表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第4話 まなつの予約表

予約画面は、

いつ見ても埋まっていた。

灰色の×印が並ぶカレンダーは、拒絶の一覧表に見える。

たまたま空白を見つけたのは、深夜だった。

反射的に押した。

確認画面に進んでから、手が震えていることに気づいた。

たかが予約だ。

なのに、勝ち取った気分になる。

まなつは、そういう女だった。

初めて会ったとき、正直に言えば驚いた。

写真と違う。

ちんちくりんで、少し太っている。

期待が裏切られた、と思ったのは一瞬だけだった。

「えー!ほんまに来たん?ありがとー!」

関西弁が、部屋の空気を一気に塗り替える。

笑い声が大きい。

距離が近い。

躊躇がない。

触れる前から、場が完成している。

彼女はずっと喋る。

ボケて、自分でツッコんで、また笑う。

身体はその流れに巻き込まれる。

快楽より先に、楽しさが来る。

これが人気の理由か、と理解した。

感じる場所を外さない。

迷いがない。

観察して、試して、すぐ修正する。

職人に近い。

だが、このエネルギーの出どころを考えると、少し怖くなる。


まなつは笑いすぎている。

普通の人間が持てる明るさを、明らかに超えている。

「今日このあと歌舞伎町やねん」

軽く言う。

飲み会の予定みたいに。

ホストだと分かるのに、

聞かないふりをする。

聞いた瞬間、それは現実になる。

彼女は人気だ。

予約が埋まる速度が異常だ。

理由は簡単だ。

この女といると、

自分が面白い人間になった気がする。

全部拾ってくれるから。

沈黙を許さない。

落とさない。

笑いに変える。

金はどこへ行くのか。

考えなくても分かる。

笑顔は燃料だ。

明るさは消耗品だ。

ホストは太陽で、

まなつは衛星だ。

近づきすぎて焼けている。

それでも彼女は楽しそうに笑う。

笑うしかないのかもしれない。


プレイが終わるころには、俺は普通に笑っていた。

疑いを忘れて。

だが帰り道で、思い出す。

確認していない。


次の予約は、さらに取れなかった。

一度知ってしまうと、空白が許せなくなる。

毎晩、カレンダーを見る。

更新のたびに確認する。

埋まっている。

当然の結果なのに、腹が立つ。

二週間後、奇跡みたいに枠が開いた。

また深夜だった。

迷わず押した。

依存に近い動きだった。

この部屋は、もう知らない場所ではない。

「また来たん!?好きやなー!」

その言い方が嬉しい。

営業だと分かっていても。

再会は、関係を錯覚させる。

前より距離が近い。

身体も、会話も。

俺は機会を探る。

自然な流れで、視線を落とす。

ネットで見た症例写真が、頭をよぎる。

現実の肌は、ずっと普通だった。

安心と同時に、情けなさが戻る。

俺は何をしている。

彼女は笑いながら、俺の反応を楽しんでいる。

疑われているとは思っていない。

ただ、遊んでいるだけだ。

「なあ、真面目な顔すんのやめてや」

そう言って頬をつつく。

「ここ、遊ぶとこやで?」

正しい。

ここは、現実を置いてくる場所だ。

なのに俺だけが、持ち込んでいる。

菌と、

不安と、

犯人探し。

時間が終わる。

現実が戻る。

まなつは最後まで明るい。

ドアが閉まる瞬間まで、手を振っている。

人気者は、背中まで仕事をする。


外の空気が冷たい。

スマホを見る。

次の出勤は、すでに埋まっていた。

少し安心する。

もう追えない、という事実に。

まなつは違った。

犯人の顔をしていない。

だが俺の中の疑いは、誰かを必要としている。

消去法は、残酷に進む。

予約画面の灰色の×印が、また並んでいた。

選択肢は減っていく。

それだけが、はっきりしていた。



まなつ


笑うのは得意だ。

というより、

笑っていないと成立しない。

静かになると、 考えてしまう。

残高とか、 次の支払いとか、 誰とどこで何を約束したかとか。

だから喋る。

喋り続ける。

音で隙間を埋める。

客はみんな優しい。

優しい人しか来ない。

お金を払う人は基本的に優しい。

乱暴な人は、

人気嬢のところには来ない。

選ばれる側は、 客も選んでいる。

それでバランスが取れている。

だから私は笑える。

ここでは。

彼は静かな客だ。

反応が遅い。

でも全部聞いている。

否定しない。

そういう人は少ない。

ちょっと怖い。

優しい人は、

底が見えない。

落ちると深そうだから。

私はボケる。

ツッコむ。

彼が笑うと安心する。

仕事が成功した合図だ。

稼いだ金は消える。

速い。

意味を考えない。

意味をつけると止まる。

止まったら終わる。

歌舞伎町は明るい。

あそこにいると、 自分がまだ選ばれている気がする。

必要とされている気がする。

それだけで十分だ。

明日のことは考えない。

考えるのは、 予約表が全部埋まったときだけ。


都心の高級店なら、私は埋もれる。

それは分かっている。

写真も、スタイルも、若さも、

上にはいくらでもいる。

歌舞伎町に行くと、 自分が平均になる。

地方に戻ると、 私は“人気嬢”になる。

カレンダーが埋まる。

名前が覚えられる。

指名で呼ばれる。

ここではアイドルだ。

ヲタサーの姫みたいなものだと、 自分で笑う。

小さな世界の中心。

でも中心でいられるなら、 それでいい。

埋もれるより、 回っていたい。

私は高級じゃない。

安い場所で、 全力で光るタイプだ。

それが分かっているから、 迷わない。

ここで勝つしかない。

私は人気者だ。

少なくとも、 カレンダーの中では。


本当は、普通に恋愛したい。

それはずっと思っている。

仕事の外で、 名前で呼ばれる関係。

時間で区切られない会話。

帰り際に延長を気にしないでいい沈黙。

ここでは全部が商品になる。

笑顔も、 距離も、 体温も。

だから客が優しいほど、 少しだけ苦しくなる。

この人が、 店の外で会ってくれたらどうなるんだろう。

一瞬だけ想像して、 すぐやめる。

考えても意味がない。

私は“ここ用の私”で完成している。

恋愛は、 別の世界のルールで動いている。

でも予約表が全部埋まった夜だけは、 少し錯覚する。

誰かに選ばれている気がする。

本当は仕事なのに。

それでもいい。

選ばれている感覚が、 明日の出勤を支える。


一度だけ、 線を踏みかけたことがある。

よく来る客だった。

無口で、 変なことを言わない人。

時間いっぱい、 普通の話をする。

家族のこと。 仕事のこと。 子どもの頃の話。

体に触れている時間より、 会話のほうが長かった。

楽だった。

気を張らなくていい客は、 麻薬に近い。

ある日、 帰り際に言われた。

「普通に飯行きたいな」

軽い声だった。

冗談みたいに。

私は笑って流した。

でもその夜、 何度も思い出した。

もし行ったらどうなるんだろう。

客じゃなくなるのか。 それとも、 もっと悪い関係になるのか。

数日後、 その人は来なくなった。

理由は聞けない。 聞く権利がない。

予約表から名前が消えただけ。

それだけなのに、 少しだけ息が詰まった。

ああ、 私は仕事をしていただけなのに。

勝手に、 期待していた。

それ以来、 距離を測るのが上手くなった。

近づきすぎない。

優しくしすぎない。

夢を見せるけど、 自分は見ない。

それが、 ここで長く生きる方法だ。



ホスト


女は夢を買いに来る。

俺は売る。

それだけの話だ。

難しく考えるやつがいるけど、 商売はシンプルだ。

欲しいものを渡す。

金をもらう。

それだけ。

あいつらは強い。

笑うし、 泣かない。

泣くやつは続かない。

続いてるってことは、 選んでるってことだ。

誰も無理やりじゃない。

俺はそう思ってる。

思わないとやれない。

金は回る。

店に回る。

街に回る。

俺にも回る。

誰かが損してるって言うやつがいるけど、 損得で動いてない。

感情で動いてる。

感情は高い。

だから売れる。

あの子は売れる。

明るい子は強い。

客が自分を好きになる前に、 空気を好きにさせる。

才能だ。

俺は才能のある子が好きだ。

努力より信用できる。

女は俺を太陽って言う。

違う。

俺は鏡だ。

あいつらが光ってるだけだ。

俺は反射してるだけ。

でも鏡がないと、 光は見えない。

だから必要なんだ。

たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ