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宣言通りバイトを終えた小島が、スタッフの制服から私服に着替えて、私のいるボックスにやってきた。
「なに吹く?」
とりあえず、聞いてみた。って言っても、私の実力じゃ、リクエストされて何でも吹けるわけじゃないんだけど。
「……何でも。吹けるので」
あっさり言って、小島は私の立ち位置から対面のシートに座った。
まだ前髪ちょんまげ状態のままで、もったいないくらい綺麗な顔をさらし、目を閉じた小島からは、「ほら聞かせて」と言う無言の圧力を受ける。
……ふう。
覚悟を決めて、フルートを持ち上げた。
……fly me to the moon.
何でもいいと言われたので、好きにしてみた。
ちょっとアンニュイな大人のフレーズ。
吹き始めると、たった一人の観客のことは頭から消えていた。
最後の音が昇華して、ここがカラオケボックスだっていう空気が帰ってくる。
「選曲、意外な気がしたけど。でも、石塚っぽい音だった」
小島は、満足そうに笑ってくれた。
ヘンな髪型の癖に。
……その笑顔は、反則だ。
「私っぽい?」
「うん。ちょっとだるそうなのに、夢見てそうな感じ」
どういうの、それ。
「誉められたのかな?」
口を尖らせた私に、
「そのつもり」
と、また笑う。
ひとしきり笑って、しばらくして、
「……石塚?」
怪訝そうな小島の声がかかった。
「あ、ごめん」
まさか、不覚にも見とれていましたとは言えない。
「練習、邪魔したよね。俺、帰るから」
シートから腰を上げた小島は、前髪のゴムをするりと抜いた。
顔半分の前髪と、どこかの国のロゴ入りTシャツにベーシックな紺のストレートジーンズ。スタイルは悪くないのに、残念な小島の出来上がり。
「小島のは、いつ聞かせてもらえるの?」
私が聞くと、
「あと少し。お盆明けには手に入るから」
と小島は答えた。
ああ、小島の吹くトランペットが聞けるんだ。
お盆明けで、部活の早く終わる日は……、
「じゃあ、二十四日、空いてる?」
頭の中で予定を思い出して、聞いてみた。選考会の前だけど、構わない。
「夕方なら」
「場所は?」
「鴨池公園の、西入口付近に来てくれたら」
「わかった。六時でいい?」
「うん」
約束が、心に小さな灯をともす。
「じゃあ」
と、ボックスを出ようとする小島に、
「ねぇ小島」
と、私はかぶせるように呼び止めた。
「前髪、切ったらいいのに。やっぱりもったいないよ」
一瞬動きを止めた小島は、
「うるさいよ。いい加減、そういうのやめて」
低い声で言い捨てると即座にボックスを出ていった。
やっぱり余計なおせっかいだったかな。
でもなんだか言わずにはいられなくて。
小島は、私の音をちゃんと聞いてくれた。だからかな、小島も、そのまま隠さずにいてくれたらいいのにって。
そう、思ったんだ――――。