。全ての椅子が椅子でなくなった頃、肩で息をしながら無感動にその残骸を眺めていると、レーヴィ以外の声が聞こえた。


 「おい。レーヴィ、その辺にしとけ。お前の脚も壊れるぞ」


 厳しく立ち入り制限のされたこの部屋に入れるのはレーヴィも含め極わずか、数名しかいない。その内の一人であり総責任者であるスヴァンテが、入口の壁にもたれながらレーヴィの行動を黙って見ていたようだ。


 「暴れてティーナが見つかるなら幾らでも暴れろ。けど、そうじゃなきゃ、お前の仕事をしろ。それ以外にティーナを見つける方法は無い」


 スヴァンテの淡々とした声が癪に障るが、正論だけあって口答えできない。


 肩で息をしているレーヴィは泣いているようにも見える。小さな頃から知っているレーヴィの性格を思えば、慰めの言葉の一つもかけてやりたくなるが、もうレーヴィも小さな無力な子どもではない。


 「・・・わかってる。仕事、する」


 乱暴に手の甲で顎にしたたる汗を拭い、レーヴィは顔を上げた。


 「なんてぇ顔してやがる。ったく、“お兄ちゃん”が聞いて呆れるぜ」


 暗い表情を浮かべているレーヴィを見ながら、スヴァンテが軽口を叩いている。


 「放っておいて下さい」


 ぷいっと顔を背けたレーヴィに、スヴァンテがしつこく声をかけた。


 「そうそうマティアスだが、意識が戻ったぞ。まだERは出られないが、意識はハッキリしているそうだ」


 アストリッドが言っていたぞ、と余計な情報まで付け加えてくれる。 


 正直、血まみれのマティアスを見た時の衝撃はまだ記憶に新しい。加えて、直後にティーナが行方不明という事実を知り、一気に家族を二人も失うのか、という思いがレーヴィの脳裏を巡った瞬間、鋭い痛みを感じ心臓が止まるかと思った。


 スヴァンテからもたらされた情報は、今のレーヴィにとっては何よりのものだった。


 「ありがとう」


 「俺に礼を言ってもしかたねーよ。ったくガキが。・・・ここは片付けといてやるから、マティアスの顔を見て来い。今のお前にはまずそれが仕事だ。上官として命令するぞ、今すぐマティアスを見舞え」


 上司のスヴァンテに言われれば従うしかない。けれども、今はそれがとても有り難かった。このまま作業に入ってもきっと上手く行かないことはレーヴィ自身がよく分かっていたからだ。再度スヴァンテに礼を言うとマティアスのもとへと向かった。


 「あーあー、派手にやりやがって。女みてーな顔をしてるくせによ、やっぱ男だな。馬鹿力め」


 見事に一脚も椅子としての役割を果たせそうに無い残骸が部屋中に散らばっているのを見て、スヴァンテは片付けとくなんて言わなきゃ良かったと後悔した。



 **



 レーヴィがERに着いた時、既にオルヴォとパウリーナの姿があった。特にパウリーナはガラスに張り付くようにして中の様子を伺っている。


 「母さん」


 レーヴィが呼びかけるとパウリーナはハッと顔を上げ、足早にレーヴィに歩み寄った。そしてパウリーナより背の高くなった息子をギュッと抱きしめた。

 いつも何事も笑って吹き飛ばす気丈な母親が僅かに震えているのを感じる。


 「父さんはあのムッキムキの筋肉のお陰で、それほど酷い事になってなかったみたいよ。大きな血管には損傷は無くて、見た目ほど、出血してなかったって、骨折は腕一本だけだって・・・応急処置が良かったらしいわ」


 パウリーナの説明に心の底から安心するのをレーヴィは感じていた。思わず鼻の奥がツンと熱くなる。母親から抱きしめられている安心感もあるせいか、らしくなく、ここがどこなのかも一瞬忘れてしまい、スンと鼻を鳴らしてしまった。


 パウリーナは黙って大きな我が子の背中をポンポンと軽く叩き、優しく擦り、レーヴィの気持ちを受け止めようとしている。不意にレーヴィの眼から一筋の涙が零れ落ちた。それをきかけに、後から後から、止めどなく涙が零れ落ちる。


 「か、かあさ、ん。ティーナが、ティーナが・・・」


 「うん、聞いたわ。でもね、ティーナなら大丈夫。きっとどこかで生きてる。生きて、私達が探し当てるのを待っている筈だからね」


 喉の奥や目の奥に痛みを感じ、声にならずレーヴィは頷く事しか出来ない。


 「あの子は、これまでも何度も何度も窮地を乗り越えて来たんだ。ここにいる誰よりも強いんだよあの子は。・・・体はちっこいのにね」


 本当にそうだ。一緒にいて守ってやらなきゃと、レーヴィもオルヴォも一生懸命にティーナを庇っていたけど、ティーナは庇われているのをちゃんと理解していて、そこにべったりと甘えるだけじゃなくて、懸命に前向きになろうと、そこから這い上がろうと努力もしていた。

 だからこそ自立する道を模索して、医療従事者なんていう職業も選んだし、世界中を飛び回り身を粉にして働いていた。

 その現場のどれもが過酷で、人々が行きたがらない場所であっても、要望があれば率先して向かって行っていた。


 たまに帰って来て、ティーナが話す内容はどれも医療従事者として仕事で行っているとは(にわか)には信じ難いサバイバルな話が多く、話が誇張されていなければ、よくもまぁ生きて帰って来たなと思わずにはいられないことが多かった。正直言って、あの体のどこにそんなパワーが隠されているのか不思議でならなかった。


 ティーナはこれと決めたら、それこそ失敗するまで、てこでも譲らない性格をしているからか、滅多な事では泣き言を言っているのを聞いた事が無い。


 レーヴィは兄として妹をいくらでも甘やかして、泣き言や愚痴を聞くつもりでいたけれど、本格的な泣き言や愚痴になる前に、どうしたら良かったんだっけ、なんていう反省会になり、仕舞いには、次はこうしようと目標に切り替わり、最後は笑顔になっていたことしか記憶に蘇って来ない。


 ティーナの持って生まれた性格なのか、非常に前向きである事には違いない。レーヴィとしてはそれが嬉しくもあり、だが、完全に自分にべったり依存してくれないところは不満でもあった。


 ティーナがベッタリと自分から離れなくなるくらいに依存して欲しいと、気持ちのどこかで思っているのを自覚した時、それを実行しようとした事もある。けれども同時に、ティーナが自立しようと頑張っている姿勢を邪魔する自分に対して嫌悪感を感じ、うまくはいかなかった。


 ティーナは自分で考える事が出来るし、実行できる力がある。それを敢えて無力化させれば、それはティーナがティーナでなくなるわけで・・・。そんなティーナの姿を想像した時、心の底から嫌だと思った。


 パウリーナの言う通り、ティーナは自分の出来る事を最大限に実行して、レーヴィ達を待っている筈だ。そんなティーナの姿がありありと目に浮かぶ。


 確信にも似た感覚がレーヴィの中に芽生え、パウリーナに「もう自分は大丈夫だから」と言って顔を上げた。レーヴィの顔を覗き込んだパウリーナも、さっきの悲痛な表情をしていたレーヴィではなく、吹っ切れたと言うか、目標を定めたように、打って変わった強い意志を宿したレーヴィの表情に目を細めて頷いた。


 激励の意味も含め、レーヴィの涙の跡をパウリーナはハンカチで力任せに拭ってやる。


 「母さん、必ずティーナは見つける。僕も、あいつは待っている気がする」


 「俺もやる。実行部隊は俺が適任だからな」


 側に居たオルヴォはレーヴィの肩に手を置いて宣言した。レーヴィはオルヴォをぎゅっと抱きしめる。


 「レーヴィは情報収集と分析を、俺は片っ端から異世界に飛んでティーナの痕跡が無いか調べる」


 次男らしい天真爛漫で、ニカッとした笑みを浮かべオルヴォは言う。


 「父さんが一般病棟に移動できる頃には見つけられるさ」



 **



 マティアスはうつぶせの状態でベッドに寝ていた。

 音漏れのしない窓ガラスに隔てられた向こう側にいる妻子を見ていた。正確には酷い火傷を負っていたため、無菌室という完全に隔離された部屋なのだが。


 ガラス越しに、なぜか一致団結した様子の妻と子ども達の姿をぼんやりと眺めていた。そして、マティアスの傍らには白衣に身を包んだアストリッドがいて、一緒に外の風景を見ていた。


 「何だか楽しそうね。さすがあなたの家族って感じねマティアス」


 二児の母となりすっかり落ち着いた雰囲気を身につけたアストリッドは、窓の外の風景を眩しそうに眺めている。


 「あいつら何やってんだ?」


 まだティーナの事を知らされていないマティアスは不思議そうに言う。


 「それより娘がおらんじゃないか。ティーナはまっ先にお見舞いにきてくれると思ってたんだが」


 しゅんと寂しそうにしつつも、娘の到来を今か今かと視線が忙しく動いている。そんなマティアスの様子を呆れたように見ながらアストリッドは医者として言った。


 「マティアス、まずあんたは自分の心配をしなさい。ひとまず処置は完了しているけれど、それなりに出血と、ひどい骨折と打撲はあったんだからね。体を激しく打ち付けた場合、後遺症は随分経ってから出てくることもあるの。今、無理をすると長引くわよ。急がば回れよ。

 色々と気になるでしょうけど、今は名医である私の言う事を聞いて一日も早く回復するように寝ていなさい。いいわね。それまでは、一切の情報は入れないようにと厳重に命令しておいたから」


 「おい・・・それはちょっとやり過ぎだろうが。俺は仮にもリーダーだったんだぞ。進捗ぐらい知りたいって思うのは当たり前だろうが。責任だってあるんだ」


 「その体で責任があるって言われてもね・・・。どう責任とるのよ。動けるようになってから言いやがれ、このすっとこどっこいが!」




 マティアスがティーナの行方不明について知るのは、半年後のことだった。

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