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序、 いってきます

「ウボァー! 寝過ごしたっ!」

 季節は春にはまだ少し早い、3月上旬。時刻は夜明けを迎えてまださほど経っていない頃。

 本作の主人公であり、筆者でもあるくらうでぃーれん(長いので以下くらう)は朝っぱらから謎の叫び声とともに目を覚ましたのだった。

 今日はひと月ほど前から準備を重ね、これでもかというくらい楽しみにしまくっていた初の自転車旅行、四国一周の出発日である。

 準備万端、だったはずが、なんだか寝起きから波乱の気配が漂っている。

「んー‥‥、なんだよ朝っぱらから。うるせぇなあ‥‥」

 そして、くらうとは対照的に眠そうな声で、だるそうに部屋に響く声は少女のもの。彼女はくらうと同じ部屋の、『机の上』で大きなあくびをしながら体を起こした。

 彼女はごしごしと目をこすりながらすぐ横に置いてある時計を見て、寝むそうかつだるそうに頭をかき、そして首を傾げた。

「あれ‥‥今日の出発予定、7時って言ってなかったっけ」

「言った」

「今7時なんだけど」

「うん」

「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」

 しばらく無言の時間が続き、

「‥‥いきなり寝坊かよ。ったく、情けねえな」

 思いっきり呆れた声でため息をつきやがった。

「うるせえな、きょーこだって寝坊してんじゃねえか」

「あたしは予定とか決めてないしー。初めっから自分で起きるつもりなんかなかったしー」

「偉そうに言うなよ」

 このクソ生意気な少女が今回の旅のお供の1人、きょーこである。机の上で目を覚ましたというのは何かの比喩表現でもなく、ましてくらうの机が人1人が寝られるほど巨大なものだというわけでもない。単に、きょーこが小さいというだけの話だ。

 小さい、というのも発育が遅れているとか、そんな単純な話でもない。きょーこは身長約3センチメートル。淡い水色のパーカーを羽織り、下はデニムのホットパンツ。快活そうというか生意気そうにつり上がった大きな瞳に、赤く長い髪は黒いリボンでざっくりとポニーテールにまとめられている。そしてその頭のてっぺんからは銀色の輪っかが生え、そこからはさらにぶら下げるのにちょうどよさそうな黒い紐が伸びていた。

 そう、きょーこはどこからどう見てもストラップなのだ。いや、実際元々はストラップだったはずなのだ。

 以前くらうがとある青いコンビニでおまけつきのお茶を買い、そのおまけであるストラップを家に帰って開封したところ、突如おまけがしゃべって動き出した。それがきょーことの初顔合わせ。

 追い出すというのもなんとなく躊躇われ、きょーこ自身もどこかに行くつもりもないらしく、成り行きでこうして生活を共にしている。少女とはいえこんな、人間かどうか以前にどういう生物なのかも不明な相手に対して間違いなど起ころうはずもなく、頻繁に口ゲンカをしていること以外に特に不都合はない。共同生活が長いせいかお互いのノリも近しくなり、今では交替でボケとツッコミができるほどのコンビに成長している。というわけで今回きょーこはくらうとともに盛り上げ要員である。いや、くらうは主人公だけど。

 そんな謎怪な生物であるきょーこだが、彼女なりの謎怪な決まりもあるらしく、決してくらう以外の人間の前では自分がしゃべって動けるストラップであることを知られてはいけないらしい。理由は本人ですらよくわかってないようだが、その決まりはくらうとしてもありがたいものだった。ストラップなんぞと楽しそうにおしゃべりしているところなんて誰かに見られてしまえば、可哀想な子扱いされること受け合いだ。そのためくらうもこのことは誰にも話しておらず、一応秘密のオトモダチということになっている。

 ちなみにこのきょーこ、どこかの某魔法少女と似ているような気がしないでもないが、それは気のせいである(確信)。たい焼きとかリンゴとかポッ○ーとかが好きだったりもするが、それは全くの偶然なのである(断言)。

「ていうか、なんでもいいから早く出る準備した方がいいんじゃないの?」

「む、腹は立つが全くその通りだな」

 机の上でぐいぐいとストレッチをしながら言うきょーこのもっともな意見に、くらうは急いで出かける準備を始める。とはいっても必要な荷物はすでにまとめられているので、必要なのは朝食の用意だけだ。そして米は炊飯器の中で美味しそうに湯気を立てており、あとはその横に置かれたレトルトカレーをあっためるだけ。準備が整うのには数分とかからない。

「朝からカレー? なにさそのチョイス」

「元気出そうだから。あと楽だから」

「あー、なるほどねー」

 きょーこと無駄口をたたきながらガツガツとカレーを貪り、ざざっと食器と炊飯器の釜を洗うと服を着替え、準備完了。

 カバンは背中に背負った大きなデイバッグ。ズボンは尻部分にスポンジのような柔らかい素材がくっついているレーサーパンツ、通称レーパンと呼ばれるものを履き、その上から吸汗速乾素材のハーフパンツ、さらにその上からウインドブレーカーの長ズボン。上は同じく吸汗速乾素材の白い長そでシャツに、赤いサイクルジャージ。そして指先が出る赤いグローブをつければ完成。

 ちなみにサイクルジャージとはその名の通り自転車乗り用のジャージであり、普通のジャージと違うところはわかりやすい部分では1つだけ、ポケットが背中についているという点である。なぜそんなことになっているかというと、横だと中に入れたものが落ちてしまう可能性が高いからだ。その点背中だと、その可能性はずいぶん低くなり、単純な話だがすごく便利な代物である。よくわからないままとりあえずアマ○ンで注文し、実際着てみて何気にすごく気に入ってしまった一品だ。

「ようしっ、じゃあ行くか!」

「おいおい、モアのやつ忘れてるよ」

「ああ、そうだった」

 勢い込んで部屋を出ようとしたくらうを、きょーこが呼びとめようやくその存在を思い出す。部屋の入り口付近に静かに鎮座している、もう1人の旅のお供のことを。

 そこにいるのはモアイとイヌの中間のような姿をしている、きょーこ以上に謎の生き物だった。イースター島のモアイの顔から耳とひげを生やして若干イヌっぽい顔の造りに変化させ、そして顔の後ろからずんぐりとした胴体を生やした姿、とでも言えばよいだろうか。体長は約4センチメートル。顔部分と胴体部分は分離可能で、顔と体はやや強力な磁石で連結されている。

 そう、彼もきょーこと似たような存在であり、ぱっと見ではただのメモ挟みなのだった。そしてなぜか体色はオレンジ。夕日にでも染まっているつもりなのか、自己の存在を主張したいのか、本当に色々と不可解な物体である。

 その名をモアイヌというそのまんまな名前をしている彼は、体色に反して言動での自己の主張は恐ろしく消極的だった。いやもう消極的なんていうレベルの話ではない。しばしば周りの空気と一体化している。

 くらうがモアイヌを発見したのは高校時代。近所の呉服屋さん、の一角にある雑貨コーナー、その見切り品の段ボールの中から10円という完全無欠の捨て値で発掘されたのだった。

 安すぎる値段と、顔のインパクトで思わず衝動買いしたくらうは特に何も思うことなく長い間机の上に飾っていた。そしてそのまま数年の月日が経ち、我が家にきょーこがやってきた数日後にきょーこがコレもイキモノであることを突如暴いたのであった。とはいえきょーこがモアイヌも動く物体だと主張して実際にモアイヌが動くところを観測するまでに、一週間近くがかかってしまったのだが。

 それ以降気にして見ていると、時折ぬおっ、と声というかもはや効果音のような音を発するが、それ以外には全く何の反応も見せない。何度かのしのしと歩行しているところを見かけたこともあるが、数センチ動いただけで再び静止する。何度も言うが、本当に謎のイキモノである。

 そんな謎の物体をなぜ今回の旅行に同行させようと思ったかというと、なんだかんだでこいつを気に入っているからだ。それ以上の深い理由はない。

 モアイヌをひっつかんで背中のポケットに押し込み、くらうはようやく部屋を後にした。

 向かうは当然自転車置き場。もう1人、絶対に忘れてはいけない旅のお供、いや、くらうと並ぶ旅の主役を迎えに行かなければならない。

「よし、じゃあ一緒にがんばろうな」

 そう言ってくらうが声をかけたのは、くらう自慢のロードバイク。磨き上げられた艶やかな青いボディは淡い朝の光を反射してきらりと輝き、交換されたばかりのタイヤは出発の時を今か今かと待ちわびている。同じく新品のブレーキは隙あらばタイヤを挟み込まんと機を見計らっているようで、しっかりと油の注されたチェーンはぬらりと凶悪な光を放っている――などと、途中からファンタジーの魔物の説明でもしているかのようだったが、くらうの旅の相棒はしかし、そんなスタイリッシュなフォルムではなかった。

「なあくらう、マジでこれで何百kmも走るつもりかよ」

 きょーこが呆れたような問いを投げるのも無理はない。旅の相棒はロードバイクなどではなく――どこにでもありそうな、折りたたみ自転車だった。

 磨き上げられた青いボディ、新品のタイヤ・ブレーキといった辺りは間違っていないが、確かにどう考えても長距離の自転車旅行をするのに向いているとは思えない。それはくらうとて重々承知の上である。

 が、敢えてこの自転車で旅行するということこそが、くらうのこだわりなのだ。ロードバイクで四国を回った、という話なら聞いたことがある人も多いと思う。実際くらうの自転車好きの友人も経験があるらしい。しかし、折りたたみ自転車で四国を回ったなどと言う話は聞いたことがない。そういう、普通だったら誰もやらないようなことをあえてやるのが楽しいのだ、というのがくらうの考え方だ。

 2年以上乗り続けているというこの自転車への愛着ももちろんあるのだが、それ以上に誰かにこのことを語った時に「そういえば知り合いもやってたよー」ではなく「はあっ、なにそれ!?」と驚いて欲しい。それだけのためにこの自転車で行くといっても過言ではない。これで行くといった際の周りの反応としては、すごいと感心する者とアホだと呆れる者がだいたい半分ずつ。ちなみにくらう自身はアホだと思っている。

 20インチという小ぶりなボディの彼女の名前はエミリア。買った当時ハマっていたゲームのキャラクターから持ってきた名前であるが、そのキャラクターとの関連性は特にない。

 きょーことモアイヌはなぜかしゃべっているが、メインであるエミリアは残念ながらしゃべってくれない。もししゃべってくれるのだったら、某小説のモトラドのエ○メスみたいになってもっと楽しかっただろうに、誠に遺憾である。

 くらうは荷紐で寝袋を荷台にくくりつけると、エミリアにまたがった。きょーこは頭の上。モアイヌは大人しくポケットに突っ込まれたまま、そしてエミリアは静かにタイヤで地面を踏みしめ、いつでも走れるということを主張してくれているようだ。

 時刻は7時45分。予定よりは少し遅くなってしまったが、この程度の誤差なら気に病むほどのことでもない。くらうは空を見上げ、にこりとほほ笑む。

 旅行日和の、快晴だ。

「それじゃあ、いってきます!」

「誰に言ってんだよ」

「おてんとさん!」

「なるほどなー」

 くらうはこうして、長い長い旅の第一歩を踏み出したのだった。


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