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第6話 るなの体温

俺は結論を出した。

犯人はアヤだ。

証拠はない。

だが確信はある。

確信は、 人間を動かすには十分だった。


アヤは以前言っていた。

「有名になりたくないんです」

顔バレが怖い。

検索に残るのが嫌だ。

家族に見つかるのが嫌だ。

何気ない会話だった。

だが俺は覚えている。

言葉は後で武器になる。

ノートに日付を書く。

名前を並べる。

線で結ぶ。

感染確率を計算する。

医学じゃない。

願望だ。

だが式の形をしていると、 安心できる。

最後に残る名前。

アヤ。

収束する解。

美しい答えほど疑わない。

怒りは静かだった。

爆発しない。

底に沈む。

長持ちする感情は、 復讐に変わる。

口コミを書く。

褒める。

過剰に褒める。

掲示板にも書く。

名前を広げる。

人気を作る。

有名にする。

それは彼女が一番嫌がることだ。

だから効く。

合法で、 善意の形をした攻撃。



アヤ


通知が止まらない。

口コミが増えている。

褒め言葉ばかり。

ありがたいはずなのに、 胸がざわつく。

数が異常だ。

増え方が速い。

誰かが押している気がする。

背中を。

前へ。

私は有名になりたくない。

目立ちたくない。

静かに働きたい。

それだけなのに。

画面を閉じる。

指が冷たい。

理由のない不安が残る。



俺は自分を納得させる。

これは復讐じゃない。

応援だ。

客が増える。

収入が増える。

誰も損をしない。

俺は善意を拡散している。

そう考えると楽だ。

人間は自分を悪役にしない。

だが本当は知っている。

動機は別だ。

俺は選ばれたことに怒っている。

偶然が俺を指名した。

それが許せない。

だから均衡を取り戻す。

自分の中で。

アヤの出勤日を確認する。

同じ時間帯に、 別の女を予約する。

偶然を装う。

子供じみている。

だが満足する。

復讐は規模じゃない。

納得の問題だ。

画面をスクロールする。

初めて見る名前。

顔が好みだった。

怒りに欲望が混ざる。

俺は笑う。

人間は単純だ。

確定ボタンを見る。

小さな四角。

それを押すだけで未来が固定される。

人生はこういうクリックで曲がる。

大事件じゃない。

小さな選択の積み重ね。

押す。

音はしない。

だが戻らない。

復讐も、 欲望も、 次の章も確定する。



アヤ


また通知。

また口コミ。

息が詰まる。

嬉しいはずなのに、 怖い。

名前が拡散していく。

どこまで届くんだろう。

誰が見ているんだろう。

私は何をされたんだろう。

理由が分からない恐怖は、 説明できる恐怖より重い。



鏡を見る。

情けない男がいる。

俺だ。

分かっている。

全部小さい。

怒りも、 正義も、 復讐も。

だがやめない。

理解しても変わらない。

それが人間だ。

予約確認のメール。

るなの名前。

俺はもう次を考えている。

アヤのことより、 体温を想像している。

人間は矛盾でできている。

確信と欲望を抱えたまま、 平然と進む。

俺も例外じゃない。


当てつけの予約だった。

それ以上の意味はなかったはずだ。

アヤの出勤日に、別の女の予約を入れる。

子供みたいな復讐。

名前を見ただけで決めた。

るな。

ただそれだけだった。

ドアを開けた瞬間、少しだけ息が詰まる。

顔が、好きなアイドルに似ていた。

完全に同じじゃない。

だが輪郭と目元が近い。

現実にいると

距離が狂う。

スタイルもいい。

細すぎず、触ると沈む肉がちゃんとある。

抱き寄せたとき、体が自然に収まる。

それだけで評価が決まる客も多いだろう。

俺も例外じゃない。

るなはよく喋る。

質問を一つ投げると、百返ってくる。

言葉が止まらない。

だがうるさくない。

知識と雑談が混ざると、人は安心する。

頭が動いている女は危険だ。

距離を縮めるのが上手い。

気づいたときには境界線の内側にいる。

服を脱ぐ前から、空気が近い。

視線を外さない。

触れる前に期待を作る。

指先が皮膚をなぞる。

軽い。

だが逃がさない。

試すみたいに反応を見る。

体は正直だ。

五十年使ってきたのに、未だに制御できない。

口づけが長い。

仕事のキスは短く区切られることが多い。

るなは違う。

吸う。

舌を絡める。

唾液の温度が混ざる。

息が足りなくなるまで続ける。

この段階でもう逃げられない。

頭が遅れる。

体だけが先に進む。

触り方がS気質だった。

強くはない。

だが主導権を渡さない。

押し倒される形になる。

背中がシーツに沈む。

視界の上にるなの顔がある。

笑っている。

余裕の笑い。

客を読んでいる女の顔。

俺がM寄りだともう理解している。

言葉より早い。

唇が首に降りる。

噛む。

軽く。

歯の感触だけ残す。

そのあと舌でなぞる。

痛みと快感の境目を丁寧に踏む。

逃げ場を与えないのは、優しさに似ている。

体は抵抗しない。

むしろ迎える。

悔しいくらい自然に。

途中で何度も目が合う。

確認している。

俺の崩れ方を。

そのたびに笑う。

「かわいい」

客に言う言葉じゃない。

だがその一言で、上下関係が決まる。

俺はもう遊んでいる側じゃない。

遊ばれている。

それが気持ちいい。

終わったあとも、距離が近い。

普通は少し離れる。

るなは離れない。

腕を絡めたまま喋り続ける。

体温が残る。

これが危険だ。

仕事が終わったあとに体温を残す女は、記憶に刺さる。


帰り道、頭が静かじゃない。

当てつけのはずだった。

一回で終わるはずだった。

なのに次の予約を考えている。

計画は崩れる。

感情は合理性を裏切る。

るなは強かだ。

客を捕まえる技術を持っている。

だが体は少し弱い。

咳をしていた。

そのアンバランスさが余計に刺さる。

強い女は魅力的だが、弱さを見せる女は記憶に残る。

守りたくなる錯覚。

一番危険な感情。


しずくには夢がある。

喫茶店。

目標がある女はどこか遠い。

他の女たちは何を目指しているのか。

聞けない。

聞いた瞬間、関係が壊れる。

客は未来を聞かない。

現在だけを買う。

それがルールだ。


過去に通い続けた女が何人かいた。

二人か三人。

ある日突然消えた。

仕事の性質上、当然だ。

それでも思う。

消える前に教えてほしい、と。

俺は客のままでいい。

ただ予告だけ欲しい。

願いはいつも届かない。


るなにまた会いたいと思う。

この時点で負けている。

犯人探しは続いているのに、心は別の方向に動く。

病気より依存の方が早い。

人間は危険の順番を間違える。

俺も例外じゃない。

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