裏切り
マティアス一行が、足早に転移装置へ戻って来たとき、装置前の一種異様な雰囲気に気付いた。近づくにつれ、館で聞いたばかりの言葉が、目的地方向から聞こえてくる。しかも複数の声があるようで、マティアスは怪訝な表情でオーグレーンを振り返った。
「オーグレーン、何か知っているか?」
オーグレーンもまた不思議そうに首を振っている。
オーグレーンが「ともかく早く戻ろう」と言うと、警備として一緒に居たヘルゲとボリスも頷いた。一行は駆け足気味に転移装置まで戻って来た。
そこには一足先にエルヴァスティから戻っていたクラエスが、意識無く横たわる人を抱きかかえているのが目に入った。よく見れば意識を失っているのはティーナで、ぐったりとしている。マティアスはそのことを認識した時、茫然と立ち尽くしてしまった。
クラエスの側にはアグネッタが顔を強ばらせたまま、尻餅をついている。
さらにマティアス達を驚かせたのが、見知らぬ男達が3人いたことだ。
先程、首長の館に行った時に見た、警備隊と揃いの服装をしていることからクヴェレーロの人間だろう。マティアスの長年の経験から、彼らから争うような気を感じないため、ひとまず彼らへの対応を保留にし、クラエスへと駆け寄った。
「クラエス、この状況は一体どうしたんだ? それに、この人達は何をしに来た?」
マティアスの頭の中では、ティーナがなぜ意識を失っているのかが最も気になるところであり、それはリーダーとしてより、父親として、いてもたってもいられず立て続けに早口で質問を繰り出していた。
マティアスが膝をつき、ちょうどティーナの顔を覗き込んだ時、薄らと目が開いた。
「っ! ティーナ、わかるか?」
慌ててマティアスが声を掛けると、ティーナはぼーっとした視線を向け、一言「父さん・・」と呟く。だがその直後、うっと顔を顰め身を縮めてしまった。一見、外傷は見当たらないようだが、力なくクラエスの腕に支えられている様子はやはり尋常ではない。今度は、クラエスに視線を移し、状況を説明しろと促した。
クラエスは困った顔になり僅かに首を振りつつ答えた。
「俺が戻った時、既にティーナは地面に倒れていた。側にアグネッタがいたのを見て声をかけたんだが何も話さないんだ・・・。取り敢えず、ティーナの方が優先だと判断し、抱き起こして呼びかけていたところ、おやっさん達が帰って来た。・・・ああ、この人達は俺より一足遅れでここに来ただけだ、恐らく関係ないだろうと思う」
さきほどの質問にまだ答えていなかったことを思い出し、クラエスもまた早口で答えた。
「そうか」
マティアスはそれだけ言うと、ボリスとヘルゲに視線を送った。二人ともマティアスが言いたいことが分かったらしい。アグネッタに気付かれないように、そっと彼女の背後につく。それを確認したマティアスはまずはオーグレーンへと顔を向ける。
「オーグレーン、申し訳ないが、そちらの方々の対応をお願いしたい」
そう言うと、オーグレーンはしっかり頷いてみせ、さっそく彼らに歩み寄った。それを見たマティアスは今度はいまだ尻餅をついているアグネッタへと視線を向ける。
「アグネッタ、答えたく無いなりの理由があるんだろうが、必ず聞かせてもらう。今は時間が無い、戻り次第追求する、いいな」
マティアスの強い視線を受け、ようやくアグネッタが放心状態から戻って来た。マティアスの迫力に当てられたかのように、ひゅっと息を飲むとガクガクとぎこちなく頷いてみせた。
「ティーナ、動かなくて良い。このまま装置に運び入れるから」
腕の中でティーナが身をよじり、何とか立ち上がろうとしていたのをクラエスが宥めようとしている。だがティーナはぷるぷると軽く頭を振るとしっかりと目を見開いた。
「クラエスさん、もう大丈夫です。ありがとうございました。私のことよりも、問題が発生したんです。カミーラさんが単独行動を・・・」
ぎゅっとクラエスの腕を掴んでティーナは非常事態を訴える。
「なに? カミーラが?」
ティーナの言葉に驚いたクラエスはぐるっと周囲を見たが、確かにカミーラの姿が見当たらない。自然と皆の視線はアグネッタへと集まる。
「アグネッタ、お前、何か知っているか?」
訊ねられるが、アグネッタは目を見開いたまま、首を振るだけで決して答えようとしない。
「アグネッタ、指示の無い単独行動は認められていないのは分かっているだろう? カミーラはなぜ勝手な行動をとっている? もしや、ティーナが倒れていたのもそれが理由か?」
ティーナがクラエスに支えられながら立ち上がったのを見ると、アグネッタは尻を地面につけたままズズッと後ろに下がった。ボリスとヘルゲは逃すまいとアグネッタの肩を押さえ付け行動を制限した。
逃げる方法を失ったアグネッタは今度こそ盛大に顔を歪め、一層激しく首を振り叫んだ。
「は、離して! し、知らない! あたしは何も知らないんだ!」
腕を振りほどこうと体をくねらせてみるが、女の力では、大の男二人の拘束から逃れられない。そのことを早々に悟ったアグネッタは、不意に虚脱した。どうやら話すつもりは無いようで、がっくりと項垂れ、顔を上げようとしない。
この状態でアグネッタに口を割らせるのは時間がかかると判断したマティアスは、ボリスとヘルゲにアグネッタを装置内に入れ、二人で見張るように指示を出した。
きっと何かあると誰もが思っているが、恐らく直ぐにはアグネッタは喋らないだろう。そんな苛立つ状況に、誰しもが、ふぅっと溜め息を吐いた。
アグネッタ達が装置内に入ったのを見届けたティーナが口を開いた。
「リーダー、カミーラさんは一人で出かけると言っていました。留まるように言ったんですけど聞いてくれなくて、つい腕を掴んでしまったの。そうしたら何か分からないけど、何かをお腹に押し付けられたと思ったその瞬間に、一瞬で体が硬直してしまって意識を失ってしまった・・・。ごめんなさい、私がもっとうまく躱して取り逃さなければ・・・」
項垂れるティーナの頭にポンと手を乗せると「お前は気にしなくていい」とマティアスは言った。そして測位システムでカミーラの位置情報を採取しようと、すぐさま手元の装置を操作した。するとそこに幾つかのマークが表示された。
この転移装置周辺に4つ。これはマティアス、オーグレーン、クラエス、ティーナだ。既に転移装置内にいる3人は表示されていないが、扉が開いておりマティアスの位置から目視で確認できている。
「ふむ・・・この周辺にはいないようだ。というよりも、あいつがわざと電源を落としていると考えた方が良さそうだな。一体何をしにどこへいっているやら」
モニタを見つつ、またしても溜め息がでる。
どう考えてもカミーラは良いことをしているとは考えられず、マティアスは思わずチッと舌打ちをしてしまった。
任務中、メンバーは必ず個人識別用タグの電源をONにしていなければならない。だが、今はカミーラのタグの反応が画面上に無い。余程の距離を離れれば探知できなくなるのだが、その為には、およそ人の足だけで短時間に移動出来る距離ではない。上空に漂っている無人機の観測エリアを抜けるには飛行機が必要となる。
1日以上滞在する場合には、プライベートな時間にはOFFにすることを許されているため、各自でON/OFFの切り替えは可能である。
だが今回は当日のみ。しかも出来る限り短時間でエルヴァスティへ戻ることにしているため、そもそもOFFにする理由が無い。また、してはならないと伝えてあるし、だからこそ故意にOFFにしていると考えられるのだ。当然、その行動を知られたく無い為だと容易に想像できる。
トイレということも考えられるが、それならばティーナに危害を加える必要は無いはずだから、やはり邪な考えをを持っているのだと推測できる。
「ティーナ、カミーラは何か言っていなかったか?」
アグネッタが全く口を開こうとしないため、ティーナから少しでも情報が欲しいところだ。ティーナは、その時の状況を具に思い出そうと考え込んでいる。眉間に皺を寄せながら時系列で口にした。
「リーダーとオーグレーンさん達が館へ向けて出発した後、帰還の第一陣もほぼ同時にエルヴァスティに行きました。
その間、私はオーグレーンさんのお子さん達と話をしてて、正直言ってあまり周囲には気をつけてませんでした。だからカミーラさんがその時何をしていたのかは・・・いいえ、見たわ。確かその時はまだカミーラさんは普通にいました。あ、そういえばカミーラさんとアグネッタさんが二人で話をしてたわ。離れていたから、何を言っていたかはわからないけど・・・。
そのうちに、クラエスさんが戻って来て、第二陣の準備にとりかかって、二人も荷物を運び込んだり普通に作業をしていたわ」
ティーナは一旦区切ると、目を閉じて更に思い出そうとしているのか、ぐっと眉の皺が深くなった。
「第二陣もエルヴァスティに向かったその後、私とカミーラさんとアグネッタさんの3人で、移転装置周辺の警備をしてました。立ち位置はほぼ三角形の形でそれぞれの姿が辛うじて見えるか見えないかの位置でした。
私は無人機からの周辺情報を確認しつつ、リーダー達が向かった館の方を見てました。相変わらず、望遠鏡のようなものがこちらに向けられているのを見た記憶があります。
他には、特にこれといって問題は無かったと思いますが、何気に、ふと二人はどうしているだろうと思って様子を見る為に移動しました。すると二人は一緒に居て、何か話をしていました。近づくとカミーラさんが『出かけてくるから黙っていて』と言っているのが聞こえました。
えっと・・・、確かカミーラさんは『直ぐに戻る』とも言ってたような気がします。
それに対してアグレッタさんは黙って頷いていて、カミーラさんの言葉を容認していました。
カミーラさんが軽く手を振り、くるっと体を反転させて早速出かけようとしていたので、慌てて止めに入ったんです。『どこに行くの? 勝手な行動は規律違反です』というと、カミーラさんは無視しようとしたので腕を掴んだんです。で、気付いたらクラエスさんに抱えられていたところで私の記憶は終りです」
ギュッと深くティーナの眉間に溝ができている。もっと他にやりようがあったかもしれないと反省しているが、カミーラが武器を所持していたところからして、素手であるティーナには対応する術は、なかったはずだ。言葉に出さずともマティアスとクラエスはそう結論付けた。
そこにオーグレーンの声が割って入ってきた。
「こちらの方々も同じことをおっしゃってる。実はあの観測所でこちらの様子を窺っていたところ、3人のうちの一人が倒れたのを目撃して慌ててこちらまで降りて来て下さったそうだ。ーーーん? ああ、なるほど。一人がここから居なくなるのも見たとのことで、隊の方が2名、カミーラを追って下さっているそうだ」
マティアスとクレインは、ほぅっと頷いて隊員達の方へと視線を向けた。
「お心遣い、大変感謝します」
クヴェレーロ式の感謝の意を表した。
自身の胸に固く握った拳を軽く打ち付ける。すると、クヴェレーロの隊員達もまた同じ動作で返した。
「ところでもう一人ですが、どちらへ行ったか教えて下さい」
その質問に、隊員の一人が指を指して答えた。
「『あちらです。この方角に村があります。きっとそこへ向かったのだと思われます。ただ、少々やっかいな問題があります。ついさきほど、自国へ帰る他国の軍隊が近くの村を経由するという連絡が入ったばかりで、我らもそれを警戒していたところなのです。正直言って、帰還する者達に関わると碌なことにはならないですから』」
村へ? なぜ? その場に居た全員がきっとそう思っていただろう。そしてそれが表情に表れていたようで、クヴェレーロの隊員は慌てて言葉を付け加えた。
「『村に入るまでに我が隊員が追いつけば、直ぐにでも連れ戻すでしょうから、落ち着いて帰還準備をしておいてください』」
「我らがそこへ向かうのは問題がありますか?」
「『止めた方がいいでしょう。領地内とは言え、ここから先の森は深く、慣れていなければ恐らく方向感覚がおかしくなるはずです。特に異界から来られた方々には、この森の特殊性が理解できないでしょうから非常に危険です。命を落としかねません。その特殊に掴まると、我らでさえ死を覚悟しなければなりません』」
クヴェレーロの隊員達は口を揃えて否と答えている。
特殊な森とは一体何なのかも気になる。恐らく、ぽっとやってきた者にとっては、非常に危険なのだろう。それに、マティアス達が何も分からずに特殊な森に囚われてしまった場合、きっと目の前に居る彼らは助けに来てくれるだろうが、それは同時に、彼らの身も危険に晒してしまう訳でーーー。
「分かりました。ご忠告に従います、ありがとうございます。我らはここで待機しております」
マティアスの言葉に満足したようで、クヴェレーロの隊員達は館へと戻って行った。
*
折角、首長との交渉が上手くいったというのに、身内から違反者が出てしまい、そのお陰で足止めを余儀無くされてしまったのでは何の為に急いで戻って来たのか分からない。
だが、規程に違反したからといって、一旦、引き上げようとしている異世界に一人だけ置いて帰るわけにもいかないし、逆に探しに行った者に、何かあるといけないから積極的に動けず歯がゆくもあるが、ここはグッと我慢をして待つしか無い。
「オーグレーン、すまない。部下が勝手な行動をしてしまったようだ。結局足止めになってしまった」
マティアスはそう言うと頭を下げた。
それを見たオーグレーンは気にするなと言い「自分は装置内に居るから」と言って中へと入って行った。オーグレーンは自身が保護対象者であることを重々理解していて、こうすることで少しでもマティアス達の負担を減らそうとしてくれたのだった。
オーグレーンの心遣いに感謝をしつつ、マティアスはカミーラの動向を知っていそうなアグレッタからちょっとでも情報を引き出せないかと考え、自身も移転装置へと入って行った。
ティーナとクラエスはゴーグルに映し出される情報を参考にしながら、念のためそれぞれ別の方角の警備にあたっていた。タグによるメンバーの個人認識ができないとなると、上空から送られてくる周辺状況の情報と、自分の目が頼りとなる。
木々の間で揺れるものがあれば注意してそれがカミーラでないかどうか確認していた。
医者であり責任感も強いティーナは、ついつい自分を責める方向に気持ちが傾いて行くのを止められないでいる。
同時になかなか姿を見せないカミーラに苛立ちを覚えているし、本当は実際に捜しに行きたい衝動に駆られるが、これ以上軽々しい行動をとることは皆の足をひっぱることだと、しっかりと自分に言い聞かせ堪えている。
集中力を欠かさないように気をつけながら、周囲へと目を凝らしていた。
ティーナは木々の間にチラチラと見え隠れしているものに気がついた。
それは意志を持って動いているようで、だんだんとこちらに近づいているように見える。
(村の方向とは違うわ)
ゴーグルに映しださているデータで確認したが、クヴェレーロの隊員が指し示した方角とは違う。
映し出された情報をズームしてみると、ようやく人だとわかる姿が、ぼんやりと映し出された。恐らくカミーラだろうとティーナは推測した。
どうやら走って戻って来ているようで、数分後にはこちらに到着するだろうと到着予想時刻が表示されている。ならば、やはり待っていた方が良いと判断したティーナは、ゴーグルに映し出されているカミーラの姿を観測していた。
「・・・!」
微かに何か聞こえたような気がした。
だが、そよぐ風によって木々の葉が擦れるような音にも聞こえる。聞き間違いか、とも思うが、改めてカミーラの姿を注意深く観察していると、時々、チラチラ後ろを気にしながら走っているようだ。ときおり、身を屈めたりしているのも確認できた。
(不自然な動きだわ。まるで何かに追われているように見える)
一度その考えに至ると、その考えに囚われてしまう。ティーナは自分の直感が外れているようにと祈った。
しばらくすると肉眼でもカミーラの姿や表情がハッキリと見え始めた。その途端、カミーラは崩れるように地面に倒れた。いや、投げ出されたと言っていい動きだ。
ティーナのいる位置からの、距離にして数百メートル。もしカミーラが怪我をしていたら補助が必要だろう。注意を促された特殊な森のことは気になったが、ティーナは駆け出していた。
「カミーラさん! 無事ですか?」
ティーナの声に反応したカミーラがバッと顔を上げた。地面に突っ伏していたせいで汚れているが、その表情は安堵と不安と恐怖など様々な要素を含んでいる。だが、苦痛に歪むといった事は無かった。
怪我等負っていたら痛みがあるだろうし、医者であるティーナが僅かな反応を見逃すことはない。苦痛に歪むなどの表情の崩れがみえないところで、取り敢えず無事な様子を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
いまだ立ち上がらないカミーラの側に駆け寄ると、ティーナはすぐさま助け起こそうと腕を取った。けれども、カミーラはカッと目を見開き、思い切りティーナを振り払う。その拍子でティーナは背後へと倒れ込んでしまった。
「ったぁ、カミーラさん何をするんですか! 介助が必要ないなら、ご自分で立ち上がって下さい」
素早く体勢を立て直したティーナは今度は用心深くカミーラの側に近づく。その時、カミーラのベルトに何か括り付けてあるものをティーナは気付いた。巾着袋のようで中に何かが入っている。
「カミーラさん、それは一体なんですか? 今回はこの世界のものを私達が持ち帰ることはできないはずです」
そう言って注意を促すとカミーラはパッと立ち上がり、ティーナから距離を取った。そして立った今見られてしまった物を手で遮るようにして覆い隠してしまった。
(やはり違反しているのね)
ティーナはそう確信し、ぐっと睨みをきかせる。
「カミーラさん、それを置いて下さい。今直ぐに! 転移装置への持ち込みはいけません」
「う、煩い! あたしの方が先輩なのよ、新米のあんたに指図される覚えなんて無い!」
そう言うとクルリと踵を返し、ティーナを置いて駆け出した。慌ててティーナもカミーラの後を追う。その間に何度も勧告するがカミーラはティーナを完全に無視していた。
そうしているうちに、ティーナ達の身近な木が一瞬で炭化し砕け落ちた。あまりにも一瞬のことで、何が起きたのか二人には理解出来ず、思わず足を止めて立ち尽くしてしまった。
まっ先に顔色を変えたのはカミーラで恐怖の為か顔を引き攣らせている。
「カミーラさん?」
ティーナが恐る恐る声を掛けると、「あ、あ・・」と声にならない声を発しつつ目は挙動不審にきょときょとと周囲に向けられている。一、二歩後ろへ進んだところでカミーラは木の根につまづいて再び地面に倒れ込んでしまった。
「カミーラさん!」
慌てて助け起こそうと手を伸ばすが、またしてもカミーラから振り払われてしまい、ティーナも尻餅をついた。
「ぎゃ!」
すると間近で短く悲鳴が上がる。ティーナがカミーラへ視線を向けると、カミーラへ忍び寄るものがあった。カミーラはそれを必死で振り払おうとしているが、一本、二本と数が増え続けており、その内にカミーラの手首が捕らえられてしまった。よく見ればそれは木の根のような、蔦のようなもので、明らかに意志を持ってカミーラを狙っている。
ティーナはカミーラの手首に絡み付いた蔦を手で引きちぎるとそのままカミーラを引き起こした。
「カミーラさん、何をしたんですか! これらは、それを取り戻そうとしているように見えるんですけど! 何を持って来たか知りませんが、ここにおいて下さい」
そうティーナは促すが、カミーラは手に持ったまま離そうとしない。そこでティーナは強硬手段として取り上げることにした。
「な、何をするの! 離せ!」
カミーラが逃げようとした先に回り込み、通せんぼをする。そうするとカミーラは怒りを滲ませティーナを睨め付けた。
「どけ! 邪魔するんじゃないよ小娘が!」
今度はカミーラが鋭く足を振り上げティーナを牽制する。ティーナは危うく蹴飛ばされそうになりながらも辛うじて避けた。その隙をついてカミーラはティーナを突破しようとしている。
「そうはさせないわ!」
渾身の力を込めて背後からティーナがタックルをする。その勢いのままカミーラは前のめりに倒れ、地面とキスをすることになってしまった。だがそのお陰で、カミーラの手から袋が零れ落ち、ティーナがすかさず拾い上げる。そして、カミーラの手の届かないように袋についている紐を高い木の枝にひっかけた。
「お前! 何してくれるんだ!」
顔を泥まみれにし、髪には枯れ草や木の枝を絡ませたままカミーラは鬼の形相でティーナを睨みつけている。だが、それに怯むわけにはいかない。ティーナもまた取り返そうと木に近づくカミーラの邪魔をする為に立ちはだかった。
「そんなに大事な物なんですか? 一体あれは何なんですか?」
酷い執着を見せるカミーラにティーナが問いかけると、ギリッと悔しげに奥歯を噛み締めたカミーラは一呼吸置いてから、初めて会話に応じた。
「ある意味、お宝さ。このクヴェレーロでも珍重されるもので、エルヴァスティでは更に高値で売れるだろう。きっと上限知らずかもしれない。どうだい、一口噛まないか。黙っていてくれたら売上の一部をあんたにやるから見逃してくれ。今回限りだ。この通りだよ」
カミーラはニヤリと口角を上げ、しおらしくしてみせるが、目が不気味なほどに爛々としている。高値がつくとよほど自信があるのか、恐ろしいまでの執着ぶりだ。金に対しての妄執を感じる。
「駄目です。お断りします。そんなもの、持って帰れる訳無いでしょう。しかも、誰の許可も貰ってないんでしょう? 無理です」
きっぱりとティーナが拒否を示すと、途端にカミーラの表情が一変した。
「ああそうか。じゃ、あんたはもう用無しだ。良い子ちゃんのあんたはきっとこの事は報告するんだろうしねぇ。そうされると困るから、ここで死んでおくれよ」
「な・・・! 何を言っているんですかカミーラさん!」
ぎょっとしてティーナが一歩下がる。その瞬間、ティーナが居た辺りをカミーラの手が空振りをした。よく見ればタガーナイフのような大きなナイフが手に握られている。しかも、血が付いているようだ。
「ちょ、、、何をするんですか。それにその血は一体何なんですか! 何をして来たんですか!」
ティーナの発した最後の声は悲鳴にも似た大声になり周辺に響き渡る。それに気付いたクラエスがこちらを見たのをティーナは気付いた。
「ちょっと脅しただけだ。この血はその時に少しかすっただけでね、大げさなんだよお前は!」
再び振りかざされたナイフを避けようと左サイドへと飛び退いてしまった。
(しまった)
そう思ったのも遅く、カミーラは易々と目的の物を手に入れてしまった。
「カミーラ! ティーナ!」
カミーラが目的の物を手に入れ、クラエスが二人の名を呼んだのと同時に、何の前触れも無くカミーラの近くの木が爆発をした。カミーラが吹っ飛ばされるのを見ながら、ティーナは近くの木陰に飛び込み何とか直撃を免れた。思わずギュッと目を閉じていたのを恐る恐る開けば、すぐ側に足を抱えて倒れているカミーラの姿があった。
「カミーラさん、しっかりして」
特殊なブーツは、ただ埃を被って汚れているだけで見た目には変わらないように見える。だが、苦悶に歪む表情から推測するに、骨が折れているか、酷い損傷を負っているのだろう。しかし、ここでブーツを脱がせて応急処置をしている暇等ないだろうし、再びこう言うことが起きないとも限らない。それならばと、ティーナは引きずってでもカミーラを連れて行こうとした。
「カミーラさん、少し我慢して。まずは移動するわ」
ティーナの問いかけが聞こえているのかどうか分からないが、もとよりカミーラの答えや気持ちは無視するつもりでいたから、ティーナは有言実行とばかりにカミーラの腕を自分の首に回し立ち上がろうとした。しかし、大人の女性且つ日頃鍛錬している体は重く、相手が女性であってもティーナは思うように抱え上げられない。けれどもたもたしている場合ではないことだけは分かる。その時、近づく足音が聞こえた。
「ティーナ! カミーラ! 無事か?」
クラエスは全力で駆けて来たのだろう。肩で息をしながらも二人の安否を確認している。
「クラエスさん、カミーラさんが負傷しました。手伝って下さい」
「おう」
クラエスの手を借りて何とかカミーラを両脇からさせて立ち上がらせた。
その時また近くの木が爆発をした。
「一体なんだってんだ。どうしてこう何も無い木が爆発するんだよ!」
悪態をつきながら、クラエスはカミーラの腕を抱え直す。すると、何かが足下に零れ落ちた。
「あ、これ・・・。あの、クラエスさん。これは推測なんですが、あの爆発はこれを持っているからだと思います。さっきも、蔦らしき物がカミーラさんに絡み付いてこれを取り戻そうとしているようにも見えましたし。だから私がこれを遠ざけます。その間にカミーラさんを連れて帰って下さい」
そう言うと、ティーナはクラエスの声も聞かずに、反対方向へと走り出した。
「ティーナ待て! くそっ、ティーナ、無事でいろ」
負傷しているカミーラを放り出してでもティーナのフォローに回りたかったが、流石に、サブリーダーとして責任ある立場であるため、それはぐっと我慢した。代わりに心の中でティーナの無事を祈りつつ、少しでもティーナの負担を軽くする為に転移装置へと急いだ。
ティーナは、と言うと、カミーラの落とした袋を手に取るとすぐにその場を離れた。少しでもクラエスや装置から遠ざかりたかったのだ。ティーナの感が正しければ、これと距離をとりさえすれば大丈夫なはずだ。
「ん?」
手に持ったものが何やらもぞもぞと動いている。足を止めて袋の口を開けてみればそこにはなんと、エルヴァスティには存在しない伝説の動物が入っていた。恐らく産まれたばかりの子どもなのだろう。小さな小さな体をジタバタとさせている。
「うわ・・。本当に御免ね。きっとあのナイフに着いていた血は、あなたのご両親の血なのかもしれない」
カミーラはなんと酷いことをしたのだろう。幼子を盗むため、その親を斬りつけたなんて。しかもその子を売ってお金儲けをしようとしたなんて!
あまりのことに怒りに震えてしまう。
だがそんな個人的な感情よりも、なるべく早くこの子を安全なところに置かなければならない。でなければ、あの爆発に巻き込まれる可能性もある。
「どうしよう。お前、どうすればいい? どこに行きたい?」
途方にくれたティーナは小さな小さな子どもに問いかけると、何やら頭の中にじわじわと滲んで来た。
「『あの木の陰に』」
そう聞こえ、ティーナはギョッとしてキョロキョロと周りを見渡すが誰もいない。手の中に居る子どもに視線を降ろすと、つぶらな瞳でじっとその子はティーナを見上げていた。
「もしかしてお前が言ったの? そう。わかったわ。ここでいいかしら」
黄色い花をつけた低木の木があった。
さっそくその木の下に置こうとしたが、そこには下草も生えておらず、ゴツゴツとした石と地面が剥き出しになっている。直接地面の上に置いてしまうには、憚られたため、ティーナは自分タオルを取り出し子どもの下に敷いた。
「本当にごめんなさい。謝っても許される事では無いことは重々分かっているわ。どうか、あなたのご両親が無事でありますように。そしてあなたと再会出来ますように」
それを言うのが精一杯だった。ティーナの思いが伝わったのかどうかは分からないが、幼子はつぶらな瞳でじっとティーナを見上げていた。
「それじゃ、私は行くわね」
幼子を驚かさないようにゆっくりそぉっと側を離れ、十分距離がとれたところで、ダッシュし全速力になった。
しばらくすると、木々の隙間からクラエス達が転移装置に入り込む様子が見えた。ほっとしたのも束の間、背後からピリピリとした何かを感じたと思った瞬間、すぐ近くで爆発がおき、ティーナの体が宙に舞った。