7、 3月13日(6日目)・公園の中心でジョン万次郎を叫ぶ
コンビニで雑誌を読みふけること約1時間半。ようやく真っ暗だった外の景色もぼんやりと明るくなってきたようだ。
しかし昨日からまともに寝てないせいで、日付と章の区切りをどこでするかが曖昧で非常にめんどくさい。早くまともに寝てほしい(過去の自分に向けて)。
雑誌を閉じ、再度パンとコーヒーを買って店を後にする。まだ冷える屋外でとっととパンを食い終えると、薄暗い道のなかのんびりと自転車を走らせる。出発、というよりじっとしているのも何なのでぶらぶらしているだけだ。
寝ようと思っていたバス停を通り過ぎてさらに進んでゆくと、何か公園のようなものを見つけた。なんとなしに立ち寄ってみると、そこには大きな彫刻が。
「これは‥‥ジョン万次郎じゃないか!」
彫刻の台座に掘られた名前と、近くの看板を見てくらうは驚きの声をあげた。
「誰だそりゃ?」
「なんか、有名な人だ」
「驚いたわりに適当だな」
「いやだって、ジョン万次郎だぜ? ジョン万次郎。なんかさ、ついつい声に出したくならないか? ジョン万次郎!」
「いや、よくわかんないけど、そんなにジョン万次郎が面白いか?」
「ジョン万次郎っていったら、中学か、高校だったっけ? の教科書に確か載ってたけど、授業のあとはみんなでジョン万次郎、って無駄に言ってた気がする。ジョン万次郎!って」
「ジョン万次郎ジョン万次郎うるせえな。なんでそんなにジョン万次郎を繰り返してんだよ」
「と、言いつつきょーこもジョン万次郎ってさっきから何回言ってんだよ。やっぱ気に入ったんだろ、ジョン万次郎」
「くっ‥‥認めたくねえけど、確かに言いたくなってくるな。ジョン万次郎」
「な、ジョン万次郎って名前にはなんか繰り返したくなる魔力が秘められてんだよ。なんせジョン万次郎だからな」
「恐ろしい男だな、ジョン万次郎。こうも簡単にあたしを陥落させるとは。ジョン万次郎」
「だろ。ジャン万次郎だろ。昔テレビで見たジョン健ヌッツォも思わず何度も繰り返したものだが、今はジョン万次郎だよな」
「確かにな、ジョン万次郎!」
「ジョン万次郎!」
「あはは、ジョン万次郎!」
「ていうか見ろよこの説明文。ジョン・マンて書いてあるぞ。なんかバカにしてるっぽいよな。ジョン・マンって! ちゃんとジョン万次郎って言ってやれよ!」
「ジャン・マン! ジョン万次郎! いや、バカにしてんのは明らかにあたしたちだろ。どんだけジョン万次郎言ってんだよ。ジョン万次郎!」
「ジョン万次郎!」
一通り過去の偉人をバカにすると(ごめんなさい)、くらうは海へと視線を向けた。
そこにはなぜあるのかはわからないが、ステージのように周囲より一段高くなった丸いスペース、そしてその奥には海と山を眺めるために設置されているのか、ぐるりと腰ほどの高さの手すりに囲われた場所。そこへ向かい、静かに海を眺めていると、視線の先の陸地から次第に明かりが漏れ出してきていた。
「うわあ、すげえ‥‥。日の出だ」
まさに日が昇る瞬間。山間から少しずつ顔を出し始める太陽を見て、くらうは思わず感嘆の呟きを漏らした。
「へえ、きれいなもんだね」
「これだけ見るとすげえ荘厳な雰囲気なのに、さっきまでジョン万次郎言い続けてたせいでちょっとバカっぽい空気になってるよな‥‥」
「自業自得だろ。いや、こればっかりはジョン万次郎のせいだな。ジョン万次郎自得だ」
くらうは再び朝日に見入り、きょーこも淡い日の光に照らされながら景色を見つめている。モアイヌも感動しているのかどうかは知らないが、静かに山の向こうを見つめて朝日を浴びていた。まあ、いつも静かだけど。
「でも本当きれいだな。寝てないのはつらいけど、そのおかげでこの風景を見られたんならむしろ良かった気がする」
「ま、走ってたらすぐにそうも言えなくなるって」
「今くらい現実逃避させてくれ‥‥」