表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変身願望  作者: 小麦
同業者 生井海人
14/29

邂逅

「……ちくしょう、どうしたもんかな」

 生井海人は頭を抱えていた。彼は現在高校一年生のはずだ。だが、今の彼の身長はお世辞にも高校生どころか中学生にすら見えない。黒のトレンチコートにスラックスを着ている彼は、傍から見たら背伸びして無理に大人であろうとする子供にしか見えなかった。

「それもこれもあいつのせいだ。あいつ、一体どこに行きやがった?」

 彼がこんな格好になったのも身長が縮んでしまったのも、すべてがあの淡口美月という幼女のせいだ。彼女に突っかかって行ったばっかりに彼は今こんなことになっているのだ。もっとも、彼女の口ぶりだと淡口美月は生井のことを気に入ったからこの能力を与えたとも言えるのだが、もちろん彼はそこまで考えるには至っていない。

「とりあえずあいつを探しに行くか。どこにいるかはわかんねーけど、それが元に戻してもらうには手っ取り早いだろ」

 いつまでもこの公園にいても仕方ない。生井はまず公園から出ることにした。



「さて、どこからあたったもんか……」

 公園を出た生井は考える。彼女がいそうな場所なんて、たった一度しか遭遇していない生井に分かるはずがない。彼が推理材料とするならそれはただ一つである。

「思い出せ、あいつが前に言ってたことを」



「はい。私は自分で選んだ客にしか自分から声をかけたりはしませんから。たまに自分から声をかけてくる人もいますが、その場合でも私がOKと判断した人でない限りは私が変身させることはありません」

「ふーん。つまり、あんたは自分で絶対的に覇権を握れるような人物でないと声をかけないってことか?」

「大体セールスマンってそういうものではないですか? 自分が売りたいものを売れそうな人にしか声をかけたりはしないでしょう?」



「つまり、あいつはあいつから見て自分で救える、または自分が手助けできると思った奴にだけ声をかけることになる訳だ。ただし、あいつよりも賢そうなやつ、あるいはあいつが主導権を握れないと判断したやつに対しては例え困っていても声をかけたりはしない。大体今ある情報はこんなところか」

 そこまで言った生井は、いやと首を振る。



「あー、さてはあなたも実際に見たものでないと信用できないクチですか?」



「だから何でも変身させることができるって言ったじゃないですか。まああなたに限らず大体の人が似たような反応をするので別にいいんですけどね」



「まだあったな。あいつはセールスマンだったはず。つまり、あいつの被害に遭った奴はまだ他にもいるかもしれないってことだ。ということは、あいつの被害に遭った、あるいはあいつと出会ったことのあるやつを探すのが手っ取り早いかもしれない」

 そこまで考えて、彼は何だか下の方から声が聞こえることに気付いた。

「みゃあみゃあ! みゃおん!」

「……何だこいつ」

 生井が仕方なく視線をコンクリートに移すと、それは黒猫だった。妙に人懐っこいその黒猫は生井にすり寄ってくる。

「みゃあ! みゃおーん!」

「俺は今お前みたいなのを相手にしてる暇なんかねーんだ。飼ってほしいなら他をあたるんだな」

 生井はその黒猫を抱き上げると、自分の体から少し離したところに置いた。だが、黒猫は尚もすり寄ってくる。

「みゃー!」

「一体何なんだようっぜえな……」

 生井はその黒猫を蹴っ飛ばす。遠くへ吹っ飛ぶ黒猫。

「さて、今度こそ……」

「みゃおん!」

 ところが今度はその猫は全速力で駆け寄ると、生井の方に飛び乗った。

「やめろっつって……」

「みゃあ! みゃあ! みゃおん!」

 だが、猫も必死である。生井に何とか話を聞いてもらおうとあの手この手で生井に近寄ってくる。それを必死に追い払う生井。それから数十分何度とない格闘戦を続けた生井はあることを閃いた。

「あーそうか。会話が通じればこんなことにはならないよな。こいつが猫の鳴き声しか話せないからこんなことになってるわけだ」

 生井は自分が今持っている能力を思い出す。淡口美月とほぼ同じ能力を生井は彼女から授かっている。彼女の能力を使うのは癪だが、こうなっては仕方ない。

「しゃーねーな。初披露だ、感謝しやがれ」

 右手の人差し指を空に突き上げる。それは間違いなく淡口美月と同じポーズだった。

「みゃ、みゃおっ?」

「そらよっ!」

 猫は怯えて逃げ出そうとしたが、もちろん間に合うはずもない。彼が猫を指差すと、猫は悲鳴に似た鳴き声を上げて倒れた。

「……さて、こんで大丈夫なはずだが。おい、目を覚ましやがれ」

「……あれ、何ともなってない? 今度はどうなることかと……ってあれ? 僕日本語話せてる?」

 黒猫はその姿のまま、日本語を話せるようになっていた。

「そもそも俺は格闘戦が得意な方じゃねー。まして今はこの姿になっちまったせいで余計に体力が落ちてやがる。ここはスマートに話し合いで解決しようぜくろね……」

 だが、生井の声を聞いた黒猫は再びダッシュしてきた。生井は慌てる。

「お、おい待て! せっかく話せるようにしてやったのに飛び掛かろうとすんじゃ……」

「ありがとう!」

 だが、猫は飛び掛かろうとしたわけでも、ましてや襲い掛かろうとしたわけでもなかった。この黒猫はただ感謝の意を述べたかっただけだったのだ。

「……調子の狂うやつだな。まあいいや、せっかく喋れるようにしてやったんだ、ちょっとは役に立ってもらわないとな。まずはお前の持ってるあいつについての情報を洗いざらい話してもらおうか。もっともあんまり期待しちゃあいないがな。ひとまずそこの公園まで来てもらうぜ?」

 生井は先ほど出てきたばかりの公園を指差した。



「はぁあ?」

 だが、彼の出会った黒猫は、想像以上の収穫を生井にもたらした。生井が自分の状況を語った後、黒猫に彼女のことについて聞いたのだ。

「だから、淡口美月だろ? 僕一回会ってるって」

 すると、黒猫はそんなことをさらりと言ってのけたのだ。

「……いや、嘘だろ? 何であいつが黒猫に話しかける用事があるってんだ? あいつは人外すらも救済しちまうやつなのか?」

「だから、えーっと、生井さんだっけか? あんた、あの子の能力、忘れた訳じゃないだろ?」

「淡口美月の能力? あいつの能力ったら人を変身させる能りょ……」

 その一言で、生井はある可能性に思い当たる。

「まさか、お前、もともと人間だったのか? だったら説明がつかないこともないが……」

 この黒猫の言うことを信用する方法がひとつだけあった。それは、この黒猫が人間だった、という可能性である。それなら話の通じない黒猫が淡口美月と会っている可能性も否定できない。それを聞いた黒猫は、うんうんと頷いた。

「察しが早くて助かるよ。僕もあいつの被害者の1人なんだ」

「へええ、こりゃあ俺にも運が向いてきたかもしれないなぁ。じゃあ聞くが、お前は一体何でそんな姿になっちまったんだ?」

 すると、黒猫は自分の身の上に起きたことを話し始めた。好きな子に告白してフラれたこと。それで意気消沈して落ち込んでいた時に淡口美月に会ったこと。そこで好きな子にペットにならしてもいいと言われたことを思い出し、淡口美月に好きな子のペットにしてくれ、と頼んだこと。だが、彼女が意味を取り違えたせいで本物のペットにされてしまったこと……etc。

「……お前の場合はどうも馬鹿とか間抜けって表現がしっくりきそうだな」

 すべてを聞いた生井は一言そう言った。

「ほっといてくれ。これでも一か月はこの姿で食いつないできたんだ。淡口美月の動向だってそこそこ分かっているつもりだよ」

「一か月ねぇ……」

 あそこまで間抜けな自分の身の上を語れるやつが嘘をつくとも思えないし、おそらくこいつの言っていることは事実だろう。ということは、淡口美月についても多少は知っている可能性はある。生井は不敵に笑った。

(だったら、こいつを利用しない手はねーな。元の姿に戻すのはたやすいが、ここは骨の髄まで利用させてもらおうじゃねーか)

「で、とりあえず早く僕を元の姿に戻してくれ。僕が被害者だっていうのは分かっただろ? もし君があの子の被害者だというなら、僕を元に戻してくれるはずだ」

 黒猫は早く元に戻りたそうにうずうずしている。

「焦るなよ。仮にお前を元の姿に戻したとする。それにあの淡口美月が気付いたとき、あいつがお前に何もしない可能性があるか?」

「い、いや、それは確かに……」

 黒猫は押し黙る。どうやら彼女の秘密である何かをこいつが握っている可能性は高そうだ。そしてこっちの方が舌戦では上らしい。

「なら、お前は俺と一緒に来い。その方がいろいろと安全だろう? お前の体を元に戻すのは淡口美月を見つけ出した後だ。悪くない取引だと思うんだが?」

「安全を確保して元の体に戻す代わりに淡口美月の情報を教えろってことか……。分かった、いいだろう。君についていくことにするよ。その代わり、ちゃんと僕のことを元に戻してくれるんだろうね?」

「当たり前だろ。お前をそのままにしといても何だかめんどくさそうだしな」

 そう言って立ち上がる生井。だが、彼は何かを思い出したかのように黒猫の方を見る。

「そういや、お前の名前は?」

「ああ、名乗ってなかったっけ。僕の名前は犬飼望だよ。よろしく」

「了解、よろしくな犬飼」

 そう言った生井は犬飼と名乗ったその黒猫を肩に乗せる。ここに奇妙な縁で結ばれた不思議なコンビが誕生した。



 一方、二人のターゲットである淡口美月はというと、某所にある湖にいた。

「こんにちはおじいさん!」

 彼女が声をかけたのはもうこの場所で約10年ほど仕事をしている木こりだった。

「何だね、あんたは?」

 休んでいた木こりは突然声をかけられたことに驚きながらもこう尋ねた。

「早い話が何でも屋です。と言っても、変身に関するものだけですけどね。もしよろしければ、あなたの望みをお叶えいたしますよ」

「変身ねぇ。私の望みと言ったらそうだなぁ、この湖の水が枯れかかっているからそれを元に戻してほしい、くらいのものだが、お嬢ちゃんには無理だろう」

 木こりは湖を見てそう言う。確かに木こりの言う通り、湖の水は枯れかかっている。木こりの話だと、数年前にこの辺りで少しずつ枯れ始めたらしい。今となっては水の量も昔の湖の姿からは想像もできないほどになってしまったという。

「分かりました、湖の水ですね」

「分かりましたって、お嬢ちゃん、あんたどこから水を汲んでくる気だい? 馬鹿言っちゃあいけないよ。そんなのぬか喜びにもなりゃしない。無理に決まってるだろう?」

 しかし、彼女はその言葉を無視して湖の目の前まで歩いていった。

「おいおい……。こりゃあとんだ娘さんに遭遇したもんだ。少しは聞く耳を持ってくれよ全く……」

 木こりも成り行き上仕方なく彼女の様子を見守る。その一方、淡口美月のすることは既に決まっていた。いつものように右手の人差し指を真上に振りかぶる。

「せーのっ、えいっ!」

 そのまま湖を指差すと、あっという間に湖の水位が増えてきた。数分もしないうちに木こりが昔見ていた風景そのままに戻ったのだ。

「ほええ、こりゃあたまげた! お嬢ちゃん、あんた一体何者だい?」

「私ですか? 私はただのセールスマンですよ」

 そのまま彼女は踵を返す。もうここには用はない。

「それでは木こりさん、あなたの変身願望が素晴らしい人生の糧となりますように祈っています……」

 彼女はいつものようなセリフを残してその場から姿を消した。



「……今回は反動が来ませんね。湖の景観くらいでは他の人に影響が出ないと判断されたからでしょうか?」

 姿を消した彼女はゆっくりと森の中を歩く。いつもなら人以外の物に干渉すると吐き気などの代償が彼女を襲うのだが、今回はそれがない。

「どうも私の能力は大人数に影響を及ぼす場合のみ代償が来るらしいですね。今回は人のほとんど来ない森の奥の湖でしたから、それも考慮されているのでしょうか」

 そこまで言った彼女は、ふと何かの気配を感じ取り、空を見上げる。

「……そうですか。生井さん、能力を使ったみたいですね」

 彼女が能力を与えた生井海人には、あるトリックが仕組まれていた。彼が能力を使った時に、淡口美月にそれが伝わるようになっていたのだ。しかし、彼女が分かるのは能力の使用時期だけで、どのような用途に使ったのかまでは分からない。そこまでの制約を彼女がかけられなかったためである。

「それでは、私も都会に戻るとしますかね。彼の様子も一度見てみたいところではありますし。もっとも、いつ出会えるかは分かりませんけど」

 彼女はそう言って森からも姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ