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変身願望  作者: 小麦
特別な日の変身願望
18/29

バレンタインデー(boys side)

その数分後、甘利知世子は目を覚ました。

「うーん、ここは……」

「ここは甘利知世子さんの家ですよ、百手太陽さん」

 だが淡口美月は驚きの名前を彼女に告げる。それは、甘利知世子にチョコをあげた男子生徒の名前ではなかったのか。

「ん? ああ、そういうことか。いきなり眠くなったからどうしたのかと思ったよ」

 だが、甘利知世子もそれに平然と反応する。彼女は自分の体を堪能しているようだった。

「で、いかがです? その新しい体は?」

 すると彼女はうっとりとした表情でこう答えた。

「ホントだ、声も高くなってるし、髪も長くなってる。何より体の線が細くなってるし、ツインテールっていうのはすごくかわいいな……」

淡口美月はその様子を見て呆れたような態度を取る。

「満足していただけたようで何よりです。さて、これで私の契約も終了な訳ですが、しかしあなたも変わってますねえ。女の子になりたいだなんて」

 すると、甘利知世子、いや、変身した百手太陽はこう言う。

「僕、昔から女の子になりたかったんだ。今この体が着てるこのキャミソールとか、ミニスカートとか、女の子しか着られないかわいい洋服とかに憧れてたから」

 そう話した百手太陽は、少し前に淡口美月と会った時のことを思い出していた。



「……女の子になりたい」

 百手太陽は公園のベンチでそう呟いた。彼は物心ついたときから人形で遊ぶのが好きな子供だった。バトル系のアニメよりも恋愛ものを好み、外で遊ぶよりもおままごとをしている方が好きな子供だった。それは大きくなった今でも変わらず。女の子同士がしているガールズトークに憧れたり、かわいい洋服を着てみたかったり、とその願望はむしろ大きく加速していた。もっとも、そんなことは不可能と分かっているので、彼はこうしてため息をついている訳だが。

「家帰ろ……」

 最近ではこう呟いてから家に変えるのが日課となっていた。彼には性転換手術を行うお金もなければ、ホルモン注射をする勇気もない。百手は重い腰を上げた。



「そんなものですか? 私には理解しかねる感覚ですけど……」

 淡口美月は不思議そうな顔で彼を見る。自分には分からない感覚だから、そんな反応をするしかない。

「別に分かってもらおうとは思ってないよ。自分が変わってるってことも十分承知の上で、僕はこの願いを選んだんだから。君に言われたとおりのことをした上でね」

 百手はこれは自分の願いなのだ、といったように満足そうに答えるのだった。



「ため息なんてついてどうしたんですかお兄さん!」

 淡口美月が百手に声をかけてきたのはその時だった。彼女はやはりいつものように黒のコートに白いワンピースのモノトーンカラーの服装だった。

「……君に言ったって解決するわけないだろ」

 聞こえないようにぼそっと呟きながらその場を後にする百手。だが、淡口美月は次の言葉で百手の足を止めさせた。

「あなた、女の子になりたいんですよね? その願い、私が叶えてあげてもいいんですよ?」

 何故それを、とかどうやって、などといった言葉も百手の中には浮かんだ。だが、そんな些細なことは百手の口から出ることはなく。

「頼む、僕を女の子にしてくれ!」

 代わりにそんな単刀直入の言葉が彼の口をついて出たのであった。



「それじゃあ説明しますね」

「ま、待って!」

 だが、説明を始める前に百手は彼女の言葉を遮った。

「……何ですか? 何か気になることでもありました?」

「お金どのくらい取るの?」

 百手太陽の一番の疑問はそこであった。今まで色々なことを経験してきて、彼は何をするにもいくらかのお金が必要なことをよく分かっていたからである。だが、淡口美月は自信たっぷりにこう答えた。

「お金は一銭も取りませんのでご心配なく!」

「で、でもそれじゃあ君には何の得も……」

 なおも食い下がる百手。

「私は願いを叶えることできちんと利益が取れているので大丈夫です。細かいことは気にしないで、どーんと大船に乗ったつもりで聞いててください!」

「は、はあ……」

 百手は困惑しながらも頷いた。

「では、気を取り直して今からあなたが女の子になるための手順を説明します」

 そう言った彼女は得意げに説明を始めた。

「まずあなたが女の子になるには内面から女の子にならなくてはいけません。ということで、まずバレンタインデーにチョコレートを作ってください」

「ちょ、チョコ? 僕、そんなの作ったことないんだけど……」

 百手は困惑する。もちろん、生まれてこの方そんなものを作ったことはなかった。あくまで彼の望みは願望だけであり、実際に行動に移したことはなかったのだ。

「あなた、女の子になりたくないんですか? チョコの一つや二つ作れないと男の子を好きになった時に苦労しますよ?」

 だが、淡口美月も引き下がろうとはしない。彼女は顧客に対しては熱心なのである。

「……分かったよ」

 しぶしぶ折れる百手。ここで彼女に逃げられてしまっては元も子もない。

「そして、そのチョコレートをバレンタインデーに入れ替わりたいと思う女子に渡してください」

「えっ? 僕が自分から渡すの?」

 さらに驚く百手。女の子とほとんど話したことのない自分がいきなり告白まがいのことをしなければならないのか。

「そうですよ。 ……ああ、ご心配なく。誰に渡してもいいですから。これはあなたが女の子になった時の積極性を鍛えるための試練と入れ替わる女の子を決めるための手段にすぎませんので」

「いや、でも……」

「女の子になりたくないなら別にやらなくてもいいんですけどね。私は帰りますけど」

 煮え切らない百手の態度に踵を返す淡口美月。

「ご、ごめんごめん! でも、誰に渡せばいいか……」

 百手は慌てて彼女を引き留める。だが、後半の言葉もまた彼の真実であった。淡口美月は呆れたような顔をすると、コートの中から3人の女の子の顔を取り出した。

「この人たちは全員自分が嫌で他の人と入れ替わりたい、という願望を持っている女性です。全員あなたの高校の同じクラスの女の子をピックアップしました。あなたのクラスは文系だから女性が多いですし、見つけること自体は難しくなかったので、こんなこともあろうかと探しておいたんです。この中の好きな子に自分で作ったチョコレートを渡してください。それで、私とあなたの契約は完了です」

 淡口美月は今度こそその場から立ち去ろうとする。

「ま、待って。君は一体……」

 百手はそう彼女に問いかけるが、彼女は振り返ることなくこう告げた。

「私は淡口美月。変身願望を叶える職業を生業としているセールスマンです。叶えてあげるのは一度だけですけどね。チョコレートを渡す人が決まったらそこの名刺にご連絡ください。あとは私が何とかしますので」

 そう言った彼女の姿はすでになく、気が付けば百手の手には名刺が握られていた。

(あなたの変身願望を現実に 淡口美月)



それから百手は必死になってチョコレートを作った。味の良し悪しも大切に、ハート形のかわいいチョコレートを完成させた。親には白い目で見られたが、今後もうこの家族と関わりを持たないことを考えれば何のことはなかった。そしてバレンタイン当日、百手はある条件のもとに甘利千代子を選び、チョコレートを渡したのだった。



「そういえば、なぜこの人を選んだんですか?」

 淡口美月は聞く。3人全員に一応ある程度のマークをつけておいたとはいえ、一番彼女にとって意外な人物を百手が選んだからである。

「ああ。それはこの子の体が一番細くて顔がかわいく見えたからさ。性格がきついのは知ってたからもらってくれるかどうかは賭けだったけどね」

「早い話がロリ趣味だったってことですか」

「……もう少しいい言い方はなかったの?」

 百手が突っ込むが、淡口美月は答えない。代わりにこう言った。

「では、最後の仕上げに入ります。これからこの世界に生じた最後の違和感を無くします。それが私の叶える変身願望の結末であり、終焉ですから」

「最後の違和感……?」

 百手は首を傾げる。もう入れ替わりも済んだし、これ以上の違和感はないはずなのだが……。

「ええ、では、いきますよ」

 彼女はその瞬間、いつものように指を振り上げた。

「せーのっ、えいっ!」

 その瞬間、百手は意識が薄れるような感覚を感じた。



「起きてください、甘利千代子さん」

 それから数十分の時が過ぎた。淡口美月は再び甘利千代子を起こした。

「……あら? あなたまだいたの?」

 甘利千代子は彼女にこう聞く。淡口美月は心配そうな顔で甘利を見つめた。

「突然あなたが気を失ったのでどうしたのかと思ったんですよ。とりあえず無事で良かった……」

「そうだったの、それはごめんなさいね」

 彼女は眼をこすりながらこう答えた。

「いえいえ、大丈夫そうで何よりです。では、私はそろそろ帰りますね。もう外もすっかり暗くなってしまいましたし、早く帰らないとママに怒られちゃいますので」

「そうね……。早くおうちに帰ったほうがいいわ。家まで送っていきましょうか?」

「大丈夫です! 一人で帰れますから!」

 淡口美月は胸を張った。

「そう、じゃあ気を付けてね」

 甘利千代子はそう彼女に声をかけた。

「はい、また遊びに来ますね!」

 淡口美月もそう言って彼女の部屋を出た。甘利千代子はそれを見送ると、そういえば、と思い出したようにカバンの中のチョコレートを取り出す。

「これ、確か百手君がくれたチョコだったわね」

封を開封すると、中にはハート型のチョコが入っていた。

「ハート型なのは気になるけど……おいしそう」

 彼女は小さな口でそれを一口かじった。それは少しほろ苦くて、とても甘かった。

「おいしい」

それをしばらく堪能した彼女は、あることを思いつく。

「私も百手君にお返ししなきゃ。せっかくくれたんだし」

 甘利は百手へのホワイトデープレゼントを考えることにした。



 一方、彼女の家を出た淡口美月はこんなことを考えながら歩く。

(これで百手太陽は甘利千代子としての人生を全うできるでしょう。あの人の記憶を書き換えたことは私にとっても彼にとっても何のデメリットもないですし、別に問題視するほどのことではありません)

 どういうことかと言えば、彼女は百手太陽の記憶を甘利千代子の記憶に書き換えたのである。だから、甘利千代子の体に今入っているのは百手太陽であるのだが、百手太陽ではない。彼の記憶は甘利千代子を変身させたときにそっくりそのまま彼の体に入った甘利千代子に受け継がれている。百手太陽の精神は甘利千代子の記憶と体を、甘利千代子の精神は百手太陽の記憶と体をそれぞれ手に入れたのである。淡口美月は彼らの変身願望を叶え、彼らの望みを満たしたうえで、彼ら二人の人生に違和感を無くした(言い換えれば記憶を消して精神を入れ替えた)のである。甘利千代子にいろいろ話したことも、百手太陽に説明した試練と言ったのもすべてが嘘であった。本人の意思確認ができ、目を付けた男性が入れ替わる人物さえ決めてくれれば、あとは彼女がすべてやるつもりだった。なので正直百手太陽が選ぶ人間など誰でも良かったのである。先ほど百手太陽に質問したのは本当に淡口美月の気まぐれ、あくまでも彼女の気分が向いたからに過ぎない。彼女の目的はそんな個人の小さなものではなく、もっと別のところにある。

「こうすれば願いは叶うし、この世界に異変は起こらない。私のことも直に忘れてしまうでしょう。私の目標である変身願望の成就した時に生まれるトランス・エネルギーも手に入るし、誰もが幸せになる方法です。この調子だとまだまだかかりそうですけどね」

 彼女は夜の公園の見えるアスファルトを歩く。彼女がその方向を向くと、公園のベンチにはどうやらサラリーマンらしき人物が寝転がっているのが見えた。きっとこんなところで寝てしまうような人だ。毎日相当疲れているのだろう。こういう人にこそ変身願望というのは眠っている場合が多い、というのは彼女の経験則であった。

「次はあの人をお客さんにしましょうかね。家に帰ったら早速いろいろとリサーチしなきゃ」

 彼女はそう言って不気味な笑みを浮かべると、いつものように夜の街から姿を消した。

結局二人の中に自分として存在していた記憶は消えてしまったわけですが、二人にその記憶がない以上はどうでもいいことなのかもしれませんね。別の人物となってしまった今では二人ともきっと素晴らしい人生を歩んでいくことでしょう。私のこの後の行動が知りたい方は、ぜひ特撮マニアを読んでみてくださいね!

それでは、あなたの変身願望を叶えるその日にまたお会いいたしましょう。

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