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中編


***************



スーパーで鍋の材料や酒類、つまみなどを大量に買い込んで、重い重いと笑いながらなんとか蓼原のアパートまで辿り着き、まだ夜になり切らない早いうちから2人だけの鍋パが始まった。


蓼原の部屋に上がり込んで2人だけで鍋をするのはこれまでも何度かあったことなので、蓼原は他のやつも誘おうとは言わなかった。


蓼原は友人は多いが、別れたのを知っているのはごく少数だろうし、その中でも中学からの付き合いがあるあたしを、蓼原は恐らく最も信頼し心許してくれているので、蓼原にとってもあたしと2人だけというのは都合が良かったのだと思う。



最初はあたしが事前に借りて持って来てたDVD(もちろん恋愛モノではない、新作のアクション映画やお笑いのやつ)を観ながら楽しく食べて呑んでた。


酒に強い方とは言えない蓼原は、アルコールが回ってくると、明らかに無理やりテンションを上げている様子を見せたり、泣ける要素など一つもない、むしろ笑いどころのアクション映画のワンシーンでううう、と目に涙を浮かべたり、と思ったら大笑いをしていたりした。


そしてお笑いDVD3枚目の中盤に差し掛かったところで、もう耐えきれないといった様子で床に突っ伏して泣き始めた。



「まだ好きなんだよ…別れたくなんかなかったんだよぉ」


「仕事で疲れてる杏子(きょうこ)さんに、何もしてあげられなかった…俺がしたことといえば、寂しい、今週も会えないの?会えそうにない?って西⚫︎カナの歌の女の子みたいに聞きまくっただけ……ははは…うざすぎるよな…」


「既読無視されたらなんかあったのかなって思うじゃん?!心配になっちゃうじゃん?!

だから学校サボって電車乗って2時間揺られて行って来たよ、家の前で何時間も待ってたよ!そしたらあからさまに困ったような顔されるしさ…そりゃそうだよな次の日も杏子さん仕事だったし…まだ電車あったからすごすご帰ったよ……虚しかった…」


「杏子さんは悪いんじゃない、俺が年下で頼りがいがなくて甘えてばっかりだったから……うっ…ううう…」



これまで蓼原が一度も見せたことのない、情けないほどの泣きっぷりだった。

顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ、爽やかイケメンも形無しである。

聞いてりゃ内容もうざったいめんどくさい少し気持ち悪いのオンパレード。

蓼原にきゃあきゃあ言ってる()たちに見せてやりたい。


それでも、惚れた弱みだよなぁ、情けなくて、全然かっこよくない蓼原を、嫌いにはなれそうにない。

うんうん、と相槌をうちながらティッシュを渡してやって、背中をぽんぽん叩いてやったりもした。




「俺から、言ったんだ……別れよう、って……」

「…………うん」


「頭の中では、もう、杏子さんの気持ちが俺から離れてるって分かってたから、限界だと思って。けど内心では、期待してたんだ……でも、杏子さんは、俺が言ったら、一瞬だけ、一瞬だけだけど、ほっとしたような顔になった。……別れたくないなんて言ってくれなかった、うん、って頷いたんだ…

それで、それで俺はどうすればよかった?嫌だ、やっぱり別れたくないなんて、ただでさえ今までかっこ悪い真似しかできなかったのに、最後は、ちゃんとした姿見せなきゃって思ったら、もう」

「……うん」


「まだ、杏子さんのこと、好きなのに」




蓼原がやっとの想いで吐き出した言葉は、蓼原だけでなくあたしの心まで深々と突き刺すようだった。

でも、分かっていたことだ、蓼原が彼女を嫌いになって別れたわけではないってことは。

だから甘んじてぜんぶ受け止める気でいた。


これから蓼原を裏切り追い詰めることに対する、自分勝手な罪滅ぼし。

いや、罪滅ぼしだと思うこと自体、蓼原に不誠実だよね。

でも、そうすることであたしはあたしを正当化したかった。これまた勝手な考えだけど。




泣き疲れたのか床に突っ伏したまま眠り込んでしまった蓼原を、寝やすいようにごろんと仰向けにしてやる。

子供のような寝顔に笑みが零れる。



蓼原より呑んだけど酒に強いあたしは、これっぽっちも酔っていない。

テレビを消して、机の上の使い終わったお皿や食べ散らかしたおつまみを片付けることにする。

全て終わり部屋を元の状態にまで戻した頃には、真夜中も近くなっていた。



あたしは、まず歯磨きをすることにした。


自分で持って来ていた歯磨きセットを使う。

洗面台の歯ブラシ立ての中、青とピンク2本の歯ブラシが並んでいるのが目に入って、少し滅入った。


極力それらを見ないようにして、いつもより念入りに歯を磨いたあと、鏡の中の自分に笑いかけてみる。

思っている以上にあたしは、緊張しているらしい。


平凡な顔を濃すぎないうっすらメイクでなんとか並の上くらいにまで押し上げてるとは思ってるんだけど、あたしの顔は残念ながら、記憶の中の蓼原の元彼女と比較するのに、見合う作りではない。


蓼原の好みの女の子の顔に少しでも近付けるようにと、大学に入ってからそれまであまり興味のなかったファッションの研究やメイクの練習を頑張った日々。


結局蓼原の口から可愛いの一言を聞けることはなかった。

いつも他の女の子には可愛いの安売りしてるのに。


それだけ蓼原にとってあたしは対象外なのだと分かってからも、あたしは蓼原好みの女の子になろうとするのをやめられなかった。我ながら諦めの悪さに呆れてしまう。



軽くメイクをし直して、くうくう眠っている蓼原の元へ戻る。



リモコンを使って、煌々と部屋全体を照らしていた白っぽい灯りから、オレンジっぽい灯りにまで落とす。


邪魔にならないように、身体をぶつけることのないように、机を動かして、蓼原が眠る場所にさらに十分なスペースを作った。



眠る蓼原の側に近づき、そっと髪の中に手を差し込んだ。


ずっと触れてみたいと思っていた蓼原の髪は、想像よりも少し硬めだったが、するすると指の間を通り抜ける感触が心地よく、ずっと触っていたくなる。


もう二度とこんな機会はないかもしれないので、思う存分満喫させてもらった。




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