表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微炭酸summer☆  作者: 真織
5/9

「柚葉なに慌ててるの?」

急いで楽器を片付ける私に、楓が聞いてきた。

「今日は、ミーティングもないし、そんなに慌てなくても」

 確かに、そうなんだけど。私は、

「ごめん、今日、ちょっと用があるから」

言いながらフルートケースのジッパーを閉じた。

 それ以上は楓に何か聞かれることもなく、学校を後にして、鴨池公園行きのバスに乗る。

 直接行ってもギリギリだ。もう少し時間に余裕もって決めたらよかった。

 小島は、もう、来てる?

 今頃は、公園で、新しいトランペットを吹いてるのかな。




 バスを降りた私の耳が、微かな音色を捕らえた。

 バス停は、鴨池公園西入口のすぐそば。

 淡く夕暮れの色を滲ませた木立の向こうから聞こえてくる、どこか懐かしくて切ないメロディー。

 惹かれるように歩を進め、木立の間を割った小径こみちをたどって、鴨池のほとりが見えるところまでやってきた。

 傾いた日差しにオレンジ色に煌めく水面。逆光の中、池にせり出した露台に立つトランペット吹き。

 小島は、待ち合わせのことも、もしかしたら忘れているかもしれない。

 彼が今、向き合っているのは新しい金ぴかの宝物と音楽で。

 



 息をのみ、たたずむ。



 ……泣きたくなるくらい、綺麗。



 華やかで、透きとおるような、でもどこか物悲しい、そんな音の粒たちが夕暮れの空に溶けていく。


 



 ねぇ、小島。

 ……ずるくない?

 


 この音も、シチュエーションも、反則だ。





 曲が終わっても、私は動けずにいた。

 トランペットを持つ手を下ろした小島が、やっと私に気づく。

「ごめん、もう六時回ってたんだ?」

小島は、心もち声を張り上げた。

「ここ、すぐわかった? 西口まで行こうと思ってたんだけど」

「バス停から、音が聞こえたから」

 鴨池公園は市内で一番大きな公園だし、近隣の住宅に気兼ねなく吹いても大丈夫だろう。だけど、私のレベルじゃ、その勇気はないかな。

 池の畔の小島の近くまで行って、

「いつからやってるの?」

と聞いてみた。広くせり出す露台に鞄を置いて、私もオレンジの中に染まる。

「んー、小四?」

小島は、いとおしげにトランペットを撫でる。すでにキャリア六年、か。

「すごいね」

「小学校に管楽器クラブがあったんだ」

「なんか、感動した」

素直に言ってみた。

「でも、まだ夜空には早いよね」

だけど、照れ隠しに落としておく。小島が吹いていた曲が「夜空のトランペット」だったから。

「暗くなる前に、帰るよ」

小島には、褒め言葉も落としどころも、スルーされた。

「うん」

でも。

「もう少しだけ、聞かせてよ」

「了解しました」

前髪をちょんまげにした小島が、トランペットを掲げ、茶化すように腰を折ってお辞儀した。

 吹くよ、と合図がわりに微笑む小島が、すごく眩しくて。


 金色の音色に身を委ねた。


 夕暮れ時で、よかった。

 頬が染まっても、たぶん、ばれてないよね?




「明後日、メンバーの選抜があるんだ」

小島と二人、公園から引き上げようと歩き出した。

 明後日は、いよいよ吹奏楽部のコンクールメンバーの選考会だ。私もメンバーに入りたくて、ずっと練習してきた。

「ぜったい入りたくて、それで」

小島のいるカラオケボックスにも、入り浸ってました。

「大丈夫だろ。石塚の音なら」

そう言ってくれる小島の言葉が嬉しい。

「うん、がんばる」

「おう」

「……小島さ、やっぱり、髪、切ったらいいのに」

「ほんと、しつこいよ」

やっぱり同じことを言ってしまった私に、小島の反応は前よりは少し和らいだもので。

「うん、ごめん。でも……」

「なに?」

「綺麗なの、隠さなくてもいいじゃない」

「それでヤな思いしたとか、想像できない?」

まあ、そうだろうなとは思ったんだけど。

「俺、やっと背が伸びて来たけど、中学の時は、百五十なかったんだよね」

ぽつりと小島は言った。

 隣を歩く小島は、私からだとこころもち顎を上げて見上げないといけないくらい。ここ最近で、すごく身長伸びたんだ。

「で、女顔だし。名前も。ずっと、瑞希ちゃんとか呼ばれて。部活でもペット扱いだったし」

「ブラバン?」

「そう」

「……秋にさ、体育祭、あるだろ」

「うん」

盛り上がることで近隣にも有名な、桜橋高校体育祭。

「アレだけは、回避したくてさ」

……わかる。裏体育祭のこと、知ってるんだ。





 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ