第5話 ちゃちゃの献身
コロナ前、 俺は都心の店に通っていた。
理由は単純だ。
質がいい。
地方より競争が激しい場所には、 上位の女が集まる。
市場は残酷だが公平だ。
俺は合理的に選んでいただけだ。
そう思っていた。
コロナの後から、 街の密度が変わった。
最初に気づいたのは、 料金表だった。
安い。
次に気づいたのは、 女の年齢。
明らかに若い。
そして数。
多すぎる。
供給過剰という言葉が、 頭に浮かぶ。
予約サイトは 新着で溢れていた。
コロナの間、俺は通うのをやめていた。
欲望よりも、責任が勝った。
仕事を止めるわけにはいかない。
親もいる。
自分一人の身体じゃない。
風俗は娯楽だが、感染は現実だ。
線を引けたのは、あの時だけだった。
その頃、ある芸人の言葉が炎上していた。
「コロナが終わったら風俗嬢が溢れるぞ」
笑い話だった。
だが予言になった。
再開した街は、密度が違った。
都心の女が地方に流れてくる。
高級店の嬢。
名前のある女。
AVの顔。
出稼ぎという軽い言葉で呼ばれる。
だが実態は移送だ。
人間の。
一週間で百万円。
そんな数字が普通に飛ぶ。
稼げる場所に女が集まり、
女が集まる場所に客が集まる。
客が増えると、
さらに質の高い女が来る。
全員が勝っているように見えた。
見たことのない名前。 見たことのない顔。
一週間後には消える。
また別の名前が出る。
循環が早い。
人間の回転率としては、 異常な速度だ。
ニュースを開くと、 構造が説明されている。
スカウト。 ホスト。 掛け飲み。 借金。 アテンド。
若い女を囲う。 金を使わせる。 返せなくする。
身体で返済させる。
風俗店は紹介料を払う。
金はさらに流れる。
反社という単語が、 記事の端に貼り付いている。
誰も驚かない。
もう見慣れた図だ。
そして最後に、 俺のような男が現れる。
金を払う。
選ぶ。
消費する。
循環の末端。
だが回路を完成させる部品。
否定できない。
俺は避妊具を使う店しか選ばない。
それを倫理だと思っていた。
だが構造の中では誤差だ。
安全に買う消費者でしかない。
消費の形が少し整っているだけ。
女たちは移動する。
東京から地方へ。
地方からさらに地方へ。
出稼ぎという言葉が軽く使われる。
だが実態は、 流通だ。
人間の。
都心は飽和している。
地方には需要が残っている。
金を持て余した男たち。
退職金。 投資益。 年金。
時間だけはある男たち。
俺もその一人だ。
稼ぐ。
ホストに戻る。
また借金。
また出稼ぎ。
円環は閉じている。
誰も外に出ない。
規制が入った。
スカウト紹介料の禁止。
摘発。
閉店。
ニュースは勝利の口調だった。
だが街は別の反応をした。
店が減る。
女が余る。
人気のない女から消える。
予約サイトから。
地上から。
地下という言葉が現実になる。
立ちんぼ。
個人営業。
SNS経由。
海外出稼ぎ。
合法と違法の境界が溶ける。
救われたのか、 押し出されたのか。
判断できない。
ある日、 ホストのインタビュー動画を見た。
若い男が笑って言う。
「夢を見せてるだけっすよ」
悪意がない。
それが一番怖い。
彼も循環の一部だ。
誰かの加害者で、 誰かの被害者。
境界が消えている。
ちゃちゃは、 その中の一人だった。
京都出身。
言葉が柔らかい。
品のある抑揚。
顔は整っている。
スタイルもいい。
なのに人気がない。
理由が分からない。
部屋に入ると、 猫みたいに距離を詰めてくる。
じゃれる。
笑う。
一方的に話す。
ゲーム。 配信。 アニメ。
ゲームは分からない。
アニメは分かる。
そこだけ会話が噛み合う。
時間が軽くなる。
マッサージが上手い。
手が丁寧だ。
仕事というより、 献身に近い。
触れ方が優しい。
身体を商品として扱う感触が薄い。
だから苦しい。
ここに人間がいると分かる。
「次は別の街かも」
ちゃちゃが軽く言う。
旅行の予定みたいに。
出稼ぎ。
次の店。
次の都市。
彼女たちは地図の上を移動する。
住民票より予約サイトが正確だ。
俺は聞けない。
何のために働いているのか。
ホストか。 借金か。 生活か。
聞く資格がない。
金は時間を買えるが、 人生には触れられない。
ちゃちゃ
客は優しい。
みんな優しい。
お金を払う人は基本的に優しい。
そう思わないと続かない。
私は街を移動する。
箱を替える。
名前を少し変える。
でも身体は同じ。
履歴は消えない。
人気がない理由は分かっている。
私は“ちょうどいい”。
可愛いけど尖ってない。
上手いけど伝説じゃない。
客の記憶に残りにくい。
平均は埋もれる。
それでも働く。
生活は平均を許さない。
稼がないと戻れない。
戻る場所があるのかも、 もう分からない。
静かな客がいる。
話を聞いてくれる人。
否定しない人。
あの人は少し怖い。
優しさの裏に、 深い穴が見える。
私は覗かない。
覗いたら落ちる。
私は笑う。
猫みたいにじゃれる。
軽い女でいる。
それが生存戦略だ。
重い女は売れない。
ちゃちゃは犯人じゃない。
そう結論づける。
安心するために。
推理は鎮静剤だ。
外に出る。
街は普通だ。
規制も、 地下も、 循環も見えない。
俺だけが知っている気になる。
それが一番滑稽だ。
俺はまた予約サイトを開く。
循環の中に戻る。
自覚したまま。
やめないまま。




