第8話 投票という名の嫌がらせ
アヤがコンテストに出ると聞いたとき、 最初に浮かんだ感情は祝福じゃなかった。
違和感だった。
顔を出したくない女だったはずだ。 写真ですら、角度を選ぶ。 店のページでも、輪郭は曖昧だった。
それなのに全国規模のイベント。
矛盾している。
だから俺は疑った。 何か裏がある。
そう思った。
そのコンテストは、 業界の閑散期を盛り上げるための祭りだ。
口コミ。 予約回数。 投票。
数字が女の価値になる。 可視化された人気を競わせる。
客は熱狂し、 店は宣伝し、 女は数字に並べられる。
誰のためのイベントかは、 考えなくても分かる。
アヤはそういう世界を嫌うタイプだと、 俺は勝手に決めつけていた。
俺の中のアヤ像が、 現実とずれる。
そのずれが気に入らなかった。
嫌がらせを思いついた。
投票してやる。
持ち上げてやる。 逃げ場をなくす。
くだらない発想だ。
だがその時の俺には、 妙に筋が通っていた。
口コミを書く。 掲示板にも書く。 全部いいことを書く。
過剰に褒める。
歪んだ応援だった。
投票には条件があった。 予約回数。
あと一回足りない。
もう会いたくなかった。 疑いが残っている。
犯人の可能性が、 まだ消えていない。
それでも行った。
理屈より、 物語を完成させたかった。
部屋に入ると、 アヤはいつも通りだった。
少し疲れている。
イベント前の女の顔だ。
「何しに来たの」
冗談半分。 本気半分。
俺は笑ってごまかす。
身体を重ねながら、 確認する。
癖になっている。
観察。 検査。 疑い。
結果は同じだった。
異常は見えない。
また違う。 また分からない。
安心が積み重なるほど、 犯人が遠のく。
物語が崩れる。
帰り際、 アヤは言った。
「投票とかしなくていいからね」
笑っていた。
だが目は読めない。
俺が何を考えているか、 どこまで見抜いているのか。
分からない。
この女は、 境界線の引き方がうまい。
近づけるが、 入れない。
それが魅力だった。
店を出て、 投票した。
指は迷わなかった。
嫌がらせのはずが、 純粋な応援に変わっている。
感情はいつも途中で裏返る。
俺はもう、 動機を区別できなくなっていた。
アヤ
本当は出たくなかった。
コンテストなんて、 一度も興味がない。
顔バレのリスクが上がる。 検索に残る。 写真が拡散する。
それが一番怖い。
最近、 予約は頭打ちだった。
悪くはない。 でも伸びない。
店から言われた。
「出たほうがいいよ」 「宣伝になるから」
断れる立場じゃない。
渋々、 名前を載せた。
イベント期間中、 店は騒がしかった。
上位の女たちが中心で回る。
客もスタッフも、 最初から勝ち馬を知っている。
私は背景だった。
結果は、 箸にも棒にもかからない。
順位の数字は、 ただの確認作業だった。
予約も増えなかった。
意味はなかった。
リスクだけが残った。
上位人気嬢による、 人気嬢のためのイベント。
それを遠くから見ている。
私は最初から、 客席側だった。
嫌がらせは失敗した。
アヤは有名にならなかった。 物語も完成しなかった。
ただ、 俺の中の歪みだけが残った。
疑いは薄れ、 代わりに空虚が広がる。
勝った負けたの話ですらない。
誰も傷つかない代わりに、 何も変わらなかった。
それが一番、 後味が悪かった。




