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夏休みに入って、七月の終わりに吹奏楽のコンクール市内予選大会があった。
それまでは、部活一色。
先輩たちは、頑張った。
頑張ったけど、県大会には進めなかった。結果は銀賞で、ここのところ、桜橋高校吹奏楽部は低迷中と言われてしまっている。
それでも人気のある部活なので、部員数は多く、パートごとにコンクールメンバーに入るのも大変だ。
夏休みの終わりには、選考会があって、一年生も参加できる。
部活が休みだったり、早く終わった日は、練習したい。でも、家で大っぴらに吹くわけにもいかず、場所探しに苦労してしまう。
気候のいい時は、ちょっと恥ずかしいけど公園なんかでもやっちゃうんだけどね。
「で? なんで毎日来るわけ?」
私の顔を見た途端、小島は嫌そうに言った。
嫌そうな顔なのに、見とれるほど綺麗って、どういうこと?
「お客様に対する態度、改めた方がいいよ?」
カラオケボックスの受付で、もう恒例になりつつある会話。
「……じゃあ、こちらへどうぞ」
小島がバイトしているカラオケボックスは、夏休みニコニコキャンペーン中。平日はワンコインで三時間、ドリンク注文も不要という破格の安さだ。
なによりエアコンが聞いてて涼しいし、もちろん防音もばっちり。楽器練習にぴったりというわけで、私は通い詰めているのだった。
「ねえ」
小島の後について歩きつつ、聞いてみた。
「小島は、なんでずっとバイトしてるの?」
「欲しいものがあるから」
確か小島は部活にも入っていないし、バイトとしてのこなっれっぷりから見ても、入学してすぐから働いていそうだ。そんなに詰めて稼がなければならないほど、高価なものなんだろうか。
小島の視線が、ちらりと私の持つフルートケースに止まったのを私は見逃さなかった。
「もしかして、楽器?」
「……石塚のそれ、個人持ちだよな?」
「うん。中学の時は、学校のを使わせてもらってたから。ためてたお年玉貯金と入学祝いで」
全額はたいてやっと買えた。
安く買おうと思えば、もっと安いのもあるけど、中学三年間ちゃんと頑張ってきて、高校でも続けていくなら、それなりのものが欲しかった。
「そっか」
「小島は、何が欲しいの?」
「……トランペット」
「ブラスバンド、入らないの?」
「合奏、興味ないから」
……興味ないのか、そっか。でも、楽器は欲しいんだ。吹けるのかな?
「じゃあ、今度吹いてよ」
「え?」
「楽器、手に入ったら」
なんだかどうしても小島の吹く音が聞きたくなって、そう言った。
「じゃあ、そっちも聞かせて」
え?
「今日のシフト、五時までだから。終わったら、来てもいい?」
「あ、うん」
「じゃあ」
今日の部屋に案内し終えると、小島は受付に戻って行った。
えーと。今から、三時間コース、だから。予約は五時半まで。
で、バイト終わったら小島が来て、私のフルート、聞くんだよね。
あれ? なんで? 私は小島の吹く音が聞きたかったのに……どうしてこういうことになってるんだろう?
小島って、よくわからない。
でも。
たった一人に聞かせるなんて、なんだか緊張する。
大丈夫かな、私。
微妙な気分でケースから管体を取り出し、フルートを組み立てた。
……とりあえず、練習、練習っと。