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小島は、同クラの男子で、ちょっと浮いた存在だった。何より顔半分隠す長い前髪が、なんだか怪しい。
同中出身の子もいないようで、周りの女子は遠巻きに引いていた。一方で、男子の中ではそれなりに話したりもしていた。
入学当初はからかわれたりしていたけど、何度か自分で前髪を持ち上げ、男子には何やら打ち明けていた。
担任に指摘された時も、
「ずっと顔で不自由してたんで」
なんて、真面目に言うもんだから、うちの校風の寛容さで、小島はそっとしておこうと暗黙の了解になっていた。
残りのカラオケの時間は、更にぼんやり過ごしてしまったので、私に声かけしてくれたクラスメイトの楓に、
「柚葉、やる気なかったね~」
と呆れられてしまった。
小島のことは言わなかった。別に本人から「言うな」って口止めされたからじゃない。
ただ、なんとなく、だ。
期末試験の翌日からは、またしばらく授業がある。
小島は、相変わらずうっとうしい前髪のまま。特に女子とは関わらない。
関わらないのは元々だけど、更に私は避けられているような気がした。
なんだか面白くなかったので、掃除の時に声をかけてみた。
「小島」
箒を持って振り向いた小島が、私を認識して微かに引いたのがわかると、ますます面白くない。
「なんで、バイト先ではあんななの?」
具体的に言うのは、一応遠慮してあげた。
「あー、まあ、食べ物扱ってるから。不衛生だって」
小島がぼそぼそと答える。
不衛生、か。なるほどね。
「だったら、なんで切らないの?」
思わず突っ込んでしまった。
「それ、聞く?」
「え?」
聞いちゃダメだった?
「だって、不自由するような顔じゃないでしょ」
むしろ、美形ともいえるくらい。
「……石塚、俺の下の名前、知ってる?」
は?
だったら、あんたはこっちの名前知ってんの?
内心の切り返しが顔に出ていたのか、小島は、
「瑞希」
と自爆した。
「こんな名前で、こんな顔だろ。だからだよ」
……今まで、その説明で通ってきた? だからって、何?
「綺麗なのに。どっちも」
なんだか隠されていることに納得できなくて、そう言うと、
「女みたいな名前に女顔。嬉しくないんだよ」
小島は心底嫌そうに言った。
これでこの話題はお終いとばかりに、小島は私から視線を逸らし、箒を動かし始める。
「でも! もったいないよ」
思わず小島の持ってる箒を掴んでしまった。
動きを止めた小島の、表情は前髪に遮られてわからない。
思わず声も大きくなってたようで、クラスの注目を浴びてる。まずかったかな。
しいんとした空気を救ったのは、楓の、
「柚葉、部活あるんだから、急いで~」
という、一言だった。
吹奏楽部に所属している私は、今コンクール前で時間が惜しいくらいだった。一年生だから、まだメンバーには入れていないけど、来季の選考がかかってくる。
なんで小島に絡んでしまったのか、自分でもよくわからないけど、とりあえず、部活に気持ちを切り替えた。
「やけに小島に絡んでたね」
楽器を置いてある音楽準備室に向かう途中、楓が話しかけてきた。
楓とはクラスも部活も一緒。だからクラスメイトのグループに声かけしてくれたんだ。
小島のことは……言われるかなって思ってたけど。
「なにが、もったいないの?」
……なんか、それは言いたくないかも。
「あの前髪が、鬱陶しいから」
「ま、ただでさえ暑いのに、あれを見るとね」
「うん、すっぱり切っちゃえって思うでしょ?」
「確かに」
相槌を打ちながらも楓は、
「でも、小島って、そういうの言い難い雰囲気」
と声を絞った。
そうかな? そんなこと、ないと思うけど。
カラオケでの(あくまで客相手にだろうけど)丁寧な応対とかに接したからか、やっぱり顔を見たからか、漠然と近寄りがたさは消えていた。
小島瑞希。
彼は、私の中で、ただの浮いたクラスメイトから、変化しようとしてた。