2年生・せいのすけ
今日は入学式。入学式を終えた新入生達が、目の前を逃げる様に小走りで通り過ぎていく。そんな新入生をあごに人差し指をあてて不思議そうに見ている男が、受け付けと書かれたテーブルの横に立っていた。
男の名は、蓮池誠之助。金髪のオールバックに大きな眉毛が特徴的な男で、IQテストで判定不可能の結果を出した男。間違いなく美形の部類に入る男ではあったが、その奇抜な衣装がそれを微塵も感じさせない。
「あの視聴率は間違っていたのではないか?」
あごから指をはずして誠之助は鏡に写る自分の姿を眺めた。芋虫をイメージした戦闘服。所々に気持ち悪さを増す様に茶色い斑点がある。一回限りで打ち切りとなったアニメのキャラクターのコスプレに身を包んだ自らを眺める。
「確か視聴率1%と聞いていたが……0%の間違いだったか」
どちらでも問題外の数字を口に出しながら、誠之助はあからさまに気味悪そうに遠くから目を向けている新入生達に目をやった。
「そうでもないか……なるほど、恥ずかしがっていたのか」
残念ながら誠之助につっこみを入れる者は誰もいない。周りには、他に誰もいないためだったが、仮に知り合いが誰かいたとしても、「またか」位にしか思われなかっただろう。そう思われるような行動を、誠之助は普段からとっていたから。
ちなみに誠之助の理論では、新入生の1%が自分の衣装に興味を持つ予定だった。
この学園、豊穣学園は全校生徒に部活動への参加が義務付けている。授業は毎日午前中で終わる代わりに、14時から17時までは部活動に従事しなければならない。4月いっぱいは新規の部も認められるため、豊穣学園は部の数が非常に多い。ただし、部員が3人以上という条件があった。決してむずかしい条件ではないが、その事が誠之助の頭を悩ませていた。
「今日、誰も入らないとなると……少し厳しいな」
現在、部員は部長である誠之助を含めて2人。入学式から1週間で部員を1人増やさないと廃部。だからこそ、必勝を期して誠之助はこのコスプレを選んだつもりだった。
「一人は確実に熱狂的なファンがいると思ったのだが……恥ずかしがり屋ばかりでは」
いい加減につっこみを入れて欲しいが、先の事情からその役を担う者はだれもいない
テーブルの上に置いたままの入部申し込み用紙に誠之助は目を向ける。所属する焼き芋愛好部の入部申込用紙は、万に一つの事態にも備え得るために1000枚用意していた。
「予想外にも、一枚も書かれる事がないとは……」
結局、この日、誰一人として入部する者はいなかった。
翌日、誠之助は朝早くから通学の準備を始める。学園指定の制服を着て、背には焼き芋部の新入部員募集中と書かれた旗を掲げて。
「しかし、現実問題として、これだけで今日から一週間の間に部員を入れるには……」
そう考えて誠之助は、帽子をかぶった。焼き芋の形をした帽子を。
「これで大丈夫だろう。問題は人数が予定よりも多くなりすぎた場合だが……」
あごに人差し指を当てて、誠之助は問題に対する対処法を考慮し始める。そうこうしている内に時間が過ぎ、遅刻しないぎりぎりの時間で誠之助は通学した。鞄に2000枚分の入部申し込み用紙を詰め込みながら。
努力の甲斐なく、新入部員は入らないまま日曜日を迎えた。残る期日は今日を入れて3日。日曜日は、すでに部活へと入っている者達を除けば学園に新入生は誰もいないため、実質的に残り2日。追い込みをかけるべく、誠之助は商店街へと足を運んでいた。狙うは、昨夜打ち切りになったばかりのアニメの衣装だった。
日が落ち込み始めた頃には、コンビニエンスストアのコピー機を占拠して新たに5000枚分の入部申し込み用紙が刷り上がった。
「多少痛い出費ではあったが……部に入れない者もこれでいないだろう」
一人納得しながら誠之助は帰路に着く。今日買った荷物を両手いっぱいに持ちながら。
近道の狭い通路を通っていると、道を塞いで邪魔をする2人組がいた。胸倉を掴まれ、震えながら財布を開いている同じ年ぐらいの気の弱そうな少年と、時代錯誤のようなリーゼントをした少年。何が行われているかは、誠之助にとって対した問題ではなかったが、両手いっぱいの荷物が原因で、2人を避けて通る事も出来ない。
「そこの2人、通してくれたまえ。道の真ん中で何をしていようと君達の自由だが、この誠之助の邪魔はしないでくれたまえ」
そう言った誠之助に、リーゼントの少年が睨みつける。
「なんだと、コラァ」
眉間にしわを寄せながら睨む少年の言葉に、不安を覚えた誠之助は誠意を見せる。
「よく聞き取れない、または言語が理解出来るたぐいのものでなかったのなら、言葉を言い換えよう。退け!」
誠心誠意、誠之助はリーゼントの少年の流儀で答えたつもりだった。結果は誠之助以外なら誰でも予測できる通りとなったが。
胸倉を掴んでいた少年を放し、リーゼントの少年は誠之助の腹に蹴りを入れた。激痛と共に両手の荷物を放し、誠之助は前のめりになる。
「なめてんのか、テメェ」
言葉を返したいが、痛みが原因で口が思う様に動かない。
「テメェのせいで逃げられちまっただろうが」
舌打ちしながらリーゼントの少年が見た方向に、もう1人の少年が慌てて走り去っていくのが見えた。
「仕方ねぇ、テメェに倍額払って貰おうか」
にやにやしながらそう言ったリーゼントの少年に、誠之助は髪の毛をむしりと掴まれた。
「おら、財布だしな」
先程の腹の痛みも引いた誠之助は、あまりにも不条理な現状に怒りを感じつつも、リーゼントの少年にポケットの中の物を手渡した。
「最初からそういう態度で……ブラジャー?」
手渡したのは白いブラジャー。Aカップ用の寄せて上げるタイプだった。
動揺したのか、髪の毛を掴んだ手をリーゼントの少年が放してしまう。すぐさま、誠之助は携帯電話を取り出す。
「由利君、君が探していたブラジャーを盗んだ者が判明した。すぐに来てくれ……」
言葉が最後まで終わるよりも早く、誠之助は後頭部にとび蹴りを受けた。
「盗んだのはおまえだろ!」
とび蹴りを入れたのは少女だった。黒いショートの髪型に整った容姿とプロポーション。大きな切れ長の瞳が特徴的で、この少女が美少女でないのなら、誰がそれに当てはまるのだろうと思えるほどだった。
「それは、やっとで手に入れたやつなのに……」
涙目で、リーゼントの少年が手に持っているブラジャーを少女は見ていた。少女の名は由利 障子。豊穣学園の2年生で、焼き芋愛好部の副部長にして空手の有段者。ただし、彼女の空手は、空手とはとても言えないが。
「一回も……一回でも使う前に……」
両手を地に着けて由利は涙を流す。整った容姿も手伝い、憐れみを誘う。
「何が合ったのかシラネェが、そう気を落とすなよ」
涙を流す由利の背中を、ブラジャーを持った手で叩きながら、リーゼントの少年は慰めるようにそう言った。
「おまえも仲間か!」
背中を叩くリーゼントの少年からブラジャーを奪い取ると、由利は鬼の形相で拳をはなった。頬に拳を受けたリーゼントの少年が、口から泡を吹きながら前のめりに倒れ込む。
「やはり、暴力は何も生まない」
とび蹴りのダメージから立ち直った誠之助が、両腕を組んで頷きながら言った。次の瞬間、後頭部に再びダメージを受けて、誠之助は気を失った。
「洗えば……大丈夫かな?」
独り言をぶつくさと言いながら、由利は誠之助とリーゼントの少年を残して、その場を後にした。
翌日の月曜日、誠之助は前日刷った入部申し込み用紙の束と、女子が着たら色気たっぷりの衣装に身を包んで、入部者を探したが、当人の予想を裏切り、誰も入部者はいなかった。
「色気を武器にした事は間違いだったな。恥ずかしがり屋達が、余計に近づきにくくなっただけだった」
嫌悪感を浮かべながら目を合わさない様に小走りで通り過ぎていく生徒達を見ながら、誠之助は一人納得するように呟いた。
最終日の火曜日。廃部までの期限は17時。午前の授業が終わると、人通りの多い校門の前に受け付け用のテーブルを用意する。そんな誠之助の所へ由利がやって来た。
「廃部になったら約束通り女性らしい部に入らせて貰う」
それだけ言って、由利は去っていった。
15時まで受け付けで誠之助は入部希望者を待っていた。しかし、当人以外には当然なのだが、誰も現われない。そこで、誠之助は奥の手を使うべく、受け付けを離れる事を決めた。
「本当は入部希望者が来るのを待つつもりだったが……こうまで恥ずかしがり屋が多いのでは仕方がない」
世間で流行っているはずもない衣装を今日も身にまとっている誠之助は、必要なものを鞄に詰め込むと、空手部の道場を目指した。
去年立て変えられたばかりの、現代風の真新しい道場。中は入学式の前日に張り変えられたばかりの畳が敷き詰められており、新鮮な藁の匂いが道場中に充満している。毎年4月いっぱい、空手部の2年生と3年生は道場内での練習をしておらず、道場内には、入部したばかりと思われる新入生達が掃除をしていた。
「そこの君。部長は何処にいるか知らないか?」
バケツで雑巾を絞っていた新入生に誠之助は問いかけた。答えは「分かりません」の一言だった。
「それは困ったな……握っていた弱みを使って、部員を一人融通して貰うつもりだったのだが」
当人以外の誰にとっても嬉しくない言葉を呟きながら、誠之助は道場内を見渡した。一人椅子に座って肩もみをされている生徒を発見する。
「君、新入生以外にも誰かいるのかね?」
首を振って雑巾を絞っていた新入生は答えると、逃げる様に誠之助の側を離れていった。
近づいてみると、肩もみをしているのは日曜日にリーゼントの少年に財布を渡そうとしていた少年だった。
「君とは確か……一昨日あったな」
青い顔をしている少年に誠之助は声をかけた。すると、その少年は目を逸らしながら答えた。
「ひ、人違いです」
「どちらでもいい。君には用がないからな」
言葉通り素っ気なく肩もみしている少年から目を放し、肩もみされている少年へと誠之助は目線を移す。
「暇そうだな。空手部がつまらないなら、わたしの部に入れてやろう」
尊大に誠之助は両手を腰に当てながら言った。
「なんだとコラァ」
よくよく見るとその少年も日曜日に会ったばかりの、リーゼントの少年だった。
「君だったか……結局、わたしの部に入りたかったのなら、最初から恥ずかしがって暴力など振るわずに、そう言えばよかったものを」
何処をどうしたらそんな考えに行きつくのか誰も理解出来ない言葉を、誠之助は口にした。そして、眉間にしわを寄せて怒りを顕わにしている少年を余所に、誠之助は鞄から入部申し込み用紙とボールペンを取り出した。
「一昨日の件は、気にしてないから、この用紙に必要事項を記入したまえ。それで、今日から君も焼き芋愛好部の部員だ」
リーゼントの少年が入部申し込み用紙とボールペンを払いのける。そして、顔を紅潮させながら立ち上がると誠之助の胸倉を掴んだ。
「テメェが気にしてなくても、こっちが気にしてんだよ」
そう言って、リーゼントの少年は誠之助を蹴飛ばした。
「立てや、先輩。空手の練習試合でも始めようや」
腕を鳴らしながらリーゼントの少年が誠之助に近づく。
「空手など野蛮な事は興味ないな。どうせなら喧嘩にしよう。但し、君に勝つ算段をしてからにするから、1時間ほど待ってくれたまえ」
「んなもん。聞くかボケ」
そう言って、リーゼントの少年が殴りかかって来るが、誠之助はそれを転がって避けると鞄に手を入れた。
「なら、こうしよう。喧嘩で勝った方の言う事を、負けた方が聞くというのはどうだ?」
「好きにしろや」
「交渉成立」
鞄に手を入れたまま誠之助は立ち上がろうとすると、背後から声が聞こえた。
「やめといた方がいいのに。痛い目に合うだけですよ」
声は肩もみをしていた少年からだった。
「痛い目に合うかどうかは別にして、やめれば助かるとでも?」
そう言った誠之助の言葉に肩もみをしていた少年から声は帰って来ない。その代わりに、腕を鳴らしながらリーゼントの少年が声を出した。
「ボコボコにしてやる」
怒りで眉間をひくりとさせているリーゼントの少年が、誠之助に殴りかかる。そして、金属音が道場内に響き渡る。鞄から誠之助が取り出した金属板をリーゼントの少年が殴ったためだった。間髪を入れず、誠之助は鞄から催涙スプレーを取り出すと、金属板を殴った手を痛そうにしているリーゼントの少年の目に噴き付けた。悲鳴が道場内に木霊するが、誠之助は手を緩めない。下剤を取り出すと、無理やり飲ませた。
「まだ足りないなら、スタンガンもあるが……」
目が開かず、涙目で尻を押さえているリーゼントの少年に、誠之助はスタンガンを取り出して見せる。
「どうする? 負けを認めるか」
何度も頷くと、リーゼントの少年は心からの叫びを口にする。
「何でもいいから、トイレへ連れて行ってくれ」
催涙スプレーが原因で目が開けられないリーゼントの少年を、遠くで眺めていた空手部の新入生達が、憐れむ様にトイレへと連れて行った。
「正義は勝つ」
勝利の余韻に誠之助は浸っていた。そうしていると、誰かに誠之助は肩を叩かれて振り向いた。笑顔の美少女がそこに立っていた。
「17時を超えたぞ。これで部は廃部。わたしは約束通り、華道部に入らせて貰う」
それだけ言って、はずむような足取りで、元焼き芋愛好部副部長の由利はいなくなった。
呆然としながら誠之助は受け付けの椅子で座っていた。机の上や、その周りには、ゴミとなった入部申し込み用紙の山が散乱している。時間はすでに18時を回っている。動く気にもなれない誠之助の横の椅子には、同じ様に肩を落とした由利が座っていた。
「まさか……華道部も廃部とは」
一点を見つめながら、独り言のように、由利は何度もそう呟いていた。
そんな2人の前に一人の少年がやって来た。道場でリーゼントの少年の肩を揉んでいた少年だった。
「入部したいのですが?」
そう言った少年に誠之助は目を向けた。見るからにひ弱そうで、空手部の道場にいたとはとても思えない体型で、顔には殴られたらしい痣が見て取れた。
「入部も何も……部は今日で廃部に……」
そこまで言いかけて誠之助は言葉を止める。そして……
木曜日の午後。
「許可も下り、今日より焼き芋部をスタートする」
校舎裏の焼却炉の隣。まだ焼き芋愛好部があった頃、いつも部活を行っていた場所で、誠之助は新しく創設した焼き芋部の開始を高々に宣言した。